9,墓前にて
中平 守華
:ぶっきらぼうだけど、優しいお兄さん。
エンジンを噴かし、田舎道を1人で走る。
日は高く昇り、黒いヘルメットは熱を持つ。
そんなことは、大した問題じゃない。
「……着いた。」
慣れない土地の、見慣れない場所。
島根県某所の、とある寺。
「…あ……これか。」
一際背の高い墓石に、しっかりと刻まれた文字。
『鹿島家ノ墓』
「…こんなところに、入っちまったんだもんな。」
サイドバッグから線香と蝋燭、マッチを取り出す。
「……ま、もう二度と来ないから、
こんな場所のこと、覚えても仕方ないんだがな。」
蝋燭を立てて、火を着ける。
「…最後のお別れ、って奴だ。」
線香に火を移し、線香立てに入れる。
「……。」
両手を合わせて、目を閉じる。
死ねば皆、善悪もなく。ただ骨になるだけ。
ならば、お別れくらいはしても良いだろう。
「…よし。」
「……守華君?」
不意に後ろから声がかかる。
「…辰さん。」
「……来て、いたのか。」
目の前の壮年の男性は、
少しバツが悪そうに目線を揺らす。
「………お参り、ですか。」
「…あぁ。妻は頑として来なかったがね。
……あれでも一応、我輩の娘には違いない。」
そう言って辰さんは墓に近付き、花束を立てる。
「……君も、これの墓参りかね。」
「えぇ、まぁ。」
今度こそ、今生の別れと思って。
「………そうか。」
辰さんはお鈴を鳴らして、両手を合わせる。
「……じゃあ、俺はこれで。」
「…待ちたまえ。」
静かな、しかし威厳のある声で呼び止められる。
「………ここは、出雲だ。
蕎麦でも一緒に食べようじゃないかね。
…最も、君が嫌ではなければ、だが。」
辰さんのその提案。
断る理由は、俺には何も無い。
「…ええ、喜んで。」
「………フ。喜んで、か。」
俺と辰さん。仲はいいが、
妙な組み合わせのドライブが始まった。
「守華君。嫌でなければ、我輩の車に乗るかね?」
「…あー……バイクなんですよ。俺。」
「大丈夫でございますよ。」
不意に、後ろから優しい声がかかる。
「……?」
「あぁ。守華君。このお寺の和尚様だ。」
「バイクはこちらでお預かりいたしますから。
帰りに取りに来ていただければ結構です。
どうぞ、お気になさらず。」
「…との事だ。お言葉に甘えようじゃないかね。」
「はぁ。ならお願いします。」
「かしこまりました。」
和尚さんは、坊主頭をぺこりと下げる。
「……では、守華君。行こうか。」
「はい。」
ゆっくり、ゆっくり。2人で大地を踏み締める。
この記憶を、忘れないようになのか。
それとも、その逆なのか。
「…小さい車ですまんが、どうぞ乗ってくれ。」
「すんません。失礼します。」
導かれるまま、軽の助手席に腰かける。
「我輩の行きつけの店で良いかね?」
「えぇ。どこでも構いません。」
シートベルトを締めて、座席を少し倒す。
自分が1番、リラックスできる体勢で固定。
「では、出るぞ。」
「えぇ。」
ぼんやりと、車の天井を見上げる。
「……フッ。君を乗せるのも久し振りだな。」
「5年か、4年か振りですね。」
両手を頭の後ろに重ねる。
「……君が、あれと別れて以来か。」
「………ですね。」
思い出したいものじゃないが。
……どうしても、あの時期の記憶は消えない。
「…なぁ、守華君。」
「なんでしょう。」
辰さんの声が、少し震え始める。
「……怨みは、していないのか?」
「…少なくとも、辰さんやゴロさんの事は。」
「………そうか。」
「いっそ、怨んでくれれば気が楽なのだがな。」
諦めたように、そんなことを告げる。
「怨むだなんて、非効率ですから。」
「非効率、か。君らしいが、らしくない言葉だ。」
「そうでしょうか。」
「君はcoolであっても、cleverはない。
そういう男だ。我輩はその事をよく知っている。」
「買い被りすぎです。」
腕組みの姿勢になり、さらにリラックスする。
程よい揺れが、心地よい。
「君が、我輩を怨んでいないのが奇跡だが。」
「…まぁ、実際アイツの事は憎いですよ。」
「君が人間だったようで、我輩は安心したよ。」
まぁ、思い出したくなかったとしても、
2人揃えばその話題になるのは仕方が無い。
「……時に、守華君。君は少し変わったかね?」
「そうでしょうか。」
もしも、本当に変わったとしたら。
それはきっと、あいつのせい。
「あぁ、雰囲気が柔らかいというか。
10代の頃の君を思い出すような、そんな感じだ。」
「そりゃどうも。」
多分、きっと。あいつのせい。
「いらっしゃいま…って、辰さん。」
「久し振りだな。奥の席を頂いても良いか。」
「もちろん。どうぞどうぞ。」
「かたじけない。」
少し古びた暖簾の、少し古びた内装。
店内には出汁が濃く香る。
「ご注文は?」
「我輩はいつも通り、割子で頼もう。
守華君はどれにするかね?」
「あぁ。じゃあ、俺もそれで頼みます。」
「かしこまりました〜。割子がお2つですね。」
正直、そんなに蕎麦に興味は無い。
少なくとも、今は。
「会いたい人でも、居るのかね。」
「……はい?」
辰さんの急な発言に、少し戸惑う。
「今、会いたい人でも。居るのかね?」
「……………そうかも、ですね。」
「だとしたら、済まないことをしているな。
大事な時間を、我輩に割かせてしまっている。」
「別に、そうは思いませんが。」
そうだ。時間が奪われている訳では無い。
この時間も、きっと大事なものなのだ。
「食事を待つ時間というのは、退屈では無いかね?」
「いえ、全く。」
飲食店で食事を待つ時間というのは、
複数人で来ていたら交流の時間になり、
ひとりきりで来ていれば考え事の時間になる。
そういう時間こそ、何よりも大事なのだ。
多分。
「伯父上が、君に会いたがっているよ。」
「ゴロさんが。」
少し意外なセリフに、動揺する。
「今の君は、大丈夫か、とな。」
「……へぇ。」
「お待たせしました〜。割子お2つです〜。」
目の前に、いきなり丸い重箱が置かれる。
「有難う。」
「こちら、つゆとなっております〜。」
重箱の隣に、土瓶が置かれる。
「ごゆっくりどうぞ〜。」
「……これは。」
「む、守華君。出雲そばは初めてかね?」
「えぇ。まぁ。」
蓋を開けると、かなり黒めのそばが入っていた。
「これに、そのままつゆを注ぐのだよ。」
「はぁ。」
辰さんは、土瓶から直接、重箱につゆを注ぐ。
俺もそれを真似て、1番上の重箱に注ぎ込む。
「……いただきます。」
「頂きます。」
そばを勢いよくすする。
「…! これは……。」
「美味いだろう?ここの蕎麦は。」
歯応えは強く、ひと噛み毎に麺が反発してくる。
歯触りも、普段食べるそばとは全く違う。
滑らかというより、力強い。
そして何より、香りが強い。
荒々しさも感じるが、その言葉は不適切だとも思う。
強い。芯が、というのか。そば自体が強い。
この香りの良さは、特に他のそばとは一線を画す。
「えぇ、とても美味しいです。」
「それは良かった。」
次と、また次と箸が麺を口まで運ぶ。
さながらベルトコンベアのように、
スピードを落とすことなく運び続ける。
「君がものを食べる時の姿は、
相変わらず見ていて気持ちが良いものだ。」
「どうも。」
2段目を開けてから、薬味を手に取る。
「……ネギは確定として…海苔かな。」
「あぁ、2段目は残ったつゆを使うと良い。」
「なるほど。」
ネギと海苔を軽く散らしてから、つゆをかける。
「…よし。」
意を決してから、2段目のそばに口をつける。
ネギの食感と磯の香りが新たに加わり、
出雲そばは更なる進化を遂げた。
シャキシャキとしたネギの食感は、
咀嚼した時に新たな視点を加えてくれる。
海苔の香りもつゆにバッチリと合っている。
そば自体も決してそれらに負けることなく、
互いが自分を殺さずに主張しあっている。
そばを食べる手は、1段目よりも更に早くなる。
「その健啖ぶりは、昔から変わらぬな。」
「食は、ヒトの基礎ですから。」
辰さんが、急に箸を置く。
「…昔の君は、よく我が家に来てくれていたな。」
「学生の時とか駆け出し作家の時は、
ホント、皆さんには世話んなりました。」
「いい。我輩たちがやりたくてやっていた事だ。」
「そう言ってくれるのは、ありがたいです。」
何かを憂うような顔で、辰さんがこちらを見る。
「………まだ、悔いているのかね?」
「…えぇ、まぁ。」
「娘さんのこと、殺したのは俺ですから。」
「まだ、それを言うかね。」
「……言っておくが、君がそうしなくても、
あの子は遅かれ早かれこうなっていたのだよ。
それほどの事をしていたのだ。」
「だとしても、引きません。」
咎を背負う覚悟くらい、ある。
「………むしろ、そうしなかったとしたら、
君の方が危なかったかもしれないのだよ。」
「まぁ、そうかもしれません。」
だとしても、俺の罪だ。
「……君も、頑固だね。」
「まぁ、それが取り柄みたいなもんです。」
「…とにかく、君には幸せになって貰いたいが。」
「一端にやりたいことやってるんです。
それなり以上に、よっぽど幸せなもんですよ。」
辰さんが、再び箸を取る。
「………我輩は、何れ地獄に落ちるかもな。」
「貴方で地獄に行くのなら、俺もですよ。」
2人で笑いながら、暗い雰囲気が立ち込める。
「……ごちそうさまでした。」
「うむ。良い食べっぷりであったよ。」
2人並んで、店の出口に近づく。
「食事代は我輩が持とう。」
「いえ、自分で出しますよ。」
「君に、花など買わせてしまった代わりだ。
大丈夫。我輩に払わせてくれ。」
そう言って、辰さんは伝票を俺の手から奪った。
「………じゃ、ごちそうさまです。」
「うむ。先に出ていたまえ。」
「うす。」
店の戸を開け、夜空を見上げる。
「…ふぅ。」
「お疲れ様です。」
「ん?」
隣を見ると、あの寺の和尚さんがいた。
「……あれ、なんでここに………。」
「バイク、持ってまいりましたよ。」
「え……?」
和尚さんが指す先には、確かに俺のバイクが居た。
「…………カギとか、渡してませんもんね?」
「はい。」
「……………どうやって?」
「秘密でございます。」
老和尚は、にこやかに笑う。
「…おや和尚。バイク、持ってきてくれたかね?」
「はい。もちろんでございます。」
「いつも済まないな。和尚。
守華君、今日はどこかに泊まるのかね。」
「………いえ。徹夜でバイク乗って帰ります。」
「そうか。」
辰さんと和尚さんは、車に乗り込む。
「…じゃあ、守華君。」
「えぇ。」
「大事な人と、仲良くな。」
「えぇ。辰さんこそお元気で。」
挨拶を軽く交してから、辰さんの車は発車した。
それを見送ってから、俺もバイクに跨る。
「……よし。飛ばすぞ。」
愛車を撫でてから、エンジン音をかき鳴らした。
……あれから、何時間経っただろうか。
空はもうすっかり明るくなり、鳥も鳴く。
…やはり、島根日帰りは無謀であったか。
「……お。」
見慣れた十字路に差し掛かる。
ここは、あいつと2回目に会った場所。
歩いて買い物に行っている時に、バッタリ。
「………。」
黙ってバイクを走らせる。
場所は、もうすぐそこ。
……着いた。
「………ん?」
俺の部屋の前に、見慣れた黒髪が居る。
「……ふふ。そうか。夏休みか。」
バイクを止めて、ヘルメットを脱ぐ。
サイドバックから荷物を取り出し、歩く。
「………あ!お兄さん!」
「……来てたなら、連絡よこせ。」
朔夜の頭に手を乗せる。
俺の夜は、月を歓迎する。
今回のお話は、他に比べてかなり短いです。
そうしたかったから、そうしました。はい。
さて、今回のお話はいかがでしたか?
お兄さんの陰の部分に、少し近付きました。
そういう話です。サスペンスじゃないですけど。
ヒューマンドラマとも、また違う。変な話。
そんな変な話に付き合ってくださる皆様は、
私からしたら神様みたいなもんです。
どうもありがとうございます。
さあ、後書きもこんな所にしときまして。
このお話を読んでくださった皆様、
もしくは全て読んで下さっている皆様。
いらっしゃるのかはわかりませんが、
誠、感謝感謝の日々でございます。
あなた方は、一人の人間を救っております。
それでは、貴方様の素晴らしい、
ストーリーライフをお祈りしております。
いだすけさんでしたよ。