プロローグ
魔王城の最上階、玉座の間にて。
「ここは俺に任せて先に行け!」
俺はそう言って仲間達に背中を向けた。
「何言ってるんだ! お前を置いて行けるわけないだろ、レイス!」
仲間の一人であるケインが掴みかかってくる。
俺を見捨てたくないのは嬉しいが、今はそれでは駄目だ。
「しっかりしてくれリーダー。心配するな、時間を稼いだら俺も追いかけるから」
「……絶対だぞ。死んだら一生恨むからな!」
ケインの声が聞こえた後、部屋を出ていく仲間達の足音が耳に入る。後は無事に逃げてくれることを祈って、時間を稼ぐだけだ。もっとも、これからが一番大変なのだが。
「待たせて悪かったな、魔王様」
「気にするな。死ぬ前の挨拶は必要だろ?」
性格の悪い魔王だ。自分の勝利も当たり前だと思っている。残念ながらそれは事実だ。全員で挑んで勝てなかった相手に、一人で勝てるなんて思っていない。
今一度、魔王の容姿を確認する。3メートルは優に超える身長に、頭から生えた二本の角。顔は仮面で見えないが目は赤く、黒い外套を羽織り手には二本の大剣を握っている。
対する俺は長剣一本と暗器のみ。実力も装備も何一つ魔王に勝てていない。それでもやらないといけない。
「いくぞ! 魔王!」
魔王からの攻撃を待っていたら、反応も出来ずに負けてしまうだろう。なら、自ら仕掛けた方がましだ。
懐からナイフを取り出して右半身に投げつけ、俺自身は左半身に斬りかかる。どちらも当たるとは考えていない。目的は防御に回らせて時間を稼ぐこと。
「その程度か」
そんな声が聞こえたと思うと、魔王の姿が消えた。直後全身に激痛が走る。どうやら魔王に攻撃され壁に叩き付けられたようだ。やはり反応すら出来なかった。今の一撃も相当手加減された。それゆえに、まだ体は動く。
「どうした? もう終わりか?」
魔王が一歩一歩こちらに向かって歩いてくる。
「まさか。まだやれるさ」
壁を支えにして立ち上がり、剣を構える。
「そうか。ならば、少しは我を楽しませてみろ!」
魔王はそう言うと、身に付けている外套を翻して――
そのタイミングで何かがポケットから落ちた。それは紙のようで拾い上げて見ると、そこには『かたたたきけん』と書いてあった。
「…………」
「…………」
魔王との間に沈黙が訪れる。
「……返してくれ」
「あっ、はい」
魔王の言葉で我に返り、丁寧に紙を手渡す。魔王はそれを受け取ると大切そうにポケットにしまった。
「…………」
「…………」
めちゃくちゃ気まずい。
「この前の誕生日に息子がくれてな。嬉しくて、ついつい持ち歩いてしまうのだ」
「あっ、はい」
そんな話聞いたら戦い辛いじゃん。……もう、勇者パーティーのレイスとしての仕事は終わりにしてもいいかな。最後ぐらい感情を優先してみるか。
「さあ、続きをするか」
「しませんよ。魔王が子持ちだなんて聞いてません」
そう言って私は剣を鞘に収める。
「貴様、口調が変わっているぞ。どうした?」
他人からすれば、急にここまで人が変わると驚くのも仕方ないですよね。
「これが本当の私ですよ。今までは勇者パーティーに求められていたレイスを演じていたんです。最後は本当の私で死にたいと思いまして」
魔王はそれを聞いて唖然としている。
当然ですね。そんなことをしている人間なんて、気味が悪いでしょうし。
「子供は何人いるのですか?」
純粋に気になったことを聞く。
「息子と娘が一人ずつだ」
「そうですか。子供は大切にしてくださいね。では、言いたいことも言えましたし、そろそろ殺してください」
そう言うと覚悟を決めて目を瞑る。覚悟は出来ていたはずだが、やはり死は怖い。
「クックククッ! ハハハ!」
命の終わるその時を待っていると、聞こえてきたのは魔王の笑い声だった。心底楽しそうに笑っている。
「面白い、気に入ったぞ! お主、魔王軍に入らないか?」
この魔王は自分が何を言っているのか分かっているのでしょうか。魔王城に攻め込んだ人間である私を魔王軍に引き入れるのは、メリットよりもデメリットの方が圧倒的に大きい。
ですが……次の仕事場は魔王軍ですか。悪くないですね。
「こちらからお願いします。魔王軍で働かせてください」
「ハハハ! やはりお主は面白い! いいだろう、明日から本格的に働いてもらう。部屋をやるから今日は休め」
そう言った魔王様は私を部屋まで案内した。
主人公の一人称視点で自分で自分の描写をするのは不自然なのでここに書いておきます。
身長170くらいの中肉中背で黒髪と青い瞳を持つ男で十八歳です。