第十七話 魔法習得の制約、まずマーリン君の服を脱がせます
「魔法すごいです!」
安易な接触の禁止が規則として制定された後、他にいくつかの魔法を使って見せた。どれをとってもカエデの良い反応が返ってきて、大変楽しい。
途中、召喚魔法でアリス(たれ耳ウサギの小妖精)を召喚した際に、カエデが解剖を提案するなどの小さな問題もありつつ、ひとまず魔法の実演は終了。
そして召喚体の安易な解剖禁止が規則に追加された。
「もう魔法の習得まで進んでいるんですか!?」
魔法を見れば使ってみたくなるもので、話題は魔法の習得に移っていった。実際にセレナさんが指を光らせるのを見せると、カエデの目も同じくきらっきらに光った。
「マーリン君、私も覚えたいです!」
「元からその予定でしたので、どの魔法を覚えるか決めてくださいね」
「むむっ、むむむぅ!」
ひとしきり悩んだ後、カエデが選択したのは変幻魔法であった。もっとわかりやすい破壊魔法や召喚魔法を選ぶと思っていたので少し意外だ。
「変幻魔法のうち、変化魔法は物体に作用するといいますからね。魔法の作用や原理を科学的に検証するにはぴったりです!」
というわけで、あくまでも研究者としての選択だったようで、カエデを見くびっていたのは俺の方だった。
見た目は幼女だが、リリーナ様よりも年上のちゃんと大人の女性なんだよな。見た目は幼女だが。
やり方を教え、やはり数々の検出器を向けられながらチュートリアルクエストを始める。
「マーリン君、『影』をください!」
祈るカエデからは、リリーナ様たちから感じたような繋がりをちっとも感じなかった。
「うーん……、ダメみたいですね。カエデとの繋がりを感じられません」
「私たちの時はできたのに、どうしてかしら?」
「信仰が足らないのでは?」
マリーさんの言う信仰は別として、リリーナ様とカエデで違うのは何だろうか?
接する時間の長さが一番に思いつくが、リリーナ様たちが魔法を覚えたのも、出会ってから一週間経っていない。これでは理由としては弱い。逆にこれが原因だとすると対処が簡単とも言えるか。
カエデは自分の考えに集中しているのか、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
そういえばMPがあるか確認をしていなかったと思い出し、ステータス魔法を使ってみたが、しっかりとMPはあった。
「んっ! 考えがまとまりました!」
「危ないから椅子から降りましょう」
「あっ、ごめんなさい」
本当に大丈夫だろうか?
「魔法を習得できなかった原因を考えましたよ! 早速検証しましょう!」
「若き天才の実力を見せてもらうわ。それで、何が原因だと考えたの?」
「魔法の習得にはマーリン君との精神的な繋がり必要、つまり私は、マーリン君への信頼が足りないと考えました!」
面と向かって、お前を信頼してないよ、というのは結構くるものがあるな。
「誤解しないで欲しいんですが、決してマーリン君自身を信頼していないわけではないんですよ?」
「どうこうことなの?」
「私が信じられないのは、マーリン君が魔法を起こしたという部分です。魔法の結果は信じられます。実際に目の前で起こっていますからね」
起こった魔法の結果すら信じられないというのは、自身の認識すら信じられないということになるので、それを疑う意味はほとんどないとのこと。
カエデが信じられないのは、その魔法を俺が独力で起こしている点だ。なんらかのデバイスによって引き起こされたと考える方が、科学的視点で言えば自然だ。
「カエデの考える原因はわかったわ。でもそれは一朝一夕にはどうにもならないことじゃないかしら?」
「そうでもないです。一度、マーリン君を私の手で隅々まで調べれば、疑念は解消されます! というわけで、マーリン君、まずは服を脱いで全裸になりましょう!」
なんだって?
「なんだって?」
思わず内心の驚きが口をついて出てしまった。
「大丈夫です。男性の担当は初めてですが、知識はあります! 決して痛くはしません!」
「セレナ」
「はい、お嬢様」
今日だけで、三つ目の規則が追加された。
リリーナ様とカエデとの話し合いの結果、折衷案というわけではないが、俺の検査は実施されることになった。
さすがに全裸になることはせず、カエデの用意した薄い貫頭衣のようなものを着ている。パンツは許可された。本当によかった。
カエデが納得するために検査のはずなのに、何故全員に見守られながら検査が行われるんだ?
「不正が行われていないか、多くの目で確認することが必要」
もっともらしい言い訳を用意されたら、俺に拒否権はなかった。
着ているのが貫頭衣なので、検査のために服をまくり上げるとパンツが丸見えになるんだが、いい歳のお嬢さんたちはそれでもいいの? いい? あ、そうですか。
だけど確認のためとか言いつつ腹筋を触りに来るのはやめなさい。くすぐったいでしょう。
まあ、神様の用意したマーリンの体は、俺が言うのもなんだが見事なものなのだ。思わず腹筋に触りたくなるのも分かる。
「さあ検査は終わりましたね。私は着替えてきます」
「うん、満足したよ! マーリン君の体は完全無欠ですごくいいね!」
神様印の体だからね。
「それより魔法の習得の方はうまくいきそうですか? 何らかのデバイスがあるという疑念は晴れましたか?」
「あっ……、うん、大丈夫だよ大丈夫。そんなことが問題にならないくらい満足したからね」
本当に大丈夫だろうか?
着替えを終えてからもう一度チュートリアルクエストをやれば、問題なくカエデとの繋がりが感じられた。
「ふおおお! これが魔力! これが魔法!」
はしゃくカエデを見守るみんなの目は優しい。
過程はどうあれ、結果的にはチュートリアルクエストを進めることは成功した。俺が確かに魔法を起こせる、と証明する方法には一定の効果があるのだろう。
毎回検査されるのは遠慮したいので、何か別の方法を考えておかないとな。
「おおぅ? 何だか力が抜けるよ?」
「ああ、MP切れですね。魔法を使い過ぎてMPがなくなると、今のカエデのように力が入らなくなります」
「どんな生化学的反応が起こっているのか気になるよ! でも力が入らないのー」
しばらく休憩してMPが回復すれば、また動けるようになる。ちなみに、MP切れから回復したからといって最大MPが増えたりはしない。
「カエデが回復するまで、お茶でもしていましょうか。マリー」
「休憩室の準備ができています。カエデさんもそちらに移動させましょう」
結局昼食の時間までカエデはぐったりしたままだった。
その間、他の皆は程よく魔法を使って熟練度上げ。自分の限界をしっかり把握しているので、MPを使い切ったりはしない。
MPの回復には休憩の他に飲食も効果がある。MFOでは紅茶をキメながら魔法を連発する集団がいたとかいないとか。
昼食をとってからは、今後の研究所の方針を決めることになった。アクリティオ様からはかなりの裁量を任せられている。魔法で何ができるかもわかっていないので、制限をかけるよりかは自由にさせてしっかり報告させるという方針だ。
「私は魔法の訓練を重視したいわね。海の物とも山の物ともつかない魔法だから、その全体像を把握したいわ」
「訓練は大切ですが、全体像を把握するまでとなるとかなりの時間を要するでしょう。新たな技術ですし、私は慎重になった方がいいと思います。並行して私が魔法の検証を進めれば、全体像の把握には十分です」
「人員の補充はどういたしますか? リリーナ様を含めて、現在魔法を使える者は12名だけです。多様性も低下しますし、部隊として運用するにも不安があります」
「リリーナ様とマーリン様の御心のままに」
「甘い、甘いよ君たち!」
流れをぶった切ってカエデが椅子の上で宣言した。
「すぐ椅子に上るのはやめましょうね」
「あっ、ごめんなさい」
規則に、椅子に上るの禁止、を追加するべきか。それともカエデ専用のお立ち台を用意しておくべきか。どっちだ?
「研究所の運営には私に一日の長があるからね。君たちには足りない視点があるよ! それはね、防諜だよ!」
防諜というと、いわゆるスパイへの対策ということだろうか。
「スパイというのはどこにでも湧いて出てくるからね。何食わぬ顔して紛れ込んでくるから防ぐのが大変なんだよ!」
「あら。それならマーリンの特技で判別できるから何も問題ないわね」
「そうですね。アクリティオ様の指示で泳がせているスパイを除いて、制限エリア内のスパイは一掃してあります」
「え? 何それ?」
「私の特技のようなもので、一定範囲内の敵と味方を判別できるんです。今のところ、的中率は100%です」
「マーリン君……、もう一度検査したいから服を脱いで?」
いやです。
「いやです」




