一話「俺、今日同伴なんやけど」
いつものようにシャンパンをイッキし、ハイボールやウイスキーをイッキして店内で潰れていたはずの売れないホストの主人公「ルイ」が目を覚ますと異世界にトリップしていた!? しかしオタクコンテンツとま無縁だった彼には異世界転移の知識はなく……
ルイは、目の前に広がる見慣れない建築物や、行き交う人々に圧倒されていた。日付が変わるまで営業するホストクラブに勤める彼は、いつも通り店のなかで潰れて、トイレで吐き続けてゲロまみれになっているところから記憶がうすれていって、そのまま力尽きたはずだった。
それこそいつもなら同期のホストが家まで担ぎ込んでくれて、自宅のベッドの上で目を覚ますはずなのだ。それが日本ではない、どこか某ネズミの王国を想起させる場所に放り込まれたが、どことなくルイは現実味がないせいか冷静に、そしてぼんやりと大通りに立ち尽くしていた。
ルイは万年ヘルプの弱小ホストだ。指名本数も少なければ、太い姫がいるわけでもない。シャンパンが卸されたらイッキし、姫や先輩ホストが飲めというのなら、彼に拒否権はない。店休日は週に一度、ルイは週に六日は出勤しており、店休日も数少ない自分自身を担当としてくれている姫との連絡や店外デートに勤しんでいる。店休日は木曜、そして今日は水曜日、出勤しなければ行けにが、彼はいま自身が立っている場所がどこかも把握できずに、きょろきょろと周りを見渡すことしかできずにいた。
「ここどこやねん、ミナミじゃないのは確かやけど。どっかのテーマパークか……?」
耳が長く、色素の薄い髪と瞳をもつ者、下半身が牛にも関わらず上半身は人間の者、獣耳が生えた者、異国情緒溢れる街並みと明らかに人間ではない種族が当たり前に闊歩する様を眼前にしても「テーマパーク」という腑抜けた感想を零す程度には、ルイはアホである。
「店休は明後日やし、今日は珍しく同伴の日やのに……。出勤できひんやん、どうしたらええねん。スマホもないし」
文字通り身一つで発した言葉がこれである。暢気なのか、アホなのか。おそらく後者だろう。
黒のスーツに金髪センター分けという今どきホスト、という格好で甲冑やら踊り子風の衣装、色とりどりの、それも異種族の中、周囲からすれば彼こそ異色の存在である。
「とりあえず誰かにここがどこか聞かな。まだ昼やしどうにかなるやろ! 宗右衛門から離れてないといいんやけどな」
アホは思い立てば行動が早い、そして見境もない。そして彼は曲がりなりにもホストだ。とりあえず通りかかった女性にでもここの地名と、最寄り駅はどこか聞こうと思いながら、長い銀色の髪が視界に入った瞬間、反射的に声を発した。
「お姉さん! 今から初回どうっすか!?」
彼は売れないホスト、路上でのキャッチが身に染みついていた。
「ショカイ……?」
振り返ったその女性は、人間に近い見た目をしていた。日光に照らされて光り輝く銀髪、深い森のような瞳、そして端正な顔立ちを少々歪めながらも幸運なことに振り返ってくれた。
「すんません、ちょっと癖で」
「聞きなれない言葉だし、なんだか訛りも強いわね。田舎から出てきたの?」
たまたま捕まっただけなのにも関わらず、この女性は不可思議だという表情を隠すこともなかったが、ルイを突っぱねることもせずに冷静な対話を試みた。そんなラッキーなことはそう簡単に起こるはずがないが、妙なところで運の強い男であるルイはそれを幸運とも気が付かずに「田舎」という言葉に反応した。
「ミナミは田舎ちゃうわ! 歌舞伎とミナミ、むっちゃ有名なホストの聖地や!」
「カブキ……ミナミ……、ホスト……?」
まったくもって理解が出来ないという顔をした美女を目の前にして、ようやくルイは気が付いた。
「お姉さん、もしかしてホストとか行かない人っすか?」
「ごめんなさい、あなたが何を言いたいのかもわからないわ。それにこの辺りにミナミという町もカブキという町も存在しない」
「ま、マジすか」
その場にへたり込んだルイの脳内は「今日の出勤どないしよ、当欠やと罰金やん」だった。ここがどういった場所で、今自分がどのような状況に置かれているのかというよりも今日の罰金に頭を痛める短絡さを発揮していた。
「見たところあなたは人間種、私と同じ。そしてその変な服装……」
「これ変っすか? それなりにイカしてると思うんすけど」
ルイはよくあるホストの格好だと自認していたせいか、変な服装という発想さえなかった。むしろ周囲の者達がコスプレ大会でも開催しているのか、とさえ思っているほどだった。
彼の服装を変と言ってのけた銀髪の女性も、へそ出しのトップスにショートパンツ、一部防護具のように金属で作られた装飾品があしらわれた衣服を纏い、編み上げのロングブーツを履いている。有名なソシャゲにこのようなデザインのキャラクターがいたような気もしたが、ルイはオタク的コンテンツにあまり関心もなく、詳しいわけでもなかった。
「どう見たって変じゃない。真っ黒な服で、そんなんじゃ戦えないじゃない。魔法もかかってなっそうだし」
「スーツはホストの戦闘服や!……まぁ幹部になってきたら私服とかもあるけど、メイクって魔法で顔も盛ってるやろ!」
「うーん、やっぱ何が言いたいのかもわかんないし、あなた異邦人ね」
「い、イホウジン……?」
「そう、異邦人。簡単に言うとこの世界の住人じゃないってこと。たまにいるのよね」
「ちょいまってや、ここはミナミどころか日本でもないってことか!?」
ようやく状況を飲み込み始めたルイは焦りが生まれたのか、額に脂汗をかきながらも引きつった作り笑いを崩そうとはしなかった。
「ニホンって町も国も存在しないはず。間違いなくこの世界に迷い込んできちゃったみたいね」
「マジか、俺どないしたら」
もはや立ち上がる気力もなく、石畳の道に座り込み続けていルイを銀髪の女性が引っ張り上げた。
「珍しくないのよ、異邦人って。そんなに多くもないけど。ちゃんと発見したら保護してくれる場所があるわ。それにあなたは人間種みたいだし、とりあえず私のギルドにいらっしゃい」
「あざっす! お姉さん、名前は?」
ギルドが何かも理解しないまま彼女についていくことを決めたルイは、やはりアホでしかない。しかしこのまま路上生活を送ったところで野垂れ死ぬのは明白だ。アホはアホなりに、本能で生存確率の高いほうを選んでいるのだ。
「リリアよ、貴方は?」
「オッケーリリたや、俺はルイ!」
彼の本名は川崎信彦であるが、源氏名を名乗るほどにはホストに誇りを持っていた。いや、誇りを持っているのは事実だが、本名よりも源氏名でいる時間のほうが長い生活を送ってきたせいで自然と「ルイ」という名を発したのだ。
「リリたや……? 別になんて呼んでもいいけど、ここにいても邪魔だから移動するわよ」
「はーい、そのギルドってこっから遠いん?」
「歩いて五分くらいよ、早くついてきなさい」
リリアと名乗った女性に窘めながらルイは歩き出した。そして彼の異世界生活が始まったことに気が付かないのは本人だけであった。
もはやノリで書き始めました。
オチまでは決まっているのでとりあえず完結を目指して頑張ります!
コメディー作品は初めてなので励ましていただけると嬉しいです、感想ください……
あらすじにも表記していますが実際のホストの皆様、ホストクラブ、お姫様方を揶揄する意図では執筆していません。あくまでフィクションのコメディー作品として読んでいただければ幸いです。