03話 魔王城に残されていたもの
魔王城の部屋を重点的にスライムによる掃除を行いながら移動することしばらく。現在地は地下の一室。扉に取りつけられている劣化した板には『迷宮区専用 魔道具生成室』とあせた文字でそう記されている。
この部屋は世界各地に点在する迷宮区の宝箱に納めるアイテムの生成を行う部屋となっている。
属性の付与された特殊な武具や魔道具といったものを餌に、冒険者どもを魔物や罠の待つ迷宮に誘い込むという発想のもとに作られた部屋のようだ。
この方法では冒険者の絶対数を減らす一方で、迷宮産の有用な装備を身に着けた強者が生まれることは否定できないが、さしたる問題はない。
なぜならそういった連中は例に違わず目立つからだ。ゆえにこちらも上位の魔物を差し向けるということが可能なため、大きな被害が出ることはないのだ。
このような話からしても方針転換した我らにとっては必要のない部屋のようにも思えるが、ものは使いようというものだ。設備を把握しておけば何かしら使える日が来るかもしれない。しかし、百年という年月は城の汚れだけでなく他の問題をも生じさせていた。
「何度か起動を試してみたものの、やはり駄目なようです」
「生成炉は動かず、か。考えられるのは整備不足による劣化だろうが、まあ動かないものは仕方あるまい」
残されていた資料を元にアイテム作成施設の起動を試みたが、うんともすんとも言わない状態だ。
整備を行っていたであろう配下も存在しないために、現状ではどうすることもできない。
「ここが最後の部屋となると、完全に無事といえるのは資料室だけか」
「空間凍結の魔法で資料が無事だったのは幸いでしたね」
人類と戦う上で情報は何より大切な宝となる。そのため、魔王城の機構を用いて資料室そのものの時間を凍結させる処理がなされていた。
なぜか資料以外の本もあったので、そのうち目を通しておきたいところだ。
「そうだな。あとはそれだな」
それ、とはこの部屋の角に置かれた箱に入っていた道具三点のことだ。
「ええ。秘薬と思われるものが二つと、この小さな檻のようなものですね。薬はともかくこれは一体何に使うのでしょうね」
残されていたのは赤い液体で満たされている試験管。それと四隅の細い柱が上下の薄い正方形の板に繋がっているとともに、上部の板に丸い石が取り付けられている謎の黒い装置。それら二種類のもの、計三点が暗黒騎士の手によって握られている。
「まあまず間違いなく魔道具の類だろうがな」
だろうといったのは、これらのものが記憶にないからだ。おそらくはこの場を配下に任せきりにしていたか、忘れてしまったなどで、これらの記憶が引き継がれていないのだろう。
「資料室で調べて何か解ればよいのですが」
「ふむ」
よろしく頼む。と続けようとして、ふとある事に気づいた。
「……いや待て。眼を試してみよう」
今の俺には特殊な眼があったのだったな。
「なるほど、魔王様の権能である深淵の力ですね」
「そういうことだ。そのままこちらに見えるよう持っていてくれ」
「はい」
右目に意識を持っていき、黒い炎を出現させる。
その眼でもって暗黒騎士の手にあるアイテムの情報を読み取る。
まずは赤い液体の入った試験管の方からだ。
【命の秘薬】
ドラゴンの血液、救済の雫、マンドラゴラの調整薬を配合して作られた秘薬。
外傷に振りかける。もしくは内服することで効果が現れる。
切断された箇所や、破損した内臓であっても瞬時に回復させることが可能。欠損した部位も再生可能ではあるが、その場合は大量の秘薬が必要。
環境次第ではあるが、およそ百年ほどの保存が可能。別名はエリクサー。
有効期限:二ヶ月(未開封)
「薬の方は強力な回復薬のようだが、もって二ヶ月とあるな」
「短いですね。配下を生み出すのには使えませんか?」
「混ざりものゆえに厳しいだろうな」
配下の召喚には基本的に単一のものが望ましい。混合物の場合だと魔力が乱れて定着しにくいからだ。また最悪の場合、精神が破壊されたキメラが生まれて暴走を招くハメになる。
「一応とってはおくとして、次はそちらの黒い魔道具だな。まあ薬の情報が視えたのだ。問題なく視えることだろうよ」
秘薬から目を離し、黒い魔道具の方へと視線を移動させる。
【魔道核生成器】
魔力を吸い取る喰魔球が取り付けられた、魔法球や魔力結晶の生成が可能な魔道具。
全文詠唱を行い魔力を込めることで、魔法実行式の刻まれた魔法球が出来上がる。また任意の属性の魔力を込めることで、対応する属性の魔力結晶が出来上がる。
「ふむ。どうやら黒い方は魔道具の核となる部分や、武具に属性の付与が可能となる魔力結晶を作れる魔道具のようだぞ」
「この場所を考えれば迷宮区用に設置する宝を作る、といった用途のものでしょうか」
「だろうな。結晶の方はともかくとして、魔力を注げば誰でも内部に込められた魔法が行使できる魔法球は使えるかもしれんな」
すぐに思いつくのは人や物を運ぶためのものだ。これらは転移や転送の魔法を刻めば使えるようになるだろう。
「つまり魔王様の魔法がいつでも体感できることで、いつでも魔王様を感じることができるという、素晴らしい魔道具ですね!」
「うん、ちょっと違う」
恍惚とした表情を浮かべ、もだえ始めた暗黒騎士は放っておく。
「さて、こいつを試すとして何を作るか」
歓楽街を造るにあたり最低限必要なのは宿泊施設と、できれば温泉施設も欲しいところか。
となると温泉だな。近くに一つ該当する山があったか。あの地は少々問題があるが……まあそれは足を運んでから考えればいいな。
何にしても必要なのは遠くの地より温泉を運ぶための道だ。今回はそのための魔法球を作成することにする。
それにしても全文詠唱か。記憶の中の魔王たちも基本的に短縮詠唱で魔法を行使しているのであまり馴染みはないが、まあやってみるとしよう。
「彼方より此方へ、望みのものを送り届けよ」
魔導核生成器の上部にある喰魔球と思われる部分に手を添えて、魔力を込めて詠唱を行う。
「<トランスファー>」
最後に魔法の発動に必要な精霊語を紡ぐことで魔法は完成する。
本来であればこの時点で魔法陣が現れるとともに魔法が発動するはずだが、現れた魔法陣は喰魔球に吸収されて魔法は不発に終わる。
その代わりに四隅の柱で囲まれた枠内が光を放つ。それから数秒が経ち光が収まると、枠内に一つの球体が出現していた。
【転送球(受信側)】
使用には転送球(送信側)が必要。
使用することで転送球(送信側)の周囲にある物体を転送することができる。
あらかじめ転送する対象を指定しておくことで、余計な転送を省き魔力消費を軽減できる。
この魔道具の対となる送信側の詠唱文は『此方より彼方へ、望みのものを送り届けよ』
枠より取り出した魔法球の情報を深淵の眼で読み取った後、情報にある通りの詠唱文を用いて転送側も作り上げる。
【転送球(送信側)】
使用には転送球(受信側)が必要。
使用することで転送球(送信側)の周囲にある物体を転送することができる。
あらかじめ転送する対象を指定しておくことで、余計な転送を省き魔力消費を軽減できる。
この魔道具の対となる受信側の詠唱文は『彼方より此方へ、望みのものを送り届けよ』
「これでよし」
あとは温泉地を確保して送信側を温泉に投げ込むことで、いつでも温泉が供給できるようになるはずだ。
だがそれも明日以降となる予定だ。とりあえず今は配下の召喚や転送球の作成で消費した魔力を少しでも回復しておきたい。
「さて、暗黒騎士よ。今日はこのあたりにしておくとする。明日から本格的に動き始めるので、お前も早めに休むように」
未だにもだえ続けている暗黒騎士にそう声をかけ、本日の魔王城内部の清掃、確認作業は終わりとしよう。
「ふふふ、ふふふ。魔王様の芳しい魔力の香りぃ!」
……一応休む前に軽く水でも浴びておくか。ホコリもついているだろうしな。
決して臭いが気になったとかではない。
いかがだったでしょうか、面白く読んでもらえたのであれば幸いです。
明日は2話更新予定なので、気に入ってくれた方は明日もどうぞよろしくお願いします。