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働く理由

 どこか知らない場所にいた。周囲は闇に包まれており、見渡す限り何もない。どこまでも続く闇の世界で私は一人だった。

 そんな中、私に声をかける者がいた。声のした方を向くと、真っ白な人影が立っていた。すぐに人影は増えていき、口々に私の名前を呼ぶ。人間・魔物を問わずに(かたど)られた人影は、数千ではくだらない程の数になった。

 その人影は私を求めている。否、求めているのは私の能力。私自身のことは見てくれていない。そのことに気が付いてしまう。

 突如、鼓動が早くなる。息が荒くなり、思考はまとまらない。私を呼ぶ声が、呪詛(じゅそ)にも怨嗟(えんさ)の声にも聞こえてきた。

 ただ、そんな中にあって、私という存在を呼ぶ声が聞こえてくる。私はまるで救いを求めるかのように、その声のする方向に手を伸ばす。そして――


 ――見慣れぬ天井が目に入る。先程までの景色は幻だったかのように消え去り、伸ばした手は誰かに優しく包まれていた。


「レイスさん! 大丈夫ですか!?」


 未だはっきりしない意識の中、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「ベルナ……さん。ここは……?」

「医務室です。急に倒れたから心配したんですよ。さっきは凄くうなされていましたし」

「すみません……。もう……大丈夫です」


 そう言うと私は体を起こし、ベッドから降りようとした。だが、繋いだままの手がそれを邪魔する。


「手を……離してもらえますか?」

「嫌です。離したら、仕事に行くじゃないですか。大人しく寝ててください」

「私はもう大丈夫なので……仕事に行かせてください」


 そう言った直後、ベッドに押し倒される。手はしっかりと組み合わされ、ベッドに押し付けられている。ただ、気遣ってくれているからか、痛みは全くない。


「どうして! どうしてそんなに働きたがるんですか!」


 ベルナさんの声は、怒りとも悲しみとも言えるような、複雑な感情が絡み合ったものだった。


「一体私がどれだけ……どれだけ心配したと思って……!」


 私を見つめるその瞳には大粒の涙が湛えられ、今にもこぼれ落ちそうだった。


「すみません。今日は……休みます」


 私が本気で言っていることを感じ取ったであろうベルナさんは、私の上から降りてベッドの端に腰掛ける。


「当たり前です。というか、もっと休んでください。下手したら過労死してたんですよ」

「いえ……それは……」

「はぁ……さっきも聞きましたけど、なんでそんなに働きたがるんですか」


 そのベルナさんの問いに、私は先程の悪夢とも言えるものを思い出す。


「そう……ですね。私は、求められたかったんです。仕事をしている間は、満たされた気になっていました。だから、休みなく働いていたんです。ですが……間違っていたようです」


 その言葉を聞いたベルナさんは、わかりやすく表情を暗くした。


「そうでしたか。求められないのは……辛いですからね」


 ベルナさんはどこか遠い場所を見るようにして、暗い声で呟いた。


「もしよければ、どうしてそう考えるようになったのか、話してもらえませんか? 一人で抱え込むよりは、楽になると思いますよ」


 そう言うベルナさんの声は、先程とは比べ物にならないほど優しく、慈愛に満ちたものだった。そんな雰囲気に釣られ、全てを打ち明けて甘えてしまいたくなる。だが、それは意志の力でねじ伏せる。


「いえ、甘えるわけにはいきません」


 言葉にすることでベルナさんへの返答にすると同時に、自らにもう一度言い聞かせる。これで話を終わらせようと思っていると、急にベルナさんに抱きしめられた。


「過去が辛くて、言いたくないならいいんです。無理に聞いたりしません。でも、言ってしまいたいのに我慢するのはだめです」


 ベルナさんの手が私の頭を優しく撫でる。


「私からしたらレイスさんはまだまだ子供なんですから、もっと甘えてください。それとも……そんなに私は頼りないですか?」


 そう問いかけてくるベルナさんの声は、少し悲しそうだった。


「ずるいです。そんなこと……否定できるわけないじゃないですか」


 ただ抱かれているだけだった私は、ベルナさんの背中に腕を回す。


「愉快な話じゃないですよ」

「わかってます」


 まるでベルナさんを求めるかのように、回した腕に込める力が強くなる。


「聞かなければよかったと、後悔するかもしれません」

「そんなことないです」


 それに応じるように、ベルナさんも強く抱き返してくる。


「私のことを……嫌いになるかもしれません」

「ありえません」


 ベルナさんは強く言い切った。


「私が好きになったのは、レイスさんの何かではありません。あなたという存在を好きになったんです。あの日私のことを美しいと言ってくれたレイスさんだから好きなんです。この気持ちは揺るぎません」


 何の根拠もない言葉かもしれない。変化の激しい感情なんて、かつての私なら信じなかっただろう。だが――


「わかりました。私の過去を話します」


 ――信じたかった。いや、信じる以外の選択なんてありえなかった。目の前にいるのは、こんな私のことを愛してくれる女性なのだから。

 心を決めた私は、自らの過去について語り出した。

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