07話 食料と卵
「おーい、二人とも無事ー?」
女戦士がそう言いながらこちらに走ってきたところで抱えていた二人を離し、めくれたフードを目深にかぶり直す。
「お前たち大事ないな?」
二人を助けたのは調整者という存在がいる以上、人死が少ないことに越したことはないからだ。
「あ、うん。ありがとう」
「変な声出ちゃったけど大丈夫、です」
なにより上空にいる時に深淵の眼で軽く確認したが、少なくとも戦士の女は冒険者だった。魔王城へ来る可能性がある以上確率はあげておくべきだろう。宿泊施設が完成していればこのまま連れていくのもありだったのだが、時期が悪かったな。
「ならばいい。横取りのような形で悪いが、あれはもらってよいな?」
「そ、それはもちろん。僕らじゃあれを倒すのは無理だったわけだし」
冒険者から文句が出ないことを確かめたあとで、転がっている魔物に向けて右手をかざす。
「そうか、ではいただくとしよう。<氷結の牢獄>」
「うわっ、一瞬で凍った!?」「すごい……」
氷結の牢獄は指定した範囲を氷塊へと変えて、中に閉じ込めた生物の時を永久に止めるという氷属性の魔法だ。氷塊に囚われたものは無論即死する。
今回はそれを用いてジャイアントグレートピッグを立方体の氷塊に閉じ込めることで冷凍保存した。これならば長期の保存が効くため、しばらく肉には困らないであろう。
食料も無事確保できたので、この場に長居は無用だ。早々にこの場を去るとしよう。
「<アイテムボ」
「お待ちください!」
そう思い魔獣を回収しようとしたところ、魔法を遮るような形で声が聞こえてきた。
声の方を向けば、馬車をこちらに走らせてくる男の姿が見える。
男は近くにやってくるなり馬車を止めて、馬の逃走防止用のためと思われる杭を地面に打ち付けたあと、こちらに近づいてきた。
「……何か用か?」
やってきたのは小太りした男だった。体型からしてもわかる通り、戦いに向いているものではない。当然、先程の戦闘には見られなかった顔だ。
「どこぞの高名な冒険者様かは存じませんが、誠にありがとうございました。正直あの魔獣に遭遇した時はもうダメかと」
「世間話をしに来たのであれば他を当たるといい」
一昔前の魔王であったならば待たせた時点で消し炭にしているところだろうが、運が良かったな。大した用でもなさそうなのでさっさと帰るとするか。
「お、お待ちを。私は商人でして、何かお礼できることがあればと駆けつけた次第でございます」
食料を再度回収しようとしたところで、男の言葉に動きを止める。
なるほど礼と来たか、ならば聞いてやらんこともない。
それにしても男は商人か。そういえば先程戦っていた者が馬車があるとも言っていたか。
「ふむ。ちなみ何の商品を扱っているのだ?」
「主に扱っているのは食料品でございますね。その匂いのおかげで大物を釣ってしまったようですが……」
「ほう」
これは予想外の収穫だな。肉を釣ったら、その肉に食料庫が食いついたぞ。
「よろしければ馬車まで案内いたしますので、お礼としていくつかお持ち帰りください」
これで肉以外の食料が手に入るな。肉しか扱っていないとかでなければだが。
「そうだな。ちょうど食料が入用だったのでな、そういうことであればいただこうか」
「ささ、ではこちらへどうぞ」
商人に案内された先にあった馬車を覗いたところ、様々な食料が置かれているようだ。
「凍結処理のされた魚介にはちみつと、調味料まであるのだな」
「ええ、これから向かう先は村ですので。こういったもののほうが好まれるのですよ」
この中から選べとなると非常に迷うところだが、そうだな。男は商人だ、ならば先ほど凍らせたものが使えるかもしれない。
「商人よ、一つ相談なのだが」
「なんでしょうか」
「先ほど俺が倒した魔獣だが、あれと交換でここにある食料全てを貰えないだろうか」
「ええっ、そんなとんでもない!?」
やはり無理か。まあダメ元であったし仕方がない。
「いや無理を言った。忘れてくれ」
「いやいやいや、待ってください。とんでもないと言ったのは、こちらに利がありすぎるという意味で申したのですよ」
「む、そうなのか」
どうやら思っていたのとは反対で、あの魔獣のほうが価値のあるものらしい。
「そうですよ! 雇った冒険者の戦闘を見ていたのですが、武器や魔法が通じていなかったことからしても上等な装備の素材になり得ます。とてもじゃないですが、ここにある食料だけでは釣り合いが取れません。それではお礼の意味がない」
そう言われてもどうせ全て食料になるのだ。こちらで装備品に加工できるわけでもないしな。
「そうなると困ったな。あちらの魔獣だけよりも、こちらの食材のほうが俺としては魅力的なんだがな。それだというのに商人であるお前はあちらの魔獣のほうが価値があるという」
簡潔に言ってしまえば、各々が求める価値観の違いといったところだろうな。
「むむむむむ。はっ、そういえば……少々お待ちを」
商人の男が荷台の奥に消えていく。
それから少しして、布をかぶせた物を手にした商人の男が出てきた。
「お待たせしました。正直な話、これでも差し出されたものに対して足りるか怪しいところなのですが、食料に加えてこれなどいかがでしょうか?」
布を取り去り見せてきたのは何かの球体、いやこれは。
「何かの卵のようにみえるが」
そう、卵だ。それなのに商人は食料に加えてといった。
つまるところこれは食用ではなく、別の用途があるものなのだろう。そしてどうやらその考えは当たっていたようだ。
「ええ、これはレインボーバードの卵でございます。魔力を注ぐことで孵化し、魔力を注いだ本人の素質に合わせた属性をもつという代物で、使い魔として人気の商品でございます」
なるほど使い魔か。だが配下を作り出せる俺からしてみれば大したもののようには思えないが。まあ一応話だけでも聞いておくか。
「そいつは何ができるのだ?」
「所持する属性への転化、精霊化というとわかりやすいでしょうか。火属性であれば火の鳥となり、水属性であれば水の鳥といった具合に体を自在に変化させることができます。それから属性ごとの魔法や偵察などが可能といったところでしょうか」
使い魔による精霊化か、なるほど。
本人の資質に合わせた属性への精霊化ができるのならば、例え極寒の氷河地帯や灼熱の火山地帯などといった場所でも偵察に行けるということか。これは使えそうだな。
「わかった。ならばそれで交換といこう」
「いえ、お待ちを」
「まだなにかあるのか」
「卵についてまだ説明が。たしかに人気の商品ではあるのですが、孵化させるのには大量の魔力が必要となるのです。本来は生まれたばかりの子どもに与え、その子どもが独り立ちする頃に孵化するというものなのです。お見せしたのはあれ程の強さを持つあなた様でしたらと思った次第なのです」
商人なだけあってなかなかにいい目を持っているようだな。
それにしても大量の魔力か。まあ魔王である俺ならば短期間での孵化が可能だろう。
「なんだ、そんなことか。それならば問題ない。交渉成立だな。本当に全部持っていって困らんのだな?」
「もちろんです。魔獣の処理を街にあるギルドに頼まなければなりませんからね。元来た街へと戻って、その時に再度仕入れることにしますので問題ありません。それに……いえ、こちらは関係のないことでした。忘れてください」
「よくわからないが、そういうことならば遠慮せずもらっていこう」
「ええ、この度は本当にありがとうございました。この御恩はいつかお返ししますので」
こうして手に入れた食材を次元の扉へ収納して、卵を片手に魔王城へと帰還することになった。
助けた護衛の冒険者が何か言いたそうであったが、今さら文句を言われても受け付けられないのだ。
それよりも次の食事が非常に楽しみになったな。