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06話 技名を叫ぶ

 聖者の霊峰にある温泉の確保をした後、何事もなく魔王城に帰還を果たした。

 それから配下たちとともに整地作業を少しばかりこなし、早めに作業を切り上げることを言い渡す。


「では本日はこれまで。作業初日からよく働いてくれた」

「モッタイナキオ言葉」

「魔王様こそ「魔王様もおっつかれさまぁー!」……くうっ、またしてもっ!」


 トレントとアルラウネ、何故か悔しそうにしている暗黒騎士。そして相変わらず巨大なスライムたちの働きによって、整地作業の三割ほどを終わらせることができた。

 このペースで行けば三、四日で整地作業は終わる計算か。


 しかし作業を急いではいるものの他にもやることは存在する。上の立場の者として、きちんと考えなくてはならない。


「では明日は一日休養日とする。その間に各自でやるべきことを行うように。整地作業は二日後、今後もこのペースで作業を進めていくこととする」


 これならば予定通りに進んで七日といったところだろう。


「魔王様、私はまだまだ平気です。休養日は不要ですのでどうぞ明日もご命令を。あなた達はどう?」

「問題アリマセン」

「私もバリバリいけますよぉー」


 配下たちは休養日と聞いてなにやら勘違いしているようだな。ならばこちらも魔王らしく導いてやらねばな。


「わかった。ではもっとわかり易く命令してやろう。明日は自らの生活基盤を整えよ。新生活で魔王城すらあの状態だったのだ。常に万全の状態を保てるように各々リラックスできる自分だけの空間を作り上げるのだ。部屋は空いている場所を自由に使ってよしとする! 以上だ」

「「ま、魔王様ぁ~」」「感謝、痛ミイリマス」


 配下たちは要望通りに俺の命令を受けられて幸せ。俺は配下たちの喜ぶ顔が見られて幸せ。この調子で配下たちとはいい関係を続けていきたい。


 さて、整地作業を早く切り上げたのにはこれらとは別に理由がある。

 歓楽街も大事ではあるが、それとは別に重大な問題が発生していたためだ。


「ところで暗黒騎士よ。食事はきちんと取ったか?」

「はい、昨日と同じく採取した木の実をいただきましたね」

「ふむ。ではアルラウネとトレントの方はどうだ?」


 スライムに関しては聞くまでもないので除外とする。


「ふふふ、魔王様お忘れですかぁー? 私とトレントさんは植物の魔物だから地面から栄養補給できちゃうんですよぉー」

「ゴ心配ナク」

「そういえばそうだったな」


 ならばアルラウネとトレントに関しても問題なしと。そうなると食糧問題に直面しているのは俺と暗黒騎士だけのようだな。


 百年という歳月は当然のごとく先代魔王軍が備蓄していただろう食料にも影響が出ており、腐ってしまったのか全てなくなっていた。

 急場しのぎとして森に生えていた木の実で済ませているが、長くは持つまい。


 とりあえずは暗黒騎士の分を合わせ二人分は食料を確保しなければならない。

 のちのちは歓楽街を運営する上で大量に食料が必要になるだろうが、今はとりあえず最低限の食料が確保できればそれでいい。


「さて。となれば食料の確保だな」

「魔王様、私でしたら現状のままで平気ですので」


 暗黒騎士はそう言うが、いつかは考えなければならないことだ。ならば早いに越したことはないだろう。

 また、過去の魔王たちのように人類から強奪という手は使えない以上、考えられる手段は一つだ。


「気にするな。俺が肉を食いたいだけだからな。ということで少しばかり狩りで留守にする」


 こういう言い方であれば暗黒騎士も納得せざるを得まい。


「魔王様が食料を望むのでしたら私が確保してまいります」


 などと思っていたが、今度はこうなるのか。

 今や魔王軍ではなく、魔王組合となったので魔王第一という思想もどうにかしたいところだ。なんとか配下たちの意識改革も行いたいところではあるのだが、この様子だとなかなか難儀しそうである。


「今日はこれまでと言ったであろうが。暗黒騎士は俺が獲物を仕留めて帰ってくるのを魔王城で待っているがよい」

「魔王様がそうおっしゃるのであれば。はっ!? 魔王様が私のために食料を……勝った!」


 その中でも暗黒騎士は特に難しそうだ。今みたいに唐突に謎の暴走起こすし。本当になんなのだろうか、これ。深淵の眼で見ても『魔王様、魔王様。ああ、魔王様ぁ!』とか意味不明なこと書いてあるし。


「暗黒騎士さま暗黒騎士さま。何に勝ったのですかぁー?」

「何ってそれはーー」


 よくわからないことはひとまず置いておき、暗黒騎士とアルラウネが姦しく騒いでいるのを尻目に標的となる獲物の位置を探ることにする。


 今から探すのは目の前にいる配下たちのような故意に作られる魔物ではなく、自然に漂う魔力を元に発生するといわれている魔獣だ。


 理由は単純に食用となるものが多数存在するのが魔獣だからだ。可能ならば肉以外も確保したいところではあるが、当面の食料確保はこれらの狩りで補うことになりそうだ。


「さて、獲物が近場にいればいいのだが。<探知>」


 自らを中心に薄い魔力の膜を作り出すとともに、それを広げていく。

 狙いは大物だ。小さな反応は除外して獲物を探す。


 百メートル、一キロ、二キロと範囲を伸ばしていくが、どういったわけか近くに大きな反応は一切見られない。

 魔力消費の負荷は増すが構うことなく、そこからさらに五キロ、十キロと範囲を広げて探っていく。そこからさらに広域を探すこと、十五キロほどの地点でようやく群れと思われる反応を見つける。


「ふむ、獲物を見つけたが少々距離があるな」

「おそらくは魔王様から伝わる魔力を恐れて、魔獣たちは外へと逃げていったのでしょうね」


 いつの間にかアルラウネとの会話を終えて、静かになっていた暗黒騎士が俺の言葉にそう答えてくる。

 なるほど、野生生物ならではの生存本能によるものだったか。


「野生の勘というやつだな……ん」


 見つけたのは大きな反応のものが一つと、その周りに集まっている三つの小さな反応で計四体となるのだが、なにやら探知の魔法によって探り当てた群れの様子がおかしい。どうも大きい方に対して、小さい方のうち二つが大きなものに向かってぶつかって行っているように感じられる。


 もしやこれは群れなのではなく、何かが争っている状況を示しているのではないだろうか。


「<アイテムボックス(次元の扉)>」


 開いた次元よりあらかじめ偵察用にと昨日のうちに作っておいた、カーテンの残骸(ボロ布)を改造した簡易的な黒色の外套を取り出して、羽織った後にフードを目深にかぶる。


「魔王様、それは?」

「おそらくだが先客がいるようなのでな。念には念を入れておく。では行ってくるとしよう。<飛翔>、<転移>」


 探知の魔法で反応のあった地点の上空に転移を行う。

 配下たちの姿が見えなくなり、代わりに眼下に人の手が入っていると思わしき街道が見えてくる。

 するとその直後、


「雷閃剣ッ!」


 そんな声とともに、空に向かって雷撃がほとばしる。それを放った剣士が相対しているのは、その剣士三人分ほどの高さを持った巨大な豚の魔獣だ。


「やはり先客がいたようだな。だがあの様子を見るに心配は無用だな」


 もちろん心配しているのは魔獣と戦っている者たち、のことではない。


 それはともかくとして、文字通り高みの見物をしている間に情報収集を行うことにする。

 深淵の眼を通して魔獣を見る。


【ジャイアントグレートピッグ】

 魔の森に生息している魔獣。

 非常に硬い皮膚をもち、武器や一定以下の魔法による攻撃を防ぐ。

 その巨大な質量に加えて、強靭な蹄で大地を掴むことによる突進攻撃は非常に高い威力を持つ。そのためーー


 軽く情報に目を通していたところ、続いてメイスを携えた女戦士が魔獣の死角となる右側面から殴りかかるのが視界の端に映り込む。


「金剛打! って、痛ったぁ……だめだ、こいつ硬すぎるよ!」


 だが攻撃は情報通りの硬い皮膚に弾かれたようで、攻撃した本人のほうが痛がる様子を見せている。


「なら魔法でいく」


 先ほど放たれた剣士の雷撃と同様に(・・・)やはり手応えは見られなかったようで、どうやら今度は魔道士による魔法攻撃を試みるようだ。


「収束蓮華、合わせし力は四重奏、<カルテットアロー>!」


 詠唱の後に発動した地水火風の属性と思われる、黄・青・赤・緑の四色にきらめく魔法の矢がジャイアントグレートピッグに向かう。


「フゴオォォォォォォ!」


 だがそれを向けられた本人は構わず突進を繰り出し、四色の矢を額で弾き飛ばした後に魔道士の少女に迫っていく。


「あっ……」

「くそっ、二人とも急いで馬車まで走るんだ! ここは僕がなんとか抑えてみせる!」


 少女はその場にへたり込み、それを剣士の青年がかばおうとしている。様子を見るにどうやらここまでのようだな。


 このままなら最悪全滅。どちらにしても一番前に出た剣士は死ぬか、よくても大怪我を負うことは免れないだろう。そして予想通り、獲物を持っていかれる心配はなかったようだな。


 なにより今ならば獲物を横取りしても文句は言われまい。


 外套のフードが風圧でめくれないように左手で抑えつつ、走る魔獣に向かって急降下を行う。


 狙うは剣士の男に向けて、突進の真っ最中である豚の魔獣の頭部から鼻先にかけた中心部分。斬撃や魔法が効かないのならば、その体内に相応の衝撃を与えてやればいい。まあ女戦士の打撃では威力が足りなかったようだがな。


 外套が風圧によって激しくはためく音を耳にしながら、右腕を振りかぶる。そうして魔獣に迫る刹那の時間にふと一考。そういえば奴らは攻撃する際に技名を叫んでいたか。


 そうするのが人間たちのやり方ならば、真似をして同業者だと思わせておくのが得策であろう。技名は適当に、そうだな。


「魔王拳ッ!」

「「えっ!?」」


 ドゴオオォォォォン。


 寸分違わず狙った箇所に拳が命中。ジャイアントグレートピッグは突進そのままの速度でつんのめったことにより、半回転したのちに地面に片膝をたてる形で降り立つことになった俺の上を飛ぶように通過。空中で錐揉み回転をしながら剣士の青年と魔道士の少女に迫っていく。


「えっ、ちょ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 二人は叫び声を上げるばかりで避ける余裕はなさそうに見える。


「ふぅ、仕方ないな」


 すかさず再度の空中移動で魔獣を追い越して、二人を抱える形で回収して事なきを得る。


「って何だ!?」

「もしかして飛んでる?」


 その際にフードがめくれたが、急に体が浮いたことに驚いている今の状況ならば誰も俺の顔を覚える余裕などないだろう。


 しばらく転がった後で勢いをなくして倒れた魔獣はピクリとも動かない。

 そのことからしても狙い通りに問題なく獲物を仕留められたようだ。

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