第17話 講義
誤字報告ありがとうございます!
「いいから勝負するの!」
少女は有無を言わさず杖を構えた。
ここはキャンパス内の道路で、戦う場所ではない。
「とりあえず落ち着こうね? 迷子かな?」
「違うわよ! 早く杖を構えなさい!」
どこからどう見ても18歳には見えない。
しかし、迷子にしても俺の事を知っている上、勝負を仕掛けてくる。
一体どういう事なのか全く理解が及ばなかった。
「勝負するならちゃんと手続きしてから決闘場でしてね。キャンパス内で無闇に魔法を使用した場合は懲戒処分の対象になるよ」
「うぐ……」
まぁ、主に俺がなるんですけどね。
一応これでも教師だし?
生徒を指導していく立場のものがそれじゃまずいしね。
だから俺は絶対に魔法で反撃はできない。
「あっ! あれは何だ!」
反撃はできないならどうするか?
「えっ? 何よ? ……何もないじゃ――っていない!?」
逃げるが勝ちだ。
適当に指を指して驚き、視線が俺から逸れた瞬間に一目散で逃げる。
この手に限る。
「待ちなさーい!」
「ちょっと浮遊魔法は使わないで!」
走るよりも魔法で飛んで行く方が早いに決まっている。
このままでは俺も追いつかれてしまう為、仕方なく浮遊魔法を使い、再び逃げた。
「クラトス! どこまで逃げるつもり!」
「君が諦めるまでかな?」
キャンパス内を出て帝都の空を飛び回る俺たち。
走る場合は体力を消費するが、空を飛ぶには魔力を消費する。
持久戦に持ち込めば俺が負ける要素は確実に無かった。
それでも彼女は諦めず全力で追いかけて来て、結局のところ3時間ほど鬼ごっこを続けてしまったのだ。
「ゼーゼー……待ちなさいよ……」
「待ったら勝負しなきゃいけないじゃん。ここで一休みしててね」
帝都内にある公園にて彼女がへたりこんでいるのを見届けた俺はすぐに大学へ戻る。
幸いまだギリギリで間に合いそうだ。
「しかし、どこかで見た事あるような……気のせいかな?」
彼女とは先ほどが初対面のはず。
俺は大学へ向かう道中にその様な事を考えていた。
始業のチャイムがなる少し手前、無事出勤を済ませた俺はユリアーナ先生と一緒に講義をする為、キャンパス内を歩いている。
「初日から遅刻するかと思いましたよ」
「ご迷惑をおかけしました……朝から不審者に絡まれてしまいまして」
彼女は不審者という言葉に身を強張らせていた。
この時期でその言葉を聞けば魔族を連想しかねない。
「だ、大丈夫だったんですか?」
「ええ、彼女は帝都内の公園に置いてきましたので」
「そ、そうですか……それならいいんですけど。 それより今日から教師として働くんですから気を引き締めて下さいね」
そう言ってユリアーナ先生は到着した講堂の扉を開く。
あと少しで鐘がなり、一限目が始まろうとしていて、生徒たちは皆席に座っていた。
講堂内にいる生徒はぱっと見で40人程度。
これが多いのかどうかはまだ俺には判断しかねるが、この人数を前に俺は教鞭を取るのだ。
少しばかり緊張に飲まれていると、鐘がなり一限目が始まった。
教壇に立ったユリアーナ先生が軽く自己紹介をする。
「魔導工学基礎を担当するユリアーナ・ローゼンミュラーです。よろしく」
彼女の挨拶に男子生徒達は小声で話始める。
「先生めっちゃ若くね?」
「それな、しかも胸もでけえし」
「ローゼンミュラーって言えば伯爵家だったよな? 若くて凄いのに家柄もいいなんて俺狙おうかな?」
「無理無理、お前子爵家じゃん相手にされないよ」
俺の耳が拾えたのはこれくらいだ。
彼女は帝国貴族の伯爵令嬢で、独身。
アトラス王国と文化が違うから何とも言えないが、この年齢で独身というのはどういうものなのだろうか。
俺はそんな事を考えながらユリアーナ先生を見つめていたところ。
「クラトス先生? 余計な事は考えないで自己紹介をして下さいね」
「は、はひ」
とーっても怖い笑顔で嗜められてしまった。
俺は言われるがままに生徒達に自己紹介をする。
「今年より、この大学に赴任する事となりましたクラトスです。皆さんよろしくお願いします」
俺の挨拶に反応するのは男女両方だった。
「あの人って……」
「ああ、入試試験の時に見たやつだよな? 何で教師してんだ?」
「でも若いのに魔法大学で教師しているなら有望じゃない? 私狙ってみようかな?」
「私はパスかなー。せめて家名がある貴族じゃないとねー」
帝国では家名があるものが貴族で、無いものが平民だ。
教師の中でも学長やユリアーナ先生などが貴族で、俺は平民。
それは生徒にも言える事で、貴族もいれば学生もいる。
大学の理念では、学内で身分制度は廃止されており、貴族も平民も皆同様に扱う。
――となっているが、実際はそんなのが機能するはずがない。
平民が大学内で失礼な態度を取ってもお咎めは及ばないが、一歩外に出れば別。
貴族に失礼な態度を取った平民が、休日に帝都を散策していたら、たまたま暴漢に襲われるなんて当たり前。
貴族側からフラットに接しようと言い出さない限りは身分制度は生きていて、それを一目で分かりやすくするのはローブだ。
自前で用意するローブは貴族の者ほど豪華で、平民のは質素。
分かりやすくて涙がでるよ。
こんな感じで、一限目が始まるのだった。