定例会議
二日後、定例会議があるということで魔王様に頼み、私も参加出来るようにしてもらった。ちなみに参加者は、魔王様と魔王軍幹部二人だけだという。
「では定例会議を始める。議題はいつも通り世界征服の作戦だ」
「その前に一つよろしいでしょうか」
手を挙げてそう発言したのは、魔王軍幹部の一人ロス様。アンデットの最上位に位置するリッチであり不死の存在。青白く痩せた体をしており、顔のほとんどは皮と骨で構成されている。魔王軍でトップクラスの頭脳を持ち、総務部の部長でもある。作戦のほとんどを立案しており、魔王軍内で発言力の最も大きい一人である。
「構わん」
「そのような人間を会議に参加させるのはいかがなものでしょうか。確かに現在進められている法整備の件に関しては認めていますし、ある程度は信用していますが、世界征服の作戦を決めるこの会議に参加させるのはいささか時期尚早ではないでしょうか」
確かに今回は魔王様に無理を言って特例で許可してもらったので私も同じ立場ならそう考えますね。
「我が許可した。気にするな」
「魔王様の決定でしたら、異論はありません」
「他には無いな。では話し合え」
「いつもみたいに王都に攻め込むのでいいんじゃねえか」
そう発言したのは魔王軍幹部の一人モートン様。大きな体長にがっしりとした体格の持ち主。額の左右に角を持ち、口から生えた左右対称の太い牙が特徴的な鬼。営業部の部長に着任しており、魔王軍一の力自慢。
ちなみに王都というのは、魔王城から最も近い場所にある人類の防衛最前線になっている都市のことである。
「いや、毎度毎度王都を攻めているが成果は芳しくない。別の策を考えるべきだ」
そういったやり取りがなされた後、しばらくの間沈黙が流れた。
「一つ私の意見をよろしいでしょうか」
私が発言した瞬間全員の視線が私に集まった。
「構わん。お主も好きに発言しろ」
「では遠慮無く。まず、私は王都に攻め込むという作戦には賛成です。かつて王都防衛作戦に参加した事があるのですが、人間側は守り切るのでやっとという感じでした。防衛後の立て直しにもかなりの時間がかかっており、いつも陥落寸前の戦いを繰り返してきました。そこで魔王様を含めた魔王軍全員で攻め込めば、簡単に王都を落とすことが出来ると考えます」
私の話を聞いて全員がしばらくの間思考を巡らせ、再び沈黙が訪れる。
「その作戦は少々リスクが大きくないか? 特に魔王様を最前線に向かわせて万が一があっては困る」
「確かにこの作戦のリスクは大きいです。その分リターンも大きく、作戦が成功すれば世界征服は成し遂げたと言っても過言ではないでしょう。王都を落とすということはそれだけ大きな意味を持ちます。ですが、この作戦はあくまでも魔王軍が万全な状態であることが前提条件です。これとは別にリスクの低い作戦をいくつか考えております」
「ほう。それはなんだ」
「一つは幹部クラスの戦闘能力を持つ人を、冒険者育成の拠点となっている始まりの街に送り込む事です。始まりの街にはそれほどの戦力に対抗できる防衛能力は無く、転移魔術を使える人もいませんので応援はすぐには到着しません。始まりの街を落とせば新人冒険者の育成が困難になり、数年もすれば人類の戦力が低下します。人類が弱ったところを魔王軍総出で叩けば世界征服完了です」
私が作戦を話した全員が唖然としている。
私の考えた作戦ではこれがリスクが低く、かつ比較的早く効果が出るはずですが……何か至らない点があったのでしょうか。
「他の意見が必要でしたら――」
「いや……もう、それでいいんじゃね。幹部クラスの戦力だろ? 俺が行ってくる」
モートン様が放ったその言葉に他の二人も賛成した。
「では、世界征服の作戦は決まりましたので私から一つ話があります。まず、こちらの資料をご覧下さい」
そう言って三人に資料を配り目を通してもらう。
「まさか……これは。もう完成したのか? ……あり得ない」
ロス様が表紙にある資料名を読んで声を漏らす。そこには法律改正案(最終調整版)と書いてある。
ロス様が資料に半分ほど目を通したところで、信じられないといった表情になる。私は法律として正式に記載する堅い文章の他に、内容を万人に理解してもらうため分かり易く翻訳をしていた。
ロス様が全てに目を通し、資料を机に置きこちらに目を向ける。因みに他の二人は開始早々読むのをやめていた。
「これ程の物をこの短期間でやってのけるとは……素晴らしい。魔王軍随一の頭脳を持つなどと言われている私でもこれはなし得ない事だろう。レイス殿の実力を認めない訳にはいかない。私は貴殿の事を信頼しよう」
魔王様がその言葉を聞いて焦った様な雰囲気を出している。ロス様が否定するとでも考えていたのだろうか。
「俺の相棒であるロスが言うんなら間違いないだろ。異論は無いぜ」
「ありがとうございます。では本日よりこれを公布し、三日後に投票を行い翌日施行します。それと魔王様くれぐれも、部下たちを脅して反対票に入れさせる、ということをしないで下さいね。投票の意味が無くなりますので。それと反対票を一人で大量に入れるのもいけませんよ」
私にそう言われ魔王様が一瞬体をびくりと震わせた。
どうやら釘を刺しておいて正解だったようですね。
「私からは以上です」
「そうか……。うむ。ではこれにて定例会議を終わる。解散」
魔王様の言葉によって、それぞれが自らの仕事に戻っていく。
そして、この会議の一週間後にモートン様は始まりの街に攻め込みに行った。