緊急会議
「それでは、緊急会議を始めます」
私は調査から戻ると、すぐに各部署の部長を集め会議を開いた。また、今回調査に行った彼も出席している。
「営業部長のモートン様が、勇者を名乗る謎の人物カンザキツルギに討たれた件ですが……」
「そもそも、相手は本当に勇者たり得るのか? モートンを倒したのだから、ある程度の実力はあるようだが」
「それが……ツルギ本人は到底勇者とはいえません」
私のその発言に、部屋にいるほとんどの人が怪訝そうな顔をする。
「確かにツルギはモートン様を討ちましたが、それはあくまで所持している武具の力によるもので、当の本人は性格に難あり、実力に至っては話になりません」
そう言った後、一瞬部屋にざわめきが起こる。
「モートン様は私の立案した作戦の遂行中に討たれました。このような事態を想定していなかった私に責任が――」
「そうだよなぁ! 全部お前の責任だよなぁ!」
私が言い終わる前に、彼は言葉を遮って叫んだ。
「いや、それは違うな。此度の件、誰がツルギの出現を予想出来ただろうか。そもそも論点はそこではなく、ツルギへの対策だ」
「モートンがやられたのはあやつの力不足だ。お主は黙って話を聞いておれ」
「うっ……わかりました……」
こういう時に発言力があり、的確に場をまとめてくれるロス様の存在は本当にありがたいです。それに、今日は魔王様も真面目ですし。
「まず、皆さんに一度ツルギの姿を見ていただきたいと思います。ベルナさんお願いします」
「はい」
ベルナさんが変化の魔法を使い、私の見た目がツルギそっくりになる。私も声色を変化させて、ツルギの声を再現する。
「これがツルギの姿と声です。皆さんしっかりと――」
「あああ! ツルギィィィ! モートン様の仇ぃ!」
またしても、私が言い終わる前に彼に遮られる。その彼は叫びながら机をバンバンと叩き、机にはヒビが入っている。
机の修理費は彼の給料から引いておきましょう。
「もうこやつ閉め出した方がよくないか? というか何故連れて来たのだ」
「実際にツルギと戦ったので、参考人として連れて来ました。ですが、これ以上会議の進行を乱されると困りますので、退室願います」
「断る! 俺はこの会議で……あのっ、ちょっと、引きずらないでください……」
彼はまだ部屋に居たかったようだが、抵抗虚しくロス様に無理矢理退室させられた。
「では、話を戻します。ツルギ自体は脅威ではありませんが、ツルギの持つ武具は最大限の警戒が必要です。私達が確認できた物として、自我を持った自立式の鎧と圧倒的な破壊力を持った大剣です。他にもいくつか所持している可能性があります」
「待って~。自我を持った鎧とか作れるわけ無いんだけど~。いくら時間あっても作れる気がしないよ~」
開発部長は自身の体に生えている触手を蠢かしながら、信じ難いといった様子で発言した。
「私もその様な人知を超えた物を作れるとは思っていません。ですが、ツルギは何らかの方法でそれを手に入れたのです。そしてツルギは死の間際、女神様に蘇生してもらえるなどと言っていました。その後、鎧も同じような事を言っていました。なので、私は一つの仮定を立てました。女神と呼ばれる存在がいて、それがツルギに武具を授けた、暴論ですがこれなら筋が通ります。女神と呼ばれる存在が神話などで語られる神なのか、女神という名称の付いた特殊な人なのかは定かではありません。ですが、事実がどうあれ、私達がすべき事はツルギと女神への対策ですので、皆さん意見があれば遠慮せず言ってください」
私がそう言った後、全員の間に沈黙が訪れる。
「うち考えたんだけど~これ無理ゲーっしょ。だって~殺せない鎧に~蘇生してくる女神っしょ? マジヤバ、詰んでるって~」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、明るく陽気な振る舞いをする、所謂ギャルと言われるような女性だった。
「なあ、さっきから触れんようにしていたのだが……何故あやつが営業部長なのだ!」
「適任と判断したからです」
「モートンとの落差が酷いぞ! 営業部長はもっとこう……強そうじゃないと! 女なんか舐められるに決まってるだろ!」
「魔王様きびしー。それに~女だから~とか言っちゃだめですよ~」
彼女を営業部長にすると、魔王様が何か言うだろうとは思っていましたが、いつも通りでしたね。
「今回の訃報を皆さんに通達する際、営業部は特に衝撃を受けると予想されます。そこで気落ちさせずに、全体をまとめる存在が必要です。彼女は軟派な印象を受けますが、気配りができ雰囲気作りや集団の和を大事になさる方です」
「さっすが! れーちゃんわかってる~。いえ~い」
彼女が手をあげて来たので、私も片手をあげて手を打ち合わせる。
「タッチすんな!」
「さて、話を戻しましょう。私の考える鎧への対策の一つは、動力源を絶つことです。あの鎧は魔道具だと考えるのが妥当でしょう。ならば、魔力を動力として動いているはずですので、魔力の一切無い空間を作れば動けないはずです。開発さん、そのような事は可能でしょうか」
話を振られた開発さんは、触手を蠢かしながらしばらく考え込む。
「う~ん。出来そうではあるけど~すぐにはむり~。それなりに時間を貰わないと~」
「わかりました。では、現行のプロジェクトと並行して進めてください。そして女神への対策ですが、戦闘になった際は生け捕りか殺害などして蘇生が出来ない状況を作りましょう。また、女神と言うからには退魔の術も優れていると考えていいでしょう。ですので、皆さんには聖水耐性を付けていただこうと思います。私の考えた対策はこんなところです。他に意見はありますでしょうか」
再び、しばらくの間沈黙が訪れる。
「ふむ。貴殿が考案したものだ、これ以上の意見は出まい。何より皆納得している」
ロス様のその発言に室内に居た人のほとんどが、肯定の意で頷いていた。……魔王様だけは嫌そうな顔をしていたが。
「では、各部署はくれぐれも混乱を招かぬよう、通常業務を心がけてください。また、営業部の外回りは警戒態勢で業務にあたってください。何かありましたら人事部から指示を出します。以上、お疲れ様でした」
「おっつー」
「おつかれさま~」
私の言葉が終わると全員が席を立ち、部屋を後にする。
「さて、レイスさん。私達も忙しくなりそうですね」
「はい。とりあえず、今後のスケジュールの見直しから始めましょう」
私達も通常業務に戻るため部屋を出る。
「あれ? 閉め出してたあの子居なくね? どったの?」
一足先に部屋を出た営業さんが、彼が居ない事に不思議そうな声をあげる。
これは……嫌な予感がしますね。
「レイスさま~。大変なの~」
その予感は的中し、ネアさんが大広間の方向から飛んでくる。そしてその大広間からは、この距離でも多くの人達の喧騒が聞こえてくる。急いで大広間に向かうと、そこは混乱に包まれていた。
「モートン様は本当に亡くなられたのか!?」
「レイスの指示聞いてりゃ、征服余裕なんじゃなかったのかよ!?」
そんな混乱の渦の中央にいる人物は彼だった。
「モートン様は勇者を名乗る奴に殺された! いつでも前線に出れるように気を高めろ! 仇である勇者の首は必ず獲る!」
最近はモートン様が帰ってこない事で不吉な噂も流れていたが、それは所詮噂でしかなかった。信じていなかった者も大勢いた。だが、今回は噂でも何でもない事実だ。故に、それだけ混乱も大きい。
「貴殿でもこの事態を収めるのは大変だろうな。モートンが欠けた穴というのは大きい。私も事態収拾のために可能な限りの事をしよう」
「あ――」
「静まれ!」
私が口を開こうとしたその時、魔王様が空気を震わせる程の気迫で叫んだ。それにより、その場にいた人達の視線が魔王様へと向けられる。
「これしきのことで狼狽えていて何が世界征服か! 敵は強力な力を持った勇者だ! だが、我々はかつてないほどに強勢多勢! 我ら魔王軍が世界を支配する時が遂に来たのだ! 昂揚こそすれ恐れることなど何もない! 同胞の仇は必ず討つぞ!」
魔王様はそう叫び、右腕を高らかに掲げた。
「「「魔王様……」」」
それまで騒いでいた人達も、魔王様の声に感嘆しているようだった。
「かつてない剣幕だ……」
「やっぱ相当まずい状況なんじゃ……」
しかし私の考えとは裏腹に、皆さんは困惑しているようだった。
「魔王様が頼もしいので皆さん動揺しています」
「信用せんか、お主ら! ひっぱたくぞ!」
しかし、意外でしたね。まさか魔王様がこの状況を立て直すとは。
「レイスさま~。来たの~」
私が少し考え事をしていると、再びネアさんが飛んできた。
「了解しました。準備をお願いします」
「えっ!? なんだ!? また我を置いて何かやってるのか!?」
こちらの会話に釣られた魔王様が、詰め寄ってくる。
「魔王城の外をご覧ください」
「な、なんだ……これは!」
そこには数え切れない程の魔物の群れが集まっていた。
「モートン様が討たれ士気が下がっている今、新たな人材を取り入れ、士気の向上と勢力拡大といきましょう」