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過去への愛執

 私は黙って先を歩く。後ろからついて来る者のことは考えずに、ひたすら目的地に向かって歩く。自室に着くと中に入ってから、ようやく振り向いて相手の顔を見る。そこには、おどおどとした様子のエレトがいた。

 正直、顔も見たくない。昔のことを思い出してしまうから。

 ただ、最近は大丈夫だった。そんなことよりも、レイスさんとの時間が幸せだったから。でも、エレトがどんな気持ちで私に接していたのか知ってしまった。もう以前のようには戻れない。


「な、なあ……」


 恐る恐るといった感じで、エレトが声をかけてくる。

 エレトは私と一緒なのだろう。辛い過去を持ち、心を許せる人と出会えなかった。レイスさんと出会う前の私と一緒だ。私に癒しを、救いを求めたのだろう。

 その心境はよくわかる。私も同じだったのだから。ただ、私はエレトよりも自分が、そしてそれと同じぐらいレイスさんのことが大切だ。だから、私は言う。それが、どんなに酷いことであっても。


「もう、私達に過度に関わらないでください」


 それを聞いた瞬間、エレトの顔に絶望したものに変わった。


「い、嫌や! な、なあ、そんなん言わんといて。うちにはあんただけなんや。あんたに見捨てられたらうちは……」

「私の知ったことではありません。あなたも大人になったのですから、いつまでも私に付きまとわないでください」


 どの口が言っているのだろう。私だってレイスさんに甘えて、付きまとって、(すが)っているくせに。


「な、なんで私ちゃうくてあないな男なん! うちの方があんたのこと分かっとる。あんたの過去も知らへんあないな男なんて……!」


 基本的に穏便に済ませるつもりだった。何を言われても冷静でいるつもりだった。たが、それだけは我慢できなかった。


「私のことはいくらでも罵倒してくれて構いません。ただ……レイスさんのことを(けな)すのは許しません」


 口調は変わらない。ただ、声には殺意とも呼べそうな程の敵意を込め、視線は鋭く睨みつける。

 私の態度に気圧されたのか、エレトが怯えたかのように一歩下がる。


「何故レイスさんなのかという話でしたね。……私を受け入れてくれたからですよ」

「な、なら! うちも――」

「うちも……なんですか?」


 必死になっているエレトの言葉を遮り、一方的に話を続ける。


「あなたと一緒にしないでください。レイスさんは本当に、ただ私を受け入れてくれたんです。あなたは……自分が大切なだけなんですから」


 自分でも酷いことを言っていると思う。流石に言い過ぎだという自覚もある。だが、言わずにはいられなかった。


「……そうなんか。あんたはうちよりあの男がええねんな。あないな……あんたと添い遂げることもできひん男が」

「――っ!」


 その言葉を聞いた直後、体が勝手に動いた。エレトに詰め寄り肩を掴んで、無理矢理壁に押し付ける。感情のままに動いたにも関わらず、手を出さなかったことが信じられない。


「なんや、怖いなあ。急にこんなんせんといてや」


 エレトは顔に薄い笑みを浮かべ、こちらを馬鹿にしているようだった。


「あなたが……あなたが!」

「うちはほんまのこと言うただけやで。……これで少しはうちの気持ち分かった?」


 私への意趣返しといっても、限度というものがあるだろう。私が今まで気にしないようにしてきた現実を、悪意を持って突きつけてきたのだから。

 私とレイスさんは寿命が違う。鬼は千年ほどは生きるが、人間は長寿でも八十年ぐらいだ。なら、私とレイスさんは後六十年ほどしか一緒にいられない。だから、レイスさんが生きている間は、気にしないようにするつもりだった。そんなことを考えてレイスさんとの時間を汚したくなかったというのが半分、その事実から目を逸らしたかったというのが半分だ。


「……もう、出て行ってください。顔も見たくないです」


 ゆっくりとエレトから離れると、目も合わせず言い捨てる。


「そうどすか。うちも今のあんたは好かん。こんなんなら、昔のままがよかった」


 それだけ言ったエレトは部屋から出ていった。

 静かになった部屋で一人、ベッドに仰向けに転がる。目の上に腕を置き、大きなため息を一つつく。

 やってしまった。少し大人げなかった。次会う時にどんな顔をすればいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、いつの間にか眠ってしまっていた。


 目が覚めた時にはすでに朝になっており、かなりの間眠っていたことになる。手早く準備を整えて出勤すると、レイスさんから報告があった。


「昨夜、エレトさんが魔王軍から出ていきました」


 その報告を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた気がした。気のせいではないだろう。その証拠に、今も鼓動は早い。

 可能な限り平静を保った様子で、レイスさんに返答をする。


「そうですか」


 自分でも信じられないほど冷たい声が出た。

 そんな声を聞いたレイスさんは、顔色一つ変えていなかった。


「では、報告はしましたので、私は業務に戻ります」


 原因が私にあることは分かりきっている。でもレイスさんは踏み込んでこない。その気遣いがありがたかった。

 私はエレトのことを――


 ――過去と共に忘れることにした。……忘れられるだろうか。

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