面接
我は大広間の窓から、数え切れない程の魔物の群れを眺めていた。
「今からこの魔物全てが我の配下となるのか……楽しみだ」
そう考えると、思わず口角が上がる。
これだけの数が居れば、世界征服もあっという間よ。
「全員は雇えませんよ。誰彼構わず引き入れては、内部崩壊を招きかねません。魔王軍にとって、有益だと判断できる者だけ残します」
「なに!? なら、どう判断するのだ?」
「身体能力を測定する体力テストと、その者の内実を聴取し見極める面接です」
別にそんな事をせずとも、全員雇えば良いと思うがな。内部崩壊など、我のカリスマを持ってすれば問題では無いわ。
「では、私は準備や誘導があるので失礼します」
そう言うと、レイスはどこかへ行ってしまった。
仕方ない、魔王軍の人員選抜だ。我も行くとするか。
体力テストが終わり、面接を待っている魔物の前を往復する。適度に威圧しつつ、値踏みするような視線を向けておく。
「やめて下さい。皆さん萎縮してます」
案の定というか、レイスが現れ魔物達から見えない場所まで連れて行かれる。
「せっかく手伝いに来てやったのに。まあ、見ておれ」
外套のポケットから、最近購入した魔道具を取り出す。片メガネの形をしたそれを、耳に取り付ける。
「これはカウンターと言ってな、対象の戦闘力を計測出来るのだ」
壁から顔だけを出し、魔物達を覗く。試しに最前列の者の戦闘力を計ると、ピピピと音が鳴り結果が表示される。
「戦闘力たったの5か……ゴミめ」
あれは不採用だな。弱いくせに魔王軍に入ろうとは、自分の実力を理解して欲しいものだ。
「強ければ良いわけではありません。能力を見定め、適材適所にあてがうことが重要なのです。即戦力ばかり求めていては、失敗しますよ」
我は弱者が活躍するとは思えないがな。強くあってこそ魔物であろう。
「そろそろ始めましょう」
「そうだな。我もあやつらを見定めてやろう」
面接室にはネアとベルナの他に幹部のロスも居る。そやつらを従えて座っているだけで、野良の魔物達は我の魔王としての威厳を感じ取るだろう。
「魔王様は参加しないで下さい」
「なんで!?」
「皆さんが萎縮して、面接どころじゃなくなります」
「関係ない! 我がやると言ったらやるのだ!」
そもそも我は魔王なのだから、言うことを聞くのは当たり前だろ。それなのに最近はほとんどの配下が、我に対してこやつみたいな言動をとる。まったく困ったものだ。
「分かりました。ですが、これを被って大人しくしていて下さい」
「まあ、それで良しとしよう」
そう言って渡された物を頭から被る。それは目の部分に穴を開けただけの紙袋だった。
雑じゃないか? もうちょっと良い物なかったの? 我魔王ぞ? 我自慢の角が、紙袋を突き破って飛び出してるじゃん。
「五人ずつ、札番号順にお入り下さい」
レイスがそう言った後、部屋に様々な魔物が入り、札番号を言った後に座る。
一組目だし、ちょっと威圧しとくか。
そう思い少しだけ睨む。
そんな我に気圧されたのか、魔物達の顔が引きつっている。
「ではまず、魔王軍への志望理由は何でしょうか」
そんな事聞くまでもないだろ。世界征服をしたいからに決まっておる。それ以外の目的で魔王軍に来るはずがない。
「安定した生活がしたくて来ました」
「福利厚生が充実してるって聞いたので」
「近かったから」
なんだこやつら、誰一人として世界征服欲が無いではないか。そんな奴は魔王軍には不要だ。
「次に、具体的な世界征服のプランはありますか?」
「えっと……特には無いですけど……魔王様の指示に従い、精一杯やらせて頂きます!」
なら自害しろと言われたら、するのだろうな? あやつが採用されたら言ってやろう。
他にも幾つか質問をして一組目は終わりとなり、また別の五人が入ってくる。
その中にかなり珍しい魔物が、二人混ざっていた。
一人はアラクネ。下半身が蜘蛛で上半身は人間の形の魔物。 足は八本、腕は二本。生息数が少なく、絶滅寸前の種族。
もう片方はリヴァイアサン。海蛇のような見た目をしている竜の一種。悪魔や怪物として恐れられたり、神として崇められたりする魔物。同一固体は確認されていない。
要するに、こやつが唯一のリヴァイアサンということだ。
今はアラクネが質問に答えている。
「うちは人探しをしに来たんどす」
野良の魔物にしては珍しく、一般的な絹の服を着ている。
それにしてもアラクネ……か。
無理! 絶対不採用! 虫だし、蜘蛛だし、虫だし!
そしてリヴァイアサンも質問に答える。
「儂は海を統べる者、リヴァイアサンだ。他の魔物には無い知識と力を、魔王軍に貸してやってもよいぞ」
上から目線で発せられたその言葉は、どこか威厳と品格を感じさせるものだった。
「貴様のような者が、魔王軍に何の用だ」
今までは大人しくしていろと言われたため黙っていたが、ここで初めて口を開く。
こやつレベルにもなれば、誰にも手は出されまい。わざわざ魔王軍に入る理由が見当たらないな。
「儂の統べる神聖な海をゴミで穢す人間共に復讐を……!」
リヴァイアサンは怒りに顔を歪め、わなわなと震えていた。
前言撤回、どうやら威厳は大して無さそうだ。ただ、こういう奴はプライドが高かったり、偉そうだから採りたくないな。
「面接官の皆さん、他に何か質問はありますか」
それを待っていたかのように、ネアが手を挙げる。
「この中に勇者に怯えてるやつはいるの? そんなやつは魔王軍に入ってきたら殺すの。それでもいいの?」
その言葉を聞いて、部屋にいた魔物達が震え上がる。
ネアの言い分も分かるが、さすがにそれはやり過ぎだな。我でも殺しはしないぞ。
「ネアさん、圧迫面接は止めてください」
「はいなの」
こやつはレイスの言うことだけは、本当に素直に聞くな。我の命令は聞かないくせに。
次いでロスも手を挙げ質問する。
「現在魔王軍が問題視している、勇者と女神に遭遇した。相手は気づいていない。貴君らはどうする?」
そもそも女神とやらがどんな存在かも分からず、居るのかも分からない。圧倒的に情報が足りない。
レイスは居ないと考え楽観視するより、警戒と対策をするべきと言っていたが。
だが先日偵察に出した奴から、殺したはずの勇者が生きていたと報告があった。本当に女神が居るのだろうか。
「まず仲間を呼んで、それから不意を突いて首を……」
札番号の若い順から質問に答えていく。特に面白みも無い回答ばかりだ。
「最後に、何か質問はありますか?」
その言葉を聞いた一人が、おずおずと手を挙げる。
「あの~魔王軍って離職率が高いみたいですが、何か理由が……?」
「それについては、こちらの者から説明いたします」
そう言ってレイスは我に手を差し向ける。
はぁ~めんどくさ。何でわざわざ我に振るのだ。
「以前は、来る者拒まず去る者追わずの方針だったからな」
「ということです。ですが、今後は雇用の管理を徹底し、離職率低下に努めます。また、職場環境の改善に、休業や復職の権利も保障しますのでご安心ください」
「そうなんですか……」
質問をした魔物は何らかの不安があったのだろう、返答を聞いて安心しているようだった。
「魔王軍で働く上で何か心配事でも?」
「あっ、いや……大した事じゃ無いんですけど。元魔王軍の知り合いが、酔った魔王様のだる絡みがウザいとか、ろくな場所じゃないって言ってて~」
そやつは、あははと笑いながら話すが、我にとっては笑い事ではない。
「その元魔王軍とやらの特徴は? どこに住んでおるのだ? 名はなんと申す」
「去る者追わずです」
こやつは本当に我の邪魔しかしないな。我の事を侮辱したのだ、少しくらい痛い目を見せてもいいではないか。話の分からん奴だ。
それにしても、面接も飽きたな。早く終わらないだろうか。
「皆さん、面接お疲れ様でした」
最期の一組が終わり、ようやく一息つける。途中休憩があったとは言え、最後まで付き合わされたからな。
「ロス、お主がしていた質問について、お主自身はどうするつもりだ。あやつらは、仲間を呼ぶとかが多かったが」
「勇者や女神といった存在を殺すのは、魔王様の役目。生け捕りにして、魔王城に連れ帰るべきだと考えております」
うむ、ロスはよく分かっておる。
レイス曰く、女神を殺せれば世界征服は目前だという。
長きに渡る人間との決着。女神を殺し、終止符を打つのはこの我よ。
「ところで、レイス殿はどうお考えで?」
確かに、こやつの意見は聞いてみたいな。
「生け捕りには賛成です。もし生け捕りに成功したら、勇者を人質に各国に武力放棄を命じ、大勢の民衆の前で嬲り殺します。絶望を確実に植え付けることで、大半の人間は大人しくなるでしょう。女神は洗脳魔法等を用いて、魔王軍の死者蘇生に利用します。これで世界征服を円滑に進められます」
その言葉を聞き、ロスが膝から崩れ落ちる。
「申し訳ありません! ここまで考えが及ばずして、幹部を名乗る資格など……!」
「いい! いいから! 気にするな!」
こやつを基準に考えてたら、魔王軍に居る奴が全員無能になってしまう。末恐ろしいやつよ。
「レイス殿。もう一つ尋ねたい事が。貴君の考える世界征服のプランとはどのような物で?」
そういえばローリスクのをいくつか考えてあると言っていたが、詳しく聞いたことがないな。
「まず、王都の食料にすぐには発病しない疫病を仕込みます。人の集中する王都ですから、一気に感染者は増えるでしょう。じきに他の街にも菌が運ばれ、やがて流行り病になるでしょう」
我は嫌な予感を覚える。それは他の者も同じだったようで、目を見合わせる。
「疫病が広まると医師達が研究を進めますが、これは技術者を一網打尽に出来るチャンスです。条件のいい土壌には毒を、そうすることで作物は育たず飢餓を招きます」
こんなえぐい事を聞かされると、ここまでの事をされる人間達に同情せざるを得ない。
「衰弱した人間は他の病も併発しやすくなり、錯乱した民衆が暴動を起こし、王族と政府はその機能を失います」
ダメだ、どうやっても人間は勝てない。魔王軍と人間の決着は、戦いによって決めるべきなのに……。病が原因で人類は滅びました、なんて歴史に残ったら嫌だ。
「ただ、女神はあらゆる毒や病を治すでしょうし、蘇生も出来るため、このプランにおいて最大の問題です」
そうだ! 女神がいる限り、病で死ぬことは無い! これならいける!
「ですが、女神の素性は認知されていないでしょうし、暴動の中に飛び込んだところで、民衆に襲われて救世主となる可能性は低いでしょう。荒れた街と尽きない略奪により、混沌に包まれた世界を見て絶望するはずですから、そこを魔王軍総出で叩きましょう」
やっぱり無理だ。人間よ、相手が悪かったな。この勢いだと、数年後には世界征服終わってるんじゃないか?
「やはり私には、幹部を名乗る資格など……!」
「だからいいって!」
本当にこやつは……。ロスが自信を失って、魔王軍を辞めるとか言い出したらどうするのだ。
「しかし、女神なら病が発病する前に、治してしまうかもしれません。他にも対策を考えないといけませんね。それと、魔王様に一つ提案なのですが。魔物が名乗る制度を取り入れませんか?」
唐突に何を言い出すかと思えば、名乗る制度だと?
「ダメだ! 名乗っていいのは、実力者だけよ! それに、人間と同じ名前の文化など――!」
「その様な古い考え方は捨てた方がいいですよ。今現在、魔王軍は変わりつつあります。そんな中いつまでも古い考えに固執していると、老害になりますよ」
こやつは……! 我のことを害などと言いおってからに! そもそも、魔王軍のトップは我なのだから、我の言うことを聞いておけばよいのだ!
「私も賛成です。戸籍の管理が楽になるので」
「確かに現在の個体識別番号では少しやりにくい。私も賛成だ」
「レイスさまに賛成なの」
レイスが相手というだけでも厄介なのに、ベルナとネアどころかロスも向こうサイドとは。
「それに本当の名前ではなくて、仲間内で呼び合う愛称程度の物に留めておけばいいでしょう」
「いや……でもだな……」
「私の名前も本名ではありませんし、愛称ぐらい認めてください」
「まあ……そういうことなら……え!? 本名じゃないの!?」
「ええ、本名じゃないですよ。まあ、私にとってはこの名前こそが本名ですが」
いやなんか……すごい軽く、とんでもないこと言ったよな? まあこやつにも事情があるのだろう。さすがの我も触れないでおいてやろう。まったく、我に気を使わせるとは。
「まあ、それは置いておいて、今は採用者を決めましょう」
今からそんな事をするのか、面倒くさいから寝るか。こやつはいつも忙しそうだな。




