7,おおにんずう
中平 守華
:ぶっきらぼうだけど優しいお兄さん。
斜木 朔夜
:ちょっとだいぶ変わってる? 女子高生。
斜木 陽暮
:朔夜の姉貴。ガテン系高身長。
マスター
:守華行きつけの喫茶店のマスター。
ネルク・ユーテッド・シュトラウス
:朔夜のことが好きな、同級生の男の子。
『半グレグループの「バタフライ」が、
また事件を起こしました…。
今回は高級時計ショップに強盗を……。』
「……物騒だなぁ。」
「そっすねぇ…。」
部屋で2人、のんびりくつろいでいる時。
「…お兄さん?」
「どうしたー?」
その知らせは初めてもたらされた。
「…明日、ネルくんと出かけるんすよね。」
「……へー…………え!?」
俺が声を荒らげるのも、許して欲しい。
それ程に驚く台詞を、朔夜は吐いたのだ。
「ネルクって、あの坊ちゃんだろ?」
「…そうっす。」
俺からすれば、喜ばしいくらいの知らせ。
「ふ、2人か?」
「……そうっす。」
……頑張ったな、青年。
「そうかそうか…うん。良かった……。」
「………何がっすか。」
「あ、いや。こっちの話。」
諦めずによくぞ。
「しかし、お前ら2人がデートか…。」
「はぁ? 出掛けるだけっすよ。」
「……? 2人でだろ?」
「そうっすけど。」
世間一般は、それをデートと言うのでは無いのか。
「…まぁいいや。楽しんで来な。」
「……………だけっすか?」
「……だけ、って?」
「………………もう、いいっす。」
…なんだ、こいつ?
「…じゃ、お邪魔しました。」
「おう。明日、頑張れよ。」
「……………頑張る事なんて、なんも無いっす。」
「まぁ、そう言わず。」
なんか、朔夜の機嫌が悪い。
「……じゃ。」
「またな。」
ばたん、といつもより勢い良くドアが閉まる。
「…どうしたんだろうか。」
晩飯、不味かったかな。
美味い、美味いって食べてはくれたんだがな。
少し気落ちしながら、スマホを確認する。
…いつの間にか、陽暮から連絡が来ている。
『落ち着いたら電話くれ』
LINEが届いたのは3時間前。文面はそれだけ。
まぁ、朔夜も帰ったし、掛けてみるか。
LINEで電話をかけたら、ワンコールで出た。
『おう!守華! お前、明日暇か?』
「…暇だが、どっか行くのか。」
『久しぶりに街行かね?』
「なんだ? 買い物か。」
『ちょっとヤボ用。』
明日は朔夜もデートで来ないだろうし、
出掛けるのもたまにはいいかもしれない。
「…いいぞ。何時頃行く?」
『午前10時!駅前!』
「おう。」
『あ、そうだ。忘れてたわ。
あんま目立たないカッコして来い。』
「……何でだ?」
『いいからいいから。
オレの言う通りにしとけって。』
「…まぁ、いいけど。」
『っしゃ!決まりィ! 明日は愉しむぞ〜ッ!』
「随分テンション高いな。まぁ、明日な。」
『おうっ!』
ぴろん、と電話が切れた。
…目立たない服、ね。
タンスの中にいくつかあったかな。
午前9時50分。駅前。
陽暮はまだ来ていないようだ。
黒のコンバットブーツにブルージーンズ、
オーバーサイズの黒い七分丈のシャツ。
目立たなさそうな服を選んだつもりだ。
「お、やっぱり早く来てんな〜?」
ふ、と顔を上げる。
「…お前も早いな。」
「まーなっ!」
にかっと笑った陽暮の服装は、
黒のパンツと帽子、グレーのパーカー。
……ホント、これから何するんだ。
「……で、どこ行くんだ。」
「まだどこにも行かねェよ。」
色々と、返しは予想していたが。
「……は?」
「ちょっと待ってろって。」
この返しは予想していなかった。
「………お、来た!ほら、アレ見ろ!」
「…ん?」
駅前広場の、銅像の前。
見慣れた黒髪が、佇んでいる。
「……朔夜?」
「しーッ!バレるぞ!」
あとから来たのは、プラチナブロンドの青年。
「……ネルクの坊ちゃん?」
「静かにしてろって!」
陽暮に後頭部を軽く叩かれる。
「…おい、これって……。」
「朔夜の初デートだぞ。尾けなきゃ損だろ!」
朔夜。お前の姉貴、ホントにろくでもない。
「……はぁ。」
「なんだよ。気にならねェのかよ。」
「そうじゃねぇよ。」
普通に……阿呆らしい。
「…坊ちゃん、デレデレだな。」
「あぁ。ま、初々しくて良いじゃねぇか。」
それに乗る俺は、それ以上の阿呆か。
「おい、移動するみたいだぞ。」
「…追っかけるつもりか?」
「ンだよ? ここまで来てやめんのか?」
「まさか。」
俺の夜は、月を追いかける。
「にしても朔夜、意外と洒落てるんだな。」
「ん?知らなかったのかよ?
うちの妹はオシャレさんだぞ。」
青いデニム地のショートパンツに黒タイツ。
少し大きめの白いデニムジャケットに、
中に来ているのは黒のTシャツだろうか。
靴はライトブラウンのショートブーツ。
制服とゆるめの休日用の服、
一番最初に見た地雷系ファッション以外は、
実は初めて見るのだが。
ボーイッシュだが、ガーリッシュ。
とでも言ったところだろうか。
対するネルク青年のファッションは、
白いシャツに、紺色の夏用カーディガン。
幅が狭めにロールアップされた、
ライトブルーのジーンズの裾からは、
白と黒のスニーカーが覗いている。
元がいいから、なかなか洒落て見える。
少年の背伸び感が否めないのは、ご愛嬌か。
「お似合いだな。」
「ンだよ。それだけかよお前。」
「……? 他に何かあるのか?」
「………ッたく…ボンクラがよォ……。」
ぶつくさと訳の分からない文句を言いながら、
ベンチで2人並んで、カップルを監視する。
「あ、そうだ。コレつけろ。」
「あん?」
手渡されたのは、サングラス。
例えるなら、『メン・イン・ブラック』で、
トミー・リー・ジョーンズがかけているような。
「…スパイかよ。」
「やってる事大して変わんねェだろ〜?」
「まぁな。」
こういう物は、ノリと勢いだ。
「お、似合うじゃねェか。」
「そうか?」
同じサングラスをかけた陽暮に声を掛けられる。
「……お?移動するみたいだぞ。」
「マジか! よっしゃ追うぞ!」
「はいよ。」
少し、楽しい。
「…うーん、どこに行く気だァ……?
けっこー、歩いた気ィすんだけどな…。」
「この時間だし、どっかで飯食うんじゃね。」
坊ちゃんと朔夜、2人並んで歩く後ろを、
サングラス越しに見ながら着いていく。
朔夜の顔は確認出来ないが、
右を向いて話しかける坊ちゃんの横顔は、
なんというか幸せそうだ。微笑ましい。
「……おい、お前。なんか嬉しそうじゃねェ?」
「そうか?」
実際、嬉しい。
これで気が楽になるから。
若者2人は、お似合いだ。
「ん? なんかあの店入ってくみてェだぞ?」
「……?」
そこには『White Cat』と描かれた、
名前通りに白猫の看板が置かれていた。
「……サ店っぽいな。」
「お、いいじゃんか。オレらも飯食おーぜ。」
一体、何を目的としたデートなんだろうか。
「いらっしゃいませ〜。お好きな席どうぞ〜。」
扉を開けると、チリン、と鳴るベルと同時に、
柔らかい女声が耳の中に飛び込んで来た。
店の様子は、昼前ではあるものの、
ほぼ満席に近い状態であった。
結構、繁盛しているのは目に見えてわかる。
「……おっ、あそこにいるな。」
陽暮が人差し指を立てた店の角の席には、
朔夜と坊ちゃんが向かい合って座っていた。
朔夜はこっちに背を向ける姿勢になっていて、
相変わらず顔はよく見えない。
「…っぱ、顔見えねェと面白味が半減だな…。」
「そうか?それなりに楽しいが。」
こういう、茶目っ気があることは久し振りだ。
昔、陽暮とヤンチャしてた頃を思い出す。
「…まー、いい。俺たちもなんか頼もうか。」
「おう!もちろんだぜ!」
メニューは随分とお洒落なフォントで、
「白猫特製ナポリタン」だの、
「店長おすすめ白猫ドリア」だの並んでいる。
というか、全部の品に「白猫」と入っている。
…カウンターの方にいる店主であろう人物が、
白い長髪で柔らかな輪郭に、大きな黒瞳を持つ、
ほんわかとした雰囲気の美人だから良いものの。
……もし、『黒兎』のメニュー全品に、
「黒兎」と入っていたら、ちょっと引く。
…店主のビジュアル的な問題だが。
「あれ?守華くん、何してんの?」
「は?」
「あ?」
不意に、聞き慣れた声が後頭部からかかる。
「…マスター?」
「久し振りだねぇ、守華くん。
前に朔夜と一緒に来た時以来?」
「……え?マスターって?」
陽暮がきょとん、とマスターの顔を見つめる。
「あ、マスター。コイツ、朔夜の姉貴です。」
「あぁ、朔夜の!妹さんには助けられてます。
朔夜さんの働いてる、喫茶店の店主やってます。
烏野 真星です。」
「おー!朔夜の言ってたサ店のマスターか!」
ぽん、と手を叩いて納得した様子を見せる。
「妹が世話ンなってます。姉の陽暮です。」
「どうも〜。」
マスターと陽暮は、固く握手を結ぶ。
「…で、何で守華くんがここに?」
「あー…。」
朔夜の方を、チラッと見る。
とりあえず、こちらに気付く様子はない。
「…マスター、ここ座れ。」
「え?」
少し戸惑うマスターを、隣に座らせる。
「…ほら、アレ見ろ。」
「……え? 朔夜?」
マスターは角のテーブル席を凝視して、
少し驚いたような声とともに固まった。
「朔夜の初デートの後ろ尾けてんだよ。」
「…え、相手彼氏?」
「……うーん、友達って言ってたけどな。」
「なぁんだ、良かったぁ〜。」
マスターはほっ、と胸を撫で下ろした。
「……?」
「まぁ、気にしないで。」
「あぁ、うん。」
マスターはニヤつきながらそう答えた。
そして、何故か陽暮もニヤつきはじめた。
「…で、マスターは何でここに?」
「あ、僕? ココ、僕の弟子の店なの。
なんかテレビで取材されてたから来ちゃった。」
弟子なんて、居たのか。
「何で取材されてたんスか?」
「ん? えーとね、モンブランだったかな。
スイーツ特集的なので取材されてた。」
「へェ〜…。」
朔夜と坊ちゃんも、それ目当てだろうか。
「…甘いもんは別にいらんな。」
「気分じゃない?」
「あぁ。」
「へぇ〜…?」
また、2人揃ってニヤニヤと笑う。
「…今日はなんなんだ、お前ら2人。」
「別にぃ〜?」
「どうもしてねェぞ〜?」
…本当に、なんなんだ。
「…じゃあ、ナポリタン食うかな。」
「オレは日替わりランチにするか。」
「なんだ。結局甘い物食べるの僕だけか。
まぁいいや。すいませ〜ん。」
「はぁ〜い?」
カウンターの方から、声が響く。
「お待たせしました…って、あら?
真星先生、いらしてたんですね〜。
声でも掛けてくださればいいのに〜。」
「久しぶりだねぇ、猫ちゃん。
あ、2人共。この子が弟子の猫宮 樹ちゃん。」
「以後お見知りおきを〜。」
「こちらこそ。」
ぺこり、と2人揃って丁寧に頭を下げる。
「10年前くらいまでうちで働いてたんだよね。」
「…10年。」
「絶賛独身中のさんじゅ…」
「せ・ん・せ・い・〜?」
「…すみません。」
迫力が、増す。
…30幾つには、見えないが。
下手すれば年下にも見えるくらい若々しい。
「…えと、こっち2人は、
常連さんと、バイトちゃんのお姉さん。」
「よろしくな!」
「はい、こちらこそ〜。」
朔夜と坊ちゃんの様子を、ちらっと見る。
「じゃあ、注文していい?」
「もちろんどうぞ〜。」
「えっとねぇ…。」
2人のテーブルの上には、ドリンクと、
噂のモンブランが置かれていた。
やはりあれが目当てで来たんだろうか。
坊ちゃんの顔は、相変わらず良い笑顔だ。
朔夜の様子は窺い知れないものの、
それなりに会話が弾んでいるであろうことは、
表情からも目に見えてわかる。
突然、朔夜が立ち上がった。
坊ちゃんの方は笑顔で手を振っている。
様子から察するに、お手洗いだろう。
…トイレの場所は、入口付近。
マスターは店主さんの陰になっているが、
俺と陽暮は丸見えだ。バレなきゃいいが。
席の隣を、朔夜が歩いていく。
………朔夜と俺の目線が、交わった気がする。
…俺の自意識過剰か?
「……くん。」
残った坊ちゃんは、こちらに気付く様子もなく、
ニコニコ笑顔でストローを口にしている。
色を見るに、オレンジジュースだろうか。
イメージ通りと言えば、その通りだが。
「…守華くん!」
「ん?」
マスターに、声を掛けられる。
「注文、何だったっけ?」
「あ、えーと…この『白猫特製ナポリタン』と…。
……バタフライピーのラテで。」
「かしこまりました〜。
ご注文、以上でよろしいでしょうか〜?」
「大丈夫だよ〜。」
「じゃあ、以上のメニューでお作りしますね〜。」
珈琲は、気分じゃない。
「…ん?」
視線を感じて隣を見ると、
マスターがこれまで以上にニヤニヤしていた。
「…何だよ。」
「いやぁ、守華くん…バタフライピーのラテね…。
そっかそっか。なるほどねぇ……。」
マスターの口角は、どんどん上がっていく。
「……別に。」
「おい、マスターさんよ。
何でそんなにニヤニヤしてンだ?」
「いやさ、バタフライピーのラテってさ、
朔夜が1番好きなドリンクなんだよねぇ〜。」
「……ほォ〜?」
「………そうだったかな。」
なんとなく、飲みたくなっただけだ。
………深い意味は、無い。
「お待たせしました〜。ナポリタンです〜。」
「ありがとう。」
センスのいい皿に、結構な量のナポリタンが、
綺麗に丸まって乗っている。
「…流石、マスターの弟子だな。」
「価格の割に、量多いでしょ?」
「700円じゃ安すぎるな。」
「でしょう?ささ、食べて食べて。」
「あぁ。いただきます。」
フォークでくるくると巻きとって、口に運ぶ。
…味付けはかなり甘めに作っている。
マスターは逆に酸味・辛味が強めなのだが、
これはこれでかなり美味しい。
パスタの茹で具合は、程よくアルデンテ。
芯が若干残っている感じが、やみつきになる。
「……ホント、さすがマスターの弟子だな。」
「美味しいでしょ〜?」
ふふん、と自慢げにマスターが胸を張る。
…朔夜のテーブルには、ティラミスが運ばれた。
甘いもの目当てで来たんだろうな。
「ふふっ。君がご飯中にこんなよそ見するとは。」
「あ?してねぇよ。」
「そっかぁ、そうだねぇ〜。」
…坊ちゃんも、美味しそうな顔で食べるな。
朔夜ほどじゃないが、かなりな笑顔だ。
「おい、守華。ひと口寄越せよォ。」
「あぁ。いいぞ。食え。」
「っしゃ!」
……確かに、朔夜の顔が見えないというのは、
少し面白味に欠けるかもしれない。
すこし、もどかしいというのか。
どんな表情をしているのかは気になる。
「…別のことに意識割きながらでも、
ちゃァんと飯は食うのが守華らしいわな。」
「飯に集中してるよ。」
「へいへい。」
…何だろう。こんなに美味い飯なのに。
……何故か、美味くなく感じてしまうな。
「…ご馳走様。」
「オレもごっそさんでした!」
「ごちそうさま〜。」
朔夜たちは、まだ席に残っていた。
「ンで?どうするよマスター。
お前、この後どうなるな気にならねェ?」
「うーん、そうだねぇ…。
せっかくの定休日だからなぁ……。」
2人で何か、ニヤニヤと話している。
「…ねぇ、陽暮さん。サングラスある?」
「おう!実はまだもう一本あるぜ!」
「よし、守華くん!」
「あ?」
ちゃきっ、とサングラスをかけてから、
マスターはしっかりとこう言い放った。
「僕も尾行に着いてくからね!よろしく!」
「……は?」
理解が、出来ない。
「気になるんだもん、2人がどうなるか。」
「……あー、2人がな。」
こうなる気は、なんとなくしていた。
「…まぁ、好きにすればいいんじゃね。」
「うん、ありがと〜。」
「よろしくな!マスターさんよ!」
朔夜と坊ちゃんが、立ち上がった。
「……出るみたいだな。」
「よし、オレらも出るか。」
「れっつらごー!ってやつだね。」
俺たちは、白猫を後にした。
「…おい、ここってよ……。」
「あぁ…。」
「……まずいんじゃないの〜………?」
2人が歩いているのは、人気もないホテル街。
ま、こんなとこに真昼間に人が沢山居ても困る。
「……これ、どうしたらいいんだァ…?」
「…まぁ、成り行き任せとしか言い様が…。」
前を歩く2人は、とある店を指さしてから、
その中に吸い込まれるように入っていった。
「…ねぇ、なんかの店に入ったよ〜……?」
「……ホテルじゃねぇだろうな…?」
「とにかく、行ってみよう。」
少し駆け足で、2人の入った店に近づく。
グラサン3人が走る様は、異様だったろう。
「……クレープ屋ァ?」
「…みたいだねぇ。」
「………こんなとこに、あるのか。」
あったのは、『ざ・くれぇぷ』と書かれた、
ノスタルジックな雰囲気のある看板だった。
ワゴンじゃなくて、立派な店舗のクレープ屋。
窓ガラス越しに見える店内には、
それなりに人が入っている。
「…良かったねぇ〜?守華くん〜?」
「……なんで俺なんだよ。
むしろ安心したのは陽暮だろ。」
「いやァ〜?多分、お前ェだぞ〜?」
また、ニヤニヤと2人が笑う。
「……クレープ、食べる?」
「…だな。」
不審者3人は、自動ドアに向かって歩を進めた。
「いらっしゃい。」
店内は意外に広く、テーブル席も普通にある。
内装はポップというより、落ち着いた感じ。
というより、昭和レトロなカフェっぽい。
「…ほとんどカフェ、だな。」
「だなぁ。」
朔夜を探す。
「……お、また角席か。」
「…くッそォ……また顔見えねぇじゃねぇか。」
「まぁ、まぁ〜。いいじゃない。」
まずは、注文しにカウンターに近付く。
「いらっしゃい。何にしようか。」
応対してくれたのは、意外にも老店主だった。
多分、マスターよりも全然年上だろう。
「あれ、蟻ヶ崎さんじゃない。
こんなとこで店開いてたんだ。」
「ん? あ、真星ちゃんか。久しぶり。」
老店主とマスターは、親しげに挨拶を交わす。
「……また、知り合いか?」
「今度は、僕の師匠。」
「マジでか!」
随分と、マスター絡みの人に出会う日だ。
「前の店畳んでから連絡が途絶えて、
何があったのかと思ったら…。」
「いやな。妹に不動産全部預けて、
開き直したんだよ。1からやりたくて。」
……不思議な日だな。
「……ま、うちのクレープは美味いから、
何でも食っていきなよ。サービスするから。」
「ありがとうございます〜。」
「じいさん、オススメ教えてくれェ。」
「何でも美味いよ。」
「そら、随分な自信だなァ。」
「もちろん。」
………何を、食べようか。
「…白玉バナナか、美味そうだな。」
「あ、守華くんそれにする?
じゃあ僕はイチゴにしようかなぁ。」
「フルーツパラダイスか……美味そうだな。
よし、オレはコレにするぜ!」
「はいよ。すぐ作るから、好きな席座ってな。」
2番の番号札を渡されて、席を探す。
座ったのは、ギリギリ坊ちゃんの顔が見える位置。
「…坊ちゃん、いい笑顔だな。」
「朔夜と話せて嬉しいんじゃね?」
まぁ、好きな子と話せたら、笑顔にもなるか。
「……お前ら、何でそんなにニヤつくんだ。」
「いやぁ〜……ね?」
「無自覚なのが、なァ?」
訳が分からない。
「2番様ー。」
「……ほんとに速いな。貰ってくる。」
「あ、ありがと〜。」
「頼むぜ!」
カウンターの方まで近付いて、老店主に寄る。
最中、左隣に誰かがぶつかる。
「あっ…すみまセン……。」
「あ、いえ。」
坊ちゃんだ。
お手洗いだろうか。
「……アレ? お兄サン、どこかで見たようナ…?」
「…いえ、初対面ですが。」
俺、こんなにちゃんと演技出来たんだな。
「そうですカ…気のせいカナ……。」
ぶつぶつと呟きながら、
トイレの方へ歩いていった。
「……ふぅ。」
「…なんか知らんけど、大変だね、兄ちゃん。」
初めて会った老店主に、何故か同情される。
「……はい、これクレープね。」
「ありがとうございます。」
「頑張れよ、兄ちゃん。」
「目の前にあるもんって、
抱えとかないとすぐに消えちゃうからな。」
やたら凄みのある声で、そう伝えられた。
「……肝に銘じておく。」
「そうしな。」
クレープを渡されながら、重めの会話をする。
「…おー、守華くん。遅かったねぇ。」
「なんか話してたけど、どうしたんだ?」
「別に?」
マスターと陽暮にクレープを渡しながら、
自分の白玉バナナにかぶりつく。
生クリームは甘いのだが、
なんというか、さっぱりしている。
後味が口に残らないというか。
白玉はもっちりとしていて、
爽やかな甘さのバナナやクリームと好相性。
何より、生地。
外はぱりっと良い食感なのだが、
中はふわっというか、もはやとろっに近い。
口の中で軽くほどけていく。
こんな場所にあるのに、
これだけお客さんがいるのが納得出来る。
……うん、今度は、美味く感じる。
「んーッ!美味いなァ、クレープも!
今日はマジで美味ェもんしか食ってねェな!」
「うん、モンブランも美味しかったけど、
ここのクレープも美味しいなぁ〜!」
………少し、感情が変わったのかもしれない。
決して、ナポリタンが不味かった訳じゃない。
というか、味は美味かった。
美味く感じなかっただけで。
……車窓からの風景で変わる、駅弁の味、か。
「…ふぅ、ご馳走様でした。」
「……美味かった。」
……朔夜はまだ、席に残っている。
少しだけ、ほっとする。
「……なんか、少し笑顔じゃない?」
「………かもな。」
「ンなッ!?守華がデレたッ!?」
「…るせー………。」
もう、反論する気も起きやしない。
「……出ていくみたいだな。」
「っし!追うか!」
「先行っててよ。僕は会計していくから。」
「わかった。」
……さぁ、次はどこへ行くんだろうか。
もはや、楽しみ。
「……しっかし…やたら薄気味悪いよな、ココ。」
「…まぁ、な。」
人気が、無さすぎる。
「おーい、2人とも〜!」
「あン?」
「んー?」
マスターが後ろから追ってくる。
「なんか、ここ今は大変らしいよ?」
「…それはまた、何故?」
「……あ!」
マスターが、まっすぐ指を立てる。
指した先には、4、5人の柄の悪い男と、
朔夜と坊ちゃんが居た。
「……は?」
「………ン?」
俺も陽暮も、状況が飲み込めずに固まる。
若者2人は男たちによって、
路地裏にぐいぐいと押し込まれる。
「……今どきこんなことが?」
「ここ、『バタフライ』の縄張りなんだってさ!」
「………ばたふらい?」
「知らないの?最近話題の半グレ集団だよ!」
今どき、こんな古典的なことがあるのか?
「…まぁ、いい。」
友達の危険を見逃せはしない。
「陽暮、マスター。」
「おう。」「うん。」
「バカ共に常識を教えてやるぞ。」
「もちろん。」「ったりめーよ。」
連れ込まれた裏路地を、こそっと覗き込む。
「なぁ、ボウヤぁ?
いけねぇよなぁ?こんな場所に居ちゃぁ……?」
「朔夜サンに近付かないでくだサイ!」
坊ちゃんは朔夜と男たちの間に立ち塞がり、
きっと相手を睨みつける。
「おいおい、仲良くしようぜぇ……?
取り敢えず、友達料として財布寄こしなぁ?」
「ネルくん、逃げようよ!」
「大丈夫デス!」
……坊ちゃん。
「…今どきこんな古典的なことを、
半グレ集団がやってんのか?」
「ちげーよ。ホントの目的は財布じゃねェ。」
「あん?」
「朔夜ちゃんだよ。」
「…まぁ、サイフが無理なら……?」
がしっ、と朔夜の腕を男のひとりが掴む。
「っ!?」
「姉ちゃんが払ってくれてもいいんだぜ?」
「……やっぱり…。」
「………ヤラせる代わりに、って奴か?」
「違ェ。泡とかに沈めちまうんだよ。
やつら、やたら力持つようになっちまったから、
偽の戸籍くらい裏ルートで作れちまう。」
「……はーん。」
所詮、カスはカスか。
「朔夜サンに触るなッ!」
朔夜を掴んだ腕に、青年が掴みかかる。
「……ってェなッ!!」
ぶん、と振り回した腕に轢かれ、
青年はコンクリートの壁に叩き付けられる。
「うッ!!」
「ネルくん!」
「……マスター。」
「大丈夫、これまでのやりとりは、
全部スマホで撮ってるよ。」
「………こっからは、撮影禁止ゾーンな?」
「もちろん。」
青年を吹き飛ばした大柄な男は、
次は朔夜の胸に向かって手を伸ばす。
「いいじゃねェか、姉ちゃん。
俺たちに払ってくれよ…ッ……!?」
俺は、青年と同じように。
男の腕に、掴みかかった。
「……!? ……っ………え……?」
「…ンだぁ…テメェ……?」
「ただの通りすがりだよ。」
久しぶりだ。
「そんなに死にてぇか?」
「そっくりお返しする。」
カスを殴るのは。
「そうか、じゃあ死になッ!!」
まだ自由な右腕からいいパンチが繰り出される。
速度、威圧力ともに十分。
だが。
「いい拳だが。」
「…ぬあっ!?」
男は宙をぐるりと舞い、地面に叩きつけられる。
「いかんせん使い手がカスだ。」
「ぐぼぉっ!?」
汚い叫び声を上げてから、男は嘔吐する。
そりゃそうだ。裏側から鳩尾を叩き付けたのだ。
まだこの男に意識が残されているだけでも、
俺が衰えたのが目に見えて分かる。
「テメェっ!」
残る4人のうち、2人は俺に、
もう2人は坊ちゃんの方に行った。
「あー、おいお前ら。そっちはやめとけ。」
「んだとォ!?」
攻撃をかるくいなしながら、
坊ちゃんの方の2人に注意をする。
「ハッ!おどかせやがって!」
注意も聞かず、座り込む坊ちゃんに蹴りかかる。
ばきいっ、と快音が鳴り響く。
「ぐあっ…!」
蹴りかかった男の足は、
膝が曲がらない方向に軽く傾いていた。
「……おい坊主!」
「げほっ…ゲホッ……は、ハイ……?」
「お前、根性あるじゃねェか!見直したぜッ!」
その声と同時に、顔に正拳突きが叩き込まれる。
ずどっ、と重そうな音が響く。
おそらく鼻の骨は折れていること請け合いだ。
「ぶぇっ!?」
「それに比べて、テメェらはよォッ!!」
次は思い切り踏み込みをした蹴り上げ。
命中する先は、無論股間。
陽暮は相手がクズかつ男の場合、必ずやる。
「んごぉぁぁッ!?」
「あ……可哀想に。」
「てめッ!!避けんじゃねェよ!!!」
男として、同情はする。
「テメェ!何撮ってんだ!」
残った1人が、スマホを持つマスターにかかる。
「おー、お前。そっちもダメだぞ。」
「うるせぇ!黙れェッ!」
マスターに殴り掛かる哀れな男。
「撮ってないよッ!!」
マスターは直上に鋭く蹴り上げた。
バシッといった風情のいい音とともに、
蹴りは正確に相手の喉を貫いた。
「げぇっ……!」
断末魔にも似た漏れ出る声とともに、
力なく頭を垂れる。
そこを、逃さない。
「でらァッ!!」
振り上げた足を、次は真下に振り下ろす。
かかと落としだ。
「くぺぇっ……。」
もはや音に表すのさえ難しい声とともに、
相手の後頭部にクリーンヒットしていた。
「あー…言わんこっちゃない。」
「おわっ!」
2人の方を見ながら、体重が乗った足を払う。
軸を失えば、前に倒れるのは道理。
倒れ込んできた顔は、丁度膝の位置。
ずむっ、と生々しい感触が膝に伝わる。
「ぶっ!?」
「あー、悪ぃ悪ぃ。
まぁ、鼻は折れてないだろうから安心しろよ。」
衝撃で跳ね上がり、がら空きになった胴体に、
掌底を叩き込む。場所は鳩尾。
まぁ、痛いだろうな。
「でぇ……っ…。」
「お、気絶したか?」
「テメェ、殺してやるよッ!!」
後ろに気配を感じる。
「お兄さんッ!」
「舐めるな。」
頭を下げて、後ろに向かってハイキックを出す。
声がした場所から、大体の顔の位置は分かる。
俺の蹴りは、正確に相手の側頭部に入った。
「ごっ…。」
「…おー、ハイキック1発で落とせるか。
俺もまだまだ捨てたもんじゃないらしい。」
これで、全員片付けたか。
「…まだか。」
「逃げてっ!お兄さんッ!!」
「死に晒せやァッ!!」
背後、一番最初に落としたやつ。
そういえば、気絶してなかったな。
多分、ナイフだろ?
「うおらぁッ!!」
相手の突きに合わせて、俺は飛んだ。
「…へ?」
「お、やっぱりナイフか。」
飛んだ、というのはもちろん誇張表現だ。
路地裏というのは、元来広いものでは無い。
両脚を開けば、どっちの足も壁に辿り着く。
俺は、壁を支えにして浮いただけだ。
「……死に晒せ。」
両脚から力を抜く。
前に、体重をかける。
拳を、真下に振り落とす。
脳天を、がきぃ、と捉えた俺の拳は、
素晴らしい威力だったことだろう。
「…る……げ……?」
男は、涎を吹いて、今度こそ気絶した。
「……さて、と。」
俺は、覚えのある携帯番号に電話をかける。
「…出てくれよ〜?」
電話の相手は、スリーコールで出た。
『おー、モノ。珍しいじゃねぇか?』
「…大兄、久しぶりだな。」
『……何だ?事件か?』
「………最近話題の半グレ集団居るだろ?
多分、下っ端だろうけど叩きのめしちった。」
『あん?今どこにいんだよ?』
「千尋谷のホテル街。裏路地に全員居る。」
『お、ウチの署の管轄じゃねぇか。
行けるヤツ連れてすぐ向かうわ。』
がちゃ、と電話を切られた。
「……よし。」
「………あ、あの……。」
後ろから、つつかれる。
「……お兄さん。」
「人違いです〜。」
「いや、無理あるっすよ!?」
「貴方のお兄さんじゃないです〜。」
「いやいや、ボクのお兄さんっすよ!?」
服の裾を引っ張って抗議される。
「…あ、お、思い出しタ……。」
息も絶え絶えなのに、ネルク青年が喋り出す。
「告白した日…朔夜サンのことを…。
バイクで連れ去ったヒトだ……。」
「人違いです〜。」
「え〜?なになに?
守華くんそんなことしてたの〜?」
「人違いです〜。」
面倒。
「てか、お兄さんたち…何してたんすか?
ボクらの後ろ、ずっと着いて歩いてたっすけど。」
何故か頬を少し赤らめながら、朔夜が質問する。
「いやぁ〜?守華がよォ〜?
お前ェの初デートが気になるってよォ〜?」
「違います〜。」
「…ホント、お兄さん。
そんなことばっかりしてると、勘違いするっすよ。」
まぁ、不審者だと思われること請け合いだよな。
「……すまん。朔夜。」
「………まぁ、いいっすよ。
……で、何でこんなにお兄さんたち、強いんすか?」
「…あー、昔にやんちゃしてたから……。」
「暴走族潰したのとか懐いよなァ〜…。」
本当に懐かしそうに、陽暮が語る。
「……マスターは?」
「元自衛隊で、対人格闘成績1位〜。」
両手でピースをしながら、マスターが語る。
「……ま、お前には見せたくなかったが、な。」
「………別に、引かないっすよ?」
「…それでも、嫌なんだよな。」
「おー、居た居た!こんなとこ居たのかよ!」
背後から、声がかかる。
大柄で、プロのボディビルダーが、
裸足で逃げ出す程の、徹底的に鍛えられた体。
黒髪で、顔からしてごつい。
「久しぶりだな、大兄。」
「おう。」
ごつん、と拳を突き合わせる。
「……んじゃ、城崎は負傷者の手当を、
多田と海藤は容疑者のチェックだ。」
「あいさ〜。」「かしこまりぃ!」「あぁ。」
名前を呼ばれた兄貴の部下たちが、
それぞれの仕事に取り掛かる。
「慶ちゃん。とりあえずこの子は、
打ち身はしてるっぽいけど、大事はなさそうよ。」
「す、すみまセン……。」
「なぁに、青年。名誉の負傷だ。誇っていいぞ。」
がはは、と兄貴は笑う。
「パイセン、チェック終わりやした!」
「おう、どうだった?」
「…やっぱり、体のどこかに蝶の刺青があった。
……『バタフライ』で間違いないだろう。」
「……やっぱりか。」
真剣なやりとりを、そばで聞く。
「お、大兄?」
「そうだ朔夜。だからお前の義兄さんだぞォ?」
「え、なんでボクのお兄さんに?」
よくわからんやりとりを、後ろで繰り広げる。
「……にしても、派手にやったなぁ、おい。」
「まぁな。」
「喧嘩の腕前、衰えてねぇ様だな。」
「…昔、モノさんにボコられた古傷が疼くっす。」
「喧嘩の腕前なんざ、誇れることか。」
「そうさな。」
くくっ、と兄貴はいい顔で笑う。
「あの人らは?」
「被害者2人と、助けに入った2人。
スマホだけど、一応証拠映像は撮ってる。」
「流石だな。」
そう言い放ったあと、
朔夜たちの方に兄貴が近付く。
「千尋谷署の中平 慶児だ。
ちと、署で状況とか聞かせてもらえるか。」
「こ、コレが噂の事情聴取!」
「ま、コイツらはどうせ余罪ザックザクだから、
君らに処罰どうこうは無ぇと思うがな。
状況確認のために話を聞かせてもらいたい。」
兄貴の後ろから近付く。
「ま、状況的に形式的なもんだ。
特に朔夜とネルク青年はな。
そんなに構えることは無ぇだろうよ。」
「おう、モノの言う通りだ。」
腕を組んだ状態で、兄貴は高笑いする。
「…ま、陽暮だけは覚悟しておいた方がいい。」
「あ?なんでだよ?」
「……鼻折ってたら、多分説教行きだ。」
「マジでかっ!?」
「てか、状況が状況なだけに不問になるだろうが、
気絶で留めてる俺やマスターだとしても、
普段なら説教食らうだろうな。」
「肝に銘じておくよ〜。」
「んじゃ、パトカー乗ってくれい。」
兄貴がずんずんとパトカーに近付く。
「じゃ、オレらこっち乗るから、
お前と朔夜はそっちのパトカー乗れよ。」
「あ?おう。」
兄貴の後ろを、陽暮とマスターが着いていく。
「……俺らも乗るか。」
「…すね。」
誰もいないパトカーの後部座席に、
朔夜を先に乗り込ませる。
「…1本だけ吸わせてくれ。」
「もちろんっす。」
ポケットからマッチとタバコを取り出して、
1本、口に咥える。
「お、1本やるのか。じゃあオレも。」
兄貴はポケットから、わかばを取り出す。
「……火、いるか?」
「頼む。」
ブックマッチの火を、兄貴に近付ける。
「……フゥー…ッ。いやぁ、お手柄だなぁ。」
「…手柄でもなんでも無ぇよ。」
「………まぁ、そういうなよ。」
白煙を、吐き捨てる。
いつもと違って、タバコが不味い。
「…そういえば、兄貴って一課だろ?
なんで組対の仕事に手ぇ出してんだ?」
「ん? あー…。」
兄貴は視線を落とす。
「今回お前らを襲ったのは『バタフライ』って、
最近やたら事件起こしてる半グレ集団でな。」
「みたいだな。」
「…ちと、規模も範囲もやることも、
普通の半グレじゃ無ェんだよ。」
「なるほどね。それで最終兵器の出番って訳か。」
「……あぁ。これまでの半グレってのは、
せいぜい組織的に窃盗に入るだとか、
飲み屋でトラブル起こしまくるだとか、
せいぜいそんな程度だったんだ。」
「…水面下はあるにしろ、か?」
「そうだ。」
兄貴の口から、ため息とともに紫煙が漏れる。
「……だがな、ヤツらは派手過ぎる。
強盗、強姦、ヤクの売り買い。
オマケに、こんな人身売買目的の誘拐。
なのに幹部たちの尻尾も姿も掴めねぇ。」
「…いつからこの国は、そんな世紀末に。」
「なってねぇよ。おれたち警察がさせてねぇ。」
「……だな。」
両腕をパトカーのルーフにかける。
「………ま、お前も報復に気ぃ付けろ?
…つっても、お前なら大丈夫だろうが。」
「早めに解決してくれよ?」
「ったりめーよ。」
携帯灰皿に、タバコを押し付ける。
「あぁ、そうだ兄貴。悠とはどうなんだ?」
「あ?どうって何が。」
「関係の発展とか。」
「別になぁ。ハルとは同棲してるだけだしな。」
「その一文に、少し疑問を抱いた方がいいぞ。」
タバコを吸い終わった兄貴に、灰皿を差し出す。
「……ま、お前も新しい春が来そうだしなぁ。」
「何がだ?」
「ん?この子、お前の恋人だろ?」
パトカーを小指でとん、とんと叩く。
「はぁ?」
「何だ?違ぇのか?」
「……何でそう思ったんだ?」
「俺たちが来ても、ずーっとお前の服の裾、
引っ張って陰に隠れてたからな。
余っ程不安だったし、頼りたかったんだろ。」
「………かもな。」
兄貴のタバコが、灰皿に押し付けられる。
「…ま、そろそろ戻ってやれ。
彼女さんがお待ちだぞ〜っとな。」
「うるせぇ。」
パトカーの後部座席の扉を開く。
「…待たせたな。」
「……おかえりなさい、っす。」
朔夜の右側に、腰掛ける。
何気なく、左手を置く。
「……。」
袖の端を、朔夜がぎゅっと掴む。
「……。」
誰も、何も言わない空間。
緊張している訳では、無い。
喋り出すのは、今じゃない。
「お、お前らがこっちか。」
「短い間だけど、協力よろしくね。」
海藤さんと城崎さんが、
それぞれ助手席と運転席に乗り込む。
「…あの、お兄さん。」
袖を掴む力が、更に強くなる。
「……どうした?」
「………お陰で、ネルくんが助かったっす。
ホントに、ありがとうございました。」
朔夜は身体を少し、寄せてくる。
俺は、朔夜の頭に手を載せる。
「………お兄さん。」
「…お前が無事で、良かった。」
本心。
何も、嘘はついていない。そのつもりだ。
「………ありがと…ございます……。」
泣きそうな声で、朔夜が繰り返す。
俺は、静かに頭を撫でることしか出来なかった。
「……はぁ〜っ………。」
陽暮が、大きくため息をつきながら、
取調室からとぼとぼと出て来る。
「やっぱり説教されたか。」
「カイトーだったっけ?あの刑事に説教された。
『程度ってものを考えろ』ってさァ〜!」
「…まあ、鼻と膝の骨へし折って、
股間使い物にならなくしたんだろ?
相手が余罪ゴロゴロ出てきたからいいものの、
そりゃ流石に怒られるだろうよ。」
「あらら…そんなにやっちゃったの……?
逮捕されないだけ有難く思わなきゃ〜。」
カスとはいえ、流石に少し可哀想だ。
何事にも限度というものがあるのだ。
「……まぁ、これで全員取調終わったか。」
「だなぁ。お手柄だったぞ、モノ。」
「そりゃどうも。」
待合室のソファから立ち上がる。
「………帰るか。」
「異議なし〜。」「わかりましタ〜!」
「腹減ったァ〜ッ!」「……っす。」
5人揃って、帰宅を決意する。
「んじゃ、ありがとな兄貴。
また正月にでも会おうな。」
「おうよ!またな!」
大きく手を振る兄貴を、後ろにする。
……今日は色々、ありすぎだ。
「あ、そうだ、守華。」
「あん?」
コンクリートで出来た道を歩く最中、
陽暮が急に声をかけてくる。
陽暮は急にがしっ、とネルクの肩に手を回す。
力の差で、ネルク青年が倒れそうになる。
「ワァッ!?」
「オレ、コイツ家に送ってから呑みに行くから、
朔夜のコト、よろしく頼むわ!」
まぁ、あんなことがあった後だし、
ネルクと朔夜を1人にする訳にはいかないか。
「おう。わかった。」
「エッ!?」
「おし!んじゃ、また今度な!
よし坊主!お前の家まで道案内しろ!」
青年は陽暮にぐわん、ぐわんと揺さぶられる。
「わ、ワァッ!やめテ!やめてくだサイ!」
「良いだろ〜?オレとお前の仲じゃんか〜!」
「きょう、初対面デスがっ!?」
夕焼けた空に、2人の背中を見送る。
「……じゃ、僕も今日はここで帰るね。
いろいろあったけど楽しかったよ。」
「今日はすまんな、マスター。」
「いやいや、楽しかったよ〜。じゃね〜。」
マスターも、夕焼けの中に消えていく。
「……じゃ、俺らも帰るか。」
「……っすね。」
2人並んで、斜木家を目指す。
いつもだったら明るい朔夜が、やけに無口だ。
「…………おにー、さん。」
「んっ?」
左手の小指だけを、ぎゅっと掴まれる。
「…お兄さんの家、行っちゃダメすか……?」
幽かに伝わる、震え。
……そりゃ、普通に考えたらわかる事だった。
不安、だよな。家に一人は。
「…何食いたい?」
「……! ……さ、魚っ!」
朔夜の声が、ぱぁっと明るくなる。
「……泊まるか?今日くらい。」
「いいんすか!? じゃあ泊まるっす!」
頑張ったんだもん、こいつも。
よく、あの状況で泣かなかったもんだ。
「じゃ、スーパー行って色々見るか。」
「あざっす!楽しみっす!」
俺は今日も、月を愛でる。
暑い。死ぬ。
作中は比較的涼しい日だと思います。
というか、でないと死にますよね。
朔夜のカッコなんか特に死にそうです。
「都会」を知らないって言うのが、
こんな足を引っ張ると思いませんでした。
色々調べましたけど、百聞は一見にしかず…
って言うやつですね。
実際に見ないと分からないです。
半グレ…とか、すごく都合よく出して、
すごく都合よくボコりましたけど、
ちゃんと理由があるんです。
……明かされるか分かりませんけど。
ちなみに、名前の『バタフライ』は、
たまたま設定考える時に時聞いていた、
ポルノグラフィティさんのアルバムが、
『Butterfly effect』だったからですね。
どうでもいい設定話でした。
今回のお話で、私が戦闘物を上げない理由が、
わかったと思います。
下手くそなんですよね、戦闘描写。
それ以外の描写も下手くそですけど()
そろそろ暇な時期に入りますので、
今回や前回みたいな更新遅れは無くなる…
……っと、思います。多分。
大変申し訳ないです。( ˙꒳˙ )イゴキヲツケマス
さて、ここまで読んでくださった皆様、
いらっしゃるかはわかりませんが、
もしいらっしゃったら、本当に感謝です。
これからも、
あなたの素晴らしいストーリーライフを、
心からお祈りしております。
いだすけさんでした。