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決勝戦

 試合開始の鐘の音が鳴る。直後、私に向かってレイス殿が突撃してくる。

 速い。無詠唱化した魔法でも迎撃は間に合わない。

 レイス殿を迎え撃つことは諦め、後ろに跳び退き、距離を取る。

 私の戦い方は、典型的な魔法使いとあまり変わらない。距離を取って相手の射程外から魔法を放つ。魔法使いの最適解であり、分かりやすく強力な戦法だ。ただ、相手が強くなればなるほど、この戦法の実行は難しくなる。強者を相手に距離を取り続けるというのは、そう簡単なことではない。

 レイス殿は、私が跳び退いたことにより出来た距離を、再び詰めて来ている。だが、流石に対策は打ってある。

 レイス殿が次の一歩を踏み出した直後、足元が発光し爆発する。爆発の原因は、私が先程仕掛けた爆発魔法だ。設置した魔法に一定以上の負荷が掛かると起爆するようになっている。効果時間が短いため、待ち伏せなどには適さないが、こういう場合には非常に効果を発揮する。

 土煙の向こうに見えるレイス殿には傷一つ無く、魔法は完璧に回避されたようだった。だが、十分な牽制にはなっただろう。警戒しなければならない物が一つ増えたのだから。


「ロス選手の魔法が炸裂し、レイス選手の接近を拒みました! この後はどんな展開になるでしょうか、解説のベルナさん」

「許されるなら、私が魔法の位置をレイスさんに伝えたいですね」

「はい、許されないのでやめてください! 会話が成り立たない上に、不正を働こうとする解説は居ない方がいいのではと思ってしまいます!」


 稼いだ時間を利用して魔法の準備を進める。ただ、それを黙って見ているレイス殿ではない。

 レイス殿は空いている距離を再び詰めようとしている。真っ直ぐ突っ込んで来るのであれば、仕掛けた魔法と新たに放つ魔法の両方で迎撃が出来るが、レイス殿はそこまで愚かではない。どう動かれても対応できるつもりだが、油断ならない。相手はあのレイス殿だ。

 レイス殿は少しの間地面を見つめたあと、目にも止まらぬ速さで突撃して来た。

 とてつもなく速い。だが、これなら迎撃は容易い。レイス殿の足が地面に触れると、その場所が爆発――


 しない。

 何故魔法が起動しないのか、その原因はすぐに分かった。

 レイス殿が魔法の仕掛けてある箇所を踏んでいないからである。無数に仕掛けてある魔法の一つも踏み抜かずに、最短距離で私に迫る。

 恐ろしいほどの観察眼と正確な足取り、そして異様なまでの落ち着きよう。改めて、レイス殿の恐ろしさを思い知らされる。

 とはいえ、今のレイス殿は一歩踏み外せば足元が爆ぜる状況下にいる。そんな状況で私の放つ魔法に対処することは難しいだろう。傷は負わせられないかも知れないが、後ろに下がらせられれば十分だ。

 そう思い、準備していた火球を放つ。準決勝の際にも使用した、フレアバレットを放つ。この魔法は本来、炎系最下級の魔法『ファイア』を数発撃つ程度の魔法だ。だが、魔法というものは、使い手や込めた魔力量によって威力が増す。私レベルになると、直撃すれば致命傷の威力で一度に数十発ほどは撃てる。もはや別の魔法だ。

 レイス殿に向かって飛んでいく火球を見ながら、次の魔法の準備をする。回避されたなら仕切り直し、もし少しでも当たれば畳み掛ける。それで問題ないだろう。

 火球が目前に迫っても、レイス殿は回避しようとしていない。それどころか、減速する素振りすら見せない。

 これは確実に何かある。警戒を怠らないでおこう。

 レイス殿と火球が接触する直前、火球は打ち消されたかのように霧散していった。

 何が起こったのかは見ていた。ただ、その事実は受け入れ難いものだった。レイス殿は、魔法を斬ったのだ。

 ただの剣にそんなことは出来ない。レイス殿の持つ剣は、魔法によって強化されているのだろう。だが、魔法剣はそこまで珍しくないため、魔王軍でもかなりの数を保管している。問題は魔法剣の存在ではない。剣に魔法に対する抵抗魔法をかけたところで、そう簡単に魔法を斬ることなど出来ないのだ。

 確かに斬れる魔法というのは存在する。例えば氷魔法で飛ばす氷柱(つらら)などだが、それは魔法を斬るというよりかは、魔法によって生み出された物質を斬っている。それに対して、今回レイス殿が斬ったのは、炎をそこに存在させている魔力そのもの。やろうと思って出来るものではないし、そんなことをした人物は見たことがない。それをレイス殿は当然のように行なっている。私の放った火球全てを斬り伏せながら、突き進んで来る。

 魔王軍幹部であり最上位のアンデッドである私の言葉とは思えないが、今のレイス殿を表現するならば、『化け物』だろう。


「なんと、レイス選手が魔法を斬った! 信じられません! 私達は今、とんでもないものを目にしています!」

「レイスさんなら魔法ぐらい斬れますよね」

「なんの根拠もない解説からの言葉! だが、説得力は半端ない!」


 先程は何とも思わなかった実況解説が、今はとても煩わしく感じる。それほどまでに、私が焦っているということだろう。

 私に肉薄したレイス殿が剣を振るう。警戒してはいたものの、魔法を斬るという離れ業に動揺し、反応が遅れてしまった。

 鋭い一撃が私を襲う。金属が光を反射させることにより、その剣筋はまるで星が流れるかの様だった。そう錯覚するほどに、美しい一閃だった。

 咄嗟に左腕で胴体を庇い、致命傷を負うことは避ける。左腕には浅くない傷ができたが、仕方ないことだろう。それに私はアンデッドだ。傷は時間経過で回復するし、血も流れていないため失血を気にする必要もない。それどころか、普段通り動かせる。これらの要因が組み合わさって、相手に手応えを感じさせにくい。


「ここで決勝戦初めての負傷です! さあ、まだレイス選手の攻撃の手は止まらない」


 レイス殿はここぞとばかりに攻めてくる。私も全神経を集中させて回避に専念するが、それでも避けきれないものはあり、浅い傷がいくつもできる。

 このままでは競り負ける。あまりいい手とは言えないが、アレをしよう。

 左腕を捨てる覚悟を決め、魔力を練って魔法を構築する。この魔法は単純故に構築がほぼ一瞬で済むが、単純故に使い所がほとんどない魔法である。

 異変に気付いたレイス殿が退避しようとしているが、それよりも魔法の発動の方が早い。


「『フレアバースト』」


 この魔法は爆発を引き起こすだけ。それを飛ばせるわけでもなく、設置できるわけでもない。要するに自爆魔法だ。

 左手の中で眩い閃光が発生し、そこを中心に爆発が起こる。その衝撃と暴風に煽られ、私もレイス殿も後方に吹き飛ばされる。

 爆発の直撃を受けた左腕は肉が剥き出しになっており、痛覚のない体であるにも関わらず、痛みを感じそうな程痛々しかった。流石にもう左腕は使い物にならないが、右腕はまだ使える。ならば、私の切り札を使うことは出来る。

 レイス殿の様子を窺うと、四肢には大した負傷はしなかったようだが、顔の右半分が悲惨な状態になっていた。肉は抉れ、火傷したかのように爛れている箇所もある。右目に至っては開いていない。

 そんな状態であってもレイス殿の顔は整っており、ある種の美しさすら感じさせる程だ。それだけの傷を負ってもなお、レイス殿の残された瞳からは変わらぬ闘志が感じられた。


「ロス選手の自爆魔法により、両者かなりの傷を負いました! この戦いの決着もそう遠くないかも知れません!」

「レイスさんのご尊顔が! なんてことを!」

「解説は片目を失ったレイス選手の方が不利だと言いたいようです! ええ、きっとそうです!」


 一旦レイス殿を下がらせることが出来れば上出来だと思っていたが、想像以上に自爆魔法が仕事をしてくれた。片目を失ったレイス殿は、距離感が狂ったり、死角が増えたりして、普段通りに動くことは出来ないだろう。大抵の場合、目を失うのは戦闘において、手や足よりも致命的だ。

 ここが正念場だと判断し、勝負を決めるため切り札を発動させる。


「ヘ・ル・ファ・イ・ア」


 一音ごとに右手の指先に炎を灯していく。魔法の準備が整った時には、五つの指全てに炎が灯っていた。


「この魔法はヘルファイアを五発同時に放つものだ」


 魔法が完成したからといって、すぐに放つわけにはいかない。命の奪い合いをしているのなら、説明などせずにさっさと撃つが、これは試合だ。私にレイス殿を殺そうという意志は無い。


「直撃すればカケラひとつ残らない。コントロールも効くため、貴殿といえどこの舞台では避けきることは不可能だ」


 私がこんなことを伝える理由はただ一つ。


「降参してくれ」


 これを放ってしまったら、恐らくレイス殿は死ぬだろう。運良く生き延びたとしても、生涯後遺症に悩まされるだろう。


「降参はしません。私は大丈夫ですから、遠慮せずに撃ってください」


 そう言うレイス殿の顔は真剣そのものだった。


「……貴殿を信じよう」


 私は右腕を前に突き出し、指先に意識を集中させ魔法を放つ。


「『五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)!』」


 私の指から放たれた炎は荒れ狂い、舞台全体を包み込みながら進んでいく。この舞台上に逃げ場はなく、炎が通り過ぎた後の地面は熱を帯びて赤黒く焦げていた。その炎は数秒と経たずに舞台の半分以上を飲み込む。私の位置からでは見えないが、レイス殿が立っていた場所から考えると、すでに炎の中だろう。

 レイス殿を信じるとは言ったものの、やはり不安が大きい。私は魔王軍幹部として実力には自信がある。魔法の扱いに関しては、魔王様に次いで長けていると自負している。そんな私の切り札を食らって生きていられるだろうか。

 私がそんな思考の渦に飲まれそうになっていると――


 炎の中からレイス殿が飛び出してきた。

 一体何が起こっているのだろう。まさかあの中を突っ切って来たのか? 幻覚でも見ているのだろうか。

 だが、今目の前にいるレイス殿からは、はっきりとした意志が感じられる。これは幻覚などではない。

 体のあちこちを燃やされながらも向かってくるレイス殿は、私の体目がけて一度剣を振るう。私はそれを避けるどころか、防御することさえ出来なかった。胸部から腹部にかけて、斜めに深く斬られてしまった。

 次の一手を警戒していたが、一度だけ私を攻撃したレイス殿は、地面を転がって体についた火を消していた。


「何故……あの炎を受けて……無事でいられた?」


 私は地に膝をつきながら、レイス殿に問いかける。

 別に今でなくともいい問いだろう。だが、一刻でも早く知りたかった。


「まず、魔道具の効果で炎に対しての耐性を強化しました。そして、物が燃えるのは水分が飛んでからです。人間は水分が多いですからね。数秒程度では燃え尽きませんよ」


 相変わらず末恐ろしい。そんなことを知っていても、普通の人ならあんなことはできないだろう。それを当然のようにやってのける。まったく、敵わないな。


「それで、まだ続けますか?」


 私にそう問いかけるレイス殿の呼吸は荒く、額にはかなりの汗が滲んでいる。会話からは感じられなかったが、体力に限界が来ているようだ。だが、それは私も同じこと。むしろ状況としては私の方が悪い。

 切り札を(しの)がれ、すでに魔力はほとんど残っていない。体は重く、先程から膝をつきっぱなしだ。無理に立とうとすれば、崩れ落ちるのは目に見えている。


「いや……私の負けだ。見事だ……レイス殿」

「危ない場面はありました。運がよかっただけですよ」


 レイス殿はそう言うと、膝から崩れ落ちて地面に両手をついた。想定よりも消耗していたらしい。


「決勝戦、勝者レイス! 今大会の優勝はレイス選手です!」

「そんなことはどうでもいいです! 医療班、早く! レイスさんに何かあったらクビですよ! 物理的に!」

「これ公共放送なんだよ! お子さんも聞いてるんだよ!」


 そんな実況席の声を聞きながら、私とレイス殿は担架で医務室に運ばれていった。

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