第32話 マルローの誤算
勢いよく飛び出したものの、マルローがどこに潜んでいるかは見当がついていない。
「せめて探すまでは協力してもらうんだったな……」
周囲を見渡しながら俺は後悔していた。
想像以上に森が広い。
今からでもペーターさんを呼んでこようかと思ってた時。
視界の端にキラッと光るものを捉えた。
近づいて確認してみると、人間の――それも女性の髪だ。
何故女性の髪だとわかるか。
「銀色の髪はリベルタ様しか見たことがないしな」
リシア帝国の民の髪は様々だが銀髪はリベルタ様しかいない。
ルドルフ皇帝も金色の髪である。
その髪を拾い上げ辺りを見渡すと、まるで道案内しているかの様に点々と髪が落ちている。
「さすが皇女殿下、ただでは転ばないな」
彼女の機転に感心しつつ、その道を辿っていく。
少し歩いて行ったとろこで視界が開けた。
前方を見ると大木の根の部分に人影がある。
俺の場所からでは1人しか確認できなかったが、この森にいる人物はマルローとリベルタ様以外にはあり得ないはず。
全速力で駆け出し、その人影に迫る。
近付くにつれてその人影が何をしているのかを理解した。
後ろ手で拘束されているリベルタ様に今にも覆いかぶさろうとするマルロー。
やっている事があまりにも下衆すぎて俺は拳を握りしめる。
密かに忍び寄る方法も考えたが、リベルタ様の身を考えれば却下だ。
やるなら真正面から突進する。
勢いを殺す事なく俺はマルローに向かって突っ込んでいく。
「なっ!? 何故ここにクラトスが!?」
異変に気がづいたマルローが振り返り、そして驚く。
はっきり言って驚いたのはこっちの方だよ。
せっかく手にしたアトラス王国の宮廷魔導師団長の座を放置して、隣国に手を出しやがって。
慌てていたマルローだが、すぐに冷静になり杖を構えた。
以前まで愛用していた装飾品塗れの重そうな杖ではなく、シンプルな杖。
違和感を感じたのは杖の先端に見知らぬ珠が嵌められている事だ。
「私の邪魔をするなっ!」
怒鳴り散らしたマルローは俺に向かって魔法を放つ。
マルローの魔力は大体把握していたつもりだった。
だが、俺の想定を遥かに越えた威力の魔法が俺に襲いかかる。
「ははは! 油断したなクラトス!」
「クラトスさんっ!」
杖がない分こちらの魔法障壁は完璧ではない。
少しのダメージを負ってしまったが、その程度では足は止めなかった。
砂埃を抜け出しマルローとの距離を詰める。
「何だとっ!?」
止まらない俺を見たマルローは攻撃を再開してくる。
火・風・土・氷・雷と5重展開までしてだ。
「何故だっ! 何故倒れん!?」
叫んでいるマルローとの距離は3mほどまで詰めた。
俺が魔法を行使しないのは杖がないからと言うより、マルローの近くで拘束されているリベルタ様に被害を与えないため。
残り1m。
ここまで距離を詰めれば魔法で攻撃すればマルロー自身も被害を被る。
苦虫を噛み潰した様な顔をし、杖を引いた。
そして俺は――マルローの顔を殴り飛ばした。
魔導師だから魔法で何とかしろ?
接近戦では物理の方が強いんだよ。
そんな事はミダス師匠に散々教え込まれたさ。
何しろ師匠は接近戦の方が強かったからな。
「グボヘッ!!」
理解不能な叫びをしてマルローは吹き飛び、地面に倒れる。
唯一褒めるとすればその状況でも杖を手放さなかった事だ。
「リベルタ様、もう大丈夫です。後は俺に任せてください」
うっすらと涙を滲ませていたリベルタ様に声をかける。
「クラトスさん……本当に、本当にありがとうございますっ!」
緊張の糸が切れたのか、俺が声をかけたタイミングで泣き出してしまった。
そして俺はそんな彼女を――
「ちょ、クラトスさん!? 何で抱きかかえるんです!?」
いわゆるお姫様抱っこと言うやつだ。
別に俺がしたくてしたわけじゃない。
「こうしないとリベルタ様が危険だからです。しっかり掴まっていてくださいね」
「わ、分かりました……」
真剣な眼差しにリベルタ様もふざけているわけじゃないと察してくれた。
「さて、マルロー。どうせまだやる気なんだろ?」
「ふざけやがってクラトス! だが残念だったな、私は賢者となったのだ。貴様如きが来たところで無駄だ!」
――賢者へと至る。
どうやれば賢者になれるかはなった自分でもよく分からない。
俺がなった事で血筋ではない事は証明されてるし、マルローが至ってもおかしくはなかった。
「賢者ね……マルローの能力は一体なんだ?」
「ふふふっ。聞いて驚け! 私の能力『支配』はあらゆる魔物を従える事ができるのだ!」
帝都を襲った魔物もマルローが指示していたのだろう。
それを考えればとても危険な能力だ。
帝都を囲うほどの魔物とは別で森の外でも使役していた。
使い方次第では1人で一国を滅しかねない。
「でもそれって魔物がいなければ意味がないよな?」
「強がりはよせ、森の外に待機させている魔物を呼び寄せれば貴様などひき肉になってしまうぞ」
「? 森の外の魔物なら殲滅しているが?」
「……冗談はよせ。その程度の嘘で騙される私ではない」
一瞬だけ間があき、すぐに否定をした。
「なら確認してみろよ」
そう促すとマルローは杖の珠を光らせ魔法を使う。
だが、待てど暮らせども魔物はやってこない。
「ど、どうしてだっ! 何故魔物が反応しない!」
「もう満足したか?」
見る見るうちに真っ青になるマルローに向け、俺は魔法を放とうとした。