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02話 魔王のやり直し

「理解が及ばず申し訳ありません。それはどのような破壊をもたらす権能なのですか?」


 前例がないが、これはどう考えても破壊をもたらす類のものではないだろう。それにしても誰もいなかった魔王城といい、おかしなことばかりが続くものだな。


「破壊はできない、わかりやすく言えば鑑定の最上位とも呼べる代物のようだぞ」


 そして一度権能を発動させたことにより、力の詳細が頭の中に流れ込んできたのだ。

 どうやら視界に入れたもの以外にも、思い浮かべたものに関しても情報を得ることができるらしい。

 そう、例えば先代の魔王たちの記憶情報も、その対象になるようだ。


 さっそく確かめてみようと目を閉じかけたところ、暗黒騎士の一言に耳を疑うことになった。


「え、鑑定? それはハズ……くちんっ! 素晴らしい権能ですね魔王様!」

「今、ハズレって言おうとしたか?」


 あと今のくしゃみ、すごく嘘っぽいのである。


「いえ、滅相もございません」

「「……」」


 確かに歴代の魔王のものと比べれば派手さこそないが。そもそも破壊の力は魔法で十分なのだ。

 それを考えれば過去の魔王たちの権能こそがハズレといえるだろう。


 気を取り直して、今度はきちんと目を閉じる。

 引き出す記憶はすでに決めてある。それは過去を生きていたであろう、とある魔王の最期となった記憶だ。その記憶映像に不可解ともいえるものが映り込んでいたので、深淵の権能を試すのにうってつけというわけだ。


「……んんっ、まあいい。暗黒騎士よ、これはハズレどころかとんでもない代物のようだぞ?」

「ハズレなどとは心にも思っていませんが、その眼には何か特別な力が?」

「そのようだ。とりあえずこれを見るがいい。<記憶投影>」


 召喚時に記憶伝達していない内容のものだったので、記憶投影の魔法を用いて引き出した記憶の内容を映像として空中に映し出す。


「これは魔王軍と人間族の戦い……いえ、よく見たら翼が生えていますし人とは違いますね。私の記憶違いでなければですが」


 それはとある過去の魔王軍が白き翼を持つ軍勢と相対することとなった、血を血で洗う争いの記憶だ。


「ああ、このような白い翼を持つ人間族はいない。それは間違いないと断言しておこう」

「断言……ですか」


 話している間にも映像は止まることなく、今は両軍勢が衝突し始めた場面が映し出されている。


「詳しい話はこれを見てからだ」

「わかりました」


 記憶の中の時間が進むごとに次々と天から現れる白き翼をもつ者たちは魔王の軍勢によって屠られていき、魔王軍もまた白き翼をもつ者たちによって屠られていく。やがて無限に湧いて出ると思われるほどの圧倒的な物量を前に、徐々に魔王軍が押されていき、最後には様々な色の血で地面が彩られるという敗北の結果に終わっている。


「さて、この眼についてだが。どうやら今見せたような記憶映像からですらも詳細な情報の取得が可能だ」

「……! なるほど、ということは過去の魔王様がたが敗れることになった原因もその眼で見てしまえば」

「ああ、対処は容易になるであろうな。しかし、ハハハ、ハハハハハ! これは傑作ではないか!」

「ま、魔王様?」


 試しにと選んだ記憶だったが、まさかの結果を知らされることになったのだ。

 それはこの世界に組み込まれている一つの絶対的な仕組み(ルール)と呼べるものだった。


「ハハハハ……ハァ。つまり過去の魔王たちが行ってきた殺戮(こと)はただの空回りだったということか」

「……? 申し訳ありません魔王様。私にもわかるように説明していただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ。結論だけ言えば、過去の魔王たちが行ってきたような武力に訴えた破壊や蹂躙といった方法での世界征服は絶対に成功することはない」


 そう、今までの魔王たちのやり方は間違っていたのだ。といっても俺自身も深淵の眼がなければ気づくこともなかっただろうし、言っても仕方のないことではあるのだが。


「なっ!? そんなまさか……」


 驚いた表情を見せる暗黒騎士が落ち着きを取り戻すまで時間を空けることにする。その間にふと視線をずらすと、ホコリにまみれた部屋はスライムたちによってかなり綺麗に掃除が進められていた。その調子で頼むぞ。


「……取り乱してしまい申し訳ありません。続きをお願いします」

「うむ、まあ仕方ないことだ。気にするな」


 どうやらこの数秒で魔王軍の状況を飲み込むことができた様子なので続きを話すとしよう。


「さて。その結論に至った原因だが、それは先ほどの記憶映像の中にいた翼持つ者たち、調律者という存在にある」


 深淵の眼によって記憶の中の情報を読み取ったところ、魔王軍を滅ぼし尽くした白き翼をもつ軍勢、それら全ての集団を一つの概念として調律者と呼ぶようだ。


「調律者、ですか。それでその者と今の話にどのような関係があるのでしょうか?」


 まずはなぜ調律者などという者たちが存在するかについて話すべきだろう。


「うむ、そいつらの仕事は人類の絶対数の調整だ。どんな理由にせよ人類が一定数を下回ると出現し、原因の排除を行うようだ。人類を圧倒するものであれば排除し、病気であれば根絶させる。飢餓であれば自らを食させることで解決するといった具合にな。その結果の一つが先ほど見た映像というわけだ」


 これらは世界のシステムであるため、先ほどの記憶で見たように絶対的な力を持つはずの魔王ですら逆らうことは難しいようだ。


「……なるほど、それで人類を滅ぼす方法の世界征服は意味がないとおっしゃったのですね」

「ああ、征服する側からすれば世界が仕掛けた不可避の時限爆弾ともいえる。ついでに言えば、この眼で見た情報では調律者が最後に出現したのは百年前とでている。暗黒騎士よ、その意味は理解できるな?」


 そして、このことがホコリにまみれた玉座の間という不可解な謎の答えだったのだ。


「ええと、魔王様が再び誕生するのは先代の魔王様がお亡くなりになってから百年を要する。その時期を照らし合わせると、先代からの配下がいなかったのは調整者にやられたから、ということですよね」

「ああ、そういうことになるのだろうな」


 いくら魔王城といえど百年も放置されればこの有様になるというのも頷けるというものだ。となれば魔王城の残りの場所についても同じような状態になっているというのは想像に難くない。


「ですが、それなら我々はどうすればいいのでしょう? まもなく人類は魔王様が誕生したことを察知、いえ、すでに動き出しているかもしれません。手を出せないというのであれば、おとなしく人類に首を差し出すしかないのでしょうか?」


 魔王城の現状は理解したが、同時に暗黒騎士が言ったような問題も発生している。人類に対してこれまでのやり方が通用しない以上、別の手段を講じる必要があるだろう。


「少し考えてみよう。我ら魔王軍の目的である生存圏の確保というのはそのままにな」

「はいっ」


 まず大前提として武力による解決策はないものとして考える。

 前回の魔王出現は百年前。そのことから魔王の驚異を知るものは人類の中でもエルフといった長寿種を除けば多くは残っていないだろう。

 しかし、伝聞形式であれば話は別となる。そうなれば過去をなぞるようにして人類側からの討伐者が送られてくるのは避けられまい。


 仮にそいつらを倒してしまえば、それを皮切りに討伐者の規模は増大していき、最終的には大軍が送られることで戦争へと発展してしまうだろう。

 そうなれば人に殺されるか、調律者が出現して殺されるか。どちらを選んでも生存の道はない。


 また、人類に頭を垂れるというのは無論ありえない。先代たちがやってきたこととはいえ、人類からすればそんなことは関係ないだろう。魔王であるという時点で処刑、よくて配下は奴隷とそんなところに落ち着くのが目に見えている。


 以上のことから、人類側に好き放題をさせないために力は示しつつ、融和の道を取らなくてはならない。


 幸いにして、まだ今代の魔王である俺は人類には手出ししていないために、別方向への舵取りが行いやすいといえるわけだが。問題はその手段となる。


「……手段か」

「魔王様?」

「いや、なに。ただの独り言だ。暗黒騎士の方はなにか思いついたか?」


 何かひらめきとなるヒント、もしくは打開策があるといいのだが。


「そうですね。すぐに思いつくのは洗脳や魅了(チャーム)による人類の掌握ですが、魔法の維持に必要な消費魔力を考えると現実的ではないですね」


 殺すのではなく、傀儡にするか。しかし本人の言う通り現実的ではない。

 だが方向性は悪くないな。


 チャームは対象を魅了し人心を操る魔法であるが、なるほど魅了か。こちら側を驚異ではなく、夢中にさせればいい、か。それを魔法抜きで考えればどうなる?


 例えば現在進行形で部屋を綺麗にしている配下。スライムであれば掃除ができ、そのぷにぷにした感触も癒やしを与えてくれる上等なもの。

 害を及ぼさなければ利点はある。それは他の配下についても同様だろう。どんな力でも方向性を変えれば別の道が見えてくる。そういうことか……!


「……ふむ。なるほど、それはありだな」

「何か思いついたので?」

「ああ、ある程度の方向性は定まったが、その手段を考えていたところだったのだ。だが暗黒騎士のおかげで光明が見えたぞ」

「魔王様のお力になれたのでしたら幸いです。それでどのような事をなさるのですか?」


 利便性でも、癒やしでもいい。

 要は人類の精神を恐怖ではなく、快楽によって陥落させればいいのだ。

 そのために必要なのは人類をもてなすための場所だ。


「それはな、この地に楽園をつくるのだ。目指すは配下たちの特性を活かした唯一無二の街……人間でいう歓楽街というやつだ。快適すぎるあまり移り住みたくなるような街にして、人類を集めることで勢力を拡大していく。反対に人類の国力は低下していき、やがては魔王城こそが世界の中心に成り代わることだろう」

「なるほど。つまりは歓楽街による武力を用いない世界征服、ということですね。確かにそれならば……さすがは魔王様です!」


 まずはヒューマン、エルフ、ドワーフなどの人間族の趣味嗜好を知る必要があるだろう。そのためには少人数の人間たちをこの地へ呼び込まねばなるまい。

 しかし人の街などから攫うというのは後々問題が起こる場合を考えると除外、ならば狙うべきはこの地へとやってくる冒険者になるだろう。


 よって歓楽街にまず必要なのは少人数を収容することのできる宿泊施設だ。そこから始めよう。


「まずは手始めに最低限の施設を用意しなければな。城の掃除を終え次第、作業に移ることにする。冒険者の第一陣がやってくるまでが勝負だ。さあ忙しくなるぞ暗黒騎士よ!」

「はいっ、何なりとご命令ください!」


 こうして新たなる魔王軍(仮)の指針は定まった。

 それと、これからやることを考えればもはや軍とは言えないので、このあたりの名称も考え直す必要がありそうだ。


 ちなみに余談ではあるのだが、スライムが部屋の掃除を完遂させた頃。


「あの、魔王様。仮に、仮にですよ? もし冒険者ではなく人類軍が来た場合はいかがいたしますか?」


 暗黒騎士がそんな事を訊いて来たので、答えてやることにしたのだが。


「ククッ、その時は騒ぎが収まるまで二人で世界を巡るというのもいいかもな」

「軍来い軍来い軍来い軍来い軍来い軍来い軍来い!」


 対応を間違えて暗黒騎士の狂気に触れてしまったようなので、その時は(スライムと)二人で旅に出ることに考え直したのである。

 二人とは言ったが、誰と行くとは言っていないからな。

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