5,あまやどり
朔夜:ちょっと変わった女子高生
守華:ぶっきらぼうで優しいお兄さん
6月の終わり際。
世間は梅雨と叫んで毛嫌いする時期。
ざぁ、ざぁと降る雨が、筆の走る音と出会う。
一人きりの部屋で、静かな合奏が連なっていく。
俺は、雨が好きだ。
雨粒は柔らかで良い。音は良い。景色も良い。
雨上がりには香りも楽しめる。
おまけにタバコもなんだか美味く感じる。
人間の五感を全て楽しませてくれる、
そんな自然のパフォーマーを、俺は愛している。
頬杖をついてから、卓上の時計に目を配る。
…17時。
…そろそろ………まぁ、夕飯の用意をしなければ。
『ピンポーン』
俺と雨、筆と紙だけだった静寂な空間に、
鋭いチャイムが切り込んでくる。
「…はーい?」
「……おにーさーん? 居るっすかー?」
その日、俺の夜に月が訪ねてきた。
「…お前、今日も来たのか。」
「はいっ! へへっ…。」
玄関でそんな話をしつつ、朔夜の服に気を配る。
夏用の半袖の制服は見るからに濡れていて、
特に、肩のあたりは肌に貼り付いている。
恐らく、この雨の中を駆けて来たのだろう。
「……傘、忘れたのか?」
「………えへへ…流石お兄さん。」
少し照れながら、朔夜は人差し指で頭を搔く。
「いやぁ…雨に降られちゃいまして…。
できたら雨宿りさせてくれません?」
「……服、どうする気だ。」
このまま放っておけば、風邪を引くだろう。
「………ま、このままにしとけば乾くっすよ。」
「…はぁ。」
思わず、少し大きめにため息をつく。
「……風呂。」
「…へ?」
「…お湯、張ったばっかりだから、
嫌じゃなかったら風呂入れ。」
誰であれ、風邪なんて引いて欲しいものじゃない。
「えっ!? いいんすか!?」
「……洗濯機もあるから、好きに使え。」
「おぉ、ありがてぇ〜!感謝感謝っすわ〜!」
ローファーを脱いで、朔夜が上がってくる。
「…そこ、左側の扉が風呂場だから。
さっさと入れ。風邪引くぞ。」
「うす!入ってくるっす!」
朔夜は急いで風呂場に駆け込む。
「……はぁ。 …フフ。」
天気予報では、確かに今日は晴れ予報だった。
大方、鵜呑みにしたら裏切られたんだろう。
…さて。
……今日の晩飯は、
身体が温まるものの方が良いだろうか。
とん、とん、と包丁で玉ねぎを微塵切りにする。
玉ねぎは目に染みる、とよく耳にするのだが、
俺が鈍感だからなのかはよく知らんが、
昔から目に染みると感じたことがない。
玉ねぎを先にオリーブオイルを引いて、
熱しておいたフライパンに入れる。
塩、胡椒、ナツメグなんかをちょっと入れる。
軽く飴色になったら、十分。
炒めた玉ねぎと、解凍しておいた豚ひき肉、
小麦粉と白だし、生姜と片栗粉をボウルに入れる。
ボウルの中身を素手で丸くまとめていく。
ハンバーグじゃないから、空気は抜かなくていい。
ひき肉がまとまったら、もうひとつ下処理をする。
水入りの鍋を火にかけ、沸騰したら白菜を茹でる。
枚数は…6枚くらいでいいだろうか。
そんなに長くは茹でなくていい。
軽く湯引くくらいで丁度いい。
柔らかくなった白菜に、丸くしたタネを入れる。
そのまま白菜でタネを包んで、爪楊枝を刺す。
餃子にしろ、これにしろ。
タネを包む作業は割と楽しいものだ。
先程白菜を茹でたお湯にコンソメと鶏ガラ、
それと粗挽き胡椒を入れる。
また沸騰してきたら、落し蓋をしてまた煮る。
サラダは、昨日のもやしのおひたしが残っている。
スープ…は、ロール白菜だし要らないだろう。
空いたボウルとまな板、包丁を洗いながら、
そんなことをのんびりと考える。
なんか、また日常になってしまったな。
誰かのために晩飯を作るのが。
こんな生活を1ヶ月も繰り返していれば、
まぁ、流石に慣れてくるよな。
そろそろ上がってくるかな。
米も炊いてあるし、準備は万全なのだが。
「……お兄さ〜ん?」
「ん?」
風呂場から心細げな声が聞こえてくる。
「…どした?」
風呂場の扉に声をかける。
「いや、その…。」
扉をほんの少しだけ開けて、朔夜がこちらを覗く。
「……服、どうしたらいいっすかね。」
「何。洗濯機で乾燥かけてないのか。」
「下着しかやってなくて……。」
何故。
「…今なんか見繕ってくるから待ってろ。」
「すんません!お願いします!」
その声を限りに、風呂場の扉が静かに閉まった。
「……はぁ。」
おっちょこちょいにも、程がある。
まぁ、そんなところは兄と姉に似たのかな。
「…んー?」
タンスをあさって、朔夜が着れそうな服を探す。
タンクトップは問題外。
ただのTシャツというのも芸がない。
…Yシャツなんて論外だろう。
「……んおっ。」
いいの買ってんじゃんか、俺。
「………朔夜?」
「うす。」
返事が聞こえたと同時に、扉が少し開く。
「とりあえずこれ着とけ。」
「…えー…と、パーカーっすか?これ。」
「あぁ。」
「ホント…何から何まですんませんっす。
とりあえず着替えるんで、閉めていいっすか?」
「あぁ、そうしろ。」
「あざっす。」
音をも立てず、丁寧に扉が閉まった。
「……米、盛るか。」
俺はまた、キッチンに戻った。
「…遅い。」
米は盛った。おひたしも冷蔵庫から出した。
ロール白菜も盛り付けた。
料理は全部ちゃぶ台まで運んだし、
いつの間にか買ってた座椅子も2つ並べた。
…まだ、朔夜は来ない。
「………お待たせ、しました〜?」
「お前、遅…」
視線を上げた。朔夜が居た。
俺が渡した黒のロングパーカーは、
どうやら朔夜には長すぎたようだ。
服の裾がくるぶしにかかっている。
袖も余りに余って、萌え袖どころの騒ぎでは無い。
「んっ…。くくくっ……。」
「ふぇ? お兄さん?」
「はははっ。ぶっかぶかだなぁ。」
「え、変っすかね?」
「はー、可笑しい…。」
「………割と、気に入ったんだけどなぁ。」
朔夜はちょっとだけしょんぼりしながら、
向かいの座椅子に座り込んだ。
「…ま、気に入ったんならいい。やるよ、それ。」
「えっ。」
「どうせ着ないだろうから。」
着ないから、タンスの奥に眠ってたんだろうし。
「……あの、お兄さん。」
「ん?」
「軽率に誰かに物あげたり買ったりし過ぎっすよ。
このロザリオとか、ボクが座ってる座椅子とか。」
「まー、たしかに。」
色々プレゼントし過ぎて、
誰に何をあげたかはちゃんと覚えてない。
「…まぁ、別に損してるわけじゃないから、
おとなしく受け取っとけ。」
「いや、お兄さんが損してないっすか?」
「別に。」
どうせ、自分なんぞには大して金は使わない。
腐らせるくらいなら、経済でも回した方がマシだ。
それで誰かが喜んでくれるなら、それでいい。
「金には困ってないから。子どもが遠慮するな。」
「……子どもじゃ、ないっす。」
朔夜は少しむっとした顔で、こちらを見つめる。
「…そうか。まぁいい。飯食うか。」
「……むー…ま、冷めちゃいますし。食べますか。」
ほんのちょっとだけ不満そうな顔のまま、
朔夜は視線をちゃぶ台に落とした。
「…おー、ロール…白菜っすか。」
「あぁ。」
「…お兄さん、料理のレパートリー多くないすか?」
「ん?」
「一ヶ月くらいほぼ毎日来てるっすけど、
毎回毎回、晩御飯違うじゃないっすか。」
「まぁ、な。」
世の奥様方と違ってやりくりする必要がないから、
食に自由でいられるのは俺の強みかもしれない。
「とりあえず、食うか。」
「うす。」
朔夜は自分の箸を箸箱から取って、両手を合わせた。
「…いただきますっ!」
「おう。」
ケチャップのかかったロール白菜を箸でつかみ、
それを口まで運び込む姿をのんびり眺める。
「…っまーい!美味いっす!」
「よし。」
先ほどまでの不満そうな顔はどこへやら、
いつものお手本のような満点の笑顔に変わった。
「…じゃ、俺も食うかな。いただきます。」
スープを吸って少し重くなったロール白菜に、
大口を開けてかぶりつく。
嚙み切った断面から、肉汁とスープが溢れ出し、
口腔内に旨味と熱をじんわりと伝えていく。
白菜と肉は反発せず、自然の摂理の如く混ざる。
ケチャップはそれを彩るオーナメントのような物だ。
酸味と甘味が加わり、味に少しの隙も無くなる。
また、これが妙なまでに白米に合う。
…まぁ、ひき肉のタネ、白菜にコンソメスープ。
米に合わない要素が何もないのだが。
ほんの少しのスパイシーさが食欲をさらに高める。
ナツメグや生姜のおかげだろうか。
「…美味い。」
「お兄さんが微笑んだ!?」
「……俺、そんなに笑わないか?」
「週一あるかないかっすね。」
「…マジか。」
我ながら至極どうでもいい情報を仕入れながら、
もやしのおひたしを食べる。
昨日より味が染みていて、出汁がほどよく香る。
意外と、これも白米のおかずになるのだ。
野菜で米はいくらでも食える。
この事実さえ全世界の人間が知っていれば、
偏食家が生まれることはないはずだ。 …なんて。
「お兄さん、今日もとっても美味いっす!」
「そうか、ならよかった。」
最近、これが少し楽しみな自分がいる。
我ながら、なんとも大きな夢を見るものだ。
…夢を見るのが許される、歳でもないであろうに。
「ねぇ、お兄さん?」
「んー?」
晩飯を食べ終わり、片付けも終わり、
完全にリラックスした朔夜に声を掛けられる。
「…雨、止んだっすかねぇ。」
ちらっと外を眺める。
朔夜が来た時よりも、雨足が強い。
ざぁ、ざぁ、というよりも、
ごぉ、ごぉ、とでも言った方が良いか。
「…いや、全然だな。」
「……やっぱり。」
はぁ、と朔夜が珍しいため息を吐く。
「…今日は誰も迎えに来れなさそうなのか?」
「姉貴は仕事で横浜の神社に行ってて、
兄貴は誕生日なんで店で吞まされてると思うっす。」
「あぁ…。」
今日は朝真さんの誕生日だったな。
この前、欲しがってたオーブンレンジを
誕生日プレゼントとして贈ったのを忘れていた。
「……お兄さん、傘あります?」
「…この前の台風の時に骨折れたんだよな。」
「………車で送ったりは頼めたり…?」
「…………あー、丁度車検出してる。
代車はバイクあるからって断っちまった。」
「……バイク…。」
「びっしゃびしゃに濡れたいならいいが。」
「…無理やり帰る……?」
「…びっしゃびしゃに濡れたいならいいが。」
「………は、八方塞がりっすね…あはは。」
苦笑いを浮かべる朔夜を眺める。
「…ま、急いでも仕方ないってことだ。
何も考えず、焦らずにゆっくりしとけ。」
「…………うす。」
朔夜は座椅子の背もたれにぽふっと体を預け、
少しだけ傾斜を緩くした。
「……おにーさん?」
「んー?」
「本、読んでていいっすか?」
「いつも言ってるだろ。わざわざ確認取るな。
好きなだけ好きなことやってろ。」
「うす、あざっす。」
がさ、ごそ、とまだ少し濡れたバックを探る。
「……お、よしよし。本は無事っすね。」
朔夜がバックから取り出した、
よく見覚えのある月刊小説誌に、
為す術もなく釘付けになる。
「んっ。」
「あえ?」
間抜けな声が、2人の空間に響く。
「どうしたっすか?お兄さん?」
「いや、何でもない。タバコ吸っていいか?」
「え、あ、うす。どうぞどうぞ。」
表紙のイラストに気を乱されながらも、
とりあえずマッチとローストを取り出す。
窓を少しだけ開ける。
雨は縦降りだから、まぁ入ってこないだろう。
その場に座り込んでから、タバコに火をつける。
…やっぱり、雨の日のタバコは格別だ。
……ところで、いつもは本を読みながらでも、
俺に雑談や質問を投げかけてくる朔夜が、
今日はやけに静かだ。
「…そんなに面白いか、その本。」
「ふぇ?」
また、間抜けな声が2人の空間を歩き回る。
「……お兄さん、小説に興味がおありで…?」
「…まぁ」
朔夜は座椅子から勢いよく立ち上がり、
今まで見た事がないほど、速く近付いてきた。
「!?」
「それならそれって言ってくださいよぉ〜!!
お兄さんも小説好きだなんて〜!!」
朔夜がばん、ばんとかなり強めに床を叩く。
このアパートが大家さんの意向で、
完全防音であることを心から感謝した。
「お、おい。ちょっと落ち着け」
「特にこの先生の書く話、マジで面白いんすよ!
台詞回しがらちょっとシニカルなんすけど、
ストーリーとか世界観作るのガチ上手くて!
物黒 夏樹先生っていう作家さんなんすけど!!」
朔夜がどんどん近付いてきて、
俺はじりじりと壁に追い詰められていく。
その勢いに気圧されて、
まだ吸いかけのタバコを灰皿に押し付ける。
「それとそれと!感情描写も上手くて!」
「落ち着け、朔夜。落ち着けっ」
「これはちょっと前に出た新刊なんすけど!
この描写とかホントに切なくて!!」
少し、体温が上がるのを感じる。
「落ち着けっ!朔夜っ!」
「はっ…!え、えと。その。」
やっと、落ち着いた。
「…まー、その。なんだ。」
「……す、すみませ」
「ありがとな。」
「……え?」
別に、隠したかった訳じゃないけど、
「それ、書いたの俺だから。」
「はい?」
いざ、言うとなると、
「だから、物黒 夏樹? 俺なの。」
「…うっそだー!お兄さん、嘘はダメっす!」
自慢のようで、
「ちょっと待ってろ。」
「え?」
恥ずかしい。
「今、その話の下書き持ってくる。」
「え??」
また、二人いるのに静かな空間。
だが一つだけ、変わったことがある。
「ほほぉ…下書きだとこんな表現だったんすね…。」
「……。」
朔夜がかぶりついて見ている物が、
月刊新羽から俺の直筆の下書きに変わったことだ。
「いやぁ…物黒先生は下書きを直筆で書くって噂、
マジだったんすねぇ……。」
「なんかその方が書きやすくてな。」
流石に、仕上げ原稿は最近電子に乗り換えたが。
下書きは原稿用紙に万年筆が、一番手に馴染む。
「…なんでこの表現変えちゃったんすか?」
「編集部にノー出されたんだよ。
ちょっと刺激的過ぎるとか言われてな。」
「まー、確かに…。」
"月明かりを撥ね返す君の白い陶器の様な肌は、
暖かい羽毛の花弁に包まれて。そう。
莟の様な、惹かれるのにまだ未熟なもので。"
…この表現が何故通らないのか。
まぁ、どうせ鳩岡と鵞毛さん以外の誰かだろうが。
何故俺の書いた物だけ、
編集部が総出で確認という名の検閲をするのか。
「でもこの表現の方がいいと思うけどな…?」
「やっぱりお前もそう思うか。」
主題が「地方から上京してきた若い二人」だから、
嫌々ながら書き直した後の、
"月光が照らす君の姿は、まるで天女だった"
では、明らかにおかしいのだ。
二人ともまだ未熟なままで、完成していないから。
天女なんて例えでは、相手が完璧すぎている。
「…物黒先生も、やっぱり大変なんすね。」
「まぁ、それなりに。」
社会人であれば、自分の意見が通らないなんて、
そりゃ誰でも当たり前に経験することではある。
もちろん、それを修正するのも同様だ。
…だが、これが通らなかったときは、
流石にちょっとだけ凹んだ。
「……なんか、飲むか?」
「えーと、ジンジャーエールをお願いします!」
「おう。」
冷蔵庫に面と向かって、ビールの300缶と
ジンジャーエールのペットボトルを取り出す。
「ほら、朔夜。」
「ありがとうございます!先生!」
「…ん。」
座椅子にどかっと座り込む。
「…物黒先生って、なんで小説書き始めたんすか?」
「…。」
「……あれ?先生?」
「……?」
「…聞こえてますかー?先生ー?」
「………はぁ。」
朔夜にずいっ、と近付く。
「あぇっ!?」
「……朔夜。」
「ななな…なんでしょ……?」
「…先生呼び、辞めろ。」
「……え?」
「あとその変な敬語口調。それも辞めろ。」
「いや、でも…。」
「嫌なんだよ。お前にその呼び方されると。
俺じゃなくて、『物黒』を見ているみたいで。」
「……す、すんませんっす。」
はぁ、と少しだけため息を吐く。
「…解れば、よろしい。」
「………っす。」
朔夜が原稿用紙を使って、顔を半分隠す。
「…一本、吸っていいか?」
「…す。」
窓辺に置きっぱなしにした灰皿にまた近付く。
雨は、止みそうにない。
「…もう、十時っすねぇ。」
「え?マジか。」
晩酌しながら考え事をしていたら、
いつの間にやら時間が経っていたらしい。
「…お前、どう帰るよ?」
「どー……しましょっか。」
朔夜が何故か視線を逸らす。
「…ま、いーや。俺風呂入ってくるから。
上がるまでに方法考えとけ。」
「…うす。」
視線が、落ちる。
……ま、いいか。
「……ふぅ。」
湯船に浸かって今日のことをのんびり考える。
「…なんだろうな、今日の俺。」
俺は、誰かのキラキラした瞳は好きだ。
憧れというのは、原動力になる。
…だけど。
……なんだろうか、あの瞳は。
少女の憧れていた相手が自分だとわかって。
何が、したいんだ。
…ガキ臭い。
ばしゃ、と手で湯を掬って、自分の顔を洗う。
「…阿呆、らしいよなぁ。」
…俺みたいな奴に、なんで懐くかな。
救えない奴に。
人殺しに。
どうしようもない、クズに。
「おー、待ってたっすよお兄さ…?」
「おーぅ。」
ゆら、ゆらと座椅子に近付く。
「…なんか、顔赤くないすか?
足取りもなんかおぼつかないし…。」
「…ほっとけ。」
いい大人が風呂で逆上せるなんて。情けない。
「…で。お兄さん。ちょっと考えたんすけど。」
「あー?」
朔夜が、少しもじもじとする。
「……えと…その……。」
「…。」
頭がぼやーっとする。
「…泊めて…欲しいっす。」
「んー?」
「……お兄さん家に、泊めて欲しいっす。
明日、土曜日だから。学校とか無い…ですし。」
「はー?」
ふわっ、と座椅子から体を起こす。
「…お前ぇ。もうちょっとだけ、警戒しろぉ。」
「……お兄さんのこと警戒して、どうするんすか?」
「そういうところだぁ。」
人差し指で、朔夜の額を軽く弾く。
「…痛ッ!」
「……タクシー代、出すからそれで帰れぇ。」
「………嫌っす。」
朔夜の語気が、珍しく強い。
「…そうかぁ。」
…いつもより、逆上せの具合が悪い。
「……そう、かぁ…。」
「…?」
……………もう、何も考えたくない。
「…じゃ、好きにしろぉ。」
「……え?」
「好きなだけ、泊まれ……。」
……何も、考えなくて。いいよな?
やっと、頭が湯から冷めてきた。
「ほひーはーん?」
「んー?」
洗面台の方から、朔夜の声がする。
「ほっふっへ、ほれふはへはいーれふは?」
「……あー、コップね。」
朔夜は、歯を磨いている。
…新品の歯ブラシがまだ残ってて、本当に良かった。
「あー…これ使え。」
「ふぁはーっふ!」
渡したコップに水を汲み、それを口に含む。
「…んく、んく……ぺっ。」
特に何も考えず、うがいをする朔夜を見つめる。
「……お兄さん。」
「どうした?」
「………うがいフェチっすか?」
「なんだそりゃ。」
いつもみたいな、つまらない雑談をする。
あぁ、いいな。日常だ。
「…あ、そうだ。嫌じゃなかったら布団使え。
一応、昨日洗ったばっかりだから。」
「……あれ? お兄さんはどこで寝るんすか?」
「座椅子。タオルケット持って。」
俺の家で敷布団の代わりになりそうなのは、
座椅子ぐらいなものだろう。
「……ねぇ、お兄さん?」
「あん?」
「……嫌じゃなかったら、っすよ?」
「おう。」
「……い…っしょに、寝ません?」
はぁ、と思わず溜め息を吐く。
「…警戒しろ、って。言ってんだろうが。」
「…"いえす"か、"のー"か。っすよ?」
朔夜の不安そうな目が、俺を見上げる。
「…はぁ。」
左手で、顔を半分覆う。
「…だめ、っすか?」
顔を覆ってた左手を、朔夜の頭に乗せる。
「…え?」
「……イエス。だよ。」
朔夜の口元が、上がる。
「……やった…へへ……。」
本当に、心から嬉しそうな声が漏れ聞こえる。
「…じゃ、先に布団入ってますんで。」
「あぁ。」
「……お兄さん?」
「ん?」
「やくそく、っすからね?」
少女は顔を背けて、横顔をこちらに見せる。
黒髪の隙間から見える耳は、真っ赤に染まっている。
「…俺が約束破ったこと、あるか?」
ほんとに、俺。
「…へへ。……おやすみ、なさい。」
「……おやすみ。」
朔夜にだけ、弱い。
梅雨、雨がいっぱい降る季節。
守華はこの季節が好きみたいですが、
皆様はお好きですか?
私は北の大地の民ですので、
実は梅雨を迎えたこと無いんです。
一応、雨自体は結構好きなんですが。
雨だとタバコが美味いって言うのは、
うちのじいさんの受け売りなんですが。
どうなんでしょう。
私はタバコ吸えないのでわかりません。
何かものを食べてる描写、
毎回出してるんですけれども。
気に入ってくださっているでしょうか。
それともお嫌いでしょうか。
一応、日常感を出したくて入れてます。
食べるって、毎日することだと思うので。
あと、守華と相談した時に、
「食べることが好き」って言ってたんで。
誰も新しいキャラが登場しない、
初めてのお話でした。
どうでしょう。味気無かったですか?
ちょっとでも面白いと思ってくだされば、
それだけで嬉しくて吹っ飛びます。
終わり方が妖しいですが、
次のお話はその日の夜です。
ちゃんと、出来る限り、書きます。
次回も健全にお会いしましょう。
改めまして、ここまで読んでくださった方、
(いらっしゃるのかわかりませんが)
本当に、感謝しております。
これからも、
貴方様の素晴らしいストーリーライフを、
心からお祈りしております。
いだすけさんでした。