第34話 十賢のラウム
「初めましてクラトスさん、リベルタさん」
マルローの首を抱えたままローブの男性はこちらに話しかけてくる。
「……お前は一体何者だ?」
只者ではないと直感的に分かった。
目にも止まらぬ速さで首を刎ね、それを何事もなかった様にしている。
つまりそういった行為に慣れている証拠だ。
背中に隠れているリベルタ様を守りつつ、奴との距離をとる。
「名乗っていなかったね、ボクは名はラウム。十賢の一人だよ」
――十賢。
以前入学式を襲撃してきたアブソンと同格。
杖さえあれば何とかなりそうな相手だ。
「ああ、そう言えば以前にアブソンがお世話になったんだったね。君から見て彼はどうだったかな?」
「強かったよ、並の魔導師じゃ歯が立たないくらいに」
少なくとも賢者に至っていない魔導師ではアブソンは倒せない。
誇張抜きに奴は強いと言える。
「そうかい、彼は十賢の序列10位だったはずだけど強かったか」
ラウムは一人で楽しそうに笑いだした。
「何がおかしいんだ?」
「すまないね、あの程度が強いと言うのであれば拍子抜けだと思ってね」
アブソンを指してあの程度と言えるほどラウムは実力があると言っている。
もしそれが本当であれば今の俺では多分勝てないだろう。
「クラトスさんが強くなるのが楽しみだよ」
「……それはこの場では殺さないと言う事か?」
「君は退屈しなさそうだ。ここで殺すのは惜しいんだよ」
理解不能な事を言うとラウムは杖に付いている赤い珠を回収すると、浮遊魔法で宙に浮いた。
「ああ、最後に一つ面白い事を教えてあげるよ。リベルタさんの命を狙っているのは――フリードリヒ。つまり君のお兄さんだ。最も腹違いではあるけどね」
「フリードリヒお兄様が……」
信じられないと言わんばかりに驚いているリベルタ様。
フリードリヒ殿下の名前は俺も知っている。
ルドルフ皇帝と側室の間に生まれた子供。
歳は確か24歳ほどだったはずだ。
「信じるかどうかは君たち次第だ、それではまた会う時を楽しみにしているよ」
そう言い残し、ラウムは一瞬にして姿を消した。
現れた時もそうだが、奴の能力は未知数だ。
「お兄様がそんな事は……いえ、ですが可能性は捨てきれないですし……」
背後でリベルタ様が独り言を言っている。
身内に命を狙われていたのだ、無理はない。
「リベルタ様、まずは落ち着きましょう」
「え、あ、はい。ご迷惑をおかけしました」
とりあえずの脅威はこれで全て去った。
リベルタ様を拘束していた枷を魔法を使い無理やり外す。
自由になった彼女と共に帝都に帰る準備をした。
「少しだけお時間をもらえませんか?」
「ええ、構いません」
俺は地面に転がっていたマルローの亡骸のもとへ向かう。
やった事は庇い切れないほど重罪だが、これでもかつての部下。
せめても情けでマルローを弔う。
魔法で土を掘り、その中へ埋めるだけの簡易的なものだった。
「リベルタ様を危険な目に合わせた奴ですが、こんなでも昔は私の部下だったんです。責任は私が取らせて頂きます」
彼女の元へ戻り俺は謝る。
ラウムの口調から察するに、マルローは利用されたに過ぎないだろう。
だが、やった事には変わりないので俺が責任を取ろうと思った。
「クラトスさんに責任はございません。元凶は先ほどのラウムと……お兄様かもしれないですから」
自分の兄が元凶である事を認めたくないのか、一瞬口にするのを躊躇っていた。
「寛大な心遣い感謝します」
リベルタ様からの許しが出たところで、俺たちは帝都へ帰る。
先にペーターさん達が戻っていて、報告してくれたのか、帝都に戻る途中にて出迎えの馬車に遭遇し、無事帰る事ができた。
帝城に戻ってからは、事の顛末を官僚に報告した。
この際に、元凶にフリードリヒ殿下が関わっている事は話さない。
リベルタ様自身もフリードリヒ殿下であればやりかねないと言っていたが、証拠がない。
これで殿下を断罪した後に嘘だったと言われたら目も当てられないので、隠す方向でいく事にした。
一通りの報告も終わった頃にはすっかり日が沈んでいた。
後日に正式に報告する事となったので、今日のところはようやく解放される。
入学式の時並みに忙しい1日であったと振り返りつつ俺は眠りについた。
◇
帝城のとある一室。
「それで、そのマルローとか言う奴は使えなかったのだな?」
「はい、リベルタ殺害まで後一歩までの所まで行きましたが邪魔が入ってしまいましたので」
「邪魔だと? 一体誰が邪魔をしたのだ?」
目を細め、機嫌が斜めの男はフリードリヒ。
今回の計画の黒幕だ。
「クラトスというリシア魔法大学の教師になります」
「魔法大学……つくづく俺をイライラさせてくれるな!」
フリードリヒはとある理由から魔法大学を嫌っている。
「それで、そのクラトスという人物はどういった奴だ?」
「彼はこの国で5人目の賢者です、今手を出すのはまずいかと思われます」
賢者と聞いてフリードリヒは目を丸くして驚いた。
父であるルドルフ皇帝と同格の相手では分が悪い。
「一度計画は仕切り直しだな。ヘルムートはもう下がれ!」
「はっ」
部屋から出たヘルムートは深いため息を吐く。
本来であれば自分が止めなくてはいけないはずが、それが出来ていないからだ。
彼が足を運んだのは自分の執務室。
いつもの様に中へ入ると、既に先客がいた。
「やあヘルムートさん、気分がすぐれないのかい?」
「ラウム殿……話が違うではないですかっ! 何故あの様な人間を起用したのです?」
フリードリヒから頼まれていたリベルタ殺害の計画はヘルムートを通じてラウムへ流れていた。
前回はアブソンを出して貰ったが失敗した為、もっと強い魔族を要求していたのにこのざま。
「何でって面白そうだったからだけど? それ以外に理由がいるかい?」
「なんてことをっ!」
「ああ、それとフリードリヒ殿下に伝えておいてくれ。ボクは君には飽きたからもう協力はしないとね」
唐突に協力関係を破棄されてはヘルムートも引き下がれない。
魔族との繋がりはラウムしかなかった。
「それでは困ります! ラウム殿がいなければ誰に依頼をすればいいのですか?」
「そんなことボクが知っていると思っているのかい? 自分で考えなよ」
そう言い残しラウムは姿を消す。
これから先、誰に頼ればいいか分からなくなったヘルムートは途方に暮れた。
今日中に2章終わりそうにないです……