混沌
今日も今日とて暇なので視察に行く。そして今日は勇気を出して人事部に行こうと思う。
というわけで人事部に到着。
「我が来たぞ! しっかりと仕事を――」
「人事! いるか!」
扉を開け部屋に入ろうとすると、後ろから物凄い勢いで突進してきた人物に突き飛ばされ、出鼻を挫かれてしまった。
さすがにこの仕打ちは酷くないか? 我魔王ぞ?
我を突き飛ばしたやつらは三人組で、一人の魔物を引きずっていた。
「開発部の奴等を何とかしやがれ! 城内の罠のスイッチが入ってたんだ! 通勤時死にかけたぞ!」
そう叫んだのは三人組の中のリーダー格。因みに三人とも営業部所属である。
「気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。誰しも必ず失敗します。失敗から学び同じ過ちを繰り返さない事が大切なのです。ですが、今回の件は重大なミスのため厳重注意と適当な処罰を受けてもらいます」
うわ、我の苦手なやつが出て来た。またなんか難しそうな事言ってるし。
「処罰は開発部の解体にしようぜ。こんな部署要らねえだろ」
三人組はレイスが味方だと分かると、かなり強気な発言をした。
「はあ~? あんたらみたいな脳筋の代わりに、魔法とかの開発してるんですけど~?」
それに反発するように、今まで黙っていた開発部の者が口を開く。
「部屋の前のトラバサミも片付けれない奴に、脳筋なんて言われたくないですぅ~」
「あれは殴り込みをしてくるあなた達の対策に置いてるんですぅ~。何回も踏んでましたよね~? 足元も見えないんですか~?」
両者が日頃からの不満をぶつけ、煽り合う。
確かにあのトラバサミはどうにかしてほしい。この前踏んだし。
「やめてください。営業部も開発部もそれぞれにしか出来ない仕事があります。それで納得していただけませんか?」
「無理だ。開発部が役に立つとは思えねえ」
おっ、珍しく説得に失敗したか?
「わかりました。開発部が役に立つと理解してもらえればいいのですよね? でしたら、魔法によって人間を陥れ自滅させましょう。そうすれば営業部の外回り時の負担を減らすことも出来ます」
「じゃあ、それが出来るって証明しろよ。今、ここで」
「そういう魔法は使えるけど、証明するにしても対象の人間が居ないと……」
あっ、いいこと思い付いた。思い立ったが吉日、早速行動を開始するとしよう。
「人間なら居るではないか。ここに」
我はこの場で唯一人間である者を指差しながら言った。そう、レイスである。
この状況ならこやつも断れまい。
「「いや、さすがにそれは……」」
先程まで敵対していたやつらが、二人してレイスのことを庇う。
なぜ庇うのだ。魔法にかけられたレイスを笑いものに出来る、絶好のチャンスだというのに。
「構いませんよ」
「「えっ……」」
しかし意外なことに、本人からの了承を得ることが出来た。
「ただし、私の生命維持に問題の無い範囲でお願いします」
なんか条件が付いたが、こやつを魔法の実験台に出来ることに変わりは無い。この際だからあんなことやこんなこともさせて、一生思い悩むレベルの黒歴史を抱えさせてやろう。
そのことを考えるだけで、思わず笑みがこみ上げて来る。
「じゃあ……まず混乱の魔法からかけます。本能のままにしたいことをするようになる魔法です。因みに、魔法にかかっている間の記憶は残りませんので」
なんだ、記憶は残らんのか。面白くない。まあいい、後で混乱時のバカな言動をいじり倒してやるわ。
そう考えている間に魔法をかけ終わったようだった。
さて、どんな言動が飛び出すか、見物だな。
「魔王様、働いて下さい」
しかし、レイスの発した言葉は我の期待を裏切る、普段と同じようなものだった。
「おい、特に変化がないぞ」
「いや、そんなはずは……」
魔法の効果が見られないことから、開発部の者が焦り始める。
「魔王という地位と力にあぐらをかき、部下にセクハラ等をする暇があるのならば、今すぐ王都を陥落させるべきです」
なんか……様子がおかしい気がするのだが。我だけか?
「なんかレイス変じゃね?」
「いつもより言い方きつい気がする」
どうやら変だと感じていたのは、我だけでは無いようだった。
「……まさか!」
部屋に居た一人が何かに気付いたようだ。
「レイスは普段発言を制御してたんだ!」
「つまり……魔法で制御がなくなった今……」
待て、なんか嫌な予感がする。
「魔王様はその後、速やかに周辺諸国を制圧するべきです。もちろん不眠不休で。皆さんは片端から人間を殺し、言葉の通じない圧倒的な暴力で人間どもを恐怖に陥れるのです。たとえ命を落とすことになっても、自爆魔法の一つや二つ唱える覚悟で」
「全方向に容赦ねえ! 早く魔法解除しろ!」
「それで、魔法の効果はどうでしたか?」
魔法が解除され正常に戻ったレイスが聞いてくる。
「どうでしたか? じゃないわ! お主怖すぎだろ!」
普段大人しい分余計にインパクトが強かった。こやつにあの魔法をかけるのは禁止にしよう。
「では……気を取り直して、次は性欲を増幅させる魔法です」
「三大欲求を利用するのはいいですね。魔物の仕業だと気付かれにくくなります」
確かに人間って男三・女一のパーティーとか平気で組むもんな。そこにこの魔法をかけられると……とんでもない事になるな。
「でもあのレイスだぜ。性欲なんかに溺れると思うか?」
「無いな。絶対に無い」
それに関しては我も同意見だな。こやつが欲に負けるなど想像出来んわ。
「魔法をかけ終わりました」
その声が聞こえると、すでに魔法にかかったレイスは動き出していた。真っ直ぐにベルナの元まで歩いて行く。そしてとんでもない発言をした。
「ベルナさん。子を成してもらえませんか?」
「「「堕ちた!!」」」
その場にいる全員が声を揃えて叫んだと思う。
「やっぱりああいうのは堕ちやすいんだ……」
「普段真面目な奴ほど性欲を持て余してるのか……」
「やべぇ……めっちゃ捗る」
我も概ね同じ感想だ。
……今一人やばい事言ってなかったか?
「ベルナさん……無理でしょうか?」
「えっ、いや……その……よろしくお願いします……」
ベルナは照れた様子でもじもじとし、顔を赤くしながらレイスの誘いを承諾する。
いや、何故受け入れる。今のそやつは性欲に溺れとるのだぞ。
この後どうするのかと眺めていると、レイスはベルナの手を引いて我の前にやって来た。
え、何? 見られながらしたいの? そういう性癖なの?
そう思っているとレイスが口を開く。
「では魔王様。まぐわってください」
「「「……はあ!?」」」
再び部屋にいる全員が叫ぶ。さっきより声量が大きい気がする。
「待て! 何故我がまぐわるのだ!?」
「魔王様には後継者が必要です。ですので、出来るだけ優れた者と子を成す必要があります。その点ベルナさんは最適な人物でした」
なんだこやつ。至極当然の事なんだろうけど、やばい事言ってるぞ。
「それより、聞き捨てならん言葉があったぞ! 我に後継者が必要だと? 我には既に子供が二人居るではないか!」
「不倫相手との間に出来た隠し子を次期魔王にするつもりですか? そんなことをすれば、悪い噂が後を絶ちませんよ」
ああ、もうこやつ嫌だ! 何故人のデリケートな部分に容赦なく触れるのだ!
「そもそも、ベルナってアラサーだし無理に決まっておるだろ!」
「は?」
目の前に居たベルナから、恐ろしいほど低い声が聞こえて来る。直後、腹部に強い衝撃が走る。どうやら腹を殴られたらしい。それなりに痛い。
「確かに相手の年齢も大切な要素の一つではありますが、それだけで判断していてはいけませんよ」
こやつ目の前で我が殴られたというのに、することが我への説教か!
「どうやら性欲を持て余して無いから、生殖本能が増幅されたみたい。しかも魔王様の」
「そんなことどうでもいいから! 早く魔法解かんか!」
魔法が解かれて、ようやくレイスが大人しくなる。
なんか、めっちゃ疲れた気がするのだが。
「それで、開発部の魔法が役に立つと証明出来ましたか?」
ああ、そういえばそんな名目で魔法かけてたな。すっかり忘れておったわ。
「ああ、いや……まあ、うん。お前にあれだけの影響与えるんだし、使えるんじゃないか?」
最初は文句を言っていた営業部の者も、あれを見た後だと言い返せないらしい。
「理解していただきありがとうございます。では、皆さん各々の仕事に戻りましょう」
我今日、視察に来たはずだったんだけどなぁ。面白いものは見れた気がするけど、それ以上に恐ろしいものを見た気がするわ。