求人広告
「魔王様、どうされたのですか」
少し魔王様に用事があり仕事部屋を訪れると、いつもよりふて腐れた様子の魔王様がいた。
「別に~。昨日女に騙されてタダ働きしただけだし~。我魔王だから気にしてないし~」
「あれは場を荒らしていた魔王様が全面的に悪いので仕方ない事です。それはさておき。魔王様、現在の魔王軍は深刻な人手不足に悩まされています。ですので、求人広告を出したいと思います」
私がそう言うと机に突っ伏していた魔王様が唐突に立ち上がった。
「はーはっは! 遂に我はお主に勝ったぞ! 求人広告など昔から幾度となくやってきたわ!」
魔王様は勝ち誇った表情でそう言いながら一枚の紙を渡してきた。それは広告用のビラらしくそこにはこう書いてあった。
みんな仲良しでアットホームな職場です!
やる気次第で報酬アップ! 女も金もたんまりゲット!
魔王軍に入ったら宝くじに当たって、彼女も出来ました!
魔王軍最高!
……これは酷いですね。
「どうしたどうした? 我の広告の出来が良すぎて声も出ないか?」
私が話し始めない事で魔王様は勘違いしたらしく、私の周りを回転し始めた。
「お言葉ですが、この広告では魔王軍に入りたいなどとは思いませんよ」
「なんだと!?」
「私の案を書きますので、ご確認ください。このビラは裏紙として使わせてもらいますね」
「ああっ! 我のビラが!」
私は魔王様の声を気にすることなく、自分の案を書き連ねていく。
魔王軍は完全週休二日制です。毎日定時に帰宅でき、大型連休も取ることが出来ます。
安心して仕事が出来るように子供を預かる託児所や様々な保険、リラックスのための天然温泉や飲み放題のバーなど、福利厚生も充実しています。
あなたの個性や長所にあわせて、あなたらしく働けます。
征服で実現する魔物の理想世界を一緒に作りませんか。
「はぁ~? こんなので魔物が集まるのか?」
魔王様が私の書いた紙をまじまじと見ながら疑問の声を上げる。
「大切なのは『魔王軍にいる自分』を想像してもらう事です。魔王軍に入ってどのようになったかではなく、どのように働けるか自分に何が出来るか、ということを考えてもらう事が大切です」
「ほ~ん。そういうものか。なら早速このビラを大量生産して配って回るか」
魔王様にしては珍しく人の提案を素直に受け入れたと思っていたら、信じられない発言をされた。
「魔王様……まさか広告はビラの配布だけとは言いませんよね?」
魔王様が一瞬呆けた様な顔をし、直後笑いだした。
「はっはっは! そんなわけ無いだろう! 別の方法も行っておる!」
よかったです。あくまでビラは副次的なもので、しっかりとした宣伝も行われていたのですね。私の杞憂でしたか。
「ちゃんと看板も立てておる!」
自信満々に魔王様が放った言葉は、やはり耳を疑うようなものだった。
「……それだけですか?」
「そうだが? それがどうした? 流石のお主も我の完璧な手法に恐れ慄いたか?」
前言撤回します。杞憂ではありませんでした。
魔王様は何に満足したのか小刻みに頷いている。
「魔王様、その方法では効率が悪すぎます。私が別の案を考えていますので、そちらにしましょう」
「はぁ~? 全部決まってるなら我の所に来ずに、お主らだけでやればよかったじゃ~ん。いつもみたいに我をのけ者にして~」
魔王様がそう言って拗ねてしまう。
魔王様は報告に行かなかったら、どうして我に報告しないのだ、とか言うのに報告したら、面倒くさい自分で考えろ、って言うんですよね。
そんなことを考えていると、魔王様は部屋に置いてあるベッドに入って眠ろうとしていた。
「寝ないでください。今回魔王様の元を訪れたのは宣伝に魔王様の力が必要だからです。内容を決めるだけでしたら魔王様の元には来ません。余計な騒ぎは起こしたくないですから」
「ほら、そうやって我をのけ者にする。…………で? 宣伝に必要な我の力ってなに?」
魔王様が布団から頭だけを出して、少し嬉しそうに聞いてきた。
「魔王様にはテレパシーの魔法を応用して、世界中の魔物に声を届けていただきたいと思います」
私の話を聞いた後数秒間の沈黙が訪れる。
「……はあ!? 世界中に声を届けるだと!? 出来るわけないだろ!」
確かに普通の人なら無理でしょうが、魔王様が全力を出せば可能だと、魔法の扱いに長けた開発部の皆さんからお墨付きをもらっています。ですが、魔王様にそう言ったところで恐らくしてもらえないでしょう。なら、魔王様がその気になるように言えばいいだけのことです。
「分かりました。魔王様なら出来ると信用していましたが、無理なのでしたら仕方ありません。大人しく非効率的なやり方で宣伝します。魔王様にしか頼めない仕事だったのですが……出来ないなら仕方ありませんよね……」
「はあ!? 魔王を舐めるなよ! それぐらい余裕で出来るわ!」
魔王様はそう言って布団から飛び出して来た。
先日の件もそうですが、私は魔王様が詐欺に簡単に引っかかりそうで心配です。
「では、お願いします。私は業務に戻りますので」
「ああ! ……え?」
魔王様は私のあっさりとした態度に疑問を持ったのか、それとも自分が口車に乗せられた事に気付いたのか、困惑した声を出す。私が部屋を出た後もしばらく悩んでいたようだったが、その後魔王軍の求人広告は世界中の魔物の脳内に直接広まった。