漆黒の悪魔
今日もいつも通り朝五時に起床し、着替えと朝食を手早く済ませて出勤する。
私が魔王軍に来てから二週間が経過した。投票は問題なく終わり結果は可決で終わった。反対票は一票しかなかったため、恐らく魔王様のものだろう。
法整備が終わった現在は、人事部と魔王様の溜まっていた仕事の処理をしている。特に魔王様が溜め込んでいた量がかなり多く、数千年分の書類整理をしなければならず、要不要の選別をするだけでもかなり時間がかかっている。
そんなことを考えていると人事部の仕事部屋に到着した。普段は私が一番だが今日は中から僅かに音が聞こえてくる。
先に来ているとすればベルナさんでしょう。しかし、それにしては少し騒がしい様な気もしますね。
そう思いながら扉を開くとそこには、宙を舞う大量の書類と部屋を走り回る魔王様の姿があった。
「魔王様、いい加減にしてくれませんか。周りに迷惑しかかけない行為はだだの嫌がらせです」
いつも通りの口調で、しかし確実に怒気を孕んだ声で話す。魔王様は入り口の私に気付いたようで、こっちに向かって全力で走ってくる。そのまま私の前まで走ってきて慌てた様子で話し始めた。
「助けてくれ! ヤツが出たのだ! 闇より出でし漆黒の悪魔が!」
魔王様はそれだけ言うと廊下を走り去っていった。
ふざけているのでしょうか。何が出たのか知りませんが、これだけの事をしておいてどう責任を取るのでしょうか。片付けを手伝うにしてもかえって邪魔になりますしね。
そう考えながら片付けをするため部屋に入ろうとすると、前方から接近してくる物体があった。
それは黒く艶のある体を持ち、素早く走り飛ぶことも出来る小さな虫、ゴキブリだった。
なるほどこれが魔王様の言う、闇より出でし漆黒の悪魔ですか。素直にゴキブリと言えばいいでしょうに。
私の方に向かってくるそれを手で掴み、窓から逃がす。
さて、問題は解決しましたし魔王様に責任を問いたいですが、どうせ時間の無駄でしょうし片付けをしましょうか。
「おはようございます。どうかしまし……た……か?」
部屋に入ろうとした時ベルナさんに後ろから声をかけられた。当の本人は部屋の惨状を見て絶句している。
「先程魔王様が部屋を荒らすだけ荒らして出て行ってしまいました」
とりあえずざっくりと現状を説明しておく。
「ああ。さっき『悪魔が……悪魔が……』って言いながら走って行ってましたね。よりによってここで暴れたのですか……」
「魔王様の事です、どうせ嫌がらせをしようと部屋で待機していたところにゴキブリが出たのでしょう」
「悪魔とはゴキブリの事ですか……。いつも呼び方を変えるので分かり難いです。仮にも魔王なのですからそれぐらいで騒がないでいただきたいです」
「全くです」
「「……はあ」」
二人揃ってため息をつき、私達の間に一瞬暗い雰囲気が流れる。
魔王様にはもっと魔王軍のトップとしての自覚を持ってもらいたいものです。
「嘆いていても現状は変わりません。すぐに片付けて通常業務に戻りましょう」
「そうですね。しかし……魔王様は働かないのですから、せめて邪魔はしないでいただきたいです」
それには私も同意ですね。ただ、魔王様が変わるかどうかは魔王様次第なので何とも言えませんね。私がいくら言ったところで、魔王様に変わる意思がなければ意味がありませんからね。周囲の環境と皆さんの言葉によって、多少なりとも変わることを期待しましょう。
魔王様によって荒らされた部屋を見ながら私はそう考えた。
今日は十七時にもう一話投稿します