激突
「なあレイスよ。今日から一週間有給を取りたいのだが問題ないか?」
まだまだサボることもあるが、以前に比べると見違えるように働くようになった魔王様が突如そんなことを言う。
「構いませんよ。ただ、今後はもう少し早く言ってくれると助かります」
それでも、休むために許可を求めるとは変わったものだと思う。以前であれば当然のように無断欠勤をしていただろう。
「そうか、では我は出かけてくる」
「お待ちください。緊急時の連絡手段は確立しておきたいので、魔力探知式発信器を持っていってください。開発部で貰えますので」
「嫌だが? なぜ我の位置を把握されなければならんのだ。そもそも休みの日に連絡してくるな」
その意見に関しては、私も概ね賛成である。魔王様にしては、かなりまともなことを言っている。だが、一切の連絡手段を断つのはさすがによろしくない。
「ですが魔王様――」
「ええい! 嫌だと言っておるだろう! テレポート!」
魔王様は私の話を遮り、どこかに転移してしまう。これで魔王様と連絡を取る手段が無くなってしまった。まあ、一週間の間に魔王様の力が必要な案件が起きなければ、何も問題は無い。
「あんたも大変やなぁ」
一連のやり取りを見ていたエレトさんが声をかけてくる。先日の軍事訓練の際に襲撃を仕掛けてきた彼女だが、今は和解し再び魔王軍に所属することとなった。私に対しても、以前のような暗い感情を向けることはなく、良い関係を築けていると思う。
「レイスさま~。報告なの~」
私が返事をするよりも早く、ふわふわとした声を発しながらネアさんが近づいてくる。なぜだろうか、とてつもなく嫌な予感がするのは。
「魔王討伐部隊が王都を出立したの」
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魔王討伐部隊が王都を出立したとの知らせを受けてから、六日が経過した。部隊の進軍速度から考えると、まもなく死の山脈に突入する見込みである。本来であれば魔王様が軍を率いて迎え撃つ予定だったが、未だに魔王様は帰ってこず、連絡も取れていない。そのため、魔王軍幹部の私が代わりに陣頭に立つこととなった。
「これより我々は魔王城より出撃し敵を討つ。魔王様が帰還なされた時には、我らが敵を撃滅し世界征服は目前となっていることだろう」
思えば私がこのような激励をするのは珍しいことだ。普段軍を率いるのは、魔王軍幹部の片割れのモートンであった。
モートンか……。敵の女神とやらには死者を蘇生する力があるという。生け捕りにすれば魔王軍の死者蘇生要因として使える可能性がある。モートンが生き返るというのであれば、俄然士気も高まるというものだ。
「決戦の時だ。今こそ人間を滅ぼし、世界を我らの手に」
「「「うおぉっっーーー!」」」
場所は死の山脈の中腹付近。まもなく敵軍と魔王軍がぶつかり合う。
「ロス様、敵軍との距離およそ500です」
「そうか、ご苦労だった。持ち場に戻れ」
「はっ」
斥候に出していた魔物からの報告を受け、私は飛行魔法を発動させ宙に浮く。地面から近すぎず、遠すぎない適度な距離まで上昇し滞空する。上空から見下ろすと、多くの人間が目に入った。
これは国家間の戦争でも、正々堂々とした決闘でもない。宣戦布告も開戦の合図も必要ない。強いて言うならば、これから私が打ち込む魔法が開戦の合図である。
五つの指にヘルファイアを灯していき、五指爆炎弾を完成させる。人間共が魔力の高まりに気付いたらしく、慌てて防御魔法を展開しているが関係ない。私の魔法は半端な魔法では防ぎきれない。
「五指爆炎弾」
私の放った五つのヘルファイアが、敵の軍勢を飲み込む。防御魔法により多少の軽減はされたようだが、それでも最前線の部隊には少なくない被害が出ただろう。この魔法を皮切りに、配下の魔物たちも戦闘を開始する。
「魔王軍幹部、ロスを確認! 聖女隊前へ!」
人間共は攻撃を受けながらも、必死に反撃を始める。
しかし聖女隊か、これは……。
そんな私の思考を遮るかのように、いくつもの光の柱が飛んでくる。それは聖女隊によって放たれた、神聖魔法の数々だった。
「わざわざ聖女だけの部隊を作るとは……。魔王様を除いた最高戦力を私と仮定して対策を練ってきたか。考えなしの特攻ではないようだな」
飛来する数々の魔法を軽くあしらい、次の魔法を詠唱する。確かに、アンデッドである私にとって神聖魔法は効果抜群である。多量の魔力を込めたり、熟練の使い手の放ったものでなくとも、十分なダメージが期待できるだろう。だが、それは命中した場合の話だ。
「チェインライトニング・ダブル」
両腕から青白い稲妻が走り、敵の元へと突き進んでいく。この魔法は着弾した地点では消えず、次なる標的を探し暴れ回る対集団用の魔法だ。この効果は魔法に込められた魔力が切れるまで続く。
わざわざ下に降りてやる必要もない。私はこのまま上空から魔法を撃ち込ませてもらうとしよう。
違和感。開戦から10分程が経過したというのに、未だに勇者が現れない。こちらの軍に魔王様が居ない以上、勇者が戦うべき相手は私だろう。実際、勇者が現れないことで私は自由に動くことができ、戦闘は魔王軍の優勢で進んでいる。なぜ、勇者は現れない?
「右翼より伝令! 魔王軍に魔王の姿は確認されず! 既にプランBに移行しているとのこと!」
人間の伝令兵が、両軍に聞こえるほどの声量で叫ぶ。
魔王様が出てこなかった場合のプランも練っていたか。まあ、当然と言えば当然だな。魔王様はこれまで一度も軍を率いて侵攻したことはない。魔王様を見たことがあるのは、魔王城に乗り込んできた奴らだけだ。もっとも、そのほとんどは魔王様自身の手で葬られているが。
敵軍に動きがあったのならば、好きにさせておく道理はない。飛行魔法を解き、一度魔王軍の後方に着地する。
「斥候はいるか」
「はっ、ここに」
私が呼びかけると、木の陰から蝙蝠のような魔物が現れる。
「今から貴殿を魔王城に転移させる。そしてレイス殿に伝えるのだ。勇者の行方が不明なため警戒するようにと。伝えた後は、ベルナ殿にでも送り返してもらえ」
「かしこまりました」
返事を聞いた私は、彼を魔王城に転移させる。
ひとまず、現状出来る手は打った。勇者のことはレイス殿に託すとしよう。その代わり、私は人間共を滅ぼすとしよう。
私は再び飛行魔法を発動させ、前線へと戻っていった。




