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再会の時は突然に

「これより軍事訓練を始めます」

「「「Sir, yes, (サーイエッ)sir(サー)!」」」


 森の中に魔物たちの威勢のいい声が響き渡る。現在、私たちは死の山脈の入口に来ている。入口といっても人間側から見た場合の入口であり、私たちからすれば出口なのだが。先日の会議で最後にした、軍事訓練の提案は何の問題もなく通ったため、今からここで訓練を行う。場所がここに選ばれた理由は、人間軍の侵攻ルートとして最有力候補であったことと、死の山脈の環境が訓練に適切だったからである。


「皆さんすでに何度か説明を受けていると思われますが、最終確認のため簡潔に再度説明します。これから皆さんには3~6人程度の人数でグループを組み、この死の山脈を抜けて魔王城を目指してもらいます」


 今回の訓練の主な目的は、魔物同士の連携力の向上である。魔物たちは――特に野良上がりの魔物は――個人主義が強い傾向にあるため、団体行動や他者と協力する姿勢を身に付けてもらう。人間軍が攻めてくるまで、あまり時間はないと考えられるため、個人の技術を磨くよりも、仲間同士の連携力を高めた方が戦力の向上が期待できると考えてのことである。


「グループは可能な限り、実戦の際共に戦う可能性の高い人と組んでください。皆さんの行動は、おおよそこちらで把握していますので、もし命の危機があると判断された場合には救護班が向かいます。安心して全力で訓練に臨んでください」


 ここは様々な魔物や魔獣の棲家(すみか)となっており、死の山脈を抜けるにはそれなりの能力が求められる。一人では生存が難しい状況でも、他者と協力することでそれを可能にするという経験をしてもらい、協調の重要性を身を持って実感してもらう。


「それではグループを組めた方から出発してください」





「今のグループで最後ですね。では私たちは次の仕事に移りましょうか」

「こちらもいつでも出発できます」


 そう言ったベルナさんの後方には、準備を整えた医療班が待機していた。今回、私たちを含む一部の人は訓練には参加せず、救護班としての役割を担う。また、戦闘能力の低い医療班の方々を護衛する役割も兼任する。この形の救護班をいくつも作ることで、どこで誰が危機に晒されても救援に駆けつけられるようにしてある。


「久しぶりに暴れられるの〜」


 そう言うネアさんの頭上には、小さな眼球が浮遊している。これはイビルアイと呼ばれる種族が産み出す複眼である。イビルアイの皆さんにはこの複眼をいくつも産み出してもらい、1グループにつき1つ支給している。そしてこの複眼と視覚を共有することで、常に状況を把握することに成功している。


「皆さん準備も出来たようですし、行きましょうか」


 これから私たちは訓練グループと付かず離れずの距離を保ちながら後を追う。だが、ただ後ろからついていくだけの簡単な仕事ではない。なぜなら――


 その瞬間、茂みから三匹の魔獣が飛び出し、私たち目掛けて襲いかかってくる。魔獣は狼に近い姿をしており、魔狼と呼ばれる獣だった。

 魔狼の牙が私に届くよりも早く剣を振り抜き、首筋を切り裂く。その攻撃を受けた魔狼は飛びかかってきた勢いのまま地に伏し、少しの間もがいた後に息絶えた。

 残りの二匹に目を向けると、一匹はネアさんに体を両断され、もう片方はベルナさんの魔法で燃やされていた。

 死の山脈には多種多様な魔物や魔獣が棲み着いている。魔物はこちらを魔王軍であると認識することが出来るため、よほど好戦的でもない限りこちらに襲いかかってくることはない。だが、魔獣は知的生命体と呼べるほどの知能を持たず、誰彼構わず襲いかかってくる。敵の数を認識できる程度の知能はあるため先程までは襲われなかったが、ここからはひっきりなしに襲われるだろう。


「では改めて、出発しましょう」



 ======================



 医療班の護衛は何も問題なく進んでいる。現状私たちの管理するグループは、どこも危機に陥るということがないため、時折魔獣に襲われること以外は穏やかな時間が流れている。その魔獣の対処も、大抵はレイスさんとネアさんの前衛二人が終わらせるため、私の出番はあまりない。

 周囲の音に耳を澄ませると、森の木々を風が揺らす心地のいい音が聞こえる。そして、それとは正反対の気味の悪いねっとりとした視線も感じる。


「さっきから何かがつけてきてますね」

「そうですね」


 当然レイスさんも気付いているようで、特に驚いた様子はない。現時点で襲いかかってきてないということは、魔獣ではなく魔物なのだろう。


「まあ、こちらを襲ってこないのであれば放置で問題ないでしょう。わざわざ余計な戦闘を行う必要はないですからね。警戒だけは怠らずに行きましょう」


 視線を感じるだけで、相手が好戦的であるとも限らない。こんな場所に普段はいない魔王軍が現れれば、この地に住んでいる魔物は間違いなく警戒するだろう。


「右前のグループのやつらが大魔獣アーシュラに遭遇したの。距離はだいたい700m、助けに行くの?」


 唯一視界の共有をしているネアさんから情報が伝えられる。大魔獣アーシュラとは、死の山脈に棲み着く魔獣の中でも特に強力な個体の1つである。他にも数匹大魔獣の名を冠する獣はいるが、アーシュラはその中でも特に戦闘に特化した個体であり気性も荒い。


「すぐに手を出すことはしませんが、救助できる距離で待機しましょうか」

「はいなの〜」


 そう言うとネアさんが先頭に立って先導をし、レイスさんが殿(しんがり)を担当しながら移動を始める。私は二人の中間、医療班の方々に最も近い位置で二人のサポートをする。視覚共有を行なっているのはネアさんのみなので、この隊列を崩すことはない。


「アーシュラまで200m、戦ってるやつら辛そうなの。もういくの?」

「そうですね。被害者が出てからでは遅いですし、行きましょう」


 その言葉で全員に緊張が走り、意識は前方に向けられる。

 直後、後方で何かが動く音がした。振り返ると、凄まじい速度で襲ってきた魔物にレイスさんが連れ去られていた。

 油断した。さっきからつけてきていた魔物だ。私たちの意識がそれた一瞬の隙をついて襲ってきた。その油断のせいでレイスさんを危険に晒してしまった。


「私はレイスさんの元に向かいます!」

「はいなの」


 医療班の人たちを放っておくわけにはいかないため、動けるのは私かネアさんのどちらかだけ。なら、護衛は前衛であるネアさんに任せ私が救助に向かった方がいい。

 そんな理性的な判断を下したわけじゃない。ただ感情のままに走り出していた。それが結果的に最善の行動だっただけだ。

 それにさっき一瞬だけ見えた魔物の姿が私の見間違いでなければ、レイスさんが襲われたのは私の罪だ。


「レイスさん、無事ですか!?」


 レイスさんが連れて行かれた方向に急ぐと、魔物と対峙するレイスさんの姿があった。一見したところ外傷は無さそうで、少しだけ安心する。


「問題ありません。それよりも彼女をどうにかしましょう」


 そう言ってレイスさんが目を向ける先には、上半身が人間の女で下半身が蜘蛛の姿をした魔物、アラクネがいた。その顔はずっと昔から知ってる顔で、境遇も時には感情さえも同じだった。同じだったのに私から突き放してしまった、歩み寄ろうとしなかった。あの日から……ずっと後悔していた。


「久しぶりですね……エレト」


 エレトは私の声に混じった感情を感じ取ったようで、不服そうな顔で応える。


「なんや? 今更憐れんでるん? それとも悔いてるん? どちらにせよ、そないな半端な気持ちでうちに勝てるとでも? うちはあんたらを、特にレイスはんを殺しにきてるんやで?」


 それだけ言うとエレトは素早く森の中に身を隠す。そして木々を飛び移り、私たちの視界から消える。

 この地形はかなりまずい。木々に囲まれた森の中では、私たちの動きは制限される。逆に蜘蛛の下半身を持つエレトにとっては、これ以上ないほどに戦いやすい絶好の戦場だろう。実際、木々を飛び回るエレトのことを、目で捉えることが出来ていない。


「レイスさん、やれそうですか?」

「先程襲ってきた際の速度を最高速度と仮定するなら問題ありません」


 レイスさんと背中を預け合い、全方位からの攻撃に対応できるような形を取る。まあこんなことをしなくても、レイスさんなら一人で問題なく対処出来るだろう。そうなると、私はむしろ邪魔になる可能性がある。だが相手はエレトだ、今襲われているのは私のせいだ。私が何もせずにいるなど、許されるわけがない。


「こちらを攻撃する以上必ず接近してきます。その瞬間を狙ってカウンターで仕留め、無力化を図ります」


 エレトは四方八方の木々を跳ねるように飛び回り、反動を利用して加速している。最高速度に達したら私たちに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 そんな危険な目に合っているにも関わらず、レイスさんはエレトを殺す道を選ばない。私たちの安全などを考慮すれば、殺すのが最も簡単で確実なのに。


「来ます。警戒してください」


 おそらくエレトはレイスさんを狙ってくる。私よりもレイスさんのことを憎んでいるはずだし、さっき自分の口でも言っていた。であれば、私がするべきはレイスさんへの支援である。そう考えていたからだろうか、攻撃への反応が一瞬遅れたのは。

 凄まじい速度で迫るエレトは、明らかに私に向かって来ていた。迫り来る危機を頭は理解している。体も対処しようとしている。だが、間に合わない。そもそも、見てからの対応が不可能だから、相手の攻撃に合わせてこちらも攻撃を置いておくカウンターでの対応を選んだのだ。それに失敗した時点で、私の負けだ。


 しかし、エレトの攻撃が私に届く前に、私の背後から剣が振るわれる。それはエレトの動きに完璧に合わせられたものであり、私を守るように振るわれたものでもあった。このカウンターは入る、そう確信した。


「甘いなぁ」


 エレトがそう呟き、地面を蹴って体の動きを変える。まるで初めからそれを狙っていたかのように。実際狙っていたのだろう。最初の会話でレイスさんを攻撃すると思わせ私に向かう。そして、それすらも囮にレイスさんを狙う。エレトの狙いは最初から変わらずレイスさんだったのだ。


 私の眼前に二つの赤い飛沫が舞う。一つは蜘蛛の牙に腿を裂かれたレイスさんのもの。もう一つは剣で蜘蛛の腹を斬られたエレトのものだ。


「――っ! あないな状況でようやるわ!」


 お互いに傷は浅くない。エレトは腹部の傷を自身の糸で巻き、圧迫止血している。ただ、そんな悠長な行動を許すわけがない。勝負を決めるなら今しかないと思い、私はエレトに向かって走り出す。

 だが、その足は一歩目を踏み出しただけで止まる。隣に立っていたレイスさんが、苦しそうに息を乱しながら膝をついたからだ。


「レイスさん! しっかりしてください!」


 俯くレイスさんの顔を覗き込むと、目は(うつろ)で焦点が合っておらず、額には脂汗が浮かんでいた。浅い呼吸を繰り返しながら肩で息をするその姿は、どう見ても正常ではない。


「私は……大丈夫です。問題ありません……」


 息も絶え絶えになりながらそんな言葉を絞り出しているが、絶対に大丈夫ではない。ただ普通の攻撃を受けただけでこんな状態になるのはおかしい。だとすれば考えられるのは……。


「強がるんはやめとき。うち特製の毒が回って辛いやろ」


 やはり毒だ。毒物を除去するには、毒に対応した解毒剤を摂取するか、解毒魔法を使う2通りのやり方がある。だが、今の私にはどちらも出来ない。エレトの使った毒の解毒剤なんて持っていないし、私は回復魔法の類いは使えない。


「毒の初期症状は強烈な吐き気、目眩、手足の痺れ。15分程で全身の感覚がのうなって、最後はなんも感じれへんまま死んでいくんや。効き目抜群みたいでよかったわぁ」


 こうなってしまっては仕方がない。転移魔法で魔王城に帰還するしか道はない。こんなことになるのなら、レイスさんと合流した時点で二人で転移するべきだった。全て私のせいだ。

 なるべく早く転移魔法の詠唱を終わらせ――


「させへんよ」


 私の詠唱が終わるよりも早く、エレトに殴り飛ばされた。拳はしっかりと受け止めたし、そもそもエレトはそこまで近接戦闘が得意ではない。ただ、地形が圧倒的に不利であり、速度でも負けている。このままだと一方的に攻撃され続け、いずれジリ貧になって負ける。レイスさんの毒の回りも考えると、戦闘に時間はかけられない。私たちが助かるには、エレトを確実に仕留め無力化した上で、医療班または解毒魔法の使える人と合流することが必須だ。

 ならば私が狙うべきは必殺の一撃。さっきの戦いの繰り返しのようになるが、攻めてきたエレトへのカウンターを決める。そもそも私からの攻撃は、基本的に速度任せに避けられてしまうため、カウンター以外の選択肢がないに等しい。

 エレトに悟られないようにヘルファイアを準備する。ヘルファイアは巨大な炎に指向性を持たせて押し出す魔法であり、攻撃範囲と威力に優れているが速度はあまり高くない。それに、炎が巨大故に魔法を発動させたことが誰の目からも明らかなため、カウンターを狙うなら他にもっと適切な魔法がある。だが、それは本来の使い方で発動させた場合の話である。私は本来巨大である炎を限界まで圧縮する。これにより炎は拳よりも小さく、簡単に掌に収まる大きさになる。

 動きを見せない私にしびれを切らしたのか、なにかされる前に仕掛けた方がいいと判断したのか、最高速度に達したエレトが先程と同じ動きで突っ込んでくる。腹部の負傷で多少動きは鈍っているようだが、それでも相当な速度で動いているため、狙って攻撃を当てることは到底出来そうもない。

 この技は私のオリジナル。以前からアイデア自体はあったが、実践するのは初めてだ。不幸中の幸いか、先程レイスさんと距離を取らされたためにこの技を使える状況になった。この距離なら巻き込まずに済む。


「ヘルファイア・ノヴァ」


 極限まで圧縮した炎の塊に刺激を加える。そんなことをしたらどうなるか、答えは明白である。

 私の手元にあった火球を中心として、爆炎が巻き起こる。圧縮した炎の暴走、それに伴う爆発。それは、周囲に存在するものを等しく飲み込み、燃やし尽くす。これはこの魔法の正しい運用方法ではない。本来は敵の近くに設置し、自身は退避した後に発動させる。だが、今回は確実に命中させるため自爆魔法のように扱った。


「星の爆発から名前をつけたにしては、大したことない威力ですけどね……」


 私は自身に防御魔法をかけていたこともあり、全身に大火傷を負う程度の傷で済んだ。鬼の体がかなり頑丈なことも功を奏した。だが、エレトはそうはいかない。なんの対策も無しにあの爆炎の直撃を受けたのだ。ただで済むわけがない。

 エレトの方に目をやると、八本ある蜘蛛の足の三本が消し飛び、体の半分は炎に焼かれ皮膚が(ただ)れている。


「終わりです。もう……終わりにしましょう」


 大怪我を負い地に伏してなお、なんとかしようと足掻くエレトに近づきそう告げる。


「殺しいや」


 エレトは自身の死期を悟ったのか、抵抗をやめて大人しくなった。そんなエレトに私は迷うことなく声をかける。


「エレト、私はあなたを受け入れます。だからもう一度だけ、他人(ひと)と共に……他人(ひと)のために生きてみましょう」


 私のその言葉は想定外だったようで、エレトは目を見開いて驚き、明らかに動揺している。


「なに言うてんねん! 前はあないにひどいこと言うたくせに! 今更そんなん言うんやったら、なんでもっと早うそうしてくれへんかってん!」


 エレトの言う通りだ。なぜもっと早くこう出来なかったのだろう。それが出来ていれば、今日三人で争うこともなかっただろう。ただあの時は、いや……今も、エレトよりも自分よりも、ひたすらにレイスさんのことが大切なだけだ。あの時は、その気持ちが先走り過ぎてしまった。


「私は過去を全て切り捨てようとしました。生まれ育った忌々しい里も、あなたと過ごした幼い日々も。だけど忘れられなかった。里のことは一時たりとも思い出したくない、でも別に過去の全部が嫌だったわけじゃない。あなたのことは忘れたくないという自分がいた。それだけです」

「ほんまにええんか? あの時も今もうちは許されんことをした! ほんでも…受け入れてくれるん?」


 エレトは恐る恐るといった様子で答えた。自分の行いを客観視出来るほどには感情も落ち着き、その声色にはもう先程のような敵意は感じられない。


「だからそう言ってるじゃないですか。エレト、あなたは私です。私たちは同じなんです。お互い生き方を変えましょう。私は今のあなたを受け入れます。だから、あなたも今の私を受け入れてください。そうして共に生きてみましょう」

「……わかった。うちも変わる、あんたを受け入れる。絶対に(たが)えへん」


 どうにかエレトと和解ができた。正直もう一生無理だと思っていた。会うことすらないと思っていた。ふとしたときにあの日のことを思い出し、今後一生自責の念と後悔に駆られ生きていくのだと。


「少し待っててください。レイスさんを連れてきます。そうしたら三人で魔王城に帰って治療を受けましょう」


 私はそれだけ言うと、レイスさんの元へ急ぐ。あまり時間は経過していないが、容態の変化が心配だ。

 元いた場所へ戻ると、レイスさんは木にもたれかかり浅い息をしていた。明らかに先程より呼吸が弱い。しかし、さすがはレイスさんと言うべきか、噛み付かれた腿より上の足の付け根付近を縛り、なるべく毒が全身に回らないように応急処置を施してある。


「レイスさん、もう大丈夫ですよ。すぐに医務室に連れて行きますからね」


 レイスさんを背負うと、今来た道を引き返し全力でエレトの場所に戻る。エレトを目視で確認し、すぐに転移できるよう魔法の準備を始めた。

 その瞬間エレトの背後の木々が吹き飛んだ。それを成したのは、熊のような巨躯を持ち、上半身には六本の腕を持つ大魔獣アーシュラである。


「やばいの! 限界なの!」


 アーシュラの前には、一人で交戦するネアさんと怪我を負って後退する魔物たちがいた。

 まずい。一般的に転移魔法で一度に転移できる人数は、せいぜい六人が限界だ。この場にいる全員を連れて行くことは出来ない。だからといって、見捨てて逃げ帰ることも出来ない。

 そんなことを考えている間に、アーシュラの振り回す腕がネアさんに直撃する。その攻撃を受けきれず、ネアさんの小さな体は森の奥へと吹き飛ばされ見えなくなってしまう。

 本当にやばい。現状、一番戦闘能力のあったネアさんが負けてしまった。今この場に残されているのは、戦闘能力の低い医療班の方たちと深手を負った魔物たち。そして、まともに動くことも出来ないレイスさんとエレト。つまり、今戦えるのは私一人だ。

 レイスさんを背から降ろし、戦う覚悟を決める。何もアーシュラを倒す必要はない。他の救援部隊が到着するまで時間を稼げばいいだけだ。それぐらいやってみせる。というか、やらなければ全員生きて帰れない。


 アーシュラがその巨体に見合わぬ速度でこちらに向かってくる。幸か不幸か標的にされたのは私だ。私から最も敵意を感じ取ったのだろう。

 距離を詰めてくるアーシュラ目がけてファイアボールを放つ。ヘルファイアほどの威力はないが、魔力消費も少なく取り回しのいい便利な魔法だ。そもそもこの魔法で傷を負わせることは考えていない。

 大魔獣とはいえ、獣は獣。炎を本能的に嫌い、一瞬ではあるが怯えるような反応を示す。その一瞬の隙を見逃さず、アーシュラの眼前にて閃光魔法を放つ。眩い光が辺りを照らし、すぐに収まる。視力が戻るまでの僅かな間ではあるが、アーシュラに致命的な隙が出来る。

 この隙に距離を取ってもいいが、どうせ数秒後には追いつかれる。それなら一か八か大きなダメージを与えられる可能性に賭ける。

 アーシュラはその巨大な体を分厚い毛皮と堅い筋肉で覆い、身を守っている。さらに、毛皮は魔法への耐性を有しており、物理攻撃と魔法攻撃共に効き目が悪い。ならばどうするのか。簡単なことだ、外側の防御を無視し、内部にダメージを与えればいい。

 私はアーシュラの目の前で腰を落とし、右手は後ろに引き左足は前に出す。体全体の力が淀みなくスムーズに流れる体勢を取り、踏み込みと同時に右の掌底(しょうてい)を体へと打ち込む。全身のエネルギーを一点に集め、相手へと流し込む。少ない力と踏み込みでも十二分に効果を発揮する技、発勁(はっけい)である。

 掌底を打ち込まれたアーシュラは後ろへ大きく吹き飛ぶ、なんてことはなく、全くと言っていいほど動じずその場に立っていた。確かな手応えはあった、ダメージが無いわけではないだろう。ただそれ以上にアーシュラが打たれ強かっただけだ。

 攻撃を受け(いか)ったアーシュラが、三本の右腕を私目がけ振り下ろす。回避は不可能と判断し、右腕を盾に左腕で支え攻撃を受ける。当然受けきれる訳もなく、そのまま腕は振り抜かれ、吹き飛んだ体は木へと叩き付けられる。


「――っ!」


 あまりの激痛に声にならない悲鳴を上げる。右腕は肉が裂け骨の割れる鈍い音と共に、あらぬ方向へと曲がってしまった。ただ、無防備な体に受けていたら間違いなく死んでいた一撃をこの程度の傷で済ませられたのだからよくやった方だろう。だがもう打つ手がない。次の一撃で私は死ぬ。

 近づいてきたアーシュラの腕が振り下ろされ――


「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャジャーン! 我、参上!」


 私に当たるよりも早く、魔王様が現れた。魔王様は素早く拳を振り抜き、アーシュラを殴る。その威力は絶大で、アーシュラは反応すら出来ずに上半身をまるごと消し飛ばされた。残った下半身は力なく地面に倒れる。


「はっはっは! 大魔獣といっても大したことないな! ん? なんだお主ら、全員満身創痍ではないか。我が回復しといてやろう」


 魔王様はそう言って、ささっと全員に回復魔法をかけた。一瞬で私の腕は元通りになり、エレトの欠損した足もレイスさんの毒も全て完治した。


「じゃあお主ら医務室に送るからな。あ、ネアのやつはさっき救助したから安心しろ。じゃ医務室で大人しくしとけよ」


 魔王様が魔法を発動させると、景色が変わり魔王城の医務室についた。

 相変わらず魔王様はめちゃくちゃだ。私たちが敵わなかったアーシュラを一撃で絶命させ、全員の傷を瞬時に治し、十数人を一度に転移させる。こと戦闘に関しては、誰も敵うことのない圧倒的な強者。それが魔王様だ。


「は~い、みなさんバイタルチェックしますからね~。ベッドに横になってくださいね~」


 案内されるままにベッドに横たわる。さすがに今日は疲れたため、このまま休ませてもらうことにする。

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