勇者の行方
時は少し遡り、ロス様が魔王城を出立してからしばらくした後。私たちは、魔王城に押し寄せる野良魔物の対応に追われていた。
この野良魔物たちは、魔王軍討伐部隊の進軍を恐れ魔王軍に助けを求めてやってきた。正直今はそれどころではないため、放っておきたいのだがそうはいかない。城前で騒ぎ続けられる方が厄介だし、レイスさんも世界征服後の野良魔物からの印象を良くするためには必要なことだと言っていた。幸い魔王城は無駄に広いので、魔物たちを受け入れるスペースは十分にある。
「次の方どうぞー」
もはや何人目だか分からない魔物を、流れ作業のように案内する。
「なぁねーちゃん。あそこにあるボタンはなんだ?」
案内中の魔物が、入口付近の壁を指差してそう言う。壁を見るとそこには『絶対押すなよ』という張り紙と共に小さな赤いボタンがあった。
「何でしょうねあれ。私も初めて見ました」
まあどうせ開発部のいたずらだろう。彼らが新しく開発した物を勝手に設置するのはいつものことだ。
そんなことを考えている間に、彼はボタンの近くに歩いて行っていた。
「押していいか?」
「いいわけないでしょう。勝手な行動は控えてください」
「そんなこと言われても、押すなって言われたら押したくなるもんなんだよ~。ぽちっとな」
私の制止を聞かず、止めに入るよりも早く彼はボタンを押してしまう。そして、ボタンを押した瞬間彼の体は消えてしまった。
あの挙動からして、恐らく転移魔法だろう。だが、どこに転移したのかは分からないし、わざわざ私もボタンを押して追いかけるということはしたくない。なによりも……。
「面倒くさい!」
私としたことが、つい感情のままに叫んでしまった。思えば先程から野良魔物たちは問題を起こしてばかりだ。魔王軍に所属している者たちは、最低限集団行動や集団生活というものが出来る。しかし、野良はそうではない。
やれ部屋が狭いだの、椅子が固いだの。口を開けば文句ばかり。他の魔物と諍いを始める者だって少なくない。そんな魔物の相手を続けていれば、ストレスだって溜まるというものだ。
とりあえず、さっきの魔物の対応は開発部に丸投げするとして、私は案内に戻りますか。
そう気を取り直して歩き出した時、私の目の前に一人の魔物が現れた。
「うおっ! ベルナかびっくりしたぜ。だが、ちょうどよかった」
「びっくりしたのは私もですが……何か問題でも起こりましたか?」
彼は蝙蝠の姿をした魔物であり、魔王軍討伐部隊と戦うため前線に向かった斥候の一人のはずだ。彼がここに来たということは、何か予期せぬ事態でも起こったのだろうか。
「問題ってほどじゃないが、前線に勇者が出て来てない。たぶん女神もだ。レイスに伝えてくれ」
確かにそれはおかしな話だ。人間軍の最高戦力であろう勇者を前線に出さないなど、普通に考えてあり得ない。確実に何か企んでいるだろう。
「伝令、確かに聞き届けました。ご苦労様です」
「おう。じゃ戦場に送り返してくれ」
そう言われた私は、おおよその位置を定め戦場より少し後ろに彼を転移させる。
さて、野良魔物の案内などしている場合ではなくなりましたね。一刻も早くレイスさんにこのことを伝え、今後の動きを決めなければ。
「……とのことです」
レイスさんを見つけ、近場の空室にて情報共有を済ませ、作戦会議を始める。なお、今回の作戦会議は二人きりである。
「ご報告ありがとうございます。勇者は間違いなくここに向かっているでしょうね。というより、それ以外の選択肢は無いに等しいです」
「そうですね」
私もその意見に賛成である。人間たちは勇者を魔王様にぶつけ、打倒してもらわなければならない。だが前線に魔王様が出てこなかったために、作戦を切り替え少数精鋭で魔王城に攻め込みに来るだろう。いつ勇者が乗り込んで来てもいいように、先程の入口付近での野良魔物の案内は中止し、今は一度全員を城内に入れてから案内を再開している。
「死の山脈を抜けて魔王城に辿り着くまで、勇者を捕捉することは難しいでしょう。接近は許してしまいますが、魔王城内での戦闘は私たちが圧倒的に有利です。それに城内であれば例の魔道具も使用できます」
例の魔道具とは、勇者対策として開発された、周囲の魔力を完全に無くす魔道具のことである。まだ完成品ではなく使用に制限がかかるため、現在死の山脈で行われている戦闘には使用されていないが、城内ならその条件を満たし使うことができる。
「魔道具の発動後、勇者との戦闘は私とネアさんで前衛を務めます。その他の皆さんには後方支援をしてもらいます。ベルナさんは全体指揮をお願いします」
「わかりました。私も共に戦いたいですが、足を引っ張ってはいけませんからね」
魔道具の発動後は、敵味方関係なく魔力を使用できなくなる。空間から魔力そのものが消えるため当然ではあるが。加えて、現在魔王軍には大した戦力は残っていない。勇者パーティーと渡り合えるレベルにもなると、レイスさんとネアさん、あと私ぐらいだ。私は近接戦闘もそこそこ出来るが、本職の二人に比べると流石に数段劣るため、今回は大人しく指揮を執ることにする。
「では、今の作戦を全体に共有して――」
レイスさんが言い終わるよりも早く部屋の扉が開けられ、ふわふわと宙を飛びながらネアさんが入ってくる。
「レイスさま〜魔王様が帰ってきたの。今は玉座の間の前の大広間にいるの」
ネアさんからもたらされた情報は、この戦いの勝利を確定させるものだった。魔王様さえいれば、勇者や軍を滅ぼすのに策を弄する必要すらなくなる。だからといって、無策で突撃なんてことは絶対にしないが。
「またどこかに行かれても面倒です。すぐに向かいましょう。それから、ネアさんは勇者の襲撃に備え、主に開発部の方たちの指揮をお願いします」
「はいなの〜」
その言葉を聞いたネアさんは、ふわふわと飛びながらも素早く移動を開始した。
「では、私たちも行きましょう」
「はい。魔法の準備は出来ています」
ネアさんの報告を聞いた時から転移魔法を構築していたため、すでに完成しておりいつでも発動させることが出来る。私はレイスさんの手を取り、魔法を発動させ魔王様の元へ向かった。




