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エキシビジョンマッチ

 私は医務室のベッドに寝かされたまま、回復魔法をかけてもらっていた。自分の肉体が凄まじい勢いで修復されていくのが伝わってくる。そして、隣のベッドではロス様が寝ている。だが、ロス様はアンデッド故に回復魔法は効かないため、代わりに負のオーラを流し込まれている。


「お互い柄にもないことをしたな」


 ロス様が私の方は見ずに、天井を向いたまま話しかけてくる。


「ええ、久しぶりに本気を出しました。正直かなり疲れましたね」

「ああ、まったくだ」


 二人で試合の感想などについて話し合っていると、廊下から物凄い勢いで近づいてくる足音があった。


「レイスさん! 大丈夫ですか!?」


 足音の主であるベルナさんは扉を弾き飛ばす程の勢いで開けると、私に駆け寄り、抱きついて来た。


「怪我は大丈夫ですか!? 意識はしっかりしていますか!? どこか具合が悪いところは――」


 私の肩を掴みながら、必死の形相で問いかけてくる。これほどまでに私のことを心配してくれる人がいることを幸せに思う。


「ちょっと! 今は治療中なんですから、患者さんに気を遣ってください!」


 私にしがみついていたベルナさんだったが、医務室の職員によって強引に引き剥がされる。


「やめて! 私とレイスさんを引き離さないで!」

「今そんなシチュエーションじゃないでしょ! 治療の邪魔になってもいいんですか!?」


 そう言われたベルナさんは、しぶしぶではあったが抵抗をやめ、ベッドの側に椅子を持ってきて座った。


「レイスさん……すぐに元気になって下さいね」


 ベルナさんはそう言って私を見つめながら、両手で包み込むように手を握って――


「イチャつくのは二人きりの時にしろよ」


 いつから居たのか、部屋の入り口には腕を組んだままこちらを眺める魔王様がいた。魔王様は不機嫌そうにしながら私に近づいて来て、何かを私の手のひらの上に乗せた。

 渡された物をしっかりと眺めるが、黄白色(こうはくいろ)の小指の爪ほどもない大きさのそれは、どこからどう見てもただの大豆だった。


「なんですか、これ」


 魔王様はその言葉を待っていたかのように、作ったような声で答えた。


「仙豆だ、食え」


 また何か変なことを言い出したと思ったが、指摘するとそれはそれで面倒なことになるので大人しく食べることにする。仙豆と呼ばれた豆を口に運び、噛む。普通の大豆と変わらない味がして、どうせ何も起きないと思っていたが、効果は絶大だった。

 体にあった傷が全て塞がるどころか、あれほどあった疲労感さえもどこかに消えていってしまった。


「すごいですね、これ。量産は可能ですか?」

「ああ、魔王軍の食糧庫にいくらでもあるぞ。それただの大豆だからな」

「は?」


 自分でも驚くほどに低い声が出た。感情のままに発言してしまったらしい。私らしくないと思い、一度深呼吸をして落ち着く。


「では、何故私の傷が治ったのですか?」

「簡単なことだ。お主が大豆を食べた瞬間に、我が最上位の回復魔法をかけたのだ。調子がいいだろう?」


 魔王様なりに私を気遣ってくれたのでしょうか。もしそうなのであれば、少しだけ嬉しいですね。


「怪我も治ったのだ、我から一つ提案がある。我と戦え。いわゆる、エキシビジョンマッチというやつだ。まあ提案と言っても、お主に拒否権などないがな」


 魔王様からのいきなりの提案に驚き、部屋にざわめきが起きる。


「何言ってるんですか! レイスさんはさっき大怪我したばかりなんですよ! それなのに今からまた試合だなんて!」

「怪我はもう治しただろ。我が直接魔法をかけたのだ、こやつの体は最高の状態に決まっておろう」


 残念ながらその通りなのである。試合に出る前よりも……いや、下手をすると人生で一番調子がいいかもしれない。


「……わかりました。出ます」


 私がそう答えると、魔王様が提案をした時よりも大きなざわめきが起きた。


「無理しなくていいんですよ? ほら、疲れてますよね?」


 ベルナさんが私の心配をしてくれる。当然だろう。私が逆の立場でもそうする。


「大丈夫ですよ、無理はしてません。それに、先程の意趣返しをしたいと思っていたとこですし。魔王様に一泡吹かせてやりますよ」


 それを聞いた魔王様は、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。


「ほう。我に一泡吹かせるとは、面白いことを言うな。我と初めて戦った時はボロ負けだったがなぁ」

「あの時の私と一緒だと思わない方がいいですよ。生き物は成長しますから」

「そうか、そうか。なら結果は舞台の上で見せてもらうとしよう」


 魔王様はそう言うと、一足先に部屋を出ていった。

 私も早めに準備を整えるとしましょう。



 ======================



「なんということでしょう! 魔王様のわがままにより、レイス選手対魔王様のエキシビジョンマッチが実現しました! 試合終わりにすぐ連れてこられたレイス選手、お疲れ様です! 頑張ってください!」


 予定になかったエキシビジョンマッチだが、思いの外盛り上がっているようだな。観客から聞こえてくる声援の中に、我を応援するものが皆無なのは気に入らんが。まあ、勝つと分かりきっている我を応援しても楽しくあるまい。我の寛大な心で許してやろう。


「さあ、両者位置につきました! それでは、試合開始です!」


 我は試合開始の合図に合わせて、先手を打って仕掛ける。

 ロスとの試合を見ていた限り、あやつはいくつかの魔道具を同時に使用し、身体能力を上昇させたりしていた。ならば、まずはそれから潰す。

 あやつの持つ魔道具に干渉し、魔力暴走を起こす。意味はないだろうが、ついでにあやつ自身の魔力も暴走させておく。


「とりあえず、お主の手札を一つ封じたぞ。さあ、どう動くのだ?」


 こやつは我に一泡吹かせるとか言ってたからな。本気で潰しにいってやる。

 あやつがどう出るのか油断せずに見ていたが、一向に動く気配がなかった。


「どうしたのでしょうか。レイス選手一歩も動きません。魔王様、何かしましたか?」

「いや、我は魔力暴走をさせたぐらいで、大したことはしていないが……」


 我がそう言った直後、解説席が騒がしくなった。


「魔王様なにやってるんですか! 人の魔力を暴走させるのは、心身共に影響が大き過ぎるから危険との研究結果が出てるんですよ!」


 知らんわそんなこと。もっと早く言えよ。


「とりあえず、レイスさんの安全を考慮して試合は――」

「私は大丈夫ですよ。少しぼうっとしていただけです」


 我の正面でそう話すあやつは、口調も見た目も普段のレイスなのだが、漂う雰囲気は少し違った。あえて表現するならば、普段が冷静で今は冷酷といったところか。


「では、いきますよ魔王様」


 あやつがそう言ったかと思うと、次の瞬間には目の前にいた。


「は?」


 思わず間抜けな声が漏れてしまった。だが、仕方ないだろう。こやつの身体能力的に、不可能なことをやってのけたのだから。

 我に肉薄したレイスは、凄まじい速度で剣を振るう。

 速い。目で追える速度ではあるものの、余裕があるのかと言われればそうではない。

 明らかにあやつの肉体に変化が起こっている。まあ、間違いなく魔力暴走のせいだろう。

 しかしこれほどの身体能力を得れるとは。今の一振りから雑に測っただけでも、本気の我の七割ほど……いや八割に迫るか? これは我も本気でやらないとやばそうだ。


「何が起きたのでしょう! 我々の目では捉えることが出来ませんでした!」


 我は自分の得物である大剣を両手に持つと、片方で剣を防ぎ、もう片方で斬りつける。だが、その攻撃はレイスがバックステップで後退したことにより、虚しく空を斬る。

 やばいな。今本気で攻撃したんだけどな。あの状況で避けれるってことは、速さだけなら我と同等か?

 後方に跳躍したレイスの方から、何かにぶつかった音が聞こえた後、岩が崩れるような音が聞こえてきた。

 何が起こったのか見てみると、レイスが勢い余って舞台の壁に激突したところだった。


「力加減を間違えてしまいました。気を付けなければいけませんね」


 壁が崩れて出来た瓦礫の中から出てきながら、レイスは普段の口調で話す。

 なるほど。今のあやつは、急激に上昇した身体能力に慣れていないのか。なら、あの力を完璧に使いこなせるようになったら……想像もしたくない。

 決めた。あやつが力に慣れる前に倒す。ならば、速攻あるのみよ!

 全力で地面を蹴り、接近しつつ大剣を振るう。大剣故のリーチを生かし、レイスの射程距離外から攻撃を仕掛ける。

 我の持つ大剣は全長2メートル以上ある。普通に考えると大き過ぎる剣だが、我にとっては片手剣ぐらいの感覚だ。

 薙ぎ払うようにして振るった片方の剣がレイスに迫るが、レイスはそれを姿勢を低くしたまま走り続けることで減速せずに回避する。

 だが、その程度は流石に読めている。今の一撃には大して力を込めていない。

 間髪入れずに二撃目を繰り出す。姿勢が低くなったところに斜め上から斬りかかるも、レイスが跳躍することによって回避される。今度は力の加減ができたようで、我の頭より少し高い位置までしか跳んでいない。それでも人間としては跳びすぎなのだが。

 我を射程圏内に捉えたレイスは、大上段から剣を振り下ろす。跳躍により勢いがつき、体重も乗った重い一撃だ。しかも狙っている箇所は我の頭部。まったくもって容赦がない。

 だが、我は魔王! 戦闘に関しては、負けるわけにはいかんのだよ!

 さっきの攻撃はどちらも囮だ。全ては、レイスが本気で攻撃してくる状況を作るため。

 我に向かって迫りつつある剣を、手元に引き戻した大剣で迎え撃つ。全力の力を込めて、あやつの攻撃とぶつける。受け流すわけでも、弾くわけでもない。そんな勢いで剣を打ち合わせればどうなるか。


 バキッ!


 耐久性の低い方が壊れる。壊れたのは当然レイスの剣。我の剣は、我が本気で振り回しても耐えれるように、様々な強化が施してあるが、あやつの剣はそうではないはずだ。

 砕け散った金属片が宙を舞い、周囲の光を反射させて輝く。その光景は、試合中に見られるものとは思えないほど美しかった。


「ハッハッハ! 見たか! これが我の技量――」


 そう勝ち誇る我の右頬に凄まじい衝撃が走る。何が起きたのかを理解するよりも早く、体が吹き飛ぶ。すぐに受け身は取ったが、いまだ頬はジンジンと痛む。

 まさか我が殴られるとはな。いや、武器を壊したからって油断した我が悪いけど。一発いいのをもらってしまったな。


「まさかの事態です! レイス選手が魔王様を殴り飛ばしました! 魔王様は、武器を破壊したからと油断していたのでしょう! これは恥ずかしい!」

「いいですよ、レイスさん! その調子で日頃の恨みを晴らしてください!」


 実況席やかましいな。


「魔王様、楽しいですね」


 そう言って前方からゆっくりと近づいてくるレイスは、口調こそ落ち着いているが、目には狂気とも言えるものが宿っていた。

 短剣を袖から自然過ぎる動きで取り出すと両手に一本ずつ握り、四足獣が取るような低い姿勢で止まった。

 これは……来るな。

 あの姿勢の目的は瞬発力の向上が目的だろう。少しでも速くなり、攻撃の成功率を高めるつもりか。


「魔王様……本気で戦うのって楽しいですね!」


 レイスがそう叫んだ直後には、かなり空いていた距離は全くなくなっており、レイスが蹴った地面は抉れていた。

 短剣になったことにより攻撃の速度は上がり、手数も増えたことによって対処が困難になっている。ただ、何よりも恐ろしいのはその目だった。

 先程、とてもレイスとは思えないセリフを叫んだ時からだったが、完全に狂気に呑まれている。目はギラギラとしており、とてもじゃないが常人のそれではない。まるで戦闘狂のようだった。

 これ、完全に魔力暴走のせいだよな。いや、自我があって体のコントロール出来てるから、多分めっちゃ頑張ってるんだとは思うけど。

 レイスの攻撃を必死で防ぎながら、次の手を考える。とりあえず、距離を取りたい。接近戦は武器の相性的にも避けたいところだ。ならば……飛ぶか。

 地面を蹴って真上に跳躍する。天井すれすれまで上昇した後に魔法を使用し、空中で静止する。

 少しズルい気もするが、このまま絨毯爆撃をさせてもらうとしよう。あんなのとは、まともに戦いたくないからな。

 魔法を撃つべく準備を整えていると――


「どこにいくんですか、魔王様? 逃がしませんよ」


 目の前に、歪んだ笑みを浮かべたレイスが現れた。

 もうやだこやつ! なんか言ってることも怖いし!

 振り下ろされた短剣を受け止めるが、攻撃の衝撃に魔法が押し負け、地面に向けて体が吹き飛ばされる。空中で体勢を整えながらレイスの様子を確認すると、重力に従って落下していた。普通に考えれば、あの高さから落ちたら即死だろうが相手はあのレイス。確実に追撃があるだろう。

 レイスは地面に着地した瞬間、猫のようなしなやかな動きで落下の衝撃を殺し、そのまま無駄の無い動きでこっちに向かって来る。

 いい加減決着をつけるため、レイスに向かって大剣を投げつける。凄まじい速度で打ち出された剣ではあるが、レイスは回避に成功していた。避けられた剣は背後の壁に突き刺さり、大きな亀裂を作る。もう片方の剣も投擲する。だが、さっさきのとは違い、今回狙うのはレイスの足元だ。

 地面に刺さった剣が土を撒き散らし、僅かな間だが視界を遮る。その瞬間を狙ってレイスに肉薄し、両手首を掴む。手首を潰してしまわない程度の力を込める。レイスの手から力が抜けていき、短剣を落とす。

 よし、これでひとまずは話ができるだろう。


「もう試合はやめにしよう。それでいいよな?」


 正直これ以上今のこやつと戦いたくない。だが、魔王として降参もしたくない。ならば、両者合意の上で試合を終わらせればいいのだ。


「まだ……終わらせません!」


 そう言ったレイスは、右足で我の腹部を蹴り上げようとする。これがただの蹴りなら問題はない。無理な姿勢から出した蹴りなど、我に大したダメージは与えられん。だが、レイスの右足の先には金属の光があった。その正体は、靴から飛び出したナイフである。

 こやつ仕込み過ぎだろ! というか、この状況まずくないか?

 蹴りを避けるために手を離せば戦闘が再開する。それを嫌って離さなければ、我のお腹が刺される。どう転んでも嫌な方にしかいかない。

 手を離さずになんとかするにはアレをやるしかない。だが、こんなところでアレはやりたくない。アレは我の切り札の一つだ。こんなところで使ってしまったら、負けを認めたも同然である。いや、負けより恥ずかしいかも知れない。

 我がそう考えているうちに、ナイフが我の腹部に迫り――


 直前で止まる。

 何が起こったのかを確認する前に、レイスの体から力が抜け、地面に倒れる。倒れたレイスは浅い息を繰り返しており、明らかに異常だった。


「医療班に連絡しろ! 我は医務室に連れて行く!」


 我はそれだけ叫ぶと、レイスを連れて医務室に転移した。

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