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準決勝

 私は一人の魔物と対峙する。同じ部署に所属するネアさんだ。ネアさんは体に見合わない巨大な斧を、軽々と持ち上げている。ネアさんはその可愛らしい容姿からは想像できないほどの身体能力を有しており、戦法も至ってシンプル。ただひたすらに力押しである。一般的に弱いとされる無策での攻撃も、実力者なら話は別だ。

 ネアさんの振るう斧を受け流し、力の向きを地面へと変える。本気で振るっていたのか、斧は地面に突き刺さり、隙をさらす。それを見逃さず、斧を持つ手を狙って剣を振り――


 キンッ!


 先程地面に刺さっていたにも関わらず、既に引き戻された斧が私の攻撃を受け止める。

 あの状態からの斧での防御を可能としているのは、恐ろしいほどの怪力。無理矢理に思える動きも一連の動作として洗練されており、その場しのぎでないことがわかる。

 普段滅多に対峙しない戦法なので、少しばかりこちらのペースが乱される。それに、力業というのは攻略しにくい。

 向こうから攻められると不利なので、攻撃の隙を与えぬように速攻の連撃を仕掛ける。斧よりも剣の方が取り回しも良く、手数が出せる。

 下手に攻めると返り討ちに合うため、ダメージを与えることは考えず、踏み込み過ぎないように注意する。一撃一撃は軽いが、無視出来ない箇所を攻撃することにより、防御に回させることが出来る。


「レイス選手の猛攻です! これにネア選手は防戦一方! 現状有利なのは、やはりレイス選手でしょうか?」

「レイスさんは最強なのでレイスさんが有利です……と言いたい所ですが、五分ですね。お互いにお互いの攻撃を警戒しているので、何か動きがあるまでは膠着状態が続くでしょう」


 そんな実況席からの声を聞き流しながら続ける攻防の中で、先に動いたのはネアさんだった。

 剣を受け止める力が明らかに弱くなった。私が本気で力を込めれば、まず押し勝てるような軽さだった。その理由は明白。先程までは両手持ちの斧で受け止めていたのに対し、現在は手にはめる鉤爪状の武器――通称クロー――を装備していた。そして、片手だけで受け止めたのだ。クローは両手にはめて使う武器である。つまり、ネアさんはまだ片手が空いており、その手が私めがけて横()ぎに振るわれる。

 それは身を屈めて回避することが出来たが、反撃には移れない。本来であれば、低い姿勢を利用して足払いなどを仕掛けるが、ネアさんには足がない。それに、武器を両手に持たれたことによって、手数でも負けてしまった。

 正直なところ、ネアさんは戦いにくい相手だ。単純故に強い力業に、多種多様な武器を使い分ける。体は小さく、攻撃が当てづらい。搦手(からめて)を主軸とし、相手の隙を突く私とは相性が悪い。力押しの戦法は実力差があれば問題にならないが、実力は拮抗しているため非常に厄介だ。一撃受けるだけでも危険だろう。

 手数で負けてしまった以上、あまり接近戦はしたくない。ここは一旦距離を取りたい。そう思い、一度大きく地面を蹴り後ろに跳ぶ。

 だが、ネアさんはそれを予測していたらしく、全力で距離を詰めてくる。ただ、私も無策で距離が取れるとは考えていない。

 左の袖に仕込んでおいたナイフを、突撃して来るネアさんに向けて投げる。先に二本を投げ、それに少し遅れる形でもう一本を投げる。三本とも弾かれるだろうが、多少の足止めにはなる。それでも進んで来るのなら、弾いている最中を狙い、一太刀入れる予定だ。

 強引に進むのはリスクの方が大きいと判断したようで、流石のネアさんも止まってナイフを弾く。


「ここにきて両者の間に距離が出来ました。さあ、どちらから動くのか!」


 現在の状況で接近戦は仕掛けたくないので、距離を保ちながら飛び道具で牽制しつつ、あまり効果は期待できないだろうが疲労を狙うことにする。


「レイス選手、絶え間なくナイフを投げ続ける! ネア選手はそれを見事に弾く! ……というか、レイス選手はどれだけ暗器を持っているのでしょう? そろそろ尽きるのではないでしょうか?」

「いえ、以前服を脱がせた時に見ましたが、相当な数仕込んでいましたので、まだ残っていると思いますよ」

「解説からコンプラギリギリの発言が飛び出ました! ですが無視しましょう! それよりも、試合に動きがありそうです」


 ネアさんの足元にかなりの数のナイフが散乱した頃、ネアさんが持つ武器を変えた。持ち手から鎖が伸び、その先端には無数の棘が生えた鉄球が付いている。モーニングスターと呼ばれる打撃武器だ。鎖の届く範囲なら離れた相手にも攻撃することができる。

 ネアさんが柄を一振りすると、その軌道を描くように私めがけて鉄球が飛来する。近距離での攻撃ではないため回避のための余裕はあるが、あまりいい状況ではない。中距離戦はモーニングスターで攻撃され、近距離戦は向こうに分がある。試合が長引くと不利なのは私なので、早めに勝負に出ることにする。そのためにはタイミングが重要だ。

 ネアさんを中心に円を描くようにしながら、モーニングスターの攻撃から逃れ続ける。あえて攻撃範囲の外に出ることはしない。鉄球は私を追尾するかのように迫り来る。

 そして、私は唐突に進行方向を変える。外周を走っていた状況から一転、一直線にネアさんに向かって走る。

 これでモーニングスターを気にする必要はない。モーニングスターは普通の武器と違い、引き戻すのに若干時間がかかる。柄と鉄球の間に鎖が付いているからだ。

 そのことは使い手が最も理解しているため、ネアさんは既に柄を手放し、最初に手にしていた斧を持っている。自分の一番の得意武器で迎え撃つつもりらしい。

 私は勢いをつけて、ネアさんの体めがけて剣を振るう。その攻撃は当然のように受け止められる。否、受け止めるどころか、弾き返された。

 だが、私の体制は崩れない。先程の一撃には、大して体重も乗せていなければ、本気だったわけでもない。弾かれることを前提で攻撃した。

 ネアさんが反撃に出るよりも早く、私がもう一度剣を振るう。今度は本気で。ただ、ネアさんはこれも止めるだろう。勝つためには、もう一手必要だ。だが、今から懐から暗器を取り出すのは遅すぎる上に、警戒されている。なら、それ以外の方法で武器を手にすればいい。武器なら地面にいくらでも転がっている。

 地面に散乱させておいたナイフの柄を踏み、手元まで打ち上げる。それを空いている左手で握り、剣とは反対方向から斬りつける。読み通りに、ネアさんは剣に意識の大半を割いており、ナイフへの反応が遅れる。この状況からどちらともを防ぐ手段はないはずだ。二つの刃物がネアさんの身に迫り――


「参りましたなの」


 ――ネアさんの体に当たる直前で降参を宣言された。その声を聞いた瞬間に手を止めたため、ネアさんに傷はない。


「ここでネア選手が降参を宣言しました! よって、勝者レイス! 驚くべきことにお互い傷は負っておりません!」


 試合に決着がついたことにより、客席からは一際大きい歓声があがる。


「やっぱりレイスさまは強いの。歯が立たなかったの」

「いえ、そんなことないですよ。実戦だとどうなっていたか分かりませんし。私はただ、試合に勝っただけですよ」


 ネアさんがあの状況を無傷で凌ぐ手段は無かっただろうが、体の一部を犠牲にすれば反撃も出来たはずだ。それをしなかったのは、あくまでも試合だからだ。相手や周囲を気遣わなければ、まだいくらでもやりようはあった。まあ、それは私にも言えることだが。


「これより、ステージの点検及び整備を行います。それが終わり次第次の試合を始めますので、しばらくお待ちください」



 ======================



 やばい。どうしてこんなことになったのだろうか。俺の目の前には、戦闘態勢を整えたロス様がいる。

 武闘会には毎年参加しているが、今年は対戦相手などの運にも恵まれ、初めて準決勝まで残ることができた。本戦で一回でも勝てれば良い方だと思っていた俺からすれば、十分すぎる結果だ。ただ、勝ち進んだ代償として、化け物みたいな奴らと戦わなければならなくなった。残った四人はレイス、ネア、ロス様、そして俺。俺は圧倒的に場違いであり、実力差は歴然。一つだけいいことをあげるなら、対戦相手がネアじゃないことだろう。あいつだったら命が危なかった。いや、殺されはしないだろうが。


「あの〜ロス様。手加減とかしてもらえませんか?」


 ダメ元で聞いてみる。負けることは確定しているが、ボッコボコにされるのは避けたい。


「残念だが、その願いを聞くことはできない。魔王様も見ておられるこの大舞台で、魔王軍幹部の私が手を抜くことは許されない」

「ですよねー」


 なら俺に出来ることは一か八かの賭けだけだ。


「両者準備も整ったようなので、試合を始めます! 結果は分かりきっていますが、なるべく会場を盛り上げてください!」


 一言多い実況だな。どうなるかぐらい、俺が一番よく分かってるっての。


「それでは、試合開始!」


 その声を聞くや否や、俺はロス様に向かって突撃しようとする。だが、ロス様の方は既に動いていた。ロス様の周りには、拳大の大きさの火球がいくつも浮かんでおり、それが俺めがけて射出される。それを認識した時には、既に火球は目前まで迫っていた。

 俺は足に込めていた力の向きを変え、全力で横に跳ぶ。かろうじて一発目を躱したが、火球はまだまだ飛んでくる。とにかく回避にのみ集中し、ただ全力で走る。俺が避けた火球が地面に当たり、派手な音と共に爆ぜていた。

 やばいって。あんなの食らったら致命傷だって。いや、死にはしないんだろうけどさ。

 そんなことを思いながらしばらく逃げ回っていると、音がしなくなった。

 攻撃が止んだ。なら今のうちに接近したいところだが……。

 火球が大量に爆発した影響で辺りには土煙が立ち上り、ロス様の位置は掴めなかった。

 まずいな。これじゃ攻めれない。かといって適当に動くのは危険だし……。


「よく避けきったな。流石に勝ち抜いてきただけのことはある」


 どう動くべきか考えていた俺に、ロス様から声がかけられる。ただ、その声は俺の真後ろからしていた。

 その声に反応して俺が振り向くより早く、ロス様の手が俺の腕を掴んだ。


「部下をみだりに傷つけるようなことはしたくない。降参してくれるか? もししないなら、気は進まないが腕の一本でも――」

「あ、降参します」


 俺はあっさりと負けを認める。というか、初めから勝てる可能性なんてなかった。ただまあ、俺にしては頑張ったんじゃないだろうか。


「ワルフ選手の降参により、勝者ロス選手! 次の試合は決勝戦です! お楽しみに!」


 じゃあ俺は観客の一人にでもなって、レイスとロス様の試合を楽しむとするか。

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