身勝手の極意
溜まっていた仕事も一通り終わり、通常業務に加えて他の仕事をする余裕も出来た。最近は他部署の業務を手伝っている。というのも、他部署も人事部程ではないにせよ仕事が溜まっていたらしく、助けてくれと頼まれた。
魔王軍の人手不足は思っていたよりも深刻で、以前のまま運営を続けていたら、遠くない未来に立ち行かなくなっていた。
そして私が他部署の業務を手伝い始めてからというもの、私の元に仕事の依頼・質問・報告に来る人が圧倒的に増えた。
「悪いレイス、この仕事頼めるか?」
「問題ありません」
「すみませんレイスさん。備品の損耗率が思っていたより高くて、どうすればいいでしょうか?」
「そうですね。総務部と相談してください。何かトラブルがあればまた来てください」
「新しい魔法の開発が出来たんだけどぉ。ちょっと見てくれなぁい?」
「了解しました。後ほど伺います」
私が頼られるのは悪いことではなく、むしろ種族による差別意識が無くなってきていると考えれば良いことなのですが、このままでは別の問題が生じてしまいますね。
それは、指示待ち魔物の増加。指示待ち魔物が増えてしまうのは非常に由々しきことです。今は仕方ないですが、いずれは他人に頼らずとも自分で考えて行動する事が出来るようになるべきですね。
それはそうと、先程から私へ刺すような視線が送られてきているのが気になりますね。原因は確実に柱の陰からじっとこちらを見ている魔王様なのですが。言いたいことが有るのならば直接言ってくれればいいのですが、何をしているのでしょうか。まあ、周りに迷惑をかけている訳ではないので問題はありませんが。
「なあ、レイス。これのここなんだけど――」
「お主らぁ! どいつもこいつも、レイスレイスと! そういうのは魔王である我に相談するべきだろ!」
魔王様が大人しくしていたのも、束の間の事だった。急に大声を出したかと思うと、今度は相談に来ていた男性に詰め寄った。
「お主は何故我ではなくこやつを頼るのだ!」
「いやーその……それは……」
詰め寄られた男性は、魔王様の前で本音は言いにくいらしい。
「お言葉ですが魔王様。上司へ意見が出来ない環境を私が間に入ることで風通しを良くしているのです。それに上司の指示だけを聞いていては、皆さんが指示待ち魔物になってしまいます」
「お主が指示を出しても指示待ち魔物は増えるだろうが!」
「私は皆さんが次回以降自分で考えて行動出来るようにアドバイスや指示をしています。あまり身勝手な言動で周りを振り回していては誰もついてきませんよ」
「そうだそうだ!」
「自分の言動には責任を持て!」
「たまには真面目に働け!」
周囲の人達から魔王様への罵声が飛び交う。
どうやら皆さんかなり不満を抱えていたようですね。
「――っ!! 我だって頼られたいのだ!」
それは無理でしょうね。普段の魔王様を見て頼ろうとする人なんて居ると思えません。
「魔王様。とりあえず邪魔しないでもらえますか? 現在魔王軍は人手不足が深刻なので、少しも無駄に出来る時間は無いのです」
「人手不足がなんだ! それならお主が種馬にでもなって子供を大量に作ればよいではないか! さぞ優秀な子が出来るだろうな!」
魔王様のその発言に周囲の人達はドン引きする。
「仮にそうしたとして、出産までの間働く女性は激減するわけですがどうするのでしょうか。また、育児も大変ですし子供が働けるようになるまでにある程度の年月も必要としますがどうお考えでしょうか。そもそも、多くの女性に私の子供を産んでもらうのは、扶養関係や倫理的に問題が多すぎると思うのですが」
「知るか! 育児など大したことないだろ! それをするのは女の仕事だ! それにウチの子供の育児は大変じゃないぞ!」
魔王様は今のご時世にしてはいけない発言をしてしまいましたね。これはかなり大変な事になりそうです。
「ふざけないで! 育児は死ぬほど大変なのよ!」
「妊娠や出産の辛さも知らないで!」
「不倫して奥さんと子供に逃げられたくせに! 今の子供だって不倫相手との隠し子のくせに!」
案の定、子持ちの女性からの反論が激しい。
というか魔王様不倫してたのですか。しかも隠し子が二人とは。
その後も言い争いはさらに激化していく。
ここまでヒートアップしてしまったら私が何を言っても魔王様は止まらないと考え、事態を解決すべくベルナさんの元へ向かった。
「すみませんベルナさん。幻覚か変化の魔法は使えますか?」
「使えますけど……どうするのですか?」
「私の姿をスタイルが良くて、露出の多い服を着ている女性に変えてくれませんか?」
「ああ……そういうことですか。分かりました」
ベルナさんは私の考えを理解したようで、すぐに魔法をかけてくれた。
「はい。これで問題無いはずです。頑張って下さい」
私は変化の魔法の方をかけてもらったようで、自分の姿が変わっていることを確認し、未だに揉めている魔王様の元へ向かい声をかける。
「ねえ~魔王様~。そんな口うるさい女なんかに構ってないで~私といいことしませんか~?」
媚びるような甘ったるい声を出し、魔王様の腕を取って私の胸に押し当てる。
周りの人が私に何か言おうとしていたが、ベルナさんが事情を説明してくれたようで、大人しくなっていた。
魔王様が私の体を見て生唾を飲み、ゆっくりと口を開く。
「……いいこととは……なんだ?」
釣れましたね。驚くほど簡単に釣れました。
「え~。魔王様、言わせるんですか? もう、エッチなんですから~」
「あ、ああ……すまん」
「あ、でも~私カッコイイ人が好みなんですぅ~。例えば~誰も手入れしていない中庭の手入れを率先してやる人とか~」
「も、もしそれをする奴がいたら、お主はどうするのだ?」
魔王様、もう少し警戒心を持ってください。行く先が心配です。
「そんなカッコイイ人になら私何されてもいいですぅ~。はぁ~どこかにそんな人いないかなぁ~」
「よし、分かった! 我が中庭の手入れをしてこよう!」
「キャ~魔王様カッコイイ~。今晩寝室に向かいますね」
そう言って今までより強く魔王様に体を押し付ける。
「よし! 我頑張っちゃうぞ!」
魔王様はそう言うと部屋を飛び出して行った。
「魔王様ちょろ過ぎだろ……」
魔王様が走って行った方向を見つめながら、誰かがそうポツリと漏らした。
ベルナさんが近づいて来て魔法を解除する。
「お疲れ様です。大変でしたね」
「いえ、想定より楽でした。では仕事に戻りましょう」
私の一言で魔王様の乱入によって、止まっていた業務が再開される。
この日の夜、しっかりと中庭の手入れを終わらせた魔王様の寝室には誰も来なかった。