最強との邂逅
テレポートで移動した先は、街から歩いて二時間程度の距離にある森の中。ここから少し進めば平原に出る。この森は魔物もほとんど棲み着かず、近くに街道も無いため滅多に人が近寄らない。そのため、テレポート先に最適だった。
「まったく、どうしてあなたがついてくるのですか。せっかくレイスさんと二人で街デー……調査だったというのに」
ベルナさんが半ば無理矢理ついてきた彼に文句を言う。
「うるせぇ。迷惑かけてるわけじゃねぇし別にいいだろ」
「いえ迷惑です。潜入調査なので人数が増えるとバレやすくなります」
「……お前そうやって偉そうに言ってるけど、さっき街デートって言いかけたの気付いてるからな。仕事中にデートですか。良いご身分ですね~? 浮ついてるんじゃないですか~?」
二人は今にも争いに発展しそうな程、火花を散らしている。
「二人とも落ち着いてください」
「あ? 元はと言えばお前が元凶だろ!」
「レイスさんも何か言ってやってください」
言い争いが激化する二人を止めようと宥めると、その矛先は私に向けられた。
「ここは魔王城内ではありません。人間が居る可能性もあります。慎重に行動しましょう」
「はい……すみませんでした」
ベルナさんは私の言い分に納得し、すぐに大人しくなった。
しかし、彼の方はそうはいかなかったようだった。
「はぁ? お前がこの辺は人が近寄らないって言っただろ!」
彼は私の発言というだけで、聞く耳を持たない。
私の事が嫌いなのは分かりますが、時と場合を考えてほしいですね。
「もういい! 俺は先に行くからな!」
彼はそう言うと、一人で先に進んでいってしまった。
「まったく、結局迷惑かけてるじゃないですか」
「正直、同意見です。追いかけましょう」
彼はかなりの速度で走っており、追いつく頃には森を抜ける頃で平原は目の前だった。
「止まってください。こういう事をしていると、人事評価に響きますよ」
「うるせぇ! 知るか!」
そう言って森を飛び出した彼の先には、一人の人間が居た。
それは、一般的な布の服を上下に身に着けた若い男だった。特に目立った装飾も無い服は、誰が身に着けていてもおかしくない。だからこそ、正面に構える大剣が異様に見える。煌びやかな装飾が施され白を基調とした大剣は、相手の身長程の大きさがある。
会話を聞かれていたのか、待ち伏せされていたようで、男は真っ直ぐに剣を振り下ろす。幸いにも剣筋は単調なもので、攻撃を回避する余裕は十分にあった。
先頭を走っていた彼が攻撃を避け、勢いをそのままに短剣を抜き男に斬りかかる。あと少しで男の首に剣が届くというところで、暴風が巻き起こる。彼はその風に抗いきれず、吹き飛ばされた。
暴風は男が剣を振り下ろした後に発生した。発生源である場所を見ると、地面に真っ直ぐな長い亀裂が入っている。
信じ難いですが、剣を振り下ろした衝撃だけであれほどの風を発生させたのでしょう。
吹き飛ばされた彼は受け身を取り、体勢を立て直す。
「てめぇ、何者だ!」
「僕は神崎剣。いずれ魔王を倒す勇者だ。そう言う君達は何者だ?」
カンザキツルギ? 変わった名前ですね。それにしても魔王様を倒す、ですか。先程の動きを見る限り、絶対に勝てないと思いますが。不意打ちをしたのに攻撃を避けられてますからね。
「俺達は魔王軍だ! お前如きが魔王様に勝てるわけないだろ!」
彼も私と同じ結論に至ったようで、声を荒げて叫ぶ。
「いいや、僕は魔王を倒す最強の勇者だ。ただ……だからこそ時折考える。どうしてこの世界には僕の強さを示す物が無いんだろう、と。レベル、ステータス、スキル、ランク、何一つこの世界には無い」
対するツルギは訳の分からない事を言い出す。
レベルとは水準や段階の事、ステータスとは社会的地位の事でしょう。他のものも当てはまる言葉はあります。しかし、それが無いという発言の意図が分かりませんね。それに、この世界には、ということはそれらが存在する別の世界があるのでしょうか。……今考えても仕方ありませんね。
「お前みたいな変な名前の奴は、皆そう言うんだ! 俺は数百年生きているから知ってる! 不定期的に現れては、圧倒的な力を持っている! レベル? ステータス? 999か? 9がいっぱい欲しいのか!? ランク? どうせSランクだろ!? それともSSSか!? そんな物でしか強さを示せないなんて、可哀想な奴だな!」
彼は多少なりとも発言の意図を理解したようで、ツルギに食ってかかる。
このような人物の出現は初めてではないようですね。魔王城に戻ったら過去の文献を読み込む必要がありそうですね。彼からも話を聞かなければなりません。
「威勢がいいね。でも、口だけで実力が伴ってないと意味が無いよ。そういえば、少し前に魔王軍幹部を名乗る奴が来たっけ。そいつも口だけで、僕に負けたよ。確か名前は……モートンとか言ったっけ」
「てめぇ……! 殺す!」
鬼の形相で飛びかかろうとする彼の腕を掴み、強引に止める。
「何で止めるんだよ! 放せ!」
「冷静さを欠いたまま戦えば、格下にも負けます。ここは私に任せて下さい。ベルナさん彼をよろしくお願いします」
「わかりました」
彼が暴走しないようにベルナさんに頼み、私は剣を構える。
「誰が相手だろうと変わらないよ。僕は最強の勇者だから」
先程から最強、最強と連呼していますが、何を根拠に言っているのでしょうか。
剣の構え方や足の動かし方は、素人のそれ。振り方に至っては、誤って自分の足を斬りそうな振り方をしている。そんな基礎も出来ていない人が最強を名乗るのは無理があると思うのですが。
そう考えている内にツルギが走って間合いを詰め、振りかぶる。大振りで、威力の事しか考えてない攻撃。
その攻撃を様子見のため、全力で横に飛び地面を転がって避ける。
「これは……想定外です」
私は無意識の内に、新しく作られた亀裂を見ながらそう呟いていた。