武闘会、開催
「そろそろ、アレの時期だな」
仕事で魔王様の部屋を訪れると、唐突にそんなことを言い出した。
「ふざけたこと言ってないで仕事しなよ、お父さん」
魔王様の娘さんは本人の希望もあって、現状は魔王様の補佐役という形にしている。魔王軍に入った当初は、名目上私が魔王様の補佐役だったのだが、二日目でやめろと言われてしまった。私も、無理に魔王様を働かせるより、全部自分でやった方が早いと考えたため、魔王様の補佐は行っていなかった。
だが、娘さんとの一件以降魔王様もしっかりと働くようになり、娘さんも補佐として魔王様以上によく働いてくれている。
「いや、でも、本当にアレの時期だから」
「アレってなんですか。私は知らされていないのですが」
「ああ、エントリーもまだだし、運営は営業部が主に行うからな。アレとはな……」
魔王様はわざとらしく間を置いてから、答えを口にする。
「武闘会だ」
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俺の名前はモーブ。今から始まる試合の出場者だ。
「さあ、今年も始まりました。魔王軍一の催し物、武闘会!」
風魔法によって拡大された声が、コロシアム全体に響き渡る。通路の向こう側からは、魔物達の熱を帯びた声が聞こえてくる。それほど、魔物達に求められているイベントなのだ。
「ルールは単純! 相手を降参させるか、戦闘不能にさせれば勝利! ただし、殺害してしまった場合は失格となり、人事部処刑係が出勤し、その命で贖ってもらうことになりますので、くれぐれもご注意ください。その他に制限は一切ありません!」
俺は今日、ここで自分の力を見せつける。
「本日、司会進行及び実況は、私営業部長のルミューズが務めさせていただきます! そして、解説は!」
「はい、解説のベルナです」
魔王軍きってのイベントであるため、運営側も力が入っている。俺の力のお披露目に相応しい舞台だ。
「はい、ベルナさん! 本日注目の試合とかありますか?」
「レイスさんが出る試合以外興味ないです」
「解説として0点のコメントありがとうございます! では、早速Aブロック本戦第一試合行きましょう!」
ついに始まる。俺はこの日のためにモブに徹してきた。大した業績を上げることもなく、ただひたすらに一般魔物として過ごしてきた。予選だってモブのフリをして、必死な感じで勝ち上がってきた。全ては今日、謎に包まれた圧倒的強者を演出するため。
「それでは選手の紹介です! 今年の魔王軍を導いてきたスーパールーキー! もはや魔王軍はこの男なしでは成り立たない! レイス! 対峙するのは……特にこれといった特徴のないモーブ!」
初戦の相手はレイスか……最高だ。誰もがレイスが勝つと思っているこの状況。俺がレイスを打ち負かし、『あんな奴見たことねえ! 誰なんだあいつは!?』みたいな状況を作る。そして試合後は、何も言わずにその場を去る。完璧な作戦だ。しかも超カッコいい。
「両者入場になります!」
薄暗い通路を抜け、円形状に掘り下げられた競技場に立つ。反対側には、いつも通りスーツ姿のレイスが立っている。客席には所狭しと魔物が座っており、空席は一つもない。
「さあ、記念すべき第一試合が、今始まります!」
ルミューズの声に合わせて、試合開始の鐘が鳴る。それを聞いた直後、俺はレイスに向かって全力で突撃する。そして――
一撃で吹き飛んだ。壁に激突し、轟音を立てる。辺りには土煙が舞い、視界が遮られる。
どっちがそうなったか、なんて言う必要はないだろう。当然――
俺だ。何をされたのか分からなかった。手も足も出なかった。今も体が動かない。ただ、不思議と命の危険は感じない。
「おぉっと!? 何が起きたのか私はわかりますが、わからない人の為に解説してあげて下さい!」
「仕方ないですね。レイスさんは相手の勢いを利用して、受け流す形で壁まで吹き飛ばしたんです。誰にでもできる技ではないです。レイスさんの技術の高さに驚かされますね」
なるほど、俺はそうやって吹き飛ばされたのか。
「モーブ選手に動きが見られないため、戦闘不能と見なします。問題ないでしょうか、審判さん?」
「うむ、あれはもう戦えんな。我が言うのだから間違いない」
そういえば審判は魔王様だったな。魔王様に負け認定されてしまった。
「第一試合! 勝者、レイス!」
今回の武闘会では力を見せつけることができなかったか……。また来年……だな。
医療班に担架で運ばれながら、俺はそんなことを考えていた。
「さあ、武闘会もいよいよ大詰めです! 各ブロックを勝ち上がったのはこの四名! Aブロック、レイス! Bブロック、ネア! Cブロック、ロス! Dブロック、ワルフ!」
武闘会は一番の見せ場に入り、会場のボルテージも最高潮となっている。
「決勝トーナメントは、まずA対B、C対Dで行った後、勝者同士で決勝戦となります! また、二つの試合は同時には行われませんので、どちらの試合もご覧いただけます。それでは、試合開始です!」
試合開始の鐘の音と共に、観客の歓声が響き渡った。
次回から週一投稿に戻ります。次回投稿日は1/16予定です。