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2,わかれた そしてであった

あの日から何日経っただろうか。

俺はまた、何も起こらない日々を過ごしている。


「…フフ。少し買いすぎたな。」


晩飯の材料を買いにスーパーへ行ったら、

挽き肉が100グラム88円だった。これは買いだ。

人参や玉ねぎは家にあるし、

キャベツは高かったから、代わりに白菜を買った。


今晩はロール白菜だ。お袋がよく作ってたな。


夕暮れのアスファルトをのんびりと歩く。


「……あ"っ!?」

「…んだよ?」

「……お兄さん?」


その日、俺の夜に月が照った。






「お久しぶり……っすね。」

「おう。」


夕方の十字路で再会した少女は、

あの夜とは全く違う格好をしていた。


平たく言えば、いわゆるセーラー服。

しかし、あの夜の残滓は美しい碧眼と、

ピアスを隠す絆創膏に、はっきりと残っていた。

胸には銀色の十字架がきらりと光っている。


「い、今会っちゃうか〜…ちょっとマズイかも…。」

「………どうした?」

「あ、いえ、その……今。」

朔夜(さよ)っ!何してんの!」


少女の後ろから、明るい声が響いた。


「え!? あ、ううん。何でもないよ〜!」

「え〜? ……あ、超イケメンさんじゃん!誰?」

「えと、知らない人!全然知らない人!」

「えぇ〜? でも、今楽しそうに話してたじゃん!」

「その、いいから!もう!」


……随分と、雰囲気が違うもんだな。

こんな言い方悪いが、ちゃんと女子高生だ。


「……じゃ、またな。」

「あ、待ってお兄さん!」


少女が俺の胸元に飛びついてきた。


「…えと、そこの『黒兎(くろーと)』ってカフェ知ってます?

そこに絶対後で行くんで。

…無理じゃなかったら、そこで待ってくれません?」

「……善処する。」

朔夜(さよ)ー? 何してんの? 置いてくよー?」

「あ、待って待って! わたしも今行くから!

……じゃ、後で。」


…………女子高生というのも、大変なんだろうな。


じゃ、さっさと帰るか。






木製のしっかりとしたドアを開ける。

カランカランと、風情のあるベルの音が鳴る。


「いらっしゃい …って、守華(ものか)くん。久しぶり。」

「………久しぶり。マスター。」


…………結局来てしまった。


「ネタ詰まったの? いつも通りカウンター座る?」

「いや、今日は待ち合わせだ。ボックス借りるぞ。」

「はいよ。 ブレンド浅煎り?」

「ホットでな。なんか甘いもんも付けてくれ。」

「了解。」


ソファに腰かけてから、自分の右側にカバンを置く。


「ちょっと外出てくるよ〜。」


壁にかかっている時計をちらっと見る。

……6時、か。


「ただいまー。」


カラン、と優しくベルが鳴り、マスターが戻る。

そのままカウンターまで足を進めて、

白いカップと皿を用意するのをぼんやり眺める、


「ふと思ったんだけど…守華くんの服ってさ、

いっつもなんか…袖とか胸元とか、ゆるいよねぇ。

君がスーツ着る姿とか想像つかないや。」


カウンターの方から声がする。


「………ま、実際ほとんど着ないな。」

「…あれ、そういえばロザリオどうしたの?」

「……他人(ヒト)にあげた。」

「え!? あんなに大事にしてたのに!?」


マスターが大きな声を出す。


「……いいんだよ。別に。」

「…そういうものなの?」


少しだけ、窓から外を見る。


「……ところで、誰と待ち合わせてるんだい?」

「…………あぁ。まぁ、ちょっとな。」

「……ふーん?」


俺の目の前にコーヒーとケーキがこつんと置かれる。


「…ザッハトルテなんてメニューにあったか?」

「試作品だよ。守華(ものか)くんがモルモットって訳。」


そのまま対面の席にマスターが座る。


「………まだ営業中だろ? 座ってていいのかよ。」

「いいのいいの。大丈夫になったから。

それよりも試作品の感想聞きたいんだけど?」

「…あぁ、わかった。」


黒い衣を纏ったケーキにフォークを当てる。

しっとりしたバターケーキの間をフォークが通る。


切り出した一欠片を口の中に入れてみた。


…美味い。甘さは控えめだが、口当たりが濃厚だ。

口の中で生地がゆっくりと溶けていき、

生地とチョコ、ジャムの味がじっくり混ざっていく。


……その最中、若干の違和感を感じた。


「……これのジャム、アプリコットじゃねーだろ?」

「おっ、流石だねぇ。味覚鋭いっ!

マルメロとレモンのジャム使ってるのよね。」

「……随分なもん使ってんな。仕入先安定するか?」

「嫁さんの実家が育ててるんでね。問題なし。」


口の中をマルメロの不思議な甘みが駆け抜ける。


「どうだい?」

「…結構美味いんじゃねぇか?」

「…なるほどねぇ〜。初作の割には良さそうね。

貴重なご意見、どうもありがと。」


白く輝くカップに口を付け、

深黒のコーヒーを口に含んだ。


強い酸味と、鋭い苦味。その裏にいる甘味。

そう。これ。ここのコーヒーと言えばこの味。


「君も好きだよね。浅煎りのオリジナルブレンド。

決まって頼む人は君くらいしか居ないけどね。」

「…そうなのか。」

「ウチのは雑味が強いからね。浅煎りは特に。

深煎りは結構みんな頼むんだけどね。」


ふふっ、とマスターは悪戯に笑う。


「にしても。君が待ち人とは珍しいね。

鳩岡(はとおか)ちゃんだっけ? いつもの編集の子?」

「ハト待ちじゃねぇよ。 …ま、ちょっとな。」

「ふーん? …ま、ゆっくりしてきなよ。

遅くなるようだったらなんか作ってあげる。」

「助かる。」


腕と足を組み、少し上を見上げる。


………何してんだろうな。俺。






時計の針を眺める。


「うーん…遅いねぇ。君の待ち人。」

「…だな。」


時計の短針は7つ目まで落ちた。


「コーヒーのおかわり、いる?」

「頼む。」


一旦家に帰って、荷物置いてきてよかった。


「……にしても、随分客来ないな。

いつもだったら晩飯食いに結構来るだろ。」

「うん? …ふふっ、今日は大丈夫なんだよ。」

「…………? どういうことだ?」

「そういう日にしたってこと。」


にこり、と優しく笑って誤魔化される。


「すんませーん!」


ガラガラと、ベルが乱暴な音を立てる。


「いらっしゃ…って、何だ。朔夜(さよ)か。

……あれ、今日シフト入ってなかったよね?」

「はぁ…はぁ……いやその…あ、いた!お兄さん!」


俺の座るボックス席の真横に立つ、見知った少女。


「………遅かったじゃねぇか。」

「すんません…ダチ撒くのに手間取っちゃって…。」

「なんだ。守華(ものか)くんの待ち人って朔夜(さよ)だったんだ。」


白い湯気の立つコーヒーカップを持ったマスターが、

こちらに向かって歩いてくる。


「……知り合いか?」

「ひと月前に入った新米バイトの子だよ。

君は最近来てなかったから、知らないだろうけど。」

「えっ!? 店長とお兄さんって知り合いっすか!」

「ウチを数年前から贔屓にしてくれてる常連さん。」

「し、知らなかった…悔しいっす!」


コーヒーカップが俺の目の前にかつん、と置かれる。


朔夜(さよ)、何飲む?」

「あ、えっと、バタフライピーで!」

「アイスラテ?」

「そうっす!」

「わかった。用意してくるよ。」


2時間ほど前にマスターが座っていた席に、

次は見知った少女が座る。


「珍しいもん飲むんだな。」

「はい! 始めは色が好きなだけだったんすけど、

ラテ飲ンデハからは味も好きになりまして!」


バタフライピーは、鮮やかな青色の茶外茶。

だが、外見の割に味は濃くない。なんなら薄い。

豆の香りが少し香るくらいなものだ。


だから、バタフライピーをストレートで飲む者は、

決して多いとは言えないだろう。


「出来たよ。バタフライピーラテ。」

「おっ!ありがとうございます!」

「2人とも、もう時間遅いからウチで食べてく?」

「頼む。」「いいんすか!ではありがたく!」

「ふふっ。ごゆっくりどうぞ。」


マスターが厨房の方につかつかと歩いて行った。


「……この前の夜とは随分雰囲気違うんだな。」

「あ、あの夜のカッコは特別っすよ!

なにせ買ったはいいものの、

勇気が出せなくて着てなかった服なんすから!」


両手でガッツポーズをして、少女はそう言った。


「………威張れることか。」

「……服装で言えばお兄さんも全然違うっすよね。

今日はその……なんというか……。」

「チャラい?」

「そ…こまでバッサリとは言いませんけど……。」


あ、いま「そうっす」って言おうとしたな?


「ま、あの晩の格好はレアだな。」

「やっぱりそうなんすね。」


白く丸まった取っ手をつまみ、コーヒーを飲む。

…雑談相手がいるのは、久しいかもしれない。


「…お前、この店好きか?」

「ふぇ?」


少女はストローを咥えたまま、こちらを見つめる。


「俺は昔っからこの店に世話になっててな。

この店が結構好きなんだが。」

「ぼ、ボクもこの店は大好きっす!

……お兄さんに比べたら思い出薄いかもっすけど、

それでも雰囲気とか、店長の人柄とか……。」


ラテのグラスを両手で包んで、少女は反論する。


「そうか。好きならそれでいいんだ。」

「………う、うす。」


少女は上目遣いでこちらを見ながらラテを飲む。


白いティーカップに手を付け、

中に入った温かいコーヒーを飲んた。


「そういえば、お兄さんはモノカさん?

ちょっと女の人っぽい名前っすよね。」

「あぁ、名前か。珍しいだろ?」

「どんな字書くんすか?」

「天守閣の(まもる)に、曼珠沙華(マンジュシャゲ)(はな)。」

「…他になんかもっといい例えなかったんすか。

いや、分かるっすけど…………。」

「思いついたのがそれしか無かった。

……そう言えば、お前はサヨって呼ばれてたな。」

「はい!朔の日の(さく)に、深夜の(よる)で、朔夜(さよ)っす!」

「へぇ……。それでサヨって読むのか。

普通、サクヤって読まれる気がするけどな。」

「はい!なんども読み間違えられました!」


少女はにこにこしながら嬉しそうに話す。


「……友達(ダチ)の前と俺の前で、雰囲気違うじゃねぇか。

あっちが『素』か?」

「ち、違うっす。

…どっちかっつーと、こっちが…素ってやつっす。」

「…………ほーん。」


ま、そんな気はしていたが。


「友達といる時のお前、楽しそうだったな。」

「や、それは……まぁ、楽しいっすけど………。」

「……何で『演技』、してるんだ?」

「………………その。」

「そのアイスラテと一緒だよ。」


カウンターの方から、声が聞こえてきた。


「どういうことだ?」

「そのラテと一緒なの。朔夜(さよ)ちゃん。

そのままだと飲む人ってあんまりいないでしょ?

だから、ミルクとシロップで自分を良く見せるの。」


マスターは飲み物で性格診断をするのが好きだ。

……そして、割といい確率で当たる。


「だからさ。素を見せる瞬間って貴重なんだよ。

私も初めて見たからね。こんな感じのこの子。」

「……な、なんかすんませんっす。」

「いいのいいの。心を許せなんて言わないから。

……にしても、2人ってどこで仲良くなったの?」

「………………ま、いいじゃないか。何でも。」

「…ふーん? あんまり突っ込んで欲しくないんだ?

なら深くは聞かないよ。ご飯作ってくる。」


マスターは若干微笑みながら、

少し手を振って厨房の方に戻って行った。


「…お兄さんは何が好きなんすか?飲み物。」

「……ここのオリジナルブレンドの浅煎り。」

「うちのオリジナルブレンドの浅煎りが好きな人は、

偏屈で複雑だけど、一本芯が通ってるいい人だよ!!

誰にでも好かれるタイプじゃないけどね!!」


厨房の方から、聞き慣れたデカい声が聞こえてくる。


「うわぁ! て、店長。聞こえてたんすか!?」

「あははっ。そりゃ聞き耳立ててるからねぇ〜。」

「………あんまり余計なこと言うなよ。」

「ひゃ〜。怖い怖い。」


油断も隙も、ありゃしない。






時計の長針が、5つ程進んだ。

緩やかに、静かに、時間が流れていく。


「……お兄さんって、お仕事何してるんすか?」


静寂を切り裂いたのは、朔夜だった。


「…ニート。」

「そんな馬鹿な。」


足を組んだまま、外の景色を少し眺める。

遠くの方に、昨日行った街のネオンが見える。


「なんでニートじゃないと思うんだ?」

「いや……表にでっかいバイクあったんで。

あれ、割と値段張るやつっすよね?多分。」

「守華くんの愛車って、

GSX-R 1000Rの2017年モデルだっけ。」


真横から声がする。


「わあっ!?店長いつの間に!?」

「……あぁ。そうだ。」

「確か凄く良い奴だよね。200万くらいのやつ。」

「…そんくらいだったかな。」

「にひゃっ……!?そんな凄いんすか!?」

「……お前も趣味には金掛けるだろ?」

「………なるほど。納得っす。」


少しぬるくなったコーヒーに口をつけて飲み干す。


「はい、ご飯お待たせ。オムライス。」


目の前に置かれたのは、

真っ赤なチキンライスの上に、

黄金のオムレツが乗ったオムライス。


白い湯気が、ゆっくりと立ち上っている。


「相変わらず美味そうだな。」「美味しそうっす!」

「ふふっ。喜んでくれて嬉しいなぁ。

……そうだ!萌え萌えきゅんってしてあげようか?」

「やめてくれ。」「流石に引きますよ……店長。」

「うっ…歳考えろって事ね。マスター悲しいですぅ。

ま、ごゆっくりどうぞ。」


まずはオムレツの中心にスプーンで線を引く。

そして、手前と奥に卵をゆっくりと開く。


半熟の卵がどろりと溢れ、チキンライスを包み込む。

白い湯気があたりに一層立ちこめる。

溢れた卵たちがミルク色の糸を引く。

そう。ここのオムライスには、チーズが入っている。


「うわぁ……とろとろっす………。」


朔夜が目をキラキラさせて、オムライスを見つめる。


「お前もやってみろ。

ここのオムライスは世界で一番美味いぞ。」

「照れるなぁ。」


カウンターの方からマスターの声が聞こえる。


「そ、それじゃ早速…ゆっくり切って…開いて……!

わぁっ……………! 卵が…やばいっす………!」

「お前、いい反応するよな。」


朔夜の目の輝きが、外のネオンよりもよほど眩しい。


「……いただきます。」

「………あっ、いただきますっ!」


端っこの方をスプーンで切り取って、口に運ぶ。


半熟のオムレツは、見た目の通りトロットロだ。

それがチキンライスにねっとりと絡み付く。

ホールトマトで作られたチキンライスは、

ケチャップに比べて遥かに味が濃く、香り高い。

その味を玉葱や鶏ガラがバックアップしている。

それをとろけた卵が包み込み、更に味わい深くなる。

ケチャップを上からかける必要が無いほど濃厚な味。

それでいて、口が一切ベタつかない絶妙な水分量。


………やはり、美味い。


「………美味いな。やっぱり。」

「んーッめぇぇ…!店長…美味すぎるっすコレ……!」

「あははっ。2人ともいい笑顔だねぇ。」


ごろっ、と大切りの鶏肉がスプーンに乗る。

ニンニクと塩胡椒でしっかり下味を付けた鶏肉から、

旨味と肉汁がどんどんと溢れ出てくる。


「2人とも、黙ってがっついちゃって……。

料理人冥利に尽きるよ、ホント。」


このチキンライスで最も仕事をしているのは、

実はホールトマトでも鶏肉でも無い。

ライスにかけられた鶏ガラのスープだ。

ライス全体に染み込んだ鶏ガラの下味が、

バラバラの方向を向いた味たちを纏め上げている。

程よく散った黒胡椒が、更なる味に昇華させている。


「ん〜っ! こんなん毎日食えるっすよ!」

「……これが700円は安すぎるんだよな。ホント。」

「値段上げる気はないよ? 何があってもね。」


あっという間に、半分以上食べてしまった。

この味を楽しめる時間が有限なのが悔やまれる。


「………料理でマスターに勝てる気はしねぇな。」

「またまた〜。守華くんも料理上手いくせに。」


目の前をちらっと見る。


「んむっ、はむっ! んーっ!」


俺以上にオムライスにがっつく少女がいる。


「……お前、ホント美味そうに食うよな。」

「んっ? にゃんかいいまひた?」

「いい、いい。口の中に物入れたまんま喋るな。」


少女の顔は、言うまでもなく眩しい笑顔だ。






「ふぅ〜……ご馳走様っした…………。」

「ご馳走様。美味かった。」

「喜んでくれて嬉しいよ。」


マスターが米粒も残っていない綺麗な皿を下げる。


「食後になんか飲む?」

「ブレンド浅煎り。」「バタフライピーラテ!」

「ふふっ。はいはい。今準備するからね。」


俺も朔夜も、遠くに輝く街をのんびりと眺める。

針は既に8の字を指している。


「…最後のドリンク飲んだら帰るか。」

「……っすね。」


これ以上居座る気は無い。マスターにも迷惑だろう。


「…ふふっ……なんか、あれだね。」

「……? どうしたマスター?」

「いやさ、こうやって見てるとさ。

君のそこまで幸せそうな顔、初めて見たなって。」

「………そうでもないだろ。」

「いーや?君一人でオムライス食べる時は、

もっともっと表情控えめだよ?」

「……………かもな。」

「何いッ!? 守華くんがデレた!?」

「……うるせぇ。早くコーヒー持ってこいや。」


頬杖をついて、次は時計を眺める。

かち、かち、と秒針が音を立てて振れる。


ホットミルクの様な優しい時間が、

肌をゆっくり、ゆっくりと撫で続ける。


「はい、ドリンクお待ち。」


テーブルの上に、静かにドリンクが置かれる。

コーヒーカップから、濃い香りがゆっくりと漂う。


「……ほっ、とするな。なんか。」

「そうっすね……。」


コーヒーカップを手に取って、優しく啜る。

口の中が、苦味と酸味に支配される。

しかしそれも長くは続かず、すーっと抜けていく。


意味もなく、視線を正面に向けてみる。


「……? お兄さん?どうしたっすか?」


当然ではあるが、見知った少女がいる。


「………な、何すか。ボクの顔じーっと見て……。」

「……別に。」


何を思った訳でもないが、朔夜の顔を見続ける。


「…………あ、あんまり見ないでください。」

「……おう。」


カウンターの方に視線を逸らす。

マスターがグラスを丹念に拭いている。


「きゃっ。守華くん、僕の顔見つめないでっ♡」

「40後半のおっさんが何言ってる。」

「去年で50過ぎたよ。」

「なら尚更だろ。」


いつもみたいなくだらないやり取りをする時間は、

いつもよりちょっとだけ、特別に感じた。





「……さて。飲み終わったしそろそろ出るか。」

「うす!」


荷物を手に取って、柔らかいソファから立ち上がる。

その後ろを、とことこと朔夜が着いてくる。


「マスター。勘定。」

「おっけー。えーとね、2100円かな。」


ポケットから財布を取り出そうと、後ろに手を回す。


「待って!」


後ろに回した手の首を、がっしり掴まれる。


「この前はお兄さんに奢ってもらいましたし、

ここはボクが出します!」

「……いや、いい。金には困ってねぇ。」

「いやいや、でもこのままだと借りっぱなしに…。」

「いい。恩に着る必要も気にする必要も無ぇ。

第一、他人に奢られんのは好きじゃねぇ。」

「ねぇ、レジ前でイチャイチャしないで?」

「いちゃついて無ぇ。」「んなことしてないっす!」

「じゃ、さっさと出して。」


掴まれた手首を振り払って財布を取る。


「ぐはっ!お兄さん意外と力強い!」

「一応、大の男だぞ。俺。」


財布のチャックを開けて、札と小銭を確認する。

百円玉が1枚、札が2枚。よし、丁度だ。


「マスター。ちょっきり。」

「お預かり致します。

……それでは、1万8000円のお返しでございます。」


手のひらに札が5枚乗る。


「ん?」

「守華くん、2万100円出してたよ?」

「マジか。」

「お兄さん、どんなうっかりなんすか……。」

「ほっとけ。」


財布に渡された金を仕舞い込む。


「また来るわ。」

「お疲れ様っす!店長!」

「うん。またいらっしゃい。」


カラ…と、寂しそうにベルが鳴って、ドアが閉まる。


特に何がある訳でもなく、後ろを振り向いてみた。


『Closed』


ドアには、そう書かれた木板がぶら下がっていた。

……この店の閉店時間は、22時のはずだが。


………少し思い出してみた。

……全く客の来ない店。そして焦らないマスター。


…あのオヤジ………。


「……フッ、やりやがったな。」

「んー? どうしたんすか?

……あれ、『Closed』になってる。何でっすかね?」

「……………さぁな。」


俺と『待ち人』を2人っきりにするため、

わざわざ店閉めやがった。






駐車場の方に歩を進める。


「……お前、チャリンコで来てたんだな。」


バイクの隣に並んだ、カゴ付きの自転車を眺める。


「あ、そうっすそうっす。」

「…割といいチャリ使ってんな。」

「兄貴が合格祝いに買ってくれた奴なんで!

大事に使ってるんすよ〜。」

「……いい兄貴だな。きょうだいは大事にな。」

「もちろんっすよ!」


サイドバッグからヘルメットを取り出し、

空いたスペースにカバンをしまう。


いつも通りクラッチを繋ぎ、

アクセルをかけてエンジンを噴かす。


「じゃ。また機会があったらまた会おうぜ。」

「うす! お店もまたご贔屓にお願いするっす!」


そのまま気持ち良く出発し、駐車場を出る。


不意に、サイドミラーを見てみる。


……大きく手を振る朔夜が、しっかりと写っていた。


…なんとなく、右手をふっと上げてみた。


…………さ、家に帰ったら何するかな。

………原稿でも進めようか。

ここまで読んでくれた皆様。

また、前話から見てくださっている皆様。

本ッッ当に感謝の極みでございます。


「お兄さん」と「少女」改め、

「守華」と「朔夜」のお話、いかがだったでしょう。

『面白かったです!』なんて言う方がいらしたら、

私は狂喜乱舞いたします。はい。

『面白くねぇ!』なんて方もいらしたら、

ぜひ直接でもコメントでも言ってください。

私、一生懸命精進致します。はい。


キャラ名の由来だとか、モチーフのキャラだとか。

そういうのは希望があったり、気が向いたりしたら、

Twitterとかで発言するかもしれません。

希望があればほぼ確実にやります。

……気が向くのは…あんまり期待しないで下さい。


ほんと、『面白いものを書く』っていうよりも、

そもそも『物語を書く』のが私にはもう難しいです。

けど、まずは形にしないと面白いかもわからないし。


なので、世の売れっ子小説家さんや漫画家さんは、

みんな努力と天賦の才なんだなって思います。


自分もそのレベルには遠く及ばずとも、

人に胸張って見せられるくらいになりたいものです。

……あと50年くらいかかるかしら。

50年で足りるかしら。


最後に、ここまで読んでくださった皆様。

ホントに神です。有難いです。

皆様の素晴らしいストーリーライフを、

心から願っております。いだすけさんでした。

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