まおーさまも子供
朝、我はいつも通り出勤し、部屋に入ってから一度伸びをする。
「さて、今日も惰眠をむさぼるか」
「おはようございます魔王様。本日も視察に行きましょう」
一人そう呟きベッドに向かおうとすると、背後から声をかけられる。
「いるなら言え! 心臓に悪いだろ!」
怒鳴りながら振り返ると、そこには当たり前かのようにレイスが居た。
これ、多分我が来る前から部屋に居たよな? 鍵かけてた筈だけど、何しれっと侵入してんの?
「というか、視察には行かんぞ! 我は行動を強制されるのが嫌なのだ! そもそも何故我を連れて行こうとするのだ? お主だけで行った方が問題も起きまい」
「確かに魔王様の同行はデメリットが大きいです。隙あらば問題を起こし、業務を妨げ、有意義な事は殆どしません」
おいこら。何本人の前で愚痴ってんの? めちゃくちゃに言ってくれるじゃん。
「ですが、魔王様には魔王軍の現状を、ある程度把握してもらわなければなりません。それには新施設の視察も必要です」
「別にいいじゃん、そんなことせんでも。全部お主がやればいいだろ?」
「その考え方は非常にまずいです。全てを私に任せていると、魔王軍の乗っ取りという事も起こりかねません」
は? こやつ何言ってんの? 魔王軍乗っ取れるわけ無いじゃん。我最強だし。
「もちろん反旗を翻し、武力で乗っ取れるわけありません。ですが、私が皆さんを率いて魔王軍を離脱し、別の組織を作れば話は別です。現在の私には、それを実行出来るだけの信用があると考えています」
いや、待て? 何かやばい気がする。我でも分かる、それをされるとやばい。
「ですので、こうならない為にも魔王様は視察を行い、魔王軍の現状を把握しておくべきなのです。あと、こちらが本命なのですが、私の死後も魔王軍という組織は続いていきます。私は百年後には居ないでしょうから、私一人に頼り続ける事は出来ません。なので、魔王様にも業務をしていただきたいです」
いや……なんか、想像してたよりも話が重かった。こやつの死後の話とか……こやつどこまで考えてんの……。そんなこと言われたら、拒否出来ないじゃん。我にも良心ぐらいあるからな……。
「理解していただけたのでしたら、行きましょう」
「あ、うん」
ということで、やって来たのは中庭。庭と言ったものの、その範囲は凄まじく、端から端まで一キロはある。また、様々な環境を再現しており、森林もあれば砂漠や岩山もある。そんな広大な庭の平原部分に、数え切れない程の子供が座っていた。
「はーい、皆注目~。今日はレイス先生が来てくれたよ~」
一人の教師がそう言うと子供達はざわつき出し、あちこちで話し声が聞こえる。その声の全てが、レイスが訪れた事を喜んでいた。
あやつ凄まじい人気だな。まあ、我には及ばんだろうがな。
「皆さん、おはようございます。本日は実戦練習をします。そのために魔王様に来ていただきました」
へー我ってそういう理由で呼ばれたのか。まあ、理由などどうでもいい。かっこよく登場して、子供らの憧れの的になるぞ!
来ている外套を翻し、力強く一歩を踏み出し宣言する。
「我こそがまおぅぅぅ!?」
名乗りを上げている最中に、踏みしめていた地面がいきなり消え、我の体は下に落ちた。
「お気を付けください。庭には週変わりで罠を設置しています」
「遅いわ! 恥をかいたではないか!」
落とし穴から這い出た我を待っていたのは、子供達からの冷たい視線だった。
完全に掴みをしくじった。やってしまった、もう我は羨望の眼差しで見られる事はないのだろう。
「では紹介も済んだことですし、早速実戦と行きましょう。今回は鬼ごっこです。それでは逃げてください」
レイスのその言葉に合わせ、子供達が散り散りになって逃げていく。
「では魔王様、しばらく待ってから追いかけてください。多少の怪我は構いませんが、殺してしまわないよう手加減をお願いします。私は魔王様の戦闘能力だけは尊敬していますので。戦闘能力だけは」
今二回言う必要無かっただろ。まあいい。さっきの汚名を返上するチャンスだ。速攻で全員捕まえて、我の凄さを思い知らせてやろうではないか。
「覚悟はいいな? 行くぞ!」
全力で地面を蹴り、一番近くにいた子供に手を伸ばす。子供が我の動きについてこれるはずもなく、あっさりと捕まった……と思ったが、掴んだはずの子供はあっさりと消えてしまった。
「なっ……残像だと!?」
周囲を見渡すと、さっきの子供が森林エリアに逃げ込んでいた。
残像で我の初撃を回避したのは褒めてやろう。だが、少しの延命にしかならんわ。森に逃げた所でそれは変わらん。
一瞬にして距離を詰め、再び手を伸ばす。今追いかけているのが、残像ではないことは確認済み。
我に同じ手は通用せん。少し手間取ったが、これで一人目を捕まえ……られん!
我の手が子供に届く直前、横から飛んできた矢によって一瞬反応が遅れ、取り逃がしてしまった。さらに矢は一本だけではなく、無数に我目掛けて飛来する。
あの子供わざと罠に引っかかり、追ってくる我に時間差で矢を飛ばしてきたか。中々やるな。だが安全性に配慮し、鏃を丸めたこの矢では我に傷一つ負わせれん。全て無視して突っ走って……いや、前を走る子供は全部避けておるな。それなのに我が避けないのは、なんか負けたみたいで嫌だな。全部避けるか。
そう思い体を捻ろうとした時、体の動きが僅かに鈍くなる。
この効果は麻痺の魔法か。これを撃ったのは前の子供ではない。なら、他の子供の居場所は……上か。
多くの視線を感じ、顔を上げると沢山の子供が木の枝に立ち、我を見つめていた。
なるほど、一人の魔法では効果が無いと判断し、これほどの数の魔法を浴びせたか。考えたな。だが、それだけ密集していると捕まるリスクも跳ね上がるぞ?
標的を変え、枝の上に立つ子供達目掛けて跳躍する。子供達はそれを予期していたのだろう。蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
ふっ、だが我もバカではない。その程度予想通りよ。追跡の手段も考えてある。
空中で体勢を整え、木の幹に足を付けて蹴り――
バキッ!!
あっ、やべ。力加減間違えた。思ったより木が脆かったな。
我が蹴った木は中程で折れ、反対側に倒れる。足の支えをなくした我も、地面に向けて落下する。
まあ、受け身ぐらい余裕で取れるし、着地の心配をする必要はない。
空中で体を捻り、衝撃を殺して着地する。我が着地した直後、上から大量の子供が降ってきた。子供達は我の背中に乗り、上から体重をかけてくる。
「今がチャンスだー! おさえろー!」
「「「おおっー!!」」」
いや、趣旨違くないか? これ鬼ごっこだよな? 何で我を仕留めようとしてるの?
まあいい。我の背を取ったのは褒めてやるがまだまだだな。我を押さえ込めるはずなかろう。振り払うついでに大半を捕まえて、実力の差というものを教えてやろ……う?
背後に大きな魔力を感じ振り返ると、この場に居る子供全員の魔法を集めて作ったと考えられる、巨大な火の玉が空中に浮かんでいた。
いや……おかしいだろ。
「「「へるふぁいあー!!」」」
子供達がそう叫ぶと火の玉は落下し、それと同時に背に張り付いていた者達は退避する。
ここの子供優秀すぎだろ……。
落下してきた火の玉は、そのまま我に直撃した。