第25話 ザシャの悩み
前期が始まってから1ヶ月ほどが経過した。
ユリアーナ先生の補佐もあり、講義の方は順調に慣れてきた。
問題があるとすればやはりゼミだ。
テミスさんの一件は解決したが、研究テーマに反対をした人物――ザシャ。
彼とはいまだに打ち解けておらず、ゼミの時間は少し空気が重い。
今からゼミだと言うのに彼は教室にやってこなかった。
「せんせーもあんな人放っておいて始めましょうよ〜」
初対面の時と打って変わって、態度が軟化したテミスさんが言う。
「来ないんじゃ仕方ないか……それとテミスさんはもう少し距離を置いてください」
「いいじゃないですか〜、それと私の事はテミスって呼び捨てにしてくださいよ」
彼女は心の底からリベルタ様に心酔しているそうだ。
そんなリベルタ様をドラゴン襲撃から救ったと理解してからと言うもの、距離感が異様に近い。
「そうですよ……クラトス先生も困っています」
エレノアさんが無理やり引っぺがしこの場は何とか収まる。
研究室の後方で興味なさ気にしているハンスと、2人で仲良く話すダニエルとシャーロットさん。
ここにザシャがいれば全員だが先週あたりから来なくなってしまった。
勇者を探す以前にやるべき事はゼミの改善だ。
講義をしたり研究をする時間の合間にザシャの事を調べる事にした。
ゼミも終わり、参考資料を探すために図書館へやってくる。
帝国で最大の大学だけあって、図書館は帝城よりも大きいとのこと。
大衆向けの小説から論文など幅広いラインナップを誇っているため、利用している生徒は多い。
「あの姿は……ザシャか?」
人が多いと言っても論文が置かれているエリアは人が少なくなる。
遠目で見て彼の後ろ姿を確認した俺は近く。
「これだけじゃ分からない……じゃあこの資料なら……」
必死に論文を漁っており、少し近づいただけでは気づかない。
凄まじい集中力に驚かされた。
「ザシャ、一体ここで何を調べているんだ?」
「わっ!? クラトス先生……ですか。何でここに?」
「質問に質問で返さない。俺は研究のための資料を探しにね、君も似たような所かな?」
彼が手に持っているのは論文であるため、何かしらの研究がしたかったはずだ。
「先生には関係ないよ……これは僕の事だから」
「君は生徒で俺は先生だ。関係ないなんて事はないさ。何か力になれるかも知れないし、話してくれないかな?」
顔を少し俯かせた彼はポツポツと語ってくれた。
何故この大学を受験したのか、何故研究テーマに反対していたのか。
「妹さんの魔力欠乏症を治したかったのか……」
「はい、早く治してあげないと間に合わなくなります」
魔力欠乏症は魔導師にだけおきる奇病。
体内の魔力が消費され続けるため、常に魔力が枯渇した状態になる。
魔導師は魔力がなくなると疲弊して動けなくなるので、ザシャの妹さんは相当苦しいはず。
「ザシャの気持ちはよく分かったが、この大学で研究している人がいたのか?」
「それに近い事をしている先生が魔導医学部にいます。僕はお金と学力が足らなかったので魔導医学部には入れませんでしたが、魔導工学部と連携をして研究をしていると知ったのでそこに入りたいと思っていました」
どうしても妹さんを救いたいザシャからすれば俺の研究を手伝う事より、そちらの研究がやりたい。
だからゼミに顔を出さず、図書館に来て1人で調べていたのだろう。
「その先生には俺から話してみる。だから今だけはちゃんとゼミに出てくれないか?ザシャも妹さんが助かれば退学するわけじゃないんだろ?」
ゼミを休み続ければ進級できない恐れがある。
魔力欠乏症の研究をするにも留年は避けたいだろう。
「分かりました、来週からはちゃんと出席します……」
ザシャからの了承を得られた事で、俺は件の先生の元を訪れる事にした。
そう言えば何か用事があって図書館に来たはずだけど……
手紙を出し、魔導医学部の先生――ヨーゼフ先生と話す機会を設けてもらった。
素晴らしい知識と洞察力に優れた人物と聞いていたので、会う前に緊張する。
場所はヨーゼフ先生の研究室で、その扉をノックし中へ入る。
何の薬品だか分からないが刺激臭が鼻を麻痺させ、顔をしかめた。
「君が賢者のクラトス君かね、私がヨーゼフ・ハンターだ。ようこそ私の研究所へ」
40代くらいの少し白髪が混じっている男性。
突然の事であるにも関わらず笑顔で対応してくれる先生に俺は少し安心した。
「突然すみません、どうしてもヨーゼフ先生にお願いがありまして」
「手紙で大体の事は把握しているよ、是非その彼と妹を連れてきてくれないかな?」
魔力欠乏症の事は既に伝えてあったので、事のほかスムーズに話が進む。
ザシャとその妹を連れて来いと言われ、今日は研究室を去ろうする。
「これからはザシャは私の研究室に入れてもらう様お願いしておくからね、クラトス先生はもう心配しなくとも大丈夫だよ」
「そ、そうですか……ではお願いします」
これは彼なりの親切心なのか――妙に胸騒ぎがして落ち着かなかった。