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過去の傷と……

 今から十八年前の話。王都に住むとある大貴族の子供が産まれた。それは元気な男の子で、その家の初めての子供だった。両親はそれはそれは喜んだ。そして、子供は愛を受け立派に成長し、いずれは跡取りとして当主となるはずだった。

 問題はすぐに起こった。その大貴族の当主は、代々宮廷魔術師を勤めてきた。だが、その子供には魔法の才能が一切無かったのである。それどころか、魔法を使うことすら出来なかった。これは、生まれてすぐの魔力鑑定で判明したことだ。その瞬間から、子供は不要になった。両親はすぐに子供を始末しようとしたが、それは出来なかった。すでに母子共に無事の出産だと、国中に通達を始めていたからだ。死産にすることは出来ない、かといって生かしていても大したメリットはない。両親は仕方なく、次男が生まれるまでは育てることにした。

 両親にとって想定外のことだらけの出産だったが、両親の知ることの出来なかった、才能ともいえるものを子供は持っていた。その子供は記憶力・思考力が共に異常であり、生まれた時から全てのことを鮮明に覚えていたのだ。数年としないうちに、自分の境遇なども全て把握することとなる。だが、これは子供の精神の発達に多大な影響を与えた。この子供こそ、後のレイスである。



 レイスは二歳になった。仮にも大貴族の長男であるため、迫害されることはなく、しっかりとした教育が施された。読み書きから貴族の作法まで、幼いころから叩き込まれた。ただ、それはレイスを想ってのことではなく、世間体を気にしてのことだった。そこに愛など存在しなかった。

 自力で動けるようになったレイスは、真っ先に自宅の書斎に行った。そして、保管されている本を片っ端から読み始めたのだ。それは異様な光景だった。まだ、まともに喋ることも出来ない赤ん坊が、黙々と本を読むのである。それも、最初に読んだのは辞書である。一日中書斎に閉じこもり、ひたすらに知識をつける。そんなことを繰り返し、書斎の本を全て読み終えた。だが、レイスはそれでは終わらせなかった。更に知識を求め、国立図書館へと足を運んだ。さすがに全ての本を読むには時間がかかり過ぎるので、ジャンルを絞った。ビジネス関係と軍事・戦闘関係である。レイスは自分の立場を理解していた。少しでも有用性を示さなければ、すぐに処分されるのではという焦りもあった。それ故に、信じられない速度で知識を身に付けていった。

 そんなレイスの姿を見た人々は、口々に賛辞を述べた。曰く、『親の教育が良いのだろう』と。レイス自身を認める言葉ではなかった。どれだけ努力しようと、レイスをただ一人の存在として見てくれる者はいなかったのである。

 両親はそんなレイスを気味悪がったが、同時に喜んでもいた。何もしなくても、自分達の評価が上がっていくのだから。そんな親がレイスに感謝などするわけがない。レイスは誰からも愛されぬまま育っていった。



 そんなレイスに危機が訪れる。次男の誕生である。しかもレイスとは違い、魔法の才能を持って生まれてきた。両親はそんな次男を溺愛した。レイスに与えなかった分まで愛を注いだ。その子供を跡取りにすると決め、本格的に動き出した。そこで最大の障害となるのが、レイスの存在である。レイスは民衆からの人気が高かった。将来は良い当主になると、信じて疑わなかった。そんなレイスを差し置いて、次男を当主にしようものなら懐疑の視線を向けられるのは目に見えている。ならどうすればいいか。簡単である。レイスを処分すればいいのだ。



 その日はレイスの八歳の誕生日だった。父親はレイスを呼び出すとこう言った。


「今まですまなかった。これからはお前のことも愛そう。償いという程でもないが、せっかくの誕生日なんだ。旅行にでも行こう。私達からの初めての誕生日プレゼントだ」


 旅行の計画は全て完璧に終わっていた。レイスにはサプライズという名目で、当日まで伝えないでいたのだ。このことを聞いた時、レイスはあることを思った。

 愛してくれて嬉しい? 否。

 やっと自分を見てくれた? 否。

 ()められた。是。

 レイスは即座に理解した、この旅行中に処分されると。何か対策を立てようにも時間がなかった。両親は、レイスが子供だからと油断することなく、確実にそして綺麗に始末できるよう計画を練っていた。



 一家を乗せた煌びやかな馬車が、多くの住民にその威容を見せつけながら街を後にした。街を出てから、レイスはずっと気を張っていた。周囲の気配を可能な限り探り、飲食物には最大限の警戒をした。だが、子供に出来ることなどその程度だ。まだ未成熟な身体で、武器も持っていない。レイスは無力だった。

 王都から十分に離れ、周囲から人の目が無くなった頃それは起こった。馬車の外から、金属と金属がぶつかり合う硬質な音が聞こえてきた。そして人の悲鳴も。その声は護衛として雇っていた傭兵のものだった。しばらくして音が止むと、馬車の扉が開けられた。そこに居たのは、不健康そうなほどに細い体の男と、がっしりとした体躯の強靭そうな男だった。そんな対照的な二人に共通していたのは、その身から漂う暴力の気配だ。傭兵達を殺したのは、この二人で間違いない。そんな盗賊にしか見えない男達は口を開いた。


「例のブツを受け取りに来た。……それか?」


 レイスを指差す男の問いに答えたのは父親だった。


「ああ、持っていってくれ。好きにしてくれて構わない」


 その会話は盗賊と交わすものではない。初めから全て計画していたことの確認だった。

 男に引っ張られ拘束されるレイスを見ながら、父親は最後の言葉を発した。


「お前はかなりの金になったよ。喜ぶといい、初めて私達の役に立ったのだから」


 それだけ言うと、馬車は王都に向かって去って行った。最期までレイスが愛されることはなかった。王都の人々にどんな説明をするのか、証拠隠滅は出来ているのか、レイスには知る術がなかったが推測はできた。全て完璧なのだろうと。

 受け渡しの時も、縄で後ろ手に拘束されている間も、レイスは抵抗しなかった。逃走を図ることはできた。レイスは知識をつけるだけでなく、体も鍛えていた。それも過剰な程。同年代とは比べ物にならない身体能力を有していたレイスだったが、目の前の男達からは逃れられないことを悟っていた。レイスは所詮子供だ、暴力を生業とする大人と張り合えるほどには強くなかった。それならば、大人しく逃走の機会を探ることにしたのだ。



 レイスは男達と共に別の馬車で移動していた。馬車とはいっても、先程まで乗っていた煌びやかなものではなく、薄汚れた物だった。それも荷馬車である。積荷の中に放り込まれ、雑に縄で繋がれたまま馬車に揺られていた。やがて馬車は森に入り奥へ奥へと、道とは言えないような獣道を進んでいった。


「はぁ、なんで俺達がこんな雑用なんだよ」


 すでに仕事を済ませて気が抜けたのか、片方の男が愚痴をこぼした。


「仕方ないだろ。俺達は新入りなんだ」

「デスブリンガーでの初仕事がこれかよ」

「俺達は組織に入れただけでも幸運なんだぞ」


 今まで手に入れた情報を元に、今後の計画を立てていく。現在の状況は悪くない。父親は金になったと言った。ならばレイスは現在商品だ。デスブリンガーという犯罪集団が、貴族の子供を買ってすることは何だろうか。ストレスの捌け口という線も無くはないが、それならもっといいものがあるはずだ。ならば、どこかに売るのだろう。物好きな貴族か、商人か、はたまた娼館か定かではないが。逃げるのは売られた後でいい。そうすれば組織からの恨みは最小限に抑えれて、街で逃げ出すことができるだろう。少なくとも、今いる森よりかはよっぽどいい。

 そう考えたレイスはある行動を起こした。それは武器の調達である。この積荷の山は食料や貨幣、衣服に武具まであった。にも関わらず全く警戒していないのは、レイスのことを侮っていたのだろう。当然である。普通の人は八歳の子供を警戒なんてしない。

 蓋の無い箱の中に乱雑に入れられている武器の中から短剣に目を付けた。手は後ろで縛られているために掴みにくいが、大した問題ではなかった。多少音が出ようとも、元々荷馬車が揺れるたびに音は鳴っていたので、怪しまれることはなかった。手にした短剣を背中の服の中に隠し、それ以降は何もしなかった。



 かなりの時間森の中を進み、前方に小屋が見えてきた。小屋といっても非常に大きく、屋敷と言えそうな程の規模だった。ここがデスブリンガーの本拠地である。各街に小規模拠点はいくつかあるが、本拠地は街ではなく森の中だった。これは、本拠地に強行突入されないための策だった。ただ、安全性と引き換えにアクセスは多少悪くなってしまっていたが。

 そんな場所に連れて来られたレイスの待遇は悪くなかった。いや、むしろよかった。商品であるために、傷がつかないように丁寧に扱われ、飢えることも凍えることもなく過ごせた。そんなレイスの生活は初日で終わりとなる。すぐに売られたわけではない。何者かが拠点に夜襲をかけたのだ。

 その人物はかなり強いようで、組織の構成員は慌てていた。レイスは予定を変更した。賭けではあるが、この拠点を襲った者に助けを求めることにした。それが無理なら、厳しいだろうが一人で森を抜けるつもりだった。とにかく、じっとしているという選択肢はなかった。このままここにいても、良くて放置、悪ければ人質か肉壁だ。

 背中から短剣を取り出したレイスは部屋を出る。部屋に窓は無かったものの、拘束はされておらずかなり自由だった。部屋前にいた見張りもいなくなっていた。これは幸運だったが、それは長くは続かなかった。

 何かから逃げるかのように、必死に走って来る男がいた。その男はレイスを見ると、怒りに顔を歪ませた。自分より弱いはずの存在を見たことで、心に幾分かの余裕ができたのだろうか。


「おいおい。どこに行こうってんだ? それにその武器はどこで手に入れた? あ?」


 レイスは臨戦態勢に移ろうとして――やめた。正面から戦っても勝率は二割といったところだろう。だから、勝率を上げるため、ある作戦を実行する。


「うわぁぁ!」


 レイスは半ば悲鳴のような声を上げながら、短剣を振り上げて突撃する。それは、子供が木の棒を振り回すのとなんら変わらず、男からすると遅すぎる幼稚な攻撃だった。男は容易くレイスの腕を掴むと、そのまま体を持ち上げる。


「おい、ガキ。あとで痛い目見せてやるからな。覚悟し――」


 レイスと目が合う高さまで持ち上げた男は、話している最中に苦痛に塗れた表情をした。それもそのはず、レイスが自身の全力を持って股間を蹴り上げたのだから。男はレイスから手を離すと、股間を押さえながら腰を後ろに引いて、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 なんとか勝てた。そう思い安堵したレイスは、男を放ったまま通路の先に進もうとした。しかし――


「止めはしっかり刺すべきだ」


 ――そう言って倒れた男の頭に剣を突き立てた男が、レイスの前に立ちはだかっていた。

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