甘えて欲しくて、甘えたくて
私のこんな作品を読んでくださっている皆様、お久しぶりです。約3年と2ヶ月失踪しておりました。本当にお久しぶりです。
本作はあと10話ほどで完結となりますので、もう失踪はしません。ここに固く誓います。あと、完結まで毎日18:00に投稿します。これも誓います。
それでは、本作を少しでも楽しんでいただけると幸いです。
目を覚ますと知らない天井が……いや、この天井は医務室のものだ。
私はどうなったのだろう。確か魔王様と試合をすることになって、それで……。
だめだ。思い出そうとしても、試合が始まってからの記憶は全て靄がかかったような、うっすらとした記憶しか出てこない。
「レイスさん! 気が付きましたか!? 大丈夫ですか!」
聞き慣れた心地のいい声が、私のすぐ隣から聞こえてくる。
「ベルナさん……私は大丈夫です。それより……何があったんですか?」
あまり体調はすぐれないが、この程度なら問題はないと判断する。
「魔王様と試合をしたのは分かりますよね? その際、魔王様に体内の魔力を暴走させられたんです」
少し頭痛がし、意識がぼうっとするが気にしないようにする。
「レイスさんはとてつもない身体能力を得ましたが、魔力が尽きたことで気絶したんです。それから丸一日眠ったままだったんですよ」
軽い眩暈と吐き気を覚え、あまり話が入ってこない。
「……レイスさん、我慢してますよね? やめてください」
隠していたつもりだったが、あっさりと見抜かれてしまった。
「甘えていいって、前にも言いましたよね? 私にぐらい甘えてください」
どうやら、私は人に甘えないことが癖になってしまっているらしい。あの時に、ベルナさんになら甘えられるようになったと思っていたのだが。
「すみません。少し……吐き気が辛いです」
「洗面台ならあるのでそこに行きましょう。他に症状はないですか?」
ベルナさんに手を引かれ、支えてもらいながら移動する。
「あとは……軽度の眩暈と頭痛がします」
「魔力切れの典型的な症状ですね。しばらくしたら落ち着くと思いますので、それまで大人しくしていてくださいね。今は夜ですが……間違っても働こうとしたらだめですよ?」
今程度の症状なら、間違いなく働こうとしただろう。というか、働くつもりだった。
私は普段から、お互いに支え合えばいいと思っているし、周りの人達にもそう言ってきた。なのに、何故こういう時に誰かを頼ろうとしないのだろうか。
「ほら、レイスさん。吐いたら多少は楽になりますよ」
私は、洗面台にもたれかかるように手をつき、胃から込み上げてくるものを吐き出す。
「うっ……おえっ……げほっ……」
吐き出すとは言っても、丸一日何も食べていないためか、胃液しか出てこない。ピリピリとした不快な感覚が喉に張り付いて気持ち悪い。
「大丈夫ですか?」
ベルナさんはそう言って、私の背中を優しく撫でてくれる。そのおかげか吐き気は治まり、体調もいくらか回復したため、口を軽くゆすいでベッドに戻る。
「今日はもう遅いですから寝ましょう。私は担当医に連絡だけしてきますね。では、おやすみなさい」
そう言うとベルナさんは私に背を向け、歩き出そうとする。その背中が私から遠ざかっていくのだと考えると、感じたことのない形容し難い気持ちになり、ある思いが溢れてくる。それをベルナさんに言おうかと思ったが、迷いは一瞬だった。
私は――
ベルナさんの手を握り、引き留めていた。
私の方に振り向いたベルナさんは、驚いたような顔をしていた。唐突に手を握られれば、誰だって驚くだろう。
「ベルナさん……一つわがままを言ってもいいですか?」
私の言葉を聞いたベルナさんは、目を輝かせていた。
「はい! なんでしょう! 一つと言わず、いくらでもいいですよ!」
まさか喜ばれるとは思っておらず、少しばかり驚かされる。それほどまでに、私が人を頼るのは珍しいのだろうか。そこまで嬉しそうにされると、逆に躊躇しそうになるが、意を決してわがままを口にする。
「その……私が眠るまで、そばに居てくれませんか?」
自分でもおかしなことを言っていると思う。別に、眠りにつくぐらい一人でも何も問題はないはずなのに。
「それと……手も繋いでいてほしい……です」
私は本当に何を言っているのだろう。こんなこと、言うつもりはなかったのに。きっと魔力切れの影響だろう。そうでないと、体が熱を持ち始めたことへの説明がつかない。
そんな私をよそに、ベルナさんはベッドに腰掛け、指を絡ませながら手を握ってきた。さらに、反対の手で頭を優しく撫でてくれる。
「ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
そう優しく囁かれた私は、すぐに眠りについた。
目が覚めて時計を確認すると、午前四時だった。普段からこの時間に起きているため、癖で目が覚めてしまったのだろう。
体調を確認すると、昨夜の症状は一切なく、健康そのものになっていた。ならば朝食でも作ろうと思い、起き上がろうとすると、ある違和感に気が付く。
寝起きだったために気づかなかったのか、私の隣で安らかな寝息を立てて眠るベルナさんがいた。しかも、ベルナさんは手で私の服を軽く掴んでいる。
そのことに気がついてから、心臓はうるさいほどに早鐘を打ち、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
この感覚は何なのだろうか。締め付けられているようなのに、まったく不快ではない。今までに経験したことのない、どこか高揚感さえ覚える感覚。まさか……これが――
私が一つの結論を出そうとしていると、魔王様が部屋に入ってきた。魔王様は静かに部屋の中を見渡していたが、私と目が合うと普段通りの立ち振る舞いで近づいてきた。
「なんだ、もう起きてるのか。体は問題ないのか?」
急に魔王様らしからぬことを言われたため、何か裏があるのではと疑ってしまう。
「急にどうされましたか? 魔王様こそ大丈夫ですか? 人の心配をするだなんて魔王様らしくありません」
「なんだお主。失礼だな。我だって心配ぐらいするわ。今回の件は我のせいでもあるからな」
「本当に大丈夫ですか? 魔王様が自らの非を認めるだなんて……」
「もういいわ。お主の心配した我がバカだった。まあいい……体は問題なさそうだしな」
そう言うと魔王様は部屋を出て行こうとし、何かを思い出したようにこちらを振り返った。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた。お主の体調も問題なさそうだから、今夜武闘会の打ち上げするからな。絶対来いよ。じゃあ我はこれで。子供らの朝食を作らねばならないのでな」
それだけ言うと、今度こそ魔王様は部屋を出て行った。
色々と言いたいことはありますが……お子さんのことになるとまともですよね。他のことでも、そうしてくれると嬉しいのですが……無理でしょうね。
それにしても、今夜に打ち上げですか……。病み上がりですしあまり行きたくはありませんが……一応私が優勝者ですし欠席する訳にもいかなさそうですね。仕事の付き合いだと思いましょうか。
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「お主らぁ! 盛り上がっておるかー!」
「「「おぉー!」」」
今日は最高の日だ。どれだけ騒いでも誰も文句を言ってこない。そう、あのレイスでさえも。
そのレイスは端の方の席でベルナと二人でゆっくりしている。今日の主役なのだからもっと中心に居ればいいものを。酒も飲んでないしな。少しは我を見習った方がいいんじゃないか?
まだ飲み会が始まってから少ししか経っていないが、既に我は浴びるように酒を飲んでいる。まあ、我はこのぐらいでは全然酔わないのだが。
「ねえ、レイスさん誘いにいこうよ」
「えっ……でも、隣にベルナさんいるし……」
「大丈夫だって。挨拶しに行く感じで近づいて後は上手くやればいいんだから」
おっと、何やら面白そうな話をしている女がいるな。よし、我が助言してやろう。
「やめとけ! やめとけ! あやつは付き合いが悪いんだ 。飲みに誘っても絶対に来ない。レイス、十八歳、独身。仕事はまじめでそつなくこなすし、ああ見えて情熱もある。なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしてるから女にはモテるし、大変な仕事も難なくこなす。悪いやつじゃないし、どれだけの女に言い寄られても一途な男だ」
よし、これで……いや、自分で言っておいてなんだが、あやつめっちゃ優良物件じゃないか? しまったな、あやつを下げるつもりだったのに。
「えっ……いきなりなんですか魔王様、妬みですか?」
「やっぱりやめとこうよ。私達じゃ釣り合わないって……」
「うーん……そうだね。他の男漁るか」
お、なんかいい感じになってきたな。これならいけるか?
「なら、我と――」
「それはあり得ないです」
「うん、魔王様だけはない……です」
それだけ言うと、その女達は我の前からいなくなった。
我がそんなに嫌なのか……。まあ、慣れてるからなんとも無いがな。さあ、飲むか!
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「ベルナさん、さすがに飲み過ぎじゃないですか? 明日に響きますよ?」
「大丈夫ですよ〜。鬼はお酒には強いんですから〜」
ベルナさんはそう言うが、飲み会が始まった時からかなりのペースで飲んでいるため、頬は上気し口調もどこかふわふわとしている。
多少強引にでも飲酒をやめさせるべきか考えていると、ベルナさんが肩に寄りかかってきた。
「すみません……ちょっと酔っちゃったみたいです……」
「だから言ったじゃないですか。お水持ってきますから、少し待っていて下さい」
私はそう言って立ち上がろうとするが、ベルナさんが腕を掴んで離してくれなかった。
「お水はいいです。それよりも……いい時間ですし、帰りませんか?」
そう言われて時刻を確認すると、23時を回っていた。周りにはまだまだ騒いでいる魔物達もいるが、もう帰ってもおかしくない時間だ。
「そうですね。帰りましょうか。部屋まで送りますよ」
足取りがおぼつかない様子のベルナさんを支え、飲み会の会場をあとにする。廊下には会場と違う冷たい空気が流れており、体の熱を冷ましていくのが心地よかった。
静かな廊下を二人きりで歩いているためか、普段は気にならないベルナさんの吐息や体温、しぐさなどを意識してしまう。
「着きましたよ。とりあえず、ベッドに行きましょうか」
部屋に着いたので、ベルナさんをそっとベッドに腰掛けさせる。すると、ベルナさんはすぐにベッドに横になってしまった。
スーツのままなので、そのまま寝たらシワになるなど、言いたいことはいくつかあったが、ベルナさんも疲れているだろうし言わないことにする。
「何かして欲しいこととかありますか? 出来ることならしますよ」
私がそう言うとベルナさんは上半身を起こし、私を見つめてきた。
「じゃあ……こっちに来てください」
言われるがままにベルナさんの側に寄ると、いきなり抱きつかれベッドに引き込まれた。お互いの吐息がかかるほどの距離で密着し、そんな状態でベルナさんは囁くように口を開く。
「私のことを……抱いてください」
潤んだ瞳で私を見つめるベルナさんは、熱っぽい吐息を吐き私を誘う。
「言い訳していいんですよ? 私に言われたから仕方なく、とか。私の酒気に当てられて、とか。だから……抱いてください。不安なんです……あなたと明確な繋がりが無いと……」
そう言うベルナさんの声は段々と弱く、か細いものになっていく。
「頭では分かっているんです。レイスさんは私のことを愛してくれてるって。でも……時折不安になるんです。……こんな面倒くさい女は嫌ですよね……」
背中に回されたベルナさんの腕が僅かに震えていることに気付いた私はベルナさんを抱きしめ返す。そして、今まで話していなかった私の気持ちを打ち明ける。
「私はベルナさんのことを愛していますし、嫌うことなんてあり得ないと思います。私にとってベルナさんは特別な存在です。だからこそ、これ以上関係を深めるのが怖いんです」
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「だからこそ、これ以上関係を深めるのが怖いんです」
まずいですね。何故か真面目な話になって来てますね。
酔ったふりをしてレイスさんを誘惑していたのに、どうしてこうなったのでしょうか。
「関係を深めると、その分別れが辛くなります。私はそれが怖いんです。それに、あなたと深い関係を持ったとしても、私では責任を取りきれません。いずれ必ず別れの時が来るのですから」
私もレイスさんも分かっている。寿命の差でレイスさんが先に亡くなることを。私達の間に子どもができたとしても、レイスさんは我が子の成人した姿すら見れないかも知れない。魔物と人間の混血児がどうなるかはわからないが、人間の子よりゆっくりと成長し、長く生きるのは確実だろう。
「すみません……。私は置いていく側なのですから、その時はベルナさんの方が辛いですよね」
確かに、置いていかれる側も辛いだろう。だが、置いていく側にはまた別の辛さがあるはずだ。
共に同じ時を過ごしているのに、自分だけが明確に老いていく。最期の時も今とあまり変わらない伴侶の姿を目にする。その時レイスさんは何を思うのだろう。
「お互いのことを考えるなら、これ以上踏み込んだ関係になるべきでは――」
レイスさんがそこまで言ったところで、強引にキスをして口を塞ぐ。急なことで驚いたのか、一度体を震わせたが、すぐに目を閉じて私のことを受け入れてくれた。
しばらくして唇を離した私は、レイスさんに自分の気持ちを伝える。
「私はレイスさんのそばに居られるだけで幸せです。レイスさんはそうじゃないんですか?」
「いえ……そんなことは……」
私の言葉を気にしたためか、レイスさんは暗い声で私の言葉を否定する。
「大丈夫です、わかっていますから。……私は、いずれ別れが来るとしても、あなたと一緒に居たいです。確かに、関係を深めるほど別れは辛くなります。でも、二人で過ごす時間はそれ以上に幸せなはずです。レイスさんは……どうしたいですか?」
そう言われたレイスさんは、少し迷うような素振りを見せた後、意を決したように口を開いた。
「私も……ベルナさんと一緒に居たいです」
「なら、もうそれでいいじゃないですか。ずっと一緒にいましょう?」
私はそう言うとレイスさんの背中に腕を回し、優しく抱きしめる。レイスさんも私を抱きしめ返してくれる。お互いの体温を感じ、鼓動さえ聞こえそうなほど密着してお互いを求め合う。
「ベルナさん、あなたのことは私が幸せにしてみせます」
レイスさんは、かつてないほど強い意志を感じさせる声でそう言った。
「ふふ、うれしいです。私も必ずあなたを幸せに……いえ、少し違いますね。私が、あなたが、なんて言わずに、二人で幸せになりましょう。これからはずっと一緒ですよ」
「はい……」
二人だけの静かな部屋でそんな言葉を交わし、互いの存在を求め合う。この日、夜が更けていくように、私たちの関係も深けていった。




