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……かつての絆

 その男はかなりの年齢に思えた。五十代ぐらいだろうか、髪はボサボサで白髪が多く混ざり、顔立ちは彫りが深く無精髭を生やしていた。男は剣を振って付着した血を飛ばし、レイスに向かって歩いてくる。

 レイスは身構えない。組織の構成員を殺したのなら敵は共通のはずだ。それに、目の前の男から敵意を感じなかった。


「お前、家はどこだ。連れて行ってやる」


 男の発言はその見た目からは考えられないようなものだった。この問いにレイスは正直に答えた。


「私に帰る家はありません」


 この答えに男は少し驚いたようだった。


「そんなことないだろ。お前いい服着てるしな。どっかの貴族の子だろ」

「はい。ですが私は売られた身。すでにあの家の子供ではありません」

「誘拐じゃなくて売買だったか……クソが」


 男は納得がいったという顔をした後、その顔を憤怒に染めた。


「で、名前は? 仕方ないからしばらく面倒見てやるよ」

「名前もありません。あの家の名を名乗る気はありませんので。それと、お世話になるわけにはいきません。近くの……王都以外の街に連れて行ってもらえればそれで十分です」

「お前……本当に子供か?」


 男が信じられないものを見るような目で、レイスのことを見つめる。レイスも男を感情の感じられない瞳で見上げる。


「まあいい。ないなら好きに名乗れ」

「なら……レイスでお願いします」

「理由は?」

「私は売られた時点で社会からは消えました。ですが、まだ存在しているので亡霊などの意味でレイスです」


 この日が本当の意味でレイスが生まれた日である。奇しくも、以前の誕生日と同じ日だった。


「お前がいいならいいが……なんでそんな皮肉な名前なんだよ……」


 男は本当に困惑したような声で呟いた。

 その日はそこで話を切り、一晩休んだ後街に向かうことにした。数日後、街につくとそこで二人の関係は終わりかと思われた。実際レイスはそのつもりだった。だが、男がレイスを連れ回した。男は自身の目的を考えるとレイスを連れて行くのは危険だと思ったが、レイスなら大丈夫だという確信を持てた。その男の目的は犯罪組織の壊滅。現在はデスブリンガーを狙っている最中だった。

 レイスは今後も行動を共にするということで、男に名前を聞いたが無いようなものだと言って教えられなかった。だから勝手に師匠と呼んだ。呼び始めた頃は、二人とも何かを教わるつもりも教えるつもりもなかった。だが、何も教えなくとも次々と自らの技術を盗んでいくレイスを見た男は、自分の全てを教えてみようと思った。その日から本当の意味でレイスと師弟関係になった。

 二人で各地を転々とし、様々な犯罪組織を壊滅させていく。そんな日々が続き、五年の月日が流れた。


「俺とお前はここでお別れだ」


 師匠の別れの言葉は急だった。それに対してレイスは――


「わかりました。今までありがとうございました。ではこれで」


 ――即座に受け入れ、その場を去ろうとした。


「いや、おい。もうちょっとないのか」

「ありません」

「そうか、だが俺はある。俺の次の標的は魔王軍だ。あれは人類を脅かす存在だからな」

「そうですか。お気をつけて」

「……もういいわ。行ってくる」


 レイスと師匠の別れは、そうしてあっさりと終わった。これは、長引かせると別れが辛くなるだろうというレイスの気遣いだったが、あまりにも簡潔過ぎたため師匠に伝わるのはかなり後のことである。

 一人になったレイスは目標を失った。金銭を稼ぐため冒険者となったが、生きる以外の目的がなかった。そこで師匠と同じ魔王討伐を目指すことにした。血気盛んな冒険者の演技をし、本気で魔王を倒そうとしている仲間を探した。そして五年後に魔王城に攻め込み、敗北することとなる。その後自らが魔王軍に所属することになるとは、当時のレイスは思ってもいなかった。



 ======================



「以上が私の過去です」


 レイスさんから語られた過去は、想像を絶するものだった。


「私が今、求められたいと思うのは子供の頃の影響でしょうね。愛というのも未だ分かりません。師匠との関係が近い気はするのですが……」


 そう言うレイスさんの顔は、話をする前よりも明らかに明るくなっていた。


「話を聞いてくれたありがとうございます。人に話したのは初めてですが、凄く楽になりました」

「いえ、私は何もしていませんよ。同情だってしませんし」


 その言葉を聞いたレイスさんは、不思議そうな顔をした後柔らかな笑顔を見せた。


「私も同情はしませんよ。ただ、理解するだけでいいんです。耳触りのいい言葉をかけることが、優しさとは限りませんから」


 レイスさんはそう言うと、気持ちよさそうに伸びをして体をほぐした。こんなにリラックスしたレイスさんを見るのは初めてかもしれない。抱えていた気持ちを吐き出して楽になったからか、もしかすると私の前だからかもしれない。もし後者なら、どれだけ嬉しいだろうか。


「これで、明日からまた仕事に専念できます。かなり効率よく働けそうです」


 当然のように明日から出勤するつもりのレイスさんに真実を伝える。


「レイスさんは一週間は休みです」

「……本当ですか?」

「はい。ちなみに私も有休を取ったので、一週間ずっと一緒にいます」


 本当は急に一週間も有休なんて取れないですが、そこは人事部長の力をフル活用です。それにレイスさんは近くで見てないと、すぐに働きますからね。


「仕方ないですね。大人しく休みます。ですが、何をして過ごしましょうか。休日の過ごし方なんて知りません」

「そこは問題ありません。私と同棲生活です。いっぱいイチャイチャしましょう」

「ふふ、それもいいかもしれませんね」


 あ、これは冗談だと思ってますね。私は本気で言ってるのに。


「言質は取りましたよ」


 私がそう言ってレイスさんの腕を掴むと、レイスさんは少しだけ驚いたような表情を浮かべ、私の言葉が本気だったことを理解したようだった。そんなレイスさんに構わず、テレポートの魔法を発動させる。転移先はもちろん私の自宅である。半ば連れ去るような形で、私はレイスさんと共に転移した。

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