第68話「燃えよ我が身! 今ここに我は正義の光とならん――!」
「そうか、そういうことか。もうアリスベルの中の俺は最高にイケてる男の中の男だったから、これ以上は上がりようがなかったんだな。くっそー、それじゃあ出し惜しみして損したなぁ」
「もうおにーさんってば、ほんとブレないよね。ある意味尊敬するし」
うん。
いつもと同じ口調で、いつもと変わらない笑顔で言えたと思う。
「ってわけでちょっと見ててくれな、さくっと勝ってくるからさ」
そう言うと俺はアリスベルを抱き寄せてそっと優しくキスをした。
一瞬唇を合わせるだけの羽毛のように軽いキス。
それでも俺のアリスベルへの想いはしっかりと伝わったみたいで、
「えへへ……うん、見てるね。おにーさんのカッコいいところをしっかりと見てるから。だからビシッと勝ってよね?」
「ああ、任せとけ。俺が勇者であることを今から証明してくるからさ」
アリスベルは俺の答えに安心したようにうなずくと、ストラスブールの張った結界の中へと戻っていった。
その可愛らしい後ろ姿を、俺は胸に深く刻み込むように、大切に心の中にしまいこむように見送る。
最期にアリスベルと、いつもと変わらない何気ない会話ができてよかった。
アリスベルとキスができて良かった。
これで心置きなく逝ける――。
俺は、既に立ち上がってこちらを見据えていた超越魔竜イビルナークに向き直った。
こうやって覚悟を決めて冷静になって見てみると、向こうも身体中がボロボロで、漆黒の鱗はほとんどがひび割れているし、大きなダメージを受けているのが見て取れた。
ここまで俺は決して一方的にやられてたわけじゃないんだ。
向こうだってこの戦いに勝とうと必死なんだ。
SSSSランクに超越進化したことだってそうだ。
SSSランクの勇者ですら後れを取るほどの異次元の戦闘力は、超越魔竜イビルナークの身体に相当な負荷をかけているはずなんだ。
決して勝てない相手じゃない。
だから俺も――覚悟を決める!
「俺は勇者だ……世界の敵を討滅する人類最強の戦士なんだ!」
俺はもう一度、アリスベルの顔と声と温もりを心の中に思い描くと――、
「燃えよ我が身! 今ここに我は正義の光とならん――!」
全てをかける覚悟とともに、禁呪詠唱を開始した!
勇者が『破邪の聖剣』とともに受け継ぐ秘儀。
己の生命力を全て、戦う力へと問答無用で変換する一度限りの究極奥義。
師匠からは最後の最後どうしようもなくなるまで決して使うなと言われ、死闘を繰り広げた魔王との戦いでも使うことはなかった、文字通り命を代償にしたとっておきの勇者の切り札を、今ここに開放する!
「我こそは! 否! 我こそが世界をあまねく照らす光なり!」
一言一言、言の葉を刻むとともに、生命力がごっそりと根こそぎ持っていかれるようなうすら寒い感覚が襲ってくる。
しかしそんな喪失感にわずかの気後れも恐怖もすることなく、俺は禁呪詠唱を続けていく。
「これより我が身は正義の刃となりて! 我が前に立ちふさがりし全ての愚かなる者を、光り輝く刃でもって、滅し滅ぼし打ち砕かん!」
アリスベルという存在が。
かけがえのない大切な女の子が。
俺に戦う意思と力と覚悟をこれでもかと与えてくれる――!
いくぞ、これが勇者の力の究極顕現!
「破邪顕正は我にあり! 勇者相伝奥義――テアモ・エトシ・モリアートル!」
禁呪が完成した瞬間。
俺の身体から、世界をあまねく照らすがごとき煌々たる光の柱が立ち昇った――!




