12.5 Trick or Neruq?
ネルク・ユーテッド・シュトラウス
-自分。もっと背丈が欲しい。
斜木 陽暮
-朔夜さんのお姉さん。かっこいい。
斜木 朔夜
-クラスメイト。守華さんとお似合い。
鴉越 優
-クラスメイト。ちょっとだけウザい時がある。
有馬 京志
-担任の先生。ムキムキ。
「ハッピーハロウィン!ネルくん!」
「あ、朔夜サン、ハッピーハロウィン、デス。」
時は10月31日。
世の中は、ハロウィンに浮かれている。
最も、自分もそう変わらない。
「トリックオアトリート!」
「ハイ、Treatデス。」
昨日のうちに買っておいたミニドーナツを、
朔夜さんの手のひらに載せる。
「わ、ありがと!」
「イエイエ〜。」
朔夜さんが甘いもの好きなのは、よく知ってる。
一緒にカフェ巡りなんかもしたことがある。
それはまた、随分美味しそうに食べるのだ。
「今食べてもいい?」
「もちろんデス。ドーゾドーゾ〜。」
袋を開け、ぱくっと消えていくひとくちドーナツ。
消えた瞬間、ぱっと朔夜さんに明かりがついた。
「んー!美味しいねぇ、コレ!」
「そうデスか? それなら良かったデス。」
朔夜さんも、ものを食べるといい表情をする。
普通にスーパーで買ったものだが、
美味しいものは、どれだけ安くても美味しい。
値段と味というものは、結局そんなに関係ない。
「お、ネル。あたしにもちょうだいよ。」
「もちろんデスよ〜。」
後ろから声をかけてきた優さんにも、お菓子を渡す。
「ハイ、Treatデス〜。」
「おー、景気いいなぁ、ネル坊。」
わしっ、と大きな手が頭に乗る。
「ワッ!? 有馬センセ!?」
「おれにもそのドーナツくれよ。これやるから。」
ぼん、と綺麗に飾られた袋が手のひらに乗る。
「…手作り、デスカ?」
「おう。俺特製のシフォンケーキだ。美味いぞ。」
くしゃくしゃ、と頭を力強く撫でられる。
有馬先生は、体が大きい。声も態度も大きい。
「ワ〜!? 揺れル〜!?」
「お、すまんすまん。」
視界が手の動きに合わせてぐらぐら揺れる。
「…にしても、先生がお菓子作りとか、いがーい。」
「ウチのカミさんの趣味に付き合ってたら、
いつの間にか作れるようになっててな。
お前らと先生方全員分、せっかくだし作ってきた。」
「なんか解釈ちがーい。」
「うるせぇ。」
まだ人の少ない教室で、そんなことを言いながら、
先生はみんなの机に水色や緑の小袋を置いていく。
「…今日のハロウィン、どうしようかなぁ。」
「おっと朔夜? 誰か一緒に過ごす人がいるんだ!?」
「ち、違うよ!」
朔夜さんの迂闊な一言に、優さんが鋭く切り込む。
……また始まった。
「家にいるから、フツーに!」
「ほぉ、ほぉ。家に誰か招くんだね?」
「違ぁう!」
この頃、2人は毎日こんなやりとりをしている。
……どっちでもいいから、諦めればいいのに。
「マァ、マァ。一旦お菓子食べて落ち着きマショ。」
「お、そうだね。このシフォンケーキ食べよ!」
「こら、朔夜!まだ終わってないよ!」
「終わったよ!いただきます!」
強引に話を切り上げて、朔夜さんはケーキを食べる。
自分もそれにつられて、袋からケーキを出す。
手に取ったシフォンケーキは、まず驚く程柔らかい。
薄くかかった粉砂糖は、薄いイエローの生地の上で、
しっかり、確かに存在感を示している。
「ワ、綺麗…。」
「え、美味っ!」
「あったりまえだろう!」
先生がふふん、と胸を張る。
相当、自信があったんだろう。
実際、とっても美味しそうだ。
「ジャ、ミーもいただきマス。」
「おう、食え食え。」
はむっ、とシフォンケーキにかぶりつく。
手に持った時に感じたのと同じように。
いや、それ以上にキメが細かく、柔らかい。
歯と歯の間には、何も障害は無かったような感覚。
しかしほのかな甘みが主張してくる。
粉砂糖は、思ったほど甘くない。
ただ、口に余韻を残すように、じんわり溶ける。
「…美味シイ。」
「お、気に入ってくれたか。ならよかった。」
がはは、と先生が笑う。
実際、とっても美味しい。
今まで食べたシフォンケーキの中で1番美味しい。
甘いものはいろいろ食べ歩いたけれど、
有名店にさえ引けを取らないような美味しさ。
…なんで教師やってるんだろ、この人。
「ん、どうしたネルク。俺の顔に何かついてるか?」
「イエ、何でもないデス。」
とにかく、今日はいい滑り出しだ。
とってもいい日になることは確定した。
「……この化学式はこうやって見れる故…。」
『キーン、コーン…』
「おや、もうこんな時間であるか。
日直の者、終了の挨拶をお願いするぞ。」
「きりーつ。」
日直のやる気のない声とともに、みんなが立つ。
「れーい。」
日直のやる気のない声とともに、みんなが礼をする。
「諸君、今日も一日お疲れ様であった。
帰るもの、部活のあるもの、皆々気を付けるのだぞ。」
化学の牛山先生が、可愛らしい声でそう告げる。
そのまま、ぴょこぴょこと小さな体を動かして、
てててっと教室から去っていく。
「ふぃー、お疲れぇ!」
「ア、お疲れ様デス。」
後ろの席の鹿島くんが声をかけてくる。
「今日も可愛かったな、ウッシー。」
「…毎回言ってマスネ、ソレ。」
「いやぁ…って、そんなことはいいんだ。」
ぼん、と肩に両手が乗る。
「……この後、ヒマ?」
「ヒマじゃないデス。」
「お、珍しっ。」
自分の答えに、明らかに驚いた様子の鹿島くん。
そりゃそうだろう。自分は滅多に誘いを断らない。
「なに、彼女?」
「違いマスよ〜。」
そう、彼女じゃない。
「友達と約束してるんデス。」
「ほ〜…ま、先約がいるんじゃ仕方ねーな。」
ちょっとだけしょんぼりした様子で、
鹿島くんは荷物を持って席を立つ。
「んま、それなら別のヤツ誘うわ。おつかれぃ!」
「お疲れ様デス〜。」
鹿島くんの後ろ姿を見送った。
…自分も、そろそろ行かなきゃ。
『斜木』
その表札が掲げられている家のチャイムを鳴らす。
「…寝てるカナ。」
『ガチャ。』
勢いよくドアノブが下がり、そのまま扉が開く。
その扉の勢いに、ちょっとだけたじろぐ。
「おう、来たかァ!ネル!」
「…モウ、陽暮サン!
扉はゆっくり開けてくだサイって、
いっつも言ってるじゃーナイデスか!」
「いやァ、悪ぃ悪ィ。」
そのまま、いつも通りに扉をくぐり、
玄関で靴を脱いでから、揃える。
「…また、靴脱ぎっぱなしデスね。」
「あ? 今更気にしねェだろ、ンなこと。」
「まったくモウ…。」
陽暮さんに手を引かれて、リビングに入る。
「……ワ、また荒れ放題デス。」
リビングからキッチンが見える家。
だからこそわかる、キッチンの荒れ具合。
冷蔵庫には謎の粉が飛び散り、壁は黒く汚れている。
床には、ボウルか何かが転がっている。
「いやぁ、オレには無理だった。菓子作り。」
「まずは片付けデスネ、コレ。」
荷物をソファの上に置いてから、袖をまくる。
「おう、手伝うぜ!」
「むしろ先導してやってくだサイ!」
「わりィわりィ。」
陽暮さんの手を引いて、キッチンに走る。
…お楽しみは、これを終わらせてからだ。
「ふぃー、助かったぜェ。」
「…全く、だから手作りはやめてってあれホド…。」
「オレには料理の才能ねェんだな、こりゃ。」
2人並んで、ソファで息をつく。
何だかんだ、片付けは30分くらいかかった。
「……ア、陽暮サン。コレ、どうぞデス。」
そう言いながら、赤い小包を陽暮さんに渡す。
「お、サンキュ。手作り?」
「デスデス。」
「へェ…開けていい?」
「もちろんデス。」
ぱかっ、と開けた包みから、クッキーが出てくる。
「……お、クッキー? 食べていいか?」
「当たり前デス。」
貴女のためだけに、作ったんだから。
「ほいじゃ、いただきます!」
陽暮さんは、ざくぅっと豪快にクッキーを頬張る。
「…どう、デスカ?」
「美味ェ!」
にこぉっ、と笑った陽暮さんが眩しい。
やっぱり、この笑顔が好きだ。
「これ、かぼちゃクッキーか?」
「そうデスよ〜。」
昨日、ばあやにレシピを聞きながら、初挑戦した。
1回失敗したけど、徹夜で何とか作った。
それだけの価値が、この人の笑顔にはある。
「いやぁ、手が止まんねェわ!」
「それなら良かったデス。」
ちゅぴ、ちゅぴ、と陽暮さんは指先を舐める。
「……じゃ、陽暮サン。」
「お?」
「Trick or Treat?」
「おー、そうか。そうだよな。待ってろ。」
クッキーをローテーブルの上に置いてから、
キッチンの方に走る陽暮さんを見送る。
…ダークマターとか、出てこないよね。
「……おう、これ!」
どん、と2Lのアップルジュースと、
うすしおとのりしおの、大きなポテトチップスが、
クッキーの横に並ぶ。
「おら、トリート。なんか映画観るぞ!」
「いいデスネ!」
今日の夜も、楽しくなりそう。
『…また会おう、ジョン……。』
「ワァ……。」
「だはは、乙女みてぇな反応するな、おめェ。」
両手を口にあてた状態で、固まっていると、
となりに座っている陽暮さんに茶化される。
「……しょ、しょうがないじゃナイデスカ。
かっこよかったんデスから…。」
「ま、おめェも一応、外国人だもんな。
キアヌとかウィレムとかに憧れるんか?」
「いやぁ、ミーはこうはなれまセンヨ。」
「分かんねェぞ〜?」
ポテチをぱりぽりと食べながら、陽暮さんが話す。
「……陽暮サン。」
「あ?」
ポテチの横には、まだクッキーの袋がある。
「…クッキー、あんまり美味しくなかったデス?」
「あん?」
「イヤ、1枚だけ残ってるカラ…。」
「……あ、いや、これはな…。」
ふっ、と陽暮さんがそっぽを向く。
「…あとで大事に食べようかな〜、ッてな。」
顔が、熱い。
「アッ、そ、そうだったんデスネ……。」
「お、おう。」
謎の沈黙が、場を支配する。
モニターには、犬を連れて歩くジョンが映る。
「…つ、次の映画……入れるかァ?」
「で、デスネ!」
『……あーっ、弱ぇ〜!』
「ワーッ! キスした、キスしましタ!」
「ガキじゃあるめェし……。」
ゆさゆさ、と陽暮さんの肩を揺する。
「だ、ダッテ…キスって一大事じゃないデスか…。」
「まァ、そうだけどよォ…。」
タバコの煙をぷかぷか浮かべながら、
陽暮さんは呆れたような口調で、言葉を並べる。
「おめェも憧れんの? 恋愛。」
「マァ、人並みにハ。」
「ヘェ〜…意外だな。」
「そうデスカ?」
タバコをくしゃっ、と灰皿に押し付けてから、
陽暮さんが肩に手を回してくる。
「エ? エ?」
「なぁ、ネルク。」
「キスしてみるか、オレら。」
突然の申し出は、理性を飛ばすのには充分すぎた。
「……エ?」
ぎゅうっ、と肩を力強く抱き寄せられる。
姿勢が崩れ、顔の側面が陽暮さんの大きな胸に当たる。
意識が、飛びそうになる。
「ワッ、ま、待ッテ!」
「……っく。」
「だははははッ! いい反応するじゃねェか!」
「んェ?」
頭を鷲掴みにされて、髪をぐしゃぐしゃ弄られる。
自分の視界を、髪が幾度となく遮る。
「冗談、ジョーダンだよ、このピュアちゃんが!」
「も、モウ! またミーの事からかッテ……。」
ふっ、と唇に何かが触れる。
柔らかい。先生のシフォンケーキより、ずっと。
なに、これ。
知らない。
「……エ…。」
「全く、ホントにこのピュアっ子が…。」
陽暮さんの長い指が、すっ、と髪を避けてくれる。
開けた視界には、微笑む陽暮さんがいる。
「あ、アノ……。」
「ほら、次見るぞ、次の映画!」
陽暮さんはビデオデッキに近付いて、
DVDをぱっと入れ替える。
「……今、ノ。」
「あん?」
言葉に、出来ない。
「く、唇…ソノ……。」
「……ん、あー?」
つか、つか、と陽暮さんが近寄ってくる。
「…なんかあったか?」
「……や、柔らかイ、ものガ…触れて……。」
ニヤッ、と陽暮さんが笑う。
「さァーな? オバケじゃね? ハロウィンだし。」
「そ、そんナ……そんなワケ………。」
頭の後ろに、手が回る。
そのまま、自分と陽暮さんの唇がしっかり重なる。
今度は、見えている。
しっかり、陽暮さんの顔が見えている。
目をつむって、キスに集中している顔が、美しい。
数秒の後、キスはじっくりと時間をかけて終わる。
「……な? オバケだろ?」
悪戯っぽく笑う陽暮さんが、恨めしくさえ思える。
そんな10月31日。
「………もう、いいデス。」
「ははッ、まァ機嫌直せって。次の映画観るぞ!」
「……ハイ。」
翻弄されっぱなしの10月31日。
自分は初めてキスをした。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
初めての、守華が出ないお話でした。
いわゆる番外編です。
はい、陽暮とネルくんのお話でしたが、
如何でしたでしょうか?
唐突すぎましたか?
自分もそう思います。
理由はちゃんとあるので、ご安心ください。
陽暮は割と手が早いです。
まぁ、察してた方もいるかもしれませんが。
もっとも、特にネルくんは……ですけど。
ネルくんは、頭を撫でられやすいです。
多分、これからも色んな人に撫でられます。
乞うご期待(?)。
……実は、ネルくんが主人公の話は、
ずっと書きたかったんです。
理由としては、やっぱり好きなんですよ。
多分、「Monochrome Night」で、
1番好きなキャラはネルくんですね。
まぁ、失恋しちゃったんですけど。
そんなネルくん、反応が誰よりも書きやすい。
結局は可愛くて、ピュアな子どもですから。
………高校2年生、なんですけどね。
さて、ここまで読んでくださった皆様、
誠に感謝感激雨あられでございます。
もう最高、100点あげちゃう。
生きてるだけで素晴らしい。
これからも、
あなたの素晴らしいストーリーライフを、
心の底からお祈り申し上げます。
いだすけさんでした。