あなたに恋して
昼間城内を歩いていると、休憩スペースのベンチに腰掛け項垂れているベルナを見つけた。その様子と雰囲気から、明らかに落ち込んでいることが分かる。
仕方ないな。部下の相談に乗るのも魔王としての務めだしな。話ぐらい聞いてやろう。それに、人の不幸は蜜の味と言うしな。
「おお、ベルナではないか。こんなところで何をしておるのだ?」
我がそう声をかけ近づくと、心底嫌そうな顔をした。
酷くないか? 我魔王なんだけど?
「魔王様、今は一人に――」
ベルナが言い終わるよりも早く隣に座る。
「ん? 何か言ったか?」
「はぁ……。何でもないです」
「よし、話を聞こう。遠慮せず話せ」
我がそう言うとベルナは本当に嫌そうに我を見てきた。
だが、残念だったな。我はそんな視線には屈しないぞ。
「魔王様も少しは空気を読んで……いえ、この際魔王様でもいいです。実は……」
さて、どんな話だろうか。面白いのだといいな。
「レイスさんに告白して振られました」
ベルナの話は、我の想像を遙かに超えていた。
「あれか……婚期を逃しそうだから焦ってしまったのか」
直後、横腹を鈍い衝撃が襲った。やはりというか、殴られた。
ベルナは我をこれでもかというほど睨んでいる。その視線には殺意のようなものすら感じる。
「わかった。じゃあ……あれだ、玉の輿を狙ったけど失敗したのか」
またしても我の腹部に向けて拳が飛んでくる。だが、今度はしっかりと拳を受け止め、攻撃を防ぐ。
甘いわ! 二度も同じ攻撃をくらう我ではない!
しかし、すぐにもう一つの拳が飛んできて、我の腹部に刺さる。そういえばこやつ、格闘術出来るんだった。
痛い。さっきから我のこと殴りすぎじゃない? 暴力はよくないぞ?
「はぁ……。魔王様に話した私が馬鹿でした」
「まあそう言うな。さっきまでのは、ほんの冗談だ。ここからは真面目に聞いてやろう。で、何で好きになったの?」
「……ここまで話したらもう全部話しますか。私がレイスさんを好きになったのは――」
そう言ってベルナは、かつての出来事を話し始めた。
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その日私は仕事も終わり、いつも通り浴室を利用し一人でお風呂に入っていた。
湯船から上がり、体を拭いていた時入口のドアが開けられた。
そこにはレイスさんが立っていた。私がそう認識した時には既にドアは閉められていた。お互いが姿を見た時間は一瞬。しかし、確実に私の一糸纏わぬ姿を見られてしまった。
私は使用中の札をかけていたはずだった。だが、レイスさんが札に気付かない訳もないし、覗くために入ってくるなどあり得ない。札に何か問題があったのだろう。
気分は最悪だった。浴室から出て行きたくないと思った。しかし、何時までもそうしているわけにはいかない。意を決して私は外に出た。この時私は、この世の終わりのような顔をしていたと思う。
「……見ましたよね」
「すみません。私がもっと注意を払っておくべきでした」
「いえ……レイスさんは悪くないです」
私達の間に少しの沈黙が生まれる。
「美しいですね」
沈黙を破ったのはレイスさんのそんな言葉だった。何が美しいのか、そんなこと聞く必要は無かった。ただただその言葉が嬉しかった。最悪な気分が嘘だったかのように幸せだった。
その瞬間から私はレイスさんを愛するようになった。
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「――というわけです」
「お主らが変態って事しか分からんかった」
ベルナから聞かされた話は、とんでもないものだった。
我には、どうすればあの状況で愛が芽生えるのかが分からん。
「いいですよ別に。元から理解してもらえると思って無いですし」
意外にもベルナの反応は落ち着いたものだった。正直殴られるかと思っていた。
「それで、あやつは何と言って振ったのだ」
「レイスさんは『私には愛というものが分かりません。なので貴女のことをしっかりと愛することが出来ないと思います。だから、貴女と付き合うことは出来ません』って言ってました」
ほーん。愛が分からないねぇ。休憩時間に『愛』みたいな名前の書物読んでそう。
「振られたので流石に落ち込んでましたが、話したら楽になりました。一応礼を言っておきます。ありがとうございます」
「お、おう」
なんか感謝されてしまった。
「それに、レイスさんが愛を理解するまでアタックし続けるつもりですので、大して落ち込む必要無かったですね」
それだけ言うとベルナは何処かに歩いて行ってしまった。
面白い話聞けたし、とりあえず広めて回るか。
後日、変な形で話が広まったため、ベルナに殴られた。