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14,仕事中

中平(なかひら) 守華(ものか):小説家。


斜木(ななめぎ) 朔夜(さよ):女子高生。喫茶『黒兎(くろーと)』バイト。


鳩岡(はとおか) (あき):『新羽出版』編集者。


烏野(からすの) 真星(まほし):喫茶『黒兎』店主。

「いやぁ、今回の原稿も素晴らしかったですぅ。」

「御託はいい。要件を話せ。」


いつもの店。いつもの場所。


「…今回も、上………からノーが出ましたぁ。」

「またかぁ。」


いつもの顔。いつもの要件。


「ノーが出た部分は?」

「『水芭蕉のような危うさを持つ貴方だからこそ、

私は根を疑わず、その全てを喰らおうと思う。』

これを筆頭として、他にも多数出てますぅ。」

「理由は?」

「分かりにくいそうですぅ。」

「またかぁ。」


いつもの話。いつもの理由。


「……今年に入ってから、このやり取り何回目だ?」

「だいたい20回くらいじゃないですかねぇ。」

「…上層部は随分俺の事、嫌いらしいな。」

「先生のことが嫌いって言うかぁ、

仄冬先生のことが好きって言うかぁ。」


大人が寄ってたかって、好ましくない。

最も、負け犬の遠吠えのようなものだが。


「…わかりやすい話を求めてんなら、

駄作の子ども向け絵本でも読めばいい。」

「……色んな方向に喧嘩売ってますよぉ。」


こんな時は、コーヒーでも飲んで落ち着かねば。

オリジナルブレンドはまだ来ないのか。


「し、失礼致しますっ!」

「んっ。」


聞き慣れた声に、ぴきっと固まる。


「…お、オリジナルブレンド深煎りのホットと、

カフェモカ、チョコレートパフェですっ!」

「ありがとうございますぅ〜。」

「…ドーモ。」


顔を思い切り、窓の方に向ける。


「……し、失礼致しましたっ!」


とたた、と足早に去る黒いショートボブを見送る。


「…。」

「先生? どうかしましたかぁ?」


カウンターの方を見ると、ニヤニヤと笑うマスター。

おかしい。今日は出勤じゃないはずだ。


「………いや、なんでもない。」


ぴろん、とスマホが音を出して震える。


「…連絡ですかぁ?」

「……みたいだな。」


ちら、とロック画面の通知を眺める。


『からすの:今日は朔夜ちゃんが学校休みだから、

      お店手伝ってもらってるよ〜。』


疑問は解決した。

有難いことに。あるいはふざけた事に。


「……先生ぃ? 顔怖いですよぉ?」

「…なんでもない。」


ずぅっ、とホットコーヒーを啜る。

カフェインの力を借りてリラックスしなければ。


「あ、先生。早くしないとパフェ溶けますよぉ。」

「あぁ、今食べる。」


上のソフトクリームの部分をすくって、口に運ぶ。

すっきりした甘さが、口内をリセットする。

舌に乗せるだけで、勝手にとろけていく。

素晴らしい。マスターの料理は美味い。

料理は、美味い。


「美味しそうに食べますねぇ。」

「美味いからな。」


チョコレートは程よくビター。

素直な甘さのソフトクリームとよく合う。


「……久しぶりにパフェ食ったな。」

「…この前はハニートーストでしたねぇ。」


スプーンを深くまで突っ込み、フレークをすくう。

ソフトクリーム、フレーク、チョコレートソースが、

それぞれ互いを殺さないように主張してくる。

変わらず甘さが強い訳では無いが、

だからこそ相性が良く、口の中で程よく混ざる。


「わたしのカツサンド、まだかなぁ。」


何も知らない鳩岡は、カウンターの方を眺めている。

頼むから、お前だけはそのままでいてくれ。

お前まで面倒臭くなられたら困る。


「お、お待たせ致しましたっ!カツサンドですっ!」

「あらぁ、ありがとうございますぅ。」


ちら、と店員の姿を見る。


白いワイシャツに、黒いパンツ。

そしてブラウンの腰エプロン。

いつもとは違って、シンプルかつぴっちりした服装。


表情も、これまた見たことがない。

引き攣った笑い、とでも言うべきだろうか。

少なくとも俺は初めて見る姿だ。


「…お嬢さん、新人さんですかぁ?」

「はぇっ、あっ。いやっ、お昼は初めてでっ!」

「まぁ、そうだったんですねぇ。

初めて見る店員さんだったのでぇ、つい。」


そりゃそうだ。

俺と鳩岡が打ち合わせをするのは、大体平日の昼。

そんな時間にバイトをしていたら、留年だろう。


「お、お客様はっ、常連様なんですかっ?」

「そうですよぉ。以後お見知り置きをぉ。」

「はっ、はいっ! よろしくお願いしますっ!」


ぺこっ、と朔夜は勢いよく頭を下げてから戻る。

傍から見れば、微笑ましい光景だ。

ひとっつも笑えないが。

神とかいうやつはユーモアのセンスに欠けている。


「んーっ!やっぱりここのカツサンドが一番っ!」

「そうか。マスターも喜ぶだろうよ。」


ちらっとカウンターを見ると、

マスターがしっかりガッツポーズをしている。

この親しみやすさが、この店を更に盛り上げている。


「……んで、なんの話しだったっけか?」

「…えーと、原稿の修正ですかねぇ。」

「………はーぁ、面倒。」

「まぁまぁ、そう言わずにぃ。」


ぺら、ぺらと機械出力された原稿用紙をめくる。

赤マルがいくつかついている。


「……深みのない文学になんの価値があるんだ。」

「やめてください、敵作ってますよぉ。

ただでさえ、先生は味方多くないのにぃ。」

「ほっとけ。」


ぼーっ、と店内を眺める。

マスターと目線が交わる。

初老の男が口に手を当て、恥ずかしがる動きをする。

さながら、「きゃっ♡」とでもセリフがつきそうな。

腹立つ。


「…モノ先生、なんか変わりましたぁ?」

「ん?」


鳩岡が、気になるような台詞を吐く。


「変わったって、どこら辺がだ?」

「うーん、そうですねぇ…。」


鳩岡は腕を組み、分かりやすく考える姿勢になる。

変わった、と言われれば変わったのだろうか。


「まず、人が死ななくなりましたぁ。」

「おぉっと?」


訳が分からないような、分かるようなことを言う。


「モノ先生が売れっ子になってからの作品ってぇ、

どんなジャンルでも、わりかし人が死ぬんですぅ。」

「そうなのか。」


言われてから気付くことって、けっこうあると思う。

正しく今の俺がそうだ。


確かに、よく人が死ぬかもしれない。

サスペンスやバトルを描いているならもちろんだが、

恋愛ものを書いても、心中だの自殺だの。

日常ものを書いても、事故だの病気だの。

自分では理解していなかったが、確かに死んでいる。


「去年アニメ化までした『しにがみうた』だってぇ、

そもそも死者の対話するのが好きなぁ、

変わり者の死神のお話ですしねぇ。」

「まぁ、一理ある。」


長いこと俺の担当をやっているだけはある。

ちゃんと作品分析もしているんだな。

…もっとも、俺がやらなさすぎるから、

代わりにやってくれているところは否めないが。


「けどぉ、最初期の作品はそうじゃないんですぅ。」

「……あんまり駆け出しの頃の話はするな。」


あんまり思い出したくない。

言わば黒歴史に相当する時代だ。


「『拝啓、クソッタレ共へ』なんかいい例ですぅ。」

「あー、あー。聞きたくない。」


デビュー作は、より嫌いだ。


「なんでですかぁ。わたしの入社きっかけなのにぃ。」

「なんか嫌なんだよなぁ。」


すこしぬるくなったコーヒーを、一気飲みする。

喉元を強い香りと共に通っていくのがわかる。


「あ、飲み物無くなりましたねぇ。すいませぇん。」

「はいっ!」


元気よく、緊張した声が満席寸前の店内に響く。


「お、待たせしましたっ!」


注文用紙を持った朔夜が、テーブル横に来る。


「えっとぉ、バニラアイスとぉ?」

「オリジナルブレンドノアイスデオネガイシマス。」

「はいっ、バニラアイスとブレンドですねっ!

ただいまご用意いたしますねっ!!」


注文を取った朔夜は、足早に去っていく。

顔はよく見てないが、焦っているのだろう。


「……でぇ、モノ先生の初期作品ってぇ、

逆にぜんぜん人が死なないんですぅ。」

「大抵はそうだろ。」

「いやいやぁ。『拝啓』なんかは、

病気のおじいちゃんも、自殺未遂した主人公も、

色々あって助かるじゃないですかぁ。」

「覚えてねー。」


忘れたくても、忘れられない。


「まぁようするにぃ、最近の作品もぉ、

人が死んでないんですねぇ。」

「何作品くらい死んでないんだ?」

「直近6連続くらいじゃないですかぁ?」


そうなると、3ヶ月前くらいから死んでないか。


「わかった、次回作は殺しとく。」

「違ぁう。そういうことじゃないですぅ。」


ばんばん、と鳩岡は軽く机を叩く。


「…はぁ、むしろ個人的にはいい傾向だと、

心の底から思っているんですけどねぇ。」

「絶対違う。」

「なんでですかぁ!」

「初期の作品に似ているというのが腹立つから。」

「訳が分からないですぅ。」


ぷんすか、とでも効果音がつきそうな様子で、

鳩岡はカフェモカのストローに吸い付く。


「お待たせ致しましたっ!バニラアイスとっ、

オリジナルブレンドのアイスコーヒー、です!」

「…アリガトウゴザイマス。」

「わぁ、ありがとうございますぅ。」


こと、こと、とコーヒーとアイスがテーブルに並ぶ。


「……アイスがぁ、2つ?」

「てっ、店長からのサービスですっ!!」


こういう、粋なところはさすがマスターだ。


「…マスターによろしく言っといてくれ。」

「は、はいっ!」


有難い気遣いには、しっかり礼儀で返さねば。


「し、失礼しましたっ!!」


大きな声で一礼した後、朔夜は駆け足で去る。


「…モノ先生ぃ、あの子お気に入りなんですかぁ?」

「は?」


やけに鋭い。これが女の勘か?


「……まぁ、ボーっとしてただけだ。気にするな。」

「…そうなんですかぁ? なんでもいいですけどぉ。」


アイスを一口運ぶ。


「…甘っ。」

「…甘い物食べてぇ、甘いってぇ言わないで下さい。」

「仕方ないだろ。」


チョコレートパフェは優しい甘さだったが、

こちらは濃厚なミルクとバニラの香りがとても良い。


「うんっ、あまぁーい!」

「お前もじゃねぇか。」


スプーンを咥えながら、原稿をじっと見つめる。


「……どうやって手直ししたもんかね…。」

「一応、『こんな表現は?』っていう候補的なのが、

『上』から降りてきてはいますよぉ。」

「はぁ。」


赤マルの隣を見ると、確かになにか書いてある。


「…この表現は、『毒を食らわば皿まで』なんて…。」


そこまで読みかかったところで、封筒にしまった。


「……どうしましたぁ?」

「これ書いたの、仄冬先生だろ。」


ぎくっ、とでも形容すべき様子で、鳩岡は固まった。


「…………どうして、ですかぁ?」

「慣用句使いたがるのは、あのちびっ子の癖だろ。」

「…あは。」


鳩岡はスプーンを咥えたまま、目を逸らす。

……もっとも、こいつが悪いわけじゃないんだが。


「……まぁ、分かりやすいのには違いないがな。

慣用句を使うのが絶対悪だという訳じゃなし。」

「最近、フユ先生贔屓がどんどん増してきてて…。」


ぽつ、ぽつと鳩岡は真相を話し始めた。


「……今回からは、モノ先生の卸した原稿は、

フユ先生がお偉いさん方と一緒に、

チェック入れることになったんですぅ。」

「…はぁ。」


上層部の気持ちがわからないわけじゃない。

デビュー2年目で芥川賞、次いで3年目で直木賞。

それ以外にも多数の文学賞を当然のように取っていく。

そんな天才作家、仄冬を推したい気持ちはわかる。


対して俺は、本屋大賞を去年に一度取っただけ。

もちろん、それ自体も素晴らしいことには違いないし、

自分でも誇りを持っているのだが。

さすがに優先するべきは仄冬先生だろう。


……だからと言って、この仕打ちはなんだ。


「………あのチビは、俺の何が気に食わんのかねぇ。」

「…うーん。思い当たりはひとつありますよぉ。」

「お、教えてくれ。」


もしかしたらなんですけど、と前置きをしてから、

鳩岡は自分のその『思い当たり』を話し始めた。


「去年『天掴(てづかみ)』で本屋大賞取りましたよねぇ。」

「取ったな。」

「……2位の作品、ご存知ですかぁ?」

「………知らん。」


嘘。


「…『この9月の空の下で』。」

「『天才作家・仄冬 珠玉の作品!!』だったか?」

「あとがきで『これ以上の物は書けません。』とも。」


忘れはしない。

確かに、あの作品は面白かった。


「……しかも、しかもですねぇ。」

「おう。」

「一昨年に本屋大賞取ったの、仄冬先生なんですぅ。」


つまり、史上初の『連覇』を俺が止めた訳だ。


「………くっだらねぇ。」

「モノ先生からしたらそうなんでしょうけどぉ、

文学賞だなんて、とってもとっても名誉なんですぅ!」


鳩岡は、最初は作家志望だったらしい。

だからこそ、こういう話題になると熱くなる。


「…まぁ、それをみすみす潰したのは悪いとは思う。」

「……フユ先生はワガママなのは間違いないですがぁ、

モノ先生もぉ、賞に対して関心を持ってくださぁい。」

「………とは言ってもねぇ。」


書きたいものさんざっぱら書いて、金まで貰える。

それも飛べばとんでもない大金が、だ。

これ以上の立場を望む必要がどこにあろうか。


「…………まぁ、今年は本屋大賞取れりゃいいな。」

「誰がですかぁ?」

「仄冬先生がだよ。」

「……もぉ!」


既に溶けかかったアイスクリームを素早く口に入れる。

この位の方が、食べやすさと濃厚を兼ね揃えている…。

……と、勝手に思っている自分がいる。


「…まぁ、このアイスクリームを望んだ時に、

いつでも食えるくらいの収入があればそれで…。」

「……凄い人が謙遜すると、自慢に聞こえますよぉ。」

「………俺は、自信満々に作品書いたことねぇよ。」


スプーンを置いてから、コーヒーをすする。

冷たい口の中に、湯気の昇るコーヒーは相性抜群。

この店の特徴でもある、「強い苦味」が引き立つ。


「………いつまでに出直した原稿送れば良い?」

「……来週中には欲しいですぅ。」

「おう。」

「もちろん締め切り厳守で!

…って、モノ先生に言う必要、無いですよねぇ。」

「かもな。」


ジャケットを羽織って、素早く伝票をとる。


「あっ! わたしが払いますよぉ!」

「いらん。奢られるのは嫌いだ。」


そのままレジまで伝票を持っていく。


「あ、ありがと、う、ござい、ますっ!」


引き攣った笑顔の朔夜が、レジに立っている。


「………お願いします。」

「はっ、はいっ!」


朔夜の柔らかい手に、黒い伝板を渡す。


「2100円になりますっ!」

「……相変わらず安いな。」


ちら、ちら、と周りを見渡す。

マスターは厨房が忙しそうで、こちらを見ていない。

鳩岡は、荷物をまとめるのに手間取っている。


「……今日は、来るのか?」

「………えっ?」


鳩が豆鉄砲食らったような、そんな顔を朔夜がする。


「………遊びに、来るのか?」


言葉を、さらに押し込む。


「…い、行きます。」

「よし。」


何故か強く握られた朔夜の手を掴む。


「ひゃっ…!」

「……これで。」


今度は、間違えない。

緩んだ朔夜の手に、2100円をぴったり乗せる。


「………あっ、えとっ…丁度、お預かりします……。」

「はい。」


腕を組んで、鳩岡の方を見る。

やっと荷物が纏まったようで、こちらに駆けてくる。


「……レシート、お使いになりますか?」

「いや、そのままで。」

「かしこまりました。」


鳩岡より早く、店の扉に近づく。


「……ごちそうさま。」

「あっ、ありがとうございましたっ!!」


かろん、かろん、と上品なベルが鳴った。




「もう、なんで先にいくんですかぁ!」

「遅いお前が悪い。」


サイドバックに原稿の入った封筒を詰めながら、

鳩岡の文句を流し聞きする。


「…ま、珍しいもの見れたから良いですぅ。」

「は?」

「なんでもないですぅ。」


車の鍵を開けて、鳩岡はささっと乗り込む。


「…じゃ、気をつけて帰れよ。」

「はい、先生もお達者でぇ!」


愛車に跨り、エンジンを蒸かす。

今日は空気が澄んでいる。寒いのは玉に瑕だが。


「……じゃあな。」

「さようならぁ!」


俺は、冬の空気を割って行った。






「いやぁ、驚いたっすよ! お兄さんが来た時!」

「……こっちだって平日の昼に居ると思ってねぇ。」


座椅子に腰掛けながら、のんべんだらりと話す。

我ながら、良い時間。


「しかも、めっちゃ美人さんと一緒じゃないすか!!

危うく脳が破壊されるかと思ったっすよ!」

「……なんだそりゃ?」


言いたいことは、分からなくもないが。


「いやぁ…その……浮気、してるかなぁーって。」

「……は?」


いや、まぁ。


「絶対無い。」

「いやいや、それでもやっぱり不安っしたよ!

もやもやして、どきどきして……。」


されて嫌なことはだれにもするな、と。

昔からお袋に仕込まれているから。


あるいは、未だにトラウマなのか。


「……あいつはただの担当編集だよ。」

「ふーん…。なるほど……。」


朔夜はしばらく、考えるような動きをしている。


「……何年くらいの、付き合いすか?」

「もう4年になるかな。」

「………あんな美人さんと、4年も!」


ぱちぱち、と何故か拍手の音が響く。


「…いやぁ、ならもうデキてるんじゃないすか?」

「……おい、朔夜。」


腕を組み、納得したような姿の朔夜。

何を、納得することがあったのだろうか。


「いやぁ、だってボクの上位互換じゃないすか!

身長高いし、色気凄いし、つやつやの黒髪ロングで、

胸もぼーんっ、て大きいし!!」


やたら大きい声が出るものだ。

大抵は静かなこの部屋には、少しうるさい。


「……朔夜。」

「なんすかっ!!!」



「………妬いてんのか?」


朔夜は顔を真っ赤にして、ぷるぷる震え始めた。


「妬いてますよ!当たり前じゃないすか!!」



座椅子から立ち上がった朔夜が、

俺の膝元まで勢いよく近付いてきた。


「ボクたち、恋人になったんすよ!?

まだ恋人っぽいことそんなにしてないっすけど!!

そんな中であんなに仲良い姿見せつけられたら、

ひとつやふたつ、ヤキモチ妬きますよ!!!」

「……悪ぃ。」


こんなに声を荒らげる姿は、初めてかもしれない。

……あの時(・・・)より、まだ荒れている気がする。


「………まぁ、仕事なんで、仕方ないっすけど!!」

「…納得してないな。」

「したいっすよ!出来ないんすよ!!」


ぽか、ぽか、と優しく俺の胸を叩く。


「……お兄さん。」

「何だ?」

「連絡先ください!LINEとか!!」


きっ、と半泣きの目で俺の事を睨みつける。

いや、見つめているのか、なんなのか。


「…渡してなかったっけ。」

「はい!持ってないっす!!」

「そか、スマホ出せ。」


そもそも俺が連絡不精だから、

交換してもあんまり意味が無い気もするが。


「……よし、OKっす!」

「おう。」


あ、と今思い出したことがある。


「朔夜、ついでだ。手出せ。」

「え?」


ぽかんとした顔で差し出された両手に、鍵を置く。


「……え?」

「合鍵。」

「……………え?」


脳の処理が追いついていないのか。


「俺の家の合鍵。持っとけ。」

「………………え!?」


どうやら情報処理ができたらしい。


「ぼっ、ボクが持ってていいんすか!?

こんな、こんな大事なもの、持ってていいんすか!」

「……当たり前だろ。」


朔夜の耳元まで、顔を持っていく。


「…恋人だろ?」

「っ………!」


耳を押さえて、赤い顔が更に真っ赤っかになる。


「…ま、世界で唯一のアドバンテージだ。喜べ。」

「………わ、わーい…。」


静かに、ただ本当に嬉しそうに手元の鍵を見つめる。


そんな綺麗な横顔が、ただ本当に素敵で。


俺が俺で良かったと、ただ唯一思える時。


「……さ、もう遅いから帰ろうか。送っていく。」

「………っす。」


朔夜に荷物をまとめるのを促す。

促しつつ、鍵とサイフ、大事になったスマホを、

自分のパンツのポケットにしっかりと突っ込む。


「準備、出来たっす。」

「おう。行くか。」


ぐいっ、と袖を引かれる。


「……ん?」

「………どうでもいいこと、連絡していいっすか?」


言葉より先に、手が頭をくしゃくしゃ撫でていた。


「わ、わっ…。」

「……良いに決まってんだろ。恋人なんだし。」

「……わーい。」


こんな月夜が、ずっと続いてくれればいい。


それが、神とかいうロクデナシに対して望む、

俺が唯一、これから生きていくための支柱。

このお話を読む時だけは、

今日が12月5日だと思い込んでください。

それが私からの唯一の願いです。


いだすけさんでした。

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