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01話 お一人魔王様、ご案内

 唐突に記憶や知識が流れ込んでくる。


 数々の暴虐の限りを尽くした破壊、混沌を呼び込み人々に絶望を与える存在。そしてそれらを実行する際に使われた数多の魔法。

 どうやら俺は魔王という存在として、今この瞬間に生を受けたようだ。


 さらに誤解のないように付け加えるのならば、記憶は体験というよりも、記憶映像を走馬灯のごとく刹那の時間に見せられたというのが正しいだろう。それゆえに肉体と精神、それらは俺のもので、復活とはまた別の代物のようだ。

 言ってしまえば、俺自身は過去の魔王とは完全に別人となる新たな魔王ということになる。


 そこまで自身の存在を認識し終えたところでゆっくりとまぶたを開くと、ようやく自分が椅子に座っていることに気づく。


「ここはどうやら魔王城、のようだが」


 視界に映るこの場を先程見た記憶映像と照らし合わせるならば、ここが魔王城であるという事に間違いはないだろう。しかし様子がおかしい。


 まったく手入れのされていないホコリにまみれた椅子ーーよくよく見れば玉座と思われるもの。そのことからして魔王城城内にある玉座の間であることに間違いはないのだろうが、部屋全体が長らく放置されていたとしか思えないというほどにひどい有様だった。


 おかげで玉座の手すりに手を置いた直後に、不快な感触を味わう羽目になってしまった。


 現実が直視できずに目を閉じて再度手すりに手を置く。すると過去の魔王がペットにしていたケルベロスとの触れ合いを彷彿とさせる、天国のようにも思えるもふもふ感。しかし再び目を開けば、眼前に広がっていたのは触れた場所からキノコの胞子のごとく、ホコリが宙に舞っているという浮毛(ふもう)地帯。現実は非情である。


「むう、生まれた直後というのにホコリまみれとは配下たちは何をやっているのだ?」


 過去の魔王たちが誕生した状況を思えば、先代魔王の時代より生き残っていた配下がずらりと並んで生誕の賛辞を述べているだろう頃合いだが、玉座に座った状態で見てわかるように配下が出迎えるどころか何の音沙汰もない。

 とても静かだ。まるで俺一人を除いて、誰も魔王城にはいないかのように。


 玉座から腰を上げて、部屋の外へと続く扉から顔を出す。


「おーい、誰もおらんのかー。魔王の誕生であるぞー」


 しかし返ってくるのは静寂のみ。

 見えるのは廊下の先へ続いているボロボロになった赤い絨毯だけだ。


 こうなるとこの魔王城は長い間、誰の手も入らずに放置されてきたという異常事態が現実味を帯びてくる。そこで念には念を入れて城の内部を魔法で調べることにする。


「……仕方がない。初めての魔法が破壊以外をもたらすものというのは魔王としてどうかとも思うが、背に腹は変えられまい。<探知>」


 球体状にととのえた魔力を全方位に飛ばし、近くに動く存在がいないかを確かめる。

 ……結果はハズレだ。城の内部に配下はおろか、何の生物の反応もみられない。


「誰もいない……か」


 与えられた記憶は時系列で並んでいるわけではないために、こうなった原因はわからないが、おそらくは全滅したとみていいのだろう。

 実は主である魔王がいない間に引っ越しましたとか、もう魔王の配下やーめた、なんて事は……いやいや、こういう事を考えるのは良くないな。よし、今後細かいことを気にするのはやめだ。


 どんな理由にせよ今の俺はお一人様魔王ということになるが、それも今この瞬間までである。配下が誰もいないのであれば作ればいいだけのこと。


「ならば魔王としての最初の仕事は決まったな」


 やるべきは配下の召喚だ。

 右手親指の腹を噛み、それによってできた傷口から滴る血に魔力を混ぜる。


「さあ、いでよ、新たなる配下よッ!」


 紫色の血が同色の魔力と合わさることで蠢き、注ぐ魔力の量に比例して徐々に膨張していく。

 やがてそれは人型へと変化し、俺にとってはじめての配下となる存在がこの場に現れた。


「魔王様、此度は私めを呼び出していただきありがとうございます。そして遅ればせながらではありますが、ご生誕おめでとうございます」


 膝をついて頭を垂れた後にそう言ってきたのは、暗黒色の甲冑と、それに色を合わせた金属製の篭手と靴を身にまとっている、金色の髪を肩下まで伸ばした女だ。


「うむ。よくぞ参ったな暗黒騎士よ」


 暗黒騎士は召喚できる配下の中でも最上位の魔物といえるだろう。

 今の残存魔力からして同等の配下をもう一人というのはさすがに厳しい。よって残りの魔力は中位以下の配下の召喚に使いたいところだ。


「ところで魔王様、他の配下たちが見当たらないようなのですが。うっ、それにこの部屋の状態はいったい……」


 新たな配下が手で鼻と口を覆いながら、辺りを見回す。

 どうやら暗黒騎士も魔王城の惨状に気づいたようだな。


「探知の魔法でも確かめたのだが、この部屋に限らず城の内部は全てもぬけの殻だった。どうやら先代の魔王軍は全滅したようだぞ?」

「なんと! ということは魔王様と二人きり。うふ、うふふ、ふふ……くちゅん! ……失礼しました。ではまずは魔王軍の再編からでしょうか……くちゅん!」


 なにやら興奮しだした様子の暗黒騎士が怪しく笑っている。その際にホコリを吸い込んだのか、くしゃみをして余計にホコリが舞う。

 とりあえずこの部屋の惨状をどうにかしなくては、今後の魔王軍の計画を練るのにも支障がでるだろう。


「そうだな。だがその前に」

「その前に?」

「部屋の掃除からするとしよう。でなければ、そのかわいいくしゃみで他の配下に対して、暗黒騎士の威厳が保てなくなってしまうからな」

「かわ……ごほん。魔王様のお心遣い感謝いたします。……うふ、うふふふふっ、くしゅん!」


 なにやら暗黒騎士が悶えはじめたが、触れない方がいい気がしなくもない。もしや配下を作る際になにか間違えたのだろうか。

 ……まあ細かいことを気にするのはよそうと決めたばかりだ。それよりもやれることから順番にこなしていくとしよう。


「さて、掃除に適した配下か。そうだな、こいつでいいだろう」


 今度は低級の魔物の召喚を行う。こちらは魔力のみで作り出すことが可能だ。


「数は部屋の規模から考えて……十匹もいればよさそうだな」


 呼び出したるは掃除のエキスパート。そいつが通った道からはホコリもチリも消え失せるという、まさに清潔の鬼。その仕事ぶりには誰も文句はつけられない。

 さらに腕に収まる丸い姿は愛らしく、ぷにぷにとした手触りはまさに天上の枕と言っても過言ではない、魔王謹製の一品だ。

 そんな体ゆえに物理攻撃は効かない、戦闘面でも頼れる憎いヤツ。そう、


「いでよ、スライムッ!」


 放出した魔力が十に分かれて同数のスライムがこの場に現れた。

 スライムたちはふよふよとその場で揺れながら、こちらの命令を待っている様子を見せている。

 ぷにぷにボディの触感を愉しみたいところではあるが、ぐっと我慢し、命令を送る。


「さあスライムたちよ、この部屋のホコリやチリを喰らいきれいに掃除するのだ!」


 とたんにスライムたちが各自バラける形でゆっくりと動き始める。

 その通り道がきれいになっていくのを確認しつつ話を戻す。


 あと相変わらず暗黒騎士は悶えたままだが見ないふりをしておく。


「さて、では魔王軍再編の話に戻るとしようか」

「かわいい、かわ……はっ、そうですね。再編の話でしたね魔王様。いっそのこと私と魔王様で人類を制圧するなんてのも、二人の共同作業なんて」


 つまりは少数精鋭による電撃作戦か。魔王の再誕を察知される前に秘密裏に動いて人類を減らしていくというのもありにはありか。


「確かにそれもありだな。考慮はしておこう」

「ええ、お願いします! 魔王様の権能さえあれば怖いものはありませんし!」


 権能ーー確か魔王に与えられる唯一無二の力だったな。性質はその代の魔王ごとにバラバラではあるものの、基本的には破壊を増幅させる力というもののようだが。


「……権能か」

「そういえば此度の魔王様の権能はどのようなものなのでしょうか」


 魔王城の異常事態のせいで確かめる暇がなかったために、それに答えることはできない。


「わからん。まだ確かめていなかったのでな。しばし待て」

「いくらでも待ちますわっ」


 召喚の際、配下には言語機能や魔王軍の基本知識といった記憶伝達が可能なのだが、その時点で召喚主が知らないことはさすがに伝えることができない。そのため暗黒騎士には権能という知識はあっても、今のやりとりからもわかるように力の詳細までは伝わっていない。


 そして今から実際に力の詳細を確かめるために、権能の発動を試みる。

 すると元々できて当然といった感じで、右目の視界に変化が訪れた。


 さて、どのような破壊の力なのか見せてもらおうではないか。


「できたぞ、これは……」

「魔王様の右目の周りに黒い炎が出現しましたね。一体それはどのような権能なのでしょうか?」


 暗黒騎士のいう黒い炎を通して見えてきたものは情報だった。

 目の前にいる暗黒騎士はもちろん、床に敷かれた絨毯、魔王城の壁や床に用いられている石の材質、空気中に漂う成分、そういった情報が一点を注視するごとに事細かに現れていく。


「この権能の名は深淵、全てを覗き込むモノだ」

目を通してくださった方、これからよろしくお願いします。

本日3話まで連続で投稿します。

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