魔王様は働かない
「魔王様、失礼します」
登録用紙を提出した後書類を渡す必要があり、私はすぐに魔王様の仕事部屋へ戻ってきた。
「ああ、戻ったのか。部署はどこにしたのだ」
「人事部にしました」
「人事部か。お主のようなお堅いやつにはお似合いの部署だな」
今の魔王様の発言……無意識かも知れませんがあまり良くないですね。
「魔王様、そのような発言は控えた方が良いかと思われます。個人に対する偏見もあり、人によってはパワハラだと考えることもあるでしょう」
「なんだお主口答えする気か? 我は魔王だぞ?」
魔王様は私の発言で腹が立ったのか、威圧的に話してくる。
「そもそも昔はこれぐらい当たり前だったのに、最近の若い者といったら、すぐパワハラだのセクハラだのうるさいのだ」
これはかなり重症ですね。魔王様には一刻も早く考え方を改めてもらわないといけませんね。
「魔王様、かつてパワハラ等が当たり前だったのは事実かも知れませんが、認められていた訳ではありません。ただそれらを諫める風潮等がなかっただけです。現在はパワハラ等が許されないのが常識です」
「だからなんだ。我は魔王だぞ。黙って我の言うことを聞いていればいいのだ。そもそも人間なんかが口答えするな」
まあ、そうですよね。私が少し意見した程度で考えを変えるようなら、パワハラなんてしてないでしょうからね。
また、魔王様だけの問題ではありませんが、種族への偏見や差別も無くしていかなければいけませんね。人間が最たる例でしょうが魔物の中でもそういった事はあるでしょうから。
「では魔王様は自身の管轄する魔王軍が人間の組織より劣っていてもよろしいのですか?」
私の発言を聞いた途端、明らかに魔王様の機嫌が悪くなる。
「なに? 我が魔王軍が人間より劣っているだと? しっかりと説明せよ」
「はい。現在人間の一部の小国では法整備が行われ、パワハラ等は規制されています。これでは魔王軍は劣っていると言わざるを得ません。いずれ世界を支配する魔王軍なのですから職場環境の改善と意識改革は必要不可欠だと私は考えます。魔王様はどのようにお考えでしょうか」
「確かに現状のままでは劣っていると言われても仕方ないな。お主ならこの状況を変えられるのか?」
「はい。一週間ほど時間を頂ければ現行の制度の見直しの上、皆さんの意見を反映した改善案を作る事が出来ます」
「ほう。言ったな。いいだろう。一週間でやってみせろ」
私が言い出した事ですが、私のような新入りにこのような大仕事を任せても大丈夫なのだろうか。
元から企画してなかった事なので失敗しても何の問題もないとの考えでしょうか。それともただ私が失敗したところを笑いたいだけでしょうか。……魔王様のことはまだよく知りませんが、これまでの言動を見るに後者のような気がしますね。
「この話も一区切りつきましたし、私がここに来た本来の話をしましょう」
そう言って、魔王様に渡すよう頼まれていた書類を提出する。
「なんだこれは?」
「今年度の予算案です。魔王様がその書類に署名・捺印をすればその内容が正式に決定されます」
「……あぁ。そうか……。後でやっておく」
仕事の話をした途端魔王様の歯切れが悪くなる。
「見たところ現在他の業務は無いようですし、今のうちに済ませておくのがよろしいかと」
「……。ちょっとトイレいってくる……」
そう言うと魔王様は席を立ち部屋を出ていった。
私はこれまでの魔王様や周囲の反応などから一つの結論を出した。それは――
そこまで考えたところで魔王様が部屋に戻ってくる。それにより私の思考は一時中断された。
魔王様は席に着いても何もせず、ただ呆然としているだけだった。
「魔王様、非常に申し上げにくいのですが……」
そこで一度言葉を切り、先程考えていた事を口にする。
「魔王様は働きたくないのですよね?」
「……バレたか」
魔王様はどこか気まずそうに目を逸らしている。
「周囲の反応や魔王様の態度が明らかにおかしかったのですぐに気付きました」
「そうか……。だが我は働かないぞ」
困りましたね。あの書類には魔王様の署名・捺印が必要ですし、仮に無くても良かったとしても予算決定が遅れるのはよくないですね。
「わかりました。他の仕事はしなくていいのでその書類だけお願いします」
「いやだ。面倒くさい」
「……そうですか。わかりました。今から少しの間魔王様への無礼をお許し下さい」
私はそう言って断りを入れた後、捲し立てるように言葉を綴った。
「失礼ですが、魔王様は魔王軍のトップとしての自覚があるのでしょうか? 働かない、パワハラ・セクハラは当たり前、自分に都合が悪いと立場を利用する等、人の上に立つ者として失格ではないでしょうか。そもそも、今は四月だというのに未だに予算が正式決定されていないとはどういうつもりでしょうか。普通はもう少し早く確定しているものです。それと、魔王様は現在の魔王軍の職場環境をご存じでしょうか。現在の魔王軍は本日から勤める事になった私でも一目見れば分かる程劣悪なものです。部下をそのような環境に置きながら、魔王様自身は環境改善に努めるどころか働きもせずに、恥ずかしくないのでしょうか?」
私はそこまで言うと一度言葉を切った。
魔王様はいきなりの事に驚いているのか唖然としていた。
「こんな事を言いましたが、私は魔王様が今のままでも構いません。ただ他の皆さんは魔王様に愛想を尽かし、魔王軍を去っていくかもしれません。実際今の魔王軍は人手不足のようですし、城内も空き部屋が多く見受けられました。現状のままでは世界征服など夢のまた夢です。他にも――」
「わかった。もう……わかったから、やめてくれ……」
そう言った魔王様はかなり傷心しているようだった。魔王という立場と性格から、今までこんな事を言われたことは無かったため耐性が無かったのだろう。
「理解していただいたのでしたら魔王様が今するべき事は分かりますね? 署名と捺印をお願いします」
「うむ……」
弱々しく返事をした魔王様はすぐに記入を終えた。
魔王様から書類を受け取り、私は魔王軍での初仕事を終えた。