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11,咎

中平(なかひら) 守華(ものか)

:優しいお兄さん。


斜木(ななめぎ) 朔夜(さよ)

:ボク。


斜木(ななめぎ) 朝真(あすま)

:兄貴。


鯨岡(くじらおか) 愛柚(あゆ)

:兄貴が好きな人。

「…にしても、久しぶりに店来たな。」

「ね。懐かしいね。」

「駆け出しの頃は、ホントに世話んなりました。」


朔夜は俺の太腿を枕に、寝ている。

テーブルの対面には、朝真さんと愛柚がいる。

こんな幸福でいいのか疑いたくなる、そんな現状。


「……彼女と別れてから、何年経ったんだっけ?」

「…5年とそこそこです。」

「………そか、そんな前か。」


救いでも求めるかのように、朝真さんは天を仰ぐ。


「……あん時のこと……昨日のことみたいだもん。

…あの頃の君は、凄かったね。色々。」

「否定はしません。」


否定するだけの、気力も自信もない。


「………恨んでないの?」

「怨んでますし、大嫌いですよ?」


自分の太腿で熟睡する朔夜に目を配る。


「……すぅ…。」

「………ふふっ。」


けど、まぁ。

別に。


「…守華のそんな表情、久しぶりに見たな。」

「ね。昔みたいな、優しい笑顔だね。」

「そうでしょうか。」


アイツのおかげで、この子に逢えたんだから。

ほんの少しくらいは、感謝しておこうか。


「…そういや、朝真さんたちは、

いつになったら付き合うんです?」

「へぁっ。」

「んっ!?」


朝真さんは、変な声を小さく絞り出して固まる。

一方の愛柚は、明らかに挙動不審に陥る。


「ま、まぁ、ね?ね?」

「あ、うん。そ、そ。」

「何言ってるかわかんないですよ。」


ビールをちびちび飲みながら、膝を交えて話す。

そんな特別な日常が、素晴らしく俺に刺さる。


「…………幸せだなぁ…。」

「……………そか。なら良かった。」


これ以上、何を望むことがあろうか。

……精々、これを失わないことくらいだろうか。


ただ、朔夜の頭を撫でる。


ただ、ビールを一杯あおる。


「……たまらんなぁ…。」

「……お前が言うと、重みが違うよな。」

「そうか?」


まぁ、あの日々が懐かしいと思わないこともない。


……だが、今の方が余程幸せなのには違いない。


「…もっと飲む?」

「あ、いただきます。」


両手でグラスを持ち、朝真さんに近付ける。

また、なみなみとビールが注がれていく。


「………よし、おけ。」

「あざっす。」


グラスを口に近づけ、そのまま飲み干す。


「……ぷはっ。」

「いい飲みっぷり過ぎるなぁ。」

「だな。」


ははっ、と2人に笑われる。

それも悪くない。


「んぅ〜……。」

「お?」


寝ぼけた朔夜に、左手を掴まれる。


「…………はむ…っ……。」

「……お…?」


親指が、朔夜の口の中に吸い込まれる。

……それも、悪くは無い。


「……ははっ…赤子かこいつは………。」


指が生暖かい口に包まれる。

やたら吸い付いてきているのは気のせいか。


「……ま、朔夜って本質的には寂しがりだからね。」

「………それは確かに。」


状況は大変よろしくないものだが、

朔夜の幸せそうな寝顔を見ると、

抜き取るのも忍びなく思ってしまう。


つまり、八方塞がりだ。


「………どうしようかなぁ。」

「背負って帰れば良んじゃね?」


俺のグラスにビールを注ぎながら、

愛柚があっけらかんと言い放つ。


「……ふぁ。」


俺の親指が、唐突に解放された。


「…あ、起きたか。」

「……ん…。」


眠そうに目を擦りながら、

朔夜は俺のグラスを一点に見つめている。


「……おーい?」

「……。」


朔夜は、何故か俺のグラスに手をかけ、

そのまま、中に入ったビールを飲み干した。


「…!?」

「ふぁっ。」

「……ぷはぅっ…。」


短く吐息を漏らした後に、

また俺の太腿に、朔夜の頭が降ってくる。


「………熱い。」

「え?」

「…………朔夜の顔が、熱い。」

「まぁビール飲んだからねぇ。」

「いや、飲んだからねぇじゃなくて。」

「……おにーさん?」


急に、太腿から声がかかる。


「………だっこ。」

「はい?」

「…………だっこ。」

「はい?」

「……………だっこ。」

「はい?」


朔夜と壊れかけの機械みたいなやり取りをする。

ふと2人を見ると、ニヤニヤと笑っている。


……またか、こういうの。


「え〜? いつもそういうことしてんの〜?」

「誤解です。」

「またまた〜照れちゃってもぉ〜。」

「誤解です。」


急に、太腿が軽くなった。

左をふと見ると、朔夜が両手を広げている。


「……おにぃさん、だっこ。」

「………はぁーっ…。」


朔夜に、背中を向ける。


「……おぶってやるから、帰るぞ。」

「………許す。」


俺の背中に、朔夜の全体重がかかる。

……軽い。


「…………じゃ、えと。すんません。失礼します。」

「おう、気付けろな。」

「事故っちゃダメだよ〜。」


朔夜をしっかりと背負ったまま、立ち上がる。

ここがソファ席で良かったとも思う。

朔夜に靴を履かせる手間が省ける。


「…行くぞ。」

「…………っす〜…。」


俺は、がらがらと音を立てて、戸を開けた。



2人が店から出ていくのを見送った。


「いやぁ、にしても、以外とやるね。朔夜。」

「うん?」


愛柚がニヤつきながら、急に話しかけてきた。


「…ほら、これ。」

「ん?」


さっき注いだビールの瓶を、僕に見せる。

そこにははっきり、「All Free」と書かれていた。


「……ノンアルだったん?」

「そ。」

「…てことは、朔夜のアレは?」

「演技じゃね?」


……我が妹ながら、上手くやったものだ。


「…まーた、守華くんに迷惑かけて……。」

「……けど、さ。」


ちょっとだけ、愛柚がうつむく。


「…守華の方も朔夜が居ないと、ダメって言うか、

朔夜がいるから、落ち着いてるって言うか……。」

「……。」


愛柚の言いたいことは、わかる。

痛いほど、よくわかる。


「……幸せに、なって欲しいよねぇ。」

「………どっちが?」

「どっちも。」


それが、どんな形であれ。

互いに望む形であるのかは、別にして。


幸せに、なってくれ。




「……ったく、ぐっすりだな。」


お兄さんが、ボクを背負ってくれている。

少しだけ、汗の匂いが香ってくる。


さっき、勢いよくビールを飲んで、

お酒の力を借りた結果、こんなことになっている。


……けど、おかしい。


「………夜はまだ、暑さがマシだな。」


………全然酔ってない。

……あれ、もしかしてボクってお酒強い?

兄貴似だってよく言われてたから、

きっと弱いんだって思ってたんだけど。


「…あー、いったんウチで降ろすか、こいつ。」


ボクはお兄さんのお部屋でリリースされるそうだ。


「…。」


こつ、こつ、とお兄さんの足音が聞こえる。


「…。」


どっくん、どっくん、とお兄さんの心音が聞こえる。

速さは前に聞いた時と同じように、一定。

でも、前と違って、不思議と腹は立たなかった。


「……。」


どっくん、どっくん。


「………。」


ボクの心臓も、どっくんどっくん。

自分の心音がうるさくて、どうも眠れない。


「………よし。」


ぎぃ、と扉が開く。


「おーい、朔夜?起きろー?」

「……んぅ?」


我ながら、名演技。



眠そうにしながら、朔夜が目を開ける。


「……おはぉ、ござーっす。」

「なんだ、やっぱり酔ってんのか?」


ふらふらと立ち上がり、朔夜がリビングに入る。



「……んー…。」

「おい、大丈夫か〜?」


冷蔵庫の前で、ボクは止まる。


「…お、ジュースなんか飲むか?」

「……。」


酔えないなら。


「………?」

「…。」


酔うまでだ。


「……!? おい、待て待て!?」


お兄さんが冷やしていたビールを手に取り、

蓋を開けて出来るだけ素早く飲み込む。


……あれ、さっき飲んでたのも、

同じ銘柄のビールだったはずだよね?

…けど、全然違う。


後ろから回ってきたお兄さんの手が、

ビール缶をボクの手の平から奪い取る。



「…ったく……やっぱ酔ってやがるな…。」


奪い取ったビールを、そのまま飲み干す。

捨てるのは、もったいない。


「……ん?」

「…。」


朔夜がこちらを振り向き、にへぇ、っと笑う。


「おにぃ〜さん?」

「……は?」


先ほどよりも、さらにふにゃふにゃになった声で、

朔夜が上目遣いで、こちらを見つめる。


「………かんせつきっす、すねぇ〜?」

「…あー、うん。そうか。」


面倒臭い。


「あーうん、じゃないっすよぉ〜!

こーりゃ、りっぱなちゅーっすよ、ちゅー!」

「……うん、そうだな。」


フローリングをバンバンと叩きながら、

朔夜がそう訴えかけてくる。


面倒臭い。



世界が、ぐるぐる。

お兄さんも、ぐるぐる。

ボクは、ぐるぐる?


「いやぁ、ふぁーすときっすっすねぇ〜。」

「……うん、わかった。」


ボクは、どきどき。

お兄さんも、どきどき?



朔夜が俺の胸に耳を当ててから、体重をかけてくる。


「…どきどき、するっすかぁ?」


聞いたこともないような、猫なで声というのか?

ただ、ひたすら甘えてくるような声で、

朔夜が俺のことをどぎまぎとさせる。



「…………ったく、飲み過ぎだよ。酔っ払い。」

「……へへ。」


よかった、よかった。


お兄さんも、どきどき。



俺の背中に、朔夜の手が回ってくる。

あぐらをかいた俺の両太股を、朔夜の足で挟まれて、

少しでも目線を下げれば、朔夜と視線が交わる。

そんな体勢に、俺は押し込まれてしまう。


「ちょ…落ち着け。」


俺の顔を見上げる朔夜の瞳は、とろけきっていて。

可愛い、以外の単語がどうにも浮かばなくなる。



「…ったく…そろそろ怒るぞ……?」


お兄さんが、見てる。

ボクのことを、見てる。


目線を、ボクからそらした。

けど、ちらちらボクのことを見てる。


「もっと。」

「………は?」


もっと。



「もっと、ボクのこと、みてほしいっす…。」


甘えきった声で、尚且つしおらしく。

朔夜は押し出すように、その言葉を吐いた。


「……っ…。」


どうしようもなく、目線をまた逸らす。


途端、背中に居た両手が、するっと抜ける。

猫の手状に握られた両手は、俺の胸元に置かれる。



ボクは、背伸びをする。



俺の頬に、朔夜の唇がくっつく。



まちがった。くちびるにしたかったのに。



唇が離れた途端、朔夜は力なく倒れる。


「……!? おい!?」

「………すかぁ〜…っ……。」


呑気そうな寝息が、空間を支配する。


「…………ふふ、ははは…。」


どうしようもなく、笑いが漏れる。


「……寝ちゃったか。」


朔夜のロザリオとピアスを外す。

……大事にしてくれて嬉しいとか、阿呆らしいな。


「んぁ……。」

「……いい寝顔だな。」


朔夜を抱き抱えて、寝室まで連れていく。


布団の前まで来たら、そっと朔夜をそこに置く。


「………おやすみ、朔夜。」


そう告げると、俺は朔夜の額にキスをする。

お返し(リベンジ)というやつだ。許されるかは知らんが。


音を立てないように立ち上がり、部屋を出る。


……やっぱり、俺。



………お兄さんが。

「キス」っていう行為自体を示す言葉。


「キス」「ちゅー」「接吻」「口付け」。

そんな感じで色々ありますよね。

行為自体は変わらないんですけど、

言い方で印象、結構変わりません?

なんというか、ニュアンスの違いというか。

面白いくらい違うんですよね。

まぁ、全部いいんですけどね。



さて、ここまで読んでくださった皆様、

本当に感謝感激雨霰で、オマケに雪まで降ります。


これからも、

貴方様の素晴らしいストーリーライフを、

心の底からお祈りしております。


いだすけさんでした。

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