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08話 魔王の休日 〜まおうず ほり でい ○〜

 充実した食事と睡眠のおかげで実にすがすがしい朝を迎えられた。

 それも昨日の思いがけない出来事によって、様々な食材の入手ができたおかげだろう。


 まずはスライム枕に顔をうずめて気分爽快。よし、これを朝の習慣としよう。


「ふぅ、やはり商人と物々交換をしたのは正解だったな。食が充実すればやる気もみなぎるというものだ」


 昨日食べた夕食の内容を思い出しながら、誰に聴かせるわけでもなくそう声に出す。

 魔獣であるボア種のものだと思われるステーキ肉に調味料である塩コショウが加わることで、脳に響く刺激的な味に仕上がっていたのであるな。


 それはそうと、今日は配下にも言い渡したとおりの休養日となる。

 玉座の間の裏手にある個室で目覚めた俺だが、部屋に備え付けられた寝台の上で、体は起こさず横になりながら今日の予定を考えている最中だ。


「さて、今日は何をするべきか」


 天井に向けていた視線を、新たに設置されたトレント作の作業机の上へと移す。

 そこに鎮座しているのは商人から手に入れた物の一つだ。それは少し触れただけでも容易に転っていくような丸い形状をしているが、滑り止め用にと敷いておいた厚手のボロ布のおかげで寝る前と位置は変わっていない。


「まずはお前を磨いてやろう」


 手に取ったのはその鎮座している物である、殻を含めた内部が無色透明になっている卵だ。

 受け取った当初は白い卵だったのだが、軽く魔力を通したところ殻が透明に変化したのだ。


 それに加えて微量ではあるが、卵内部の底に虹色の液体のようなものが現れていた。この辺りの説明は聞いていないのでわからないが、もしやこれが満ちると孵化するのだろうか。


 ボロ布で卵の表面を磨くように優しくなでてから、透明な中身を覗き込む。


「一気に孵化させたいところではあるが、ううむ」


 今は歓楽街のために魔力を温存しなくてはならない。緊急時や、新たな配下が必要になったときに備えてだ。


 だがこの卵から孵るレインボーバードとやらも偵察面で役に立つことは間違いないといえる。問題は誕生までにどの程度の魔力を消費するかというところだ。しかし現状では虹色の液体が微量過ぎて先の計算がしにくい。となれば確認のためにも、もう少し魔力を注ぐ必要があるだろう。


「まあ寝て多少は魔力が回復したことだし、少しぐらいなら構わないだろう」


 そう、あくまでほんの少しだ。


 卵に手をかざして魔力を注ぐと、底にある虹色の液体のかさが増していくのがわかる。

 それと同時に大量の魔力が必要と言うだけあって、相当量の魔力が持っていかれる。


「ククク、増えておる増えておる。その調子で育つがよいぞ」


 目算で一割程度が虹色の液体によって満たされたところで魔力を注ぐのをやめる。

 このことから考えて今の状態で魔力を注ぎ続けていった場合、残存する魔力量をほぼ使い切ってどうにか中身が完全に満たされるといった具合だろうか。となれば無理は禁物だな。


「卵については大体把握できたな、っと」


 すると魔力を消費したせいか、腹の虫が鳴り出して主張を始める。


「ちょうどいい。やることに関しては朝食でもつまみながら考えるとするか」


 こうして卵に全魔力を注いでしまいたいという誘惑に駆られながらも、朝のひとときは過ぎていく。


 ◇◆◇


 昼というには少しばかり早い時間帯。自室にて用紙の上で軽く指を走らせる。


「整地作業が終わり次第、施設の建築作業に移りたいと思う。そこで宿泊所をどのような形のものにするか等、設備に関する案を募集中だ。配下たちの素晴らしい案を期待しているぞ……っと、こんなものでいいだろう」


 俺一人だけの考えよりも、配下たち全員の考えがあったほうが素晴らしいものが出来上がるだろう。とそう思い、意見募集の張り紙を作ることにした。


 ちなみに用紙は部屋の机同様に先ほどトレントに作らせたもの。指についているインクは適当な木材を火魔法で燃やして、炭にしたものを風魔法で粉になるまで砕き、水魔法で作り出した水に溶かして使用している。

 これまでの魔王は魔法を攻撃ばかりに使っていたが、これもまた別視点における力の有効利用法と言えるだろう。


 さて卵の様子はどうだろうか。といっても用紙の記入を行う前に見たばかりなのだが、気になってしまったものは仕方ない。


「うむ、お前は相変わらずの美しさだな」


 作業机の上に置かれている透明のフォルムに心奪われる。

 卵の二割ほど(・・・・・・)を満たしている波打つ虹色の調べは、俺の心に温かいものを運んでくれる。


 少々魔力を注ぎすぎてしまったようだが、まあこのぐらいであれば誤差だろう。


「さて、次にやるべきは……そうだな。宿泊施設といえばあれについても同時進行しておきたいところだな」


 となれば必要になるのは濡れても痛みにくい木材か。


「そのために必要な樹だが、樹について詳しいのはトレントだな。暇ならばよいのだが」


 何をするべきかを見定め、昼前のひとときは過ぎていく。


 ◇◆◇


 昼食を済ませた後、トレントのアドバイスを元にとある山へと散策にやってきた。

 聞いていた通り、この地域は霧が立ち込めているようだ。

 

「このあたりの木材が湿気に強く、例のブツを造るのに適しているとのことだったな」


 トレントいわく、できれば一本の樹で作り上げるのが理想らしい。


「ならばこのあたりで一番大きいあの樹にするか」


 そこで一際太く大きな樹を選び、その真下に移動したところで腕を振りかぶる。


「<断罪の闇剣>、ふんっ、はっ!」


 相手の背負いし罪ごと全てを切り裂く闇の剣を作り出し、手始めにくの字に切れ込みを入れる。

 それから三度目に切れ込み目掛けて剣を横なぎする。


「せいっ!」


 ガサガサッ、ドオォォォォォン!


 一撃の元に両断された樹は切れ込みによって誘導された位置へと倒れていく。

 それをアイテムボックス(次元の扉)に入れて、この地での用事は終わりとなる。


「ククク、あとは魔王城に帰って秘密裏に事を進めるのみよ。完成が楽しみであるな! お前もそう思うであろう?」


 左手で包み込むように抱えている卵に完成の前祝いとして魔力をくれてやった。それにより中身の虹色が現在進行形でかさ増ししていく。

 例のブツ完成とお前の誕生、どちらが早いか競争なのであるな。


 そんな未来のことを想像しながら、魔王城へと帰宅するのだった。


 ◇◆◇


 まもなく夕食時。しかし調理兵などいないため、これより魔王城城内の料理食堂にて魔王自らクッキングタイムに勤しむ次第だ。

 それと自分の分だけ作るというのも何なので、ついでに暗黒騎士に夕食を振る舞うことにした。昨日は暗黒騎士が作っていたので、そのお返しである。


 レインボーバードの卵が倒れぬよう近場に置いて調理開始だ。言うまでもないことだが、もちろんこの卵は食材ではない。


 問題の料理であるが、今回は魔王城の資料室になぜか残されていた『魔王でも作れる簡単レシピ』という料理の本を参考に、シャークサーモンのグリルに挑戦する。


「なになに……まずは切り分けた魚に気持ち程度の塩を軽くふりかける、とーー」


 はじめに手頃な大きさにカットしたシャークサーモンに商人さんから入手した教会印の塩をふりかけちゃうよ。


 それからシャークサーモンをお皿に乗せたら魔法で冷やして、同じ要領で凍結させた宝箱に入れてね。それから宝箱に時間魔法をかけて加工したシャークサーモンの時を二時間ほど進めちゃおー。


 次にグリーンベジタブルの葉を敷いて、その上にリトルコーンを乗せるの。

 さらにその上に味付けがされたシャークサーモン、バターの順番で乗せてグリーンベジタブルの葉で包めば準備オッケー。

 最後に熱魔法で十分ほどの時間をかけて加熱を行えば料理は完成だよっ。


「ふふふ、出来上がり……ん? おかしい。作った記憶がないのに料理が出来上がっているだと?」


 気がつけば、なぜかシャークサーモンのグリル完成品が目の前にあった。しかも並行で調理作業が行われたのか、他の料理に関しても完成品が机に並べられている。


「まさかこの本のしわざか? レシピに目を通している一瞬のうちに料理を作り上げるとは……それに俺はレシピ本を手にとって読んでいたはずだが、いつの間に本を手放したのだ?」


 本はいつの間にか背表紙が見える形で机の上に置かれている。

 加えて今気づいたのだが、裏表紙になにやら記述がある。


「む、本の裏側に文字が書いてあるな……なになに、『この本は料理の精と作り上げた自動発動型の魔道書である。料理の間、体を乗っ取られるが害はない……はず。おそらく多分』って、おい!?」


 まさかと思い、出来上がっていた料理に急いで目を通していく。


「卵料理は……ない、って俺は阿呆か。最初に見るべきは料理ではないだろうに」


 レインボーバードの卵を先に見れば、それが無事であることなど一目瞭然だったのだが、突然の事態だったので柄にもなく慌ててしまったようだ。


「……どうやら卵は無事のようだな」


 中身の七割ほどが虹色で満たされている卵は横倒し(・・・)になっているものの、料理に使われることなく元の場所に健在であった。


「さすがに変な色の卵は使わないよ」

「ん?」

「あっ」


 本のある方向から声が聞こえた気がしたが……しばらく本をにらみつけてみたものの、これといった反応はなかった。


「……ふむ、気のせいか」

「(ほっ)」


 何にしても卵を危険に晒した時点で本をどうするかなど決まってはいるのだが。


「まあいい。どちらにしろ本は厳重に封印するだけだ」

「えっ」


 すると本がそんな声をあげると同時に裏表紙が勝手にめくれ始めたのだが、中の頁が見える前にすかさず押さえたのち次元の扉へ収納。こうして魔王乗っ取り料理本はお蔵入りとなった。


 その後、料理に問題がないことを確かめてから暗黒騎士と夕食を済ませた。

 料理自体は非常に美味だっただけに、本の存在は頭の片隅に置いておくとする。


 そんな奇妙な本との出会いを経ての夕食時であった。


 ◇◆◇


 やはり休日とはよいものだ。心の洗濯ができた素晴らしい一日であった。

 休みを満喫しすぎたせいか体が少々重く感じるが、まあ寝て起きれば解消されるだろう。


「ではおやすみ」


 作業机の上に置かれている大部分が虹色で満たされた卵を撫でてから、自室の寝台の上で横になりスライム枕に頭を預けて目をつぶる。


「大きく、なるのだぞ……」


 こうして充実した休日に別れを告げた。


 ◇◆◇


 また新しい一日がやってきた。今日はまた整地作業の再開日となる。


「ピヨー!」


 だるだるしい朝、鳥の鳴き声で目を覚ます。

 目を開けて、いの一番で手元を見れば卵の中身は空になっていた。まったくもって理解不能ということにしておきたいのだが、魔王である俺の膨大な魔力量も卵の中身同様にほとんど空になっていた。


 代わりに腹の上にごくわずかではあるが命の重みを感じる。


「……おはよう。そしてようこそ魔王城へ」

「ピヨー?」


 どうやらいつの間にか自らの掘った泥沼にハマっていたらしい。

 魔王として生まれてすぐに細かいことを気にするのはやめようと決心した俺だったが、徐々に虹色の液体が満たされていく卵の魔力には抗うことができず、気にせざるを得なかったのだ。


 あまりの出来事に朝の習慣をさっそく危うく忘れるところだった。

 ……ふぅ、これでよし。それにしても使い魔の卵、恐るべし。

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