親子愛
私は魔王の娘。魔王であるお父さんから愛をもらい、幸せに過ごせていると思っている。友達を作れる環境がないことだけが、ちょっと不満なだけだった。
だが、この前お父さんの悪行が記された記事が目についた。まさかとは思ったが、一度生じた疑いを拭うことは無理だった。だから、面識のあったレイスさんに無理を言って、仕事中のお父さんを見せてもらうことにした。そして私は見てしまった。
「もう〜やめてくださいよ、魔王様〜」
「ははは、よいではないか、よいではないか」
そんなことを言いながら、女性の胸を揉むお父さんの姿を。
「ねえ……何してるのお父さん……」
お父さんはその声に反応してこっちを向き、私のことを認識すると顔が真っ青になっていった。
「我が娘がどうしてここに……。い、いや、これは違うんだ! そ、そう、無理矢理やれと言われたんだ!」
「この期に及んで言い訳するの? 最低」
「ち、違うんだ娘よ!」
「何が違うの? 目の前にあることが事実でしょ?」
「い、いや……それはだな……」
こんなお父さんの姿は見たくなかった。恐らく、記事に書かれていたことは全て事実なのだろう。
「もう……いいよ」
私はそれだけ言うと、お父さんに背を向けて走り出した。どこかに行きたいわけじゃない。ただ、あの場所に居たくなかった。そして私は、魔王軍の敷地から外に出た。
======================
魔王様は娘さんを追っていった。
「私達が魔王様の家庭を崩壊させてしまいましたが……これでよかったのでしょうか」
「ああ、少しやり過ぎな気もするが……」
私達は自分達のやったことに、少し後悔しているような気さえしていた。ただ、レイスさんだけは違った。
「これでいいんです。というか、今回こうしていなければ、近いうちにもっと酷いことになっていました」
「どういうことですか?」
「娘さんは今回の記事を見る前から、魔王様に対して不信感は抱いていました。その件で何度か相談されましたので、間違いない情報です。ですので、そのまま拗らせるよりかは、今回のようなきっかけを与える方がまだマシな結果になるでしょう」
魔王様の娘さんに相談されるほどのレイスさんの人脈の広さと、全て計画しての行動だったということに驚かされる。
「まあ、関係の修復が上手くいくかどうかは魔王様次第ですが……魔王様が娘さんを想う気持ちが本物なら、問題ないでしょう」
======================
我は一心不乱に娘を追う。すでに魔王城の敷地からは出ており、安全が確保された空間ではない。さらに、周囲は木々に囲まれ視界も悪い。こんな場所では何が起こるかわからないため、一刻も早く娘を止めて安全な場所に連れ帰りたい。
「待ってくれ! 娘よ!」
「いや! 来ないで!」
娘との距離は確実に縮まってはいるが、追いつくにはまだ少し時間がかかる。娘はまだまだ子供とはいえ、体はほとんど大人と変わらない。それに我の娘なのだから、身体能力もそこら辺の魔物とは比べ物にならないほど高い。
だとしても、それが追いつけない理由にはならん!
進路上の木々を薙ぎ倒しながら、一気に距離を縮める。そして娘の肩に手を伸ばし――
「来ないでって言ってるでしょ!」
――娘が拳を振るったことにより、伸ばした手は遮られた。
我の顔目掛けて飛んでくるそれを、すんでのところで躱す。拳が振り抜かれた衝撃だけで、後方の木が何本か折れる。
やっば。あれ本気でやってたな。まともに食らったら、我とて無傷ではいられんかったぞ。
「せめて! せめて話だけでも聞いてくれ!」
「何も話すことなんてないから! もう放っといて!」
「それはできん! お前は我の大切な子供だ!」
その言葉を聞いた娘は足を止め、ゆっくりとこっちを振り返った。
「そっか。お父さんは私達のこと、大事に思ってくれてるんだ……」
お、これはいけるか? これでようやく話を聞いてもらえる。
「じゃあ、どうしてちゃんと働かないの?」
だが、我のそんな考えは、娘から発せられた冷たい声によって消え去る。
「え?」
「え? じゃないでしょ。私が、私達が大切ならちゃんと働いて、軍の皆にも迷惑かけないでよ」
まずい。今まで楽をしてきたツケが回ってきた。こんなことなら、最初からしっかり働いておくべきだった。
「ちゃんとさ……尊敬できるカッコいいお父さんでいてよ。魔王でしょ?」
そう言った娘は、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を瞳に湛えていた。それを服の袖で拭った娘は、再び我に背を向けて走り出した。
「ま、待て!」
今娘が走っていった先には、確か崖があったはずだ。我の娘だから大丈夫だとは思うが、万が一ということもあるため、急いで追いかける。
木々に囲まれた場所を抜けると、そこは切り立った崖だった。だが、娘の姿はない。まさかと思い崖を覗くと、崖下に向かって落ちていく娘の姿があった。
まずい。娘は転移系の魔法をまだ使えない。この高さから落ちても死ぬことはないだろうが、親としてそれは許せない。
我の全力を持って崖の側面を蹴り、凄まじい速度で娘に接近する。我に蹴られた箇所は、爆発したかのように抉れていた。
娘があと少しで地面というギリギリのところで手が届く。この後はテレポートで安全な場所に転移したかったが、そんなことをしている時間はない。
娘を抱え込み、我が下敷きになって地面に激突する。我の全力で移動しているのだから、その勢いは凄まじい。大地は抉れ、辺りには土砂が撒き散らされる。
「大丈夫か!? 娘よ!」
我は自分の腕の中にいる娘の体を確認する。その体は土で汚れてはいるものの、傷は一つもなかった。
「よかった、無事だな」
「お、お父さん……。頭が……」
「ん?」
言われて頭を触ると、赤くヌルッとしたものが手についた。血だ。自分の血を見るのはいつぶりだろうか。
「この程度何の問題もないわ。それよりもお前が無事でよかった」
「お父さん……。ごめんなさい」
「ん?」
我は何か謝られるようなことをされたか?
「……ちょっとだけ酷いこと言っちゃった」
「なんだそんなことか。全く気にしてないぞ。それよりも、我の方がすまなかったな。これからは魔王として、なによりお前達の親として、恥ずかしくないようにしよう。毎日しっかり働くぞ」
「そっか……でも、働くってのは……まだちょっと信用できないかな」
えっ……それはちょっとショックだぞ。いや、今まで働いてなかった我が悪いんだけど。
「だからね……明日から私も一緒に働こうと思うの」
ん? なんか今とんでもないこと言った気がするぞ?
「そしたら、お父さんもちゃんと働くでしょ。私ももう働ける年齢だし、問題ないよね」
「いや〜お前が働くのは、まだ三万年ぐらい早いんじゃないかな〜」
「そんなことないよ。もう働けるって」
娘は言い出したら止まらないからな〜。全く誰に似たんだか。
「何笑ってるの、お父さん?」
「ん? ああ、何でもないぞ。それよりもお前の仕事だが……レイスにでも相談しよう」
あやつなら、いいようにしてくれるだろう。認めたくはないが優秀だしな。
「とりあえず帰るか。我らの城へ」
「うん!」