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六台目 [カレーライス]

【ハンバーガー自動販売機】


>『ソースハンバーガー』(鉄貨二枚)

>『チーズハンバーガー』(鉄貨三枚)

>『テリヤキハンバーガー』(鉄貨二枚)


 迷宮内十階層にある安全地帯。『聖水』『コーラ』そして『ハンバーガー』の自動販売機が鎮座する一種の『聖地』として、いまや冒険者の間で知らぬ者とていないその場所で、長らく(他の冒険者の証言を信じるなら七日ほど前から)『売り切れ』という表示のあった『カレーハンバーガー』に代わって、『テリヤキハンバーガー』なるハンバーガーが「え? 私、最初からここにいましたよ。――カレーハンバーガーァ? さあ、知りませんね~」とでも言いたげな顔で、いけしゃあしゃあと並んでいるのを目にして、

「――神は死んだ……」

 そう力なく呟いたマイブリットが、真っ白に燃え尽きて膝からその場に(くずお)れたのだった。


〈勇者〉カルロが率いるチーム『ブリキの星(ティンスター)』のメンバーで、Cランク冒険者にして呪術師(シャーマン)(霊視の力を持ち、精霊や死者の霊を仲立ちにして超自然の術を司る術者)であるマイブリット。

 普段は淡々として滅多に感情を表に出さない彼女の落胆――というか、世界の破滅を啓示された預言者かのような、半分口から魂が抜けかけているほどの絶望――を目の当たりにして、手持ちの乾燥野菜と干し肉とで、ごった煮風スープ(ミネストローネ)を作っていた同い年の女騎士ファンヌと、顔なじみでふたりとは二歳年下のハーフエルフである案内人(ナビゲーター)のナウンとが、思わず宮島(しゃもじ)を持つ手を止めて、

「「――はあ!?」」

 と素っ頓狂な声を合わせて驚いた。


「くぅぅ~~ん……?」

 そんなマイブリットの使い魔(ファミリア)であるブラックウルフのボーも、所在なげに半分屍と化しているマイブリット(主人)の周りをウロウロして、途方に暮れている。


「え~と……聖職者としましては、少々聞き捨てならない台詞が聞こえたのですけど、それはともかく、何かあったのですか、マイブリットさん?」

 念のために安全地帯の周りに結界を張っていた、彼女たちに比べてやや年長の――それでも二十歳になるかならないかと思われる――白の神官衣をまとってメイスを持った金髪の女性が、困ったように茫然自失となっているマイブリットの背中に問いかけた。


 その衣装と豊満な胸元を飾る聖印で一目瞭然であるが、彼女の名はエスメラルダ。Bランク冒険者にして《光の神(アラマ)》を主神と仰ぐ高位司祭という異色の存在にして、今回集まった女性ばかりの臨時パーティのリーダー格でもあった。


 聖職者……なかんずく癒しの奇跡などが使える高司祭ともあろう者が冒険者を兼ねるなどというと、「なぜそんな酔狂な真似を?」と一般人は首を捻るものであるが(高司祭の癒しの奇跡ならば、どんなに少なく見積もっても、浄財(おふせ)として金貨数枚を寄進するのが常識である)、全部が全部というわけではないが(いや、どちらかと言えば少数派なのだが)、聖職者の中には迷宮を神から与えられた試練や修行の場であるとして、攻略に勤しむ『実践派』と呼ばれる者たちがいる。


 エスメラルダもそんな敬虔な実践派のひとりであり、なおかつ〝極めて優秀な”さらに付け加えれば、〝若く美しい”と但し書きが付く存在であった。


 そうして言うまでもなく、冒険者にとって癒しの奇跡や退魔の能力を持った聖職者はまさに値千金。ひとりチームにいれば、生存率が十倍に跳ね上がると言い切るベテラン冒険者もいるほどである。


 そこへ『若くて優秀で美しい』と付加価値が付くのだから、当然ながらエスメラルダはどこのチームからも引っ張りだこで、度が過ぎて刃傷沙汰(にんじょうざた)や冒険者同士のいがみ合いに発展するケースが頻発したことから、事態を重く見た冒険者ギルドの仲裁によって、彼女が迷宮に潜る際には特定のチームに属さず、あくまで当人の意向を優先して臨時チームを作るか、一時的に協力するというルールが定められたのであった。


 そのようなわけで、今回はたまたま顔見知りのCランク女性冒険者たちと示し合わせて、四人と一匹で十階層以降、十五層まを泊りがけでじっくりと腰を据えて攻略に勤しむことにしたエスメラルダたち。

 現在のトップクラスが二十層のボス部屋の手前で足踏みしているのを考えれば、なかなかの進捗度と言えるだろう。


 なおエスメラルダが今回の攻略を十五層までとしたのは、ソロ冒険者であるナウンはともかく、チームに属しているファンヌとマイブリットを――当人たちの希望とはいえ(なおかつ現在はチームの休養期間であり、その間に何をするかは個人の裁量にゆだねられている)――貴重な戦力を預かる手前、その詳細を知らせて許可を得るため(義理を通すため)ブリキの星(ティンスター)』のリーダーであるカルロに会いに行った際に、

「ああ……十階以降はアンデッドの巣だから、エスメラルダちゃんなら問題にならないだろうけど……う~~ん……(けどさすがに二十階層のボスはマズい。お互いに不倶戴天の仇同士だしねえ)とはいえまあ、安全マージンを取ってせいぜい十五階まで、それより深い階層に潜るのはやめといたほうがいいね」

 そう助言を受けていたエスメラルダは、生来の馬鹿正直さを発揮して、きっちりと十階層にある安全地帯をベースキャンプにして、地道に十五階層までの攻略を進めたのであった。


「いいなぁ、そういうことなら俺も一緒に遠征に参加させてくれよ!」

「ああ、十階くらいならソロでも行けるしさ」


 ついでに『ブリキの星(ティンスター)』の新人であるテオとライモンドが、羨ましそうに同行をねだったが、

「……君たちにはまだ早い。元気が有り余っているなら、薬草取りのクエストでも受けるか、鍛冶ギルドに行って武器の手入れを一から覚えたほうがよほど建設的だね(というか、女性冒険者がまとまって行動するとなると、男は察してはばかるのが当然なんだけどねえ……。かといって青少年に一から説明するのも女性陣に失礼だし……とはいえ、今後の事もあるし、軽くほのめかしておいた方がいいかねぇ)」

 逸る少年たちをカルロが諫めてブーブー不平をこぼす一幕もあったが、現在『ブリキの星(ティンスター)』の男性陣は地上で思い思いに休暇を過ごしているはずである。


 そんなわけで女性同士の気安さで攻略を進める傍ら、一日に最低でも朝晩二度はハンバーガーを頬張って食事を満喫していた彼女たちだったが、ひとりマイブリットだけが若干の不満を抱えていた。

 一番の好物であるカレーハンバーガーが、ここのところ売り切れのままだったからである。


 普通なら翌日には(どうやってか知らないが)入荷している商品のうちカレーハンバーガーだけが売り切れのままであったことに、そこはかとない不安を覚えていたところに、今日の新メニュー『テリヤキハンバーガー』の登場。

 そして消えた『カレーハンバーガー』。

 コレが意味するところは明白である。露店など往々にして見られる現象――売れないから商品が入れ替えになったということだろう。


「……それなりに売れてると思ってたんだけどなー」

 とはいえいま思い起こせば、いつも最後まで残っていたのはカレーハンバーガーであった。

『なんだカレーハンバーガーしかないのか。しかたないな……』

 そんな感じでしぶしぶと冒険者がカレーハンバーガーを購入している様子を見たのも一度や二度でなかった。

 嗜好の差と言ってしまえばそれまでだが、どうもカレーハンバーガーは他のニ品に比べて、際物(キワモノ)扱いされていたようである(納得しかねるが)。


「へえ~~っ、この『テリヤキハンバーガー』って美味しいわね!」

「甘しょっぱいタレが病みつきになりそうですね~」

「この香りが猛烈に食欲を掻き立てますわね」

 そして新たにレギュラーメニューとして加わった『テリヤキハンバーガー』を、物珍しさから購入したファンヌとナウン、そしてエスメラルダの評価は上々……というか破格であった。

 この調子では人気がなくて、また『カレーハンバーガー』に差し戻される、という展開は期待できそうにない。


「ほら、マイブリットもいつまでも落ち込んでないで食べてみてっ」

 親切心からであろう、ファンヌがマイブリットとボーにも『テリヤキハンバーガー』を買って渡す。


 半ば反射的に「アリガトウ」と礼を言って受け取るマイブリット。

 早速開封して口へ運ぶ――。


(美味しい。美味しいけど……もうあのスパイスの効いたカレーハンバーガーが食べられないのか……)

「くううん~~♪」

 ボーは尻尾を盛んに振って、気に入った様子だが、マイブリットにとってはこの美味しさも舌の上を上滑りしていくように感じられたのだった。


 その後休憩を終えた一同は、やや精彩を欠いたマイブリットとともに、残りの未踏破フロアである地下十五階の攻略に乗り出し、結果的に十五階にあった休憩所を発見し、なじみの自動販売機――コーラを筆頭とした、何種類かのジュースやお茶が満艦飾のように陳列された豪華絢爛な『清涼飲料水』――とともに、『カレーライス』の自動販売機が鎮座しているのを目の当たりにしたのだった。


【カレーライス自動販売機】


>辛口(鉄貨四枚)

>中辛(鉄貨四枚)

>甘口(鉄貨四枚)


 そうして、四苦八苦しながら『カレーライス』の食べ方――不思議な容器に入ったライスと、その上に掛ける銀色の熱々(パウチ)に入った『カレー』――を、精彩を取り戻したマイブリットの試行錯誤の結果習得し、口にした全員が絶賛することになった。


「カレーというものは、こうして主食として思う存分口にしてこそその真価が問われるものだったのね。これなら一日三食カレーでも飽きないわ」


 これにより特にマイブリットのテンションは最高潮に上がり、以後は率先して地下十五階までのダンジョンアタックを敢行するようになり、また『カレーハンバーガー』とは違って、そのインパクトと病みつきになる味は、一度口にした者の胃袋を掴み取り、評判が評判を呼び、同じようなカレー中毒患者を量産することとなったのは、また別の話である。


「――とはいえ、このフクジンヅケという赤くて塩辛いピクルスは邪魔だと思う」

 なお、福神漬けの良さが浸透するまで、しばし時間がかかったという。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新再開ありがとうございます。 雰囲気が好きな作品だったので、楽しく読ませてもらいました。
[一言] 福神漬けは必須食材やん?(真顔
[一言] 更新お疲れ様です。 福神漬け・・・・はてどなた?
感想一覧
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