聞き込み調査
翌日、私は魔王様の仕事部屋で準備をしていた。部屋を区切るように布を横断させその後ろに椅子を複数個置く。これで魔王様の位置からでは、布のおかげで椅子に座っている人の顔が見えない。さらに、特殊な魔道具を起動させる。効果は範囲内にいる人の声を変えるというもので、声による個人の特定が出来ないようにしてある。
「お主何をしておるのだ」
先程から私の作業を黙って見ていた魔王様が口を開く。
「これからする事に向けての準備です。個人が特定されてはいけませんから」
魔道具の正常な作動を確認し全ての準備が終わったため、部屋の外で待たせていた人達に声をかける。
「入って下さい」
私がそう言うと数人の男女が部屋に入り、各々が椅子に座る。
「なんだこやつらは? というより誰だ?」
「魔王様に現在の職場環境を知っていただくために集まってくださった方々です。魔王様に気を使わず本音で話せるようにと、後で魔王様に責められないようにするため布越しでの対話です。それではお願いします」
私がそう言うと一人の男性が魔道具によって加工された声で話し始めた。
「自分は営業部でぇ業務的には楽なんですけどぉ、魔王様のパワハラが酷くてぇ」
「魔王軍にこんな奇天烈な声の奴おったか!?」
「休憩時間になると部屋にやってきてぇ『お前らは休んでばかりだな』とか言ってくるんですよぉ。自分は全く仕事してないくせにですよぉ」
その言葉を聞いて魔王様が明らかに不機嫌になる。
「おい貴様我は魔王だぞ。誰に向かってそんな口を――」
「私はプライベートへの干渉とセクハラが酷くてぇ」
魔王様の言葉を遮って一人の女性が話しだした。
「休日にわざわざ私の所に来てぇ『また休んでいるのか、良いご身分だな』とか言うんですよぉ。それにぃ仕事中に体を触ってくるんですぅ。抵抗したらぁ『我に逆らうのか』って言うんですよぉ。最低ですよねぇ」
「おい! 我を侮辱するのもいい加減にしろ! 顔を見せてもう一度言ってみろ!」
魔王様がそう言って立ち上がり布を剥がそうと前へ出る。私はそれを阻止するべく魔王様の前に立ち塞がる。
「魔王様顔をさらしての対話では皆さんが本音を言うことが出来ません。それに個人が特定されてしまうと、後ほど魔王様にいびられてしまいます。そもそも上司を恐れて本音で話せない現在の職場環境は風通しが悪すぎると思います。そして今回魔王軍全員に聞き込みを行いましたが、全員が魔王様に不満を持っていました。これが現実です、受け入れてください」
「そうだそうだ!」
「部下をいびるな!」
「考えが古いんだよ!」
私の言葉に続いて皆さんが思い思いに不満を漏らす。さすがの魔王様も気圧されたようでそれ以上は何も言わなかった。
「皆さんご協力ありがとうございました。すぐに改善案を作成し公布・施行しますので少しだけお待ちください」
「「「レイスさん万歳! レイスさん万歳!」」」
皆さんがそう叫んでいた時、魔王様は私を信じられないという目で見ていた。
皆さんが退室した後私は片付けをしながら魔王様と話していた。
「お主どうやったら一日であれだけの信頼を得られるのだ」
「魔王様から署名をもらって来たのが大きかったです。ですが、大半はベルナさんが根回ししてくれていたおかげですね」
ベルナさんが迅速かつ的確な行動をしてくれたため、ほとんどの人がしっかりと話を聞いてくれ速やかに対話する事が出来た。
「それよりも魔王様、先日あれだけ至らない点を指摘されて落ち込まれていたのに、たった一日でまたパワハラをするとはどういった考えでしょうか」
「ふっ、我は気付いたのだ。昨日の我は愚かだったと。誰に何を言われようが我は魔王なのだから堂々としていればいいのだと」
これは……魔王様の意識を変えていくのは大変そうですね。地道に少しずつやっていきましょう。
「魔王様は厚顔無恥なのですね」
「おっ、それは褒め言葉か?」
「いえ、貶しています」
「なんだと!」
「では、片付けが終わりましたので私はこれで。失礼します」
「おい! ちょっと待――」
魔王様の呼び止める声を気にかけず部屋を後にする。
私はやらなければならないことがありますし、待ったところで文句しか言われないので問題ないでしょう。