研修
昨日は一日中面接をして疲れた。なので、今日は一日中惰眠を貪ろうと思う。
だが、それを妨げるかのように部屋の外は騒がしい。気にせずに眠りにつこうとするも、音源は段々と近づいてきており、より一層騒がしくなる。
このままでは眠れんわ! 文句言ってやる!
扉を荒々しく開け、外に飛び出す。
「ええい何事だ! 騒々しい!」
そこには大勢の魔物を引き連たレイスがいた。たが、見覚えのある魔物がいない。
「何をしておる! 後ろの者たちは……」
「こちらが魔王軍を取り仕切る魔王様です」
「話を聞け!」
我を無視するとは良い度胸だな。まったく腹立たしい。
「おはようございます魔王様。本日は新入魔物の研修を行っております」
「なんだそれは?」
こやつの事だから、また小難しいことなのだろうか。
「魔王軍としての心得や必要な知識を学んでいただいています。現在は魔王城の案内中です」
「そんな事をせずとも、現場に行き体で覚えさせればいいであろう! 研修などと甘やかしおって!」
我は今までそうしてきた。それなのにこやつは。甘やかすから強くならんのだ。
「現場で個別に教えるよりも、先に教えておいた方が効率的です。未熟な者を育てるのも大切な仕事ですよ。それに、この城は広く構造は複雑です。迷ってしまわない為にも、こういうことはしっかりとしておくべきです」
こやつは本当に……! このままでは新顔まで取られてしまう! 何とかせねば!
「よかろう! ならばその研修とやらに、この我が直々に立ち会って――」
「組織の代表がいると集中できませんので結構です。十分な睡眠がとれましたら、改めて顔合わせをお願いします。今は勤務時間ですが」
こやつ、殺してやろうか。新入魔物の前でそんな事言ったら、魔王としての威厳とか無くなるだろ。
実際、大半の魔物が不思議そうにこっちを見ている。
こうなったら我の威厳と共に、あやつの信用も地の底に落としてやる。そうと決まれば追跡開始だ。隙あらば、揚げ足を取ってやる。
魔王城の天井裏にて、監視を行う。
「総務部は武器や道具の管理を行う。自前の装備を持つ者もいるだろうが、一度全て見直す」
今は総務部長であるロスに業務内容の説明をさせているところだ。
あ~あ、ロスもあやつを信頼しておるしな~。特に昨日の一件で、より信頼度が上がった気がするな~。
「ここでは自身に合った装備を選んでいただき、皆さんの能力を最大限活かせるようにしたいと考えております。例えば、オーガの彼は大剣等の大振りな武器が得意そうですが――」
そう言われ出て来たオーガは体長も大きく、無骨でいかにもな鬼だった。
ああいう奴は、でかい武器を振り回すのが定番だからな。
「――実は回復魔法が得意で、杖を持って後方支援をする方が性に合っています」
どんな性だ! 不格好だろ!
「オレ、皆、癒ス」
いや心優しい巨人だなおい。
「では、どんな装備があるか見ていただきましょう」
レイスがそう言うと、各々が好きなように武器を手に取る。
あ~暇だ。ていうか揚げ足を取ろうにも、あやつが隙を晒す事なんて滅多に無いだろ。
「ここにあるのは、全て実践で使われる武器だ。取り扱いには細心の注意を――」
「うわっ!」
ロスが言い終わるよりも早く、一人の魔物の手から剣がすっぽ抜ける。それは天井に突き刺さり、我の眼前で止まる。
いや怖っわ! もうちょっとで頭に刺さっとったぞ!
「……取り扱いには細心の注意を払え」
ロスが若干強い口調で睨む。
「すすす、すみません! すみません!」
睨まれた方はというと、もの凄い勢いで頭を下げていた。
「扱えない物を無理に装備するのは危険です。大した被害がなくて良かったですが、以後気を付けてください」
「は、はい!」
いや、被害でとる! 危うく我の頭に刺さるところだったぞ!
「あ!? 業務内容!? 外回りして人間を狩ったり、魔王城の警備とかすんだよ!」
それだけ言うと、その魔物は他の魔物に掴みかかった。
「お前ブレス吹くなら先に言えや! 背中火傷しただろ!」
「はぁ!? てめぇで避けろや!」
「このように血気盛んで頼れる魔物達がチームを組む、魔王軍のメイン部署です」
いや、チーム崩壊してるが?
「開発部へようこそ~。ここでは~魔法や罠の開発をしてます~」
触手型の魔物は業務内容を説明しながら時折、デュフ、デュフフと笑っている。
さすが開発部、気持ち悪いな。普段から暗がりで研究とか、陰キャみたいな事してるだけはある。
「最近は~ボタン一つで転移出来る装置の開発をしてて~。これは~俺がやってる一大プロジェクトなんだ~」
そう言った触手は、仕事をしていた別の魔物に突如殴られる。
「何が、俺がやってるプロジェクト~、だ! お前は転移陣考えてるだけだろ! 新人の前でいい顔したいだけのくせに!」
「はぁ~!? お前はトラバサミでも作ってろ!」
そのまま二人は殴り合いになる。
なんか、どこ行っても喧嘩しとるな。
「二人とも~。喧嘩はめっ、だよ?」
二人の仲裁に入ったのは、清楚な感じで可愛らしい容姿の女だった。その女に止められた二人は、露骨に態度を変える。
「いや~じゃれてただけだよ~」
「そうだよな~」
さっきまで殴り合ってたのが嘘かのように、二人は肩を組み笑っていた。
完全にオタサーの姫だな。あやつらチョロ過ぎだろ。
「人事部はお前らを管理する仕事なの」
「ほとんどの業務は人事関係ですが、魔王軍には何故か経理部がないのでそちらの仕事も担当しています」
来た! 最初で最後の最大のチャンス!
我はこの機を逃さぬよう、天井裏から飛び降りる。
「それは違うぞ! かつては経理部もあったが、我が不要と判断しなくしたのだ! そんな事も分からぬのか?」
決まった。完全に決まった。これでこやつは新入りから不審がられ、信用は地に落ちる。さあ、どうだ!
「お言葉ですが、経理部は必要不可欠だと思います。皆さんの労働への対価、お金を管理する事は非常に重要です。そんな部署が不要とはどういったお考えでしょうか」
「いや……それはだな……」
「この際ですし経理部を作ってしまいましょう。遅かれ早かれ作る予定でしたし、多少早まったところで何の問題もありません。むしろ、能力に適した配属がしやすくなります」
こやつ嫌い。いっつも難しい事ばっか言うもん。
このまま続けても勝ち目は無いと判断し、そそくさと天井裏へ逃げ帰る。
「では、話を戻しましょうか」
くそ、今に見てろよ。絶対に恥をかかせてやるからな。
今は天井裏から降り、壁の後ろに隠れ顔だけを覗かせて様子を見ている。
「魔王軍の部署を全て回りましたが、ここまでで何か質問はありますか?」
その言葉きっかけに、一人の魔物が不服そうな声をあげる。
「あんたが何者か知らねぇが、なんで魔物の敵である人間が魔王軍にいるんだ? 俺達は何度も人間に襲われて、良い思い出ねぇんだよ」
ククク、反感を買っとるな。しかも魔物にとって至極真っ当な意見。この問いには、流石のあやつもどうしようも無いだろ。
「人間なんかを魔王軍に入れる魔王様の考えが分かんねぇな」
えっ!? 我なの!?
「魔王様の評判も良くないって聞くぜ。そんな魔王様に従って、世界征服出来るのか疑問だな」
いや、ちょっと待って。我の評判良くないの? 魔王だぞ?
「では、最も簡単な世界征服の方法を教えます。何もせず、待てばいいのです」
は? 何言ってんの? そんな事したら世界征服出来ないじゃん。絶対にしないぞ?
「人間と魔物では寿命に大きく差があります。魔物の中には千年単位で生きる人も居るでしょう。人間は長寿でも八十年、同じステージで戦わずとも、愚かな人間が同士討ちを繰り返し、滅びていくのを待てばいいのです」
それを決行したら、一体何年待てばいいのだ。
「ふざけんな! そんなに待てるか!」
「人間の数を考えろ! いくら何でも先に死ぬ!」
「しっかり考えてから喋れ!」
その場にいる殆どの魔物から、怒声を浴びせられる。
いいぞ、もっと言ってやれ!
「では、魔王様はどうでしょうか。魔王様は、他者とは比べ物にならない程の寿命を持ち、恐らく半永久的に生き続けるでしょう。魔王様一人なら、この方法で世界征服を成し遂げれます」
たしかに、我一人なら可能だろうな。でも、絶対にやらないぞ。そんな方法で世界征服しても、全く嬉しくない。達成感もない。そもそも、思い付かなかった。
「そんな魔王様が軍を率いる理由は一つです。皆さんのため、魔物にとっての理想社会を作ろうとしているのです」
魔物達はすっかり話に聞き入っている。
違うぞ? ただ、自分が世界の覇者になりたいだけであって、他の魔物の事はあまり考えてないぞ?
「仕事は体で覚えればいい、と言っていたのは、早く皆さんに仕事に慣れて欲しくて、現場に向かわせたかったのです」
いや、別にそういう訳じゃないけど。
「魔王様は指示をあまり出しませんが、これは私達に自分で考えて行動できるようになって欲しいからなのです」
普通に面倒くさいからだけど。
「魔王軍の為に知恵を使わせるという、魔王様の策によって置かれた私のような人間風情が、図々しくも魔王様の言葉を横取りして、申し訳ありません」
急に振り向いたかと思うと、我の方を見て頭を下げる。
ここで我に振るのか。ていうか、気付いておったのか。
「「「魔王様……」」」
魔物達が期待と不安の入り交じったような目で我を見る。
「その、なんだ……こやつに代弁させた通りだ!」
「「「うぉぉぉ! 魔王様!」」」
魔物達が拍手喝采を巻き起こす。我を称える声が、至る所から聞こえて来る。
良い気分だな。こんなに歓声に包まれるのは久しぶりだ。
「よかったですね、魔王様」
こやつも拍手をしながら話しかけてくる。
「どこまで仕組んでおったのだ」
周りに聞こえないよう、小声で会話をする。
「全部です」
こやつはどこまで見えているのだろうか。なんか、全てを把握されてる気がするな。
「朝、我の元に来たのは何故だ」
「第一印象を落としておけば、後は上がるだけですから。そうした方が魔王軍の士気も高まります」
そう言われ、叫び歓喜する魔物達を見る。
たしかに、士気が高まるのは良いことだな。
「私はもう上がります。コミュニケーションを取るのは大切ですので、努力されてはどうでしょうか?」
レイスはそれだけ言うと、どこかに歩き去って行く。
コミュニケーションねぇ……。ちょっと頑張ってみるか。