四台目 [ハンバーガー]
グ~~~~ッと盛大に鳴り響いた自分自身の腹の虫に、Eランク冒険者ライモンドは思わずきまり悪げに周囲を見回した。
途端に隣を歩く、同じ村出身で舎弟のように扱っていた(その態度は良くないと再三に渡って注意されたので、同じEランク冒険者として対等に接するように心がけている)テオの腹の虫も、呼応するかのように空腹を訴えだした。
「……お前な」
こうなった原因を思い出して渋い顔になるライモンド。
「ご、ごめん! ここ二日水しか飲んでないんで、つい気が緩んで――」
慌てて謝罪するテオをライモンドが『それはもともとお前の不注意が原因だろう』と言いたげな、不満を押し殺した表情で見据える。
「はいはい。ふたりともお腹がすいて気が立っているのはわかるけど喧嘩はしない。そもそも荷物の管理は確かにテオ君だったけど、ライモンド君はその護衛だったわけでしょう? それを忘れてふたりとも勝手に前線に出てきた結果、喰人屍に置いてあった食料を根こそぎ食べられたわけだから、ふたりの共同責任であり、それを看過したチーム全体の連帯責任ってことになるのよ」
険悪な雰囲気になりかけたふたりの背中を、ふたりより二歳年上で十七歳になるCランク女騎士のファンヌが豪快に叩いて、雰囲気を払拭させる。
「痛てーな、わかってるよ。別に責めてるわけじゃない。腹が減って気分がくさくさしてただけだよ」
そう言い訳するライモンドと、恥ずかし気に俯くテオを前にして、
「そうそう。男は小さいことにこだわったらモテないよ、少年たち」
お姉さんぶって豪放磊落に笑うファンヌ。
元騎士家のお嬢様だったという彼女だが、この国では女騎士の登用の窓口がないため、冒険者になったという変わり種である。
ただでさえ冒険者に女性は少なく、また美人となるとさらに希少なこの業界にあって、数々のグループやチームからの誘いを袖にして長らくソロを貫いていた彼女だが、旧知の仲――なんでも初心者の頃に世話になったらしい――である現在Aランク冒険者にして『勇者』であるカルロがチームを組んだと聞いて、真っ先に乗り込んできて半ば強引にサブリーダーに収まったのは、ちょっとした語り草であった。
「リーダーが勇者っていう肩書のチームのサブリーダーだろう。名声目当てに決まっている」
「いやいや、女が男のところに押しかけるんだから、絶対に惚れた晴れたの話だね」
「勝手な憶測を言うな! ファンヌはそんな下世話な理由で行動するわけがない。あのチームならダンジョンを攻略できると思ってのことだ!」
それぞれが喧々囂々とその理由を推測したものの、当の本人は「面白そうだったから」と、本当なのか煙に巻いているのか曖昧な答えを口にするだけだった。
「まあ、確かに空腹というのは精神的にすさむもんだねぇ。幸い水はあるので、生存という点では問題ないけど、ストレス抱えたままダンジョンを進むのは自殺行為だからねえ。さっさと安全地帯まで戻って、帰還の練り直しだね」
先頭を進むチームリーダーである中年男――Aランク冒険者カルロが、いつもの飄々とした口調で、傍らを歩くひとりと一匹に向かって話しかける。
「そう……ですね。運が良ければ他の冒険者に出合えて、食料を分けてもらえるかも知れませんし」
もっともそうなった場合には、当然ながら足元を見られるぼったくり料金を吹っ掛けられる可能性は高い。
チームの財政を預かる彼女――ファンヌと同い年のCランク冒険者にして呪術師であるマイブリット――は、相棒であるブラックウルフの〝ボー”ともども周囲を警戒しながら、同意しつつも苦いため息をついた。
せめてダンジョン内で食料となるドロップ品があればいいのだが、生憎と地下十階前後の階層に出没するモンスターはアンデッド系ばかりであり、ドロップ品も『骸骨人の肋骨』とか『喰人屍の腐肉(毒)』といった、箸にも棒にも引っかからないものばかりである。
まだしも『骸骨人の肋骨』はボーのおやつ代わりになるのでマシだが、『喰人屍の腐肉(毒)』など空腹に耐えかねて手を出したら、七転八倒の苦しみのうちに三十分としないうちに息絶えるだろう。
そのため『喰人屍の腐肉(毒)』に関しては絶対に手を出さないようにして(特に新人のふたりに厳命して)、放置しまくってきた。
とはいえ空腹の身に、目の前にある肉の塊は(紫色に腐っていたとしても)目の毒であった。
「あ~~っ、畜生。肉、食いてえな~~っ!」
マイブリットと同様に思い出してか、ライモンドが焦れた叫び声を張り上げた。
いまとなっては「固い」「まずい」「臭い」と毎回大不評であった保存食の干し肉が、値千金の価値に思えてくる。
「地上に戻ったら、『小鴉亭』の串に刺した肉を焼いたのを腹が裂けるまで食ってやるっ」
やけくそのように続けるライモンド。
量だけはあるものの何の肉だかわからない、塩をかけただけの靴底みたいな肉を「まずいまずい」と言いながら、ねじ切るようにして口に運び、「いつか表通りのレストランにある香辛料の効いた、とろけるような肉料理が喰いてえな」と、お互いに夢見るライモンドとテオであったが、今日ばかりは固くて歯ごたえのあり過ぎる肉が恋しかった。
「若いってのはいいね~。オジサンくらいになると、肉の塊は胃にもたれて駄目だね~。さっぱりとソテーあたりがいいねぇ」
「私はケバブラップが食べたいわね。ハウストン通りの南に隠れた名店があるから、今度一緒に行かない。マイブリット」
「……ボーも一緒なら」
「もちろん!」
若い胃袋に触発されたのか、カルロたちもめいめいに肉欲を口に出しながら通路を進むのだった。
途中で何度かモンスターの妨害もあったものの、先んじて危険を察知するボーの鼻とマイブリットの精霊術で可能な限り危険は回避して、やむなく戦いになった場合にはカルロが鎧袖一触の力を発揮し、ところどころでファンヌが味方の守りを固めながら、遊撃に回るという現在のチームとしての最善のフォーメーションを組むことで、危なげなく全員が十階層になる安全地帯へと退避することができた。
いまやお馴染みとなった小屋のような安全地帯の扉をくぐる一同。
「……着いた~~っ!」
「はぁ~。助かった……」
それと同時に精も根も尽き果てたというありさまで、無防備に床にへたり込んで手足を投げ出すライモンドとテオ。
他の三人(と一匹)は慎重に常時真昼のように明るい室内を見回して、安全を確認してからようやく緊張を解き、同時に安堵と失望半分の吐息を漏らすのだった。
「無事にたどり着けたようでなによりだけどねえ……」
「――そうそう休憩中の冒険者もいないか」
やれやれと肩をすくめるカルロとファンヌ。
「それでもゆっくり休めるのは大事」
ボーに水筒の水を与えながら、全員に言い含めるように口にするマイブリットの言葉にカルロが大きく頷いた。
「まったくですね。――さて、せめてコーラでも飲みませんか? 甘いものは栄養になりますからね」
懐から小銭を取り出して、すっかりこの安全地帯(というかダンジョン)において名物となった〝自動販売機”へと足を向けかけたカルロだが、
「――あ゛……?!」
見慣れた見慣れないものが、赤いコーラの自動販売機の隣に据えられているのを目にして、いわく言い難い表情で、足を止めてソレを凝視する。
【ハンバーガー自動販売機】
「〝ハンバーガー自動販売機”? なにこれ??」
同時に気づいたファンヌが首を傾げる。
新種の自動販売機なのだろう。大きさ的にはコーラの自動販売機と高さはそう変わらないものの、横幅が一回り大きい。また見た目は大きく違っていて、パン(?)に挟まれたなにかの料理が正面に大きく描かれていて、例によって商品の陳列がガラスの中に据えられているものの――。
『ソースハンバーガー』(鉄貨二枚)
『チーズハンバーガー』(鉄貨三枚)
『カレーハンバーガー』(鉄貨二枚)
三種類の紙箱が展示されているだけであった。
「……見た感じ、食べ物の自動販売機のように思えるけどねえ」
カルロが子細に観察しながら、自信なげに首を捻る。
「!! 食い物!?」
「本当ですか、リーダー!」
途端、青息吐息の状態からバネのように跳び上がって、転がるようにして自動販売機のところまでやってくる、腹ペコのお子様組ふたり。
「ハ、ハンバーガー……!?」
「な、なんだ、これ?!」
わかります? との無言の問いかけにファンヌとマイブリットは顔を見合わせた。
「絵を見た感じ、ケバブラップに近い感じだけれど……」
「あれはもっと薄い生地に挟まれている。これは見た感じ白パンに具材を挟んであるように見える」
お互いに絵から感じられる感想を口出す。
「――まあ、実際に出してみればわかるでしょ。幸い値段も露店の串焼き一本行くか行かないかですからね」
どこか開き直った調子で、手にした小銭をチャラチャラ鳴らしながらカルロがハンバーガー自動販売機へと向かう。
「ええ、と……よくわからんので、ひとつだけ高いチーズハンバーガーにしようかね」
まさか本当にチーズを使っている料理なら、鉄貨のニ、三枚で買えるはずがないと思うのが常識であるが、この〝自動販売機”に関しては常識が通じないのは骨身に染みて理解しているカルロであった。
硬貨の投下口を見ると、鉄貨と銅貨が使えるとなっている。とりあえず鉄貨を三枚入れたところ、例によって赤い『押す』の表示が三カ所に灯った。
迷うことなく『チーズハンバーガー』と書かれたボタンを押したカルロだが、ここから先の展開が他の自動販売機とは違っていた。
「あれ――?」
いつもならすぐに取り出し口に商品が落ちてくるのに、いつまでたっても落ちてこない。
代わりに『電子レンジ加熱中。しばらくお待ちください。』という赤い表示が点滅しだした。
「おいおい、まさか爆発するんじゃないだろうね?」
たらりとカルロの額から汗が流れる。
「君たち、念のために出入り口のところまで下がって」
手で合図を送って四人と一匹を下がらせて、カルロ自身も他の自動販売機の陰になるように立ち位置を変えた。
と、しばらくしたところで赤い表示が消え、ゴトン、という聞きなれた音とともに自動販売機の下にある穴(『取出口』と書かれている)に商品が落ちる音がした。
「……ずいぶんと時間がかかるものだねぇ」
もっとも初めての事態に緊張していたせいで長く感じたのであって、実質的な時間はお湯が冷めるほどの間もなかっただろう。
注意しながら自動販売機に近づいていって、いつものように取出口に手を差し込んだカルロだが――。
「熱っ! 熱ちちちちっっ!!」
中にあった紙箱――これの表面にも『チーズハンバーガー』と書かれている――を手にした瞬間、あまりの熱さにその場でお手玉をしてしまった。
「カルロさん、大丈夫ですか!?」
慌てた様子で愛剣を抜き放ちながらファンヌが駆け寄ってくる。
そのまま勢いに任せてカルロが持っている紙箱を一刀両断しそうな剣幕に、カルロが指の先に息を吹きかけながら押しとどめる。
「大丈夫だいじょーぶ。ちょいと予想外にホカホカだったもので驚いただけで、問題ないさぁね。いまは持てるくらいに冷めたし……しかし驚いたね。こんな場所で温かい食べ物が出てくるなんて」
いまだ湯気を立てる紙箱を片手に、嬉しい驚きをあらわにするカルロ。危険はなさそうだと判断をして、退避させていたチームメンバーも呼び寄せる。
「さて。――どんなもんか」
全員が見つめる中、簡単に開く構造になっていた紙箱を開けると、中にさらに紙に包まれた丸いものが入っていた。
なかなかじれったい……と思いながら紙を開くと――。
「おっ、これがチーズハンバーガーか!」
片手で掴めるような丸いパンに挟まれた、確かにファンヌが言う通りケバブラップに近い見た目の食べ物が顔をのぞかせる。
「……真ん中のこれ、もしかして肉か!?」
「このソースの匂い、いままで嗅いだことないけど、猛烈に腹が減る! 匂いだけでパンが食べられそうだよ!」
途端に目を輝かせるライモンドとテオ。
対照的に手厳しいのは女子ふたりで、
「見た目がシワシワで絵に比べて貧相ですね。中身もぐちゃぐちゃで見栄えが悪いし」
「チーズも同じ。絵だとはみ出るくらいなのに、溶けてソースと混じっているのかボーの鼻で判別できるギリギリ」
自動販売機に描かれている絵と実物との対比が違い過ぎると酷評であった。
「まあ食堂に行って『肉たっぷりスープ』なんて言って、カスみたいな肉しか入ってないスープが出てくるなんて日常茶飯事ですからね。鉄貨三枚だと思えば上等も上等ですよ。――毒は入っていないんでしょう?」
女子ふたりを宥めながらカルロがマイブリットとボーに視線をやれば、言葉よりも雄弁にブラックウルフのボーがチーズハンバーガーをガン見して、口からだらだらと涎を垂らして尻尾を盛んに振っていた。
「……これは期待できますね」
苦笑しながらチーズハンバーガーを口に運ぼうとしたカルロだが、掴んだ手が溶けたチーズ混じりのソースでベタベタするのに閉口した――ところで閃いた。
一度外した内側の紙の包装で再度チーズハンバーガーを包んで持ち上げれば、手も汚れずソースも無駄にこぼれないことに気づいた。
「なるほど~。過剰包装だと思いましたが、初めからこうして食べるように計算されているんですね~」
感心しながら思い切って齧りつく。
「!!!」
思わず目を見開いたカルロの普段は締まりのない顔が、急に真顔になった。
「ど、どんな味なんですかリーダー?」
「美味しいの? 不味いの?」
意気込んで尋ねるライモンドと心配そうに顔を覗き込むファンヌを無視して、そのままパクパクと一気に完食をして、紙に残ったソースまでなめるカルロ。
「ああ、さては滅茶苦茶美味いんですね!?」
テオの絶叫が響き渡った。
「いや~、濃いね。濃いんだけど、胃袋に突進してくるような美味さだね、これは。けど一個じゃ足りないな。それとこれはコーラと合わせて食べたら素晴らしく合いそうな気がするねえ」
ややあって感に堪えないという口調でカルロが感想を口にした。
「なるほど……ならば私はソースハンバーガーとカレーハンバーガーに挑戦する」
「ちょっ、マイブリット。貴女、ちゃっかり出し抜いて先に食べようとするんじゃないわよ!」
「ファンヌ、それは誤解。これはチームの食糧問題。だから経費もチームの財布から出す。だから私が率先して行動するのが道理。あと私の代わりにハンバーガーが出てくるまで、全員分のコーラを買っておくことを推奨する」
ちゃっかりと先頭になって自動販売機を独占しながら言い連ねるマイブリット。
公私混同とも思えるが、理にかなっているのは確かなので、
「ぐぬぬ……」
歯噛みしながらファンヌは隣のコーラ自動販売機へと場所を移動した。
数分後、五人と一匹分ということでちょっとした小山になったハンバーガーを中央に据えて、時ならぬ饗宴が始まった。
「う~む、オジサンはこのソースハンバーガーが一番無難で美味いねえ」
「いや、ちょっと、マジで美味しいんですけど!? 白パンみたいだけどこんな水気のあるモチモチしたパンは食べたことないわ! このソースだけでもどんな料理にでも合うんじゃない!?」
「カレーハンバーガーは独特のスパイスが癖になる。というかこれだけ香辛料をふんだんに使ってこの値段はあり得ない」
「うめえええええええええええええええっっ!! なんだこの肉っ。簡単に噛み切れるぞ!」
「肉汁とソースとチーズが一体となってたまらないな! 確かに味は濃いけどコーラと一緒に食べると、口の中がさっぱりしていくらでも入るよ」
「ウオ~~ン! オン♪」
たちまち消えるハンバーガーの山。
なお、安全地帯の片隅に『ゴミ箱』『空き缶、空き瓶入れ』というダストボックスもいつの間にか設置されていたため(注意書きとして「自動販売機のゴミ以外入れないでください」と書いてある)、紙のゴミはそこに捨て、一同は入ってきた時のフラフラの足取りからは想像もつかない、十分な食事と休養を取って満足した顔つきと足取りで、二時間ほどで安全地帯をあとにした。
「リーダー! この調子ならまだまだ先に行けるんじゃねーの?」
すっかり調子を取り戻したライモンドの考えなしの発言に、カルロが苦笑いで応じる。
「いやいや、今回は予定通りに地上へ戻ることを優先させましょう。また何か不測の事態が起きないとも限りませんからね」
「戻ったら反省会よ。ライモンド、テオ、覚悟しておくことね」
すかさずファンヌが調子に乗りかけたふたりに釘を刺す。
ともあれこの調子なら確かにあと何度かチャレンジをすれば、このメンバーでも三十層の守護者に挑むことはできるかも知れないなぁ……と、いまだ「チーズが一番旨い」「カレーの美味しさは異常」とハンバーガーの話題に講じるメンバーたちの声を背中で聞きながら、カルロはそう思うのだった。
なお、余談ではあるがこっそりとハンバーガーを一個余分に隠して地上へ持って帰ったライモンドであるが、いざ食べようとした段になってパンが石のように固くなっていて、結局冷たく冷えてボソボソになった中の肉だけを食べたそうである。
これにより、
「ハンバーガーはその場で食べないと不味い。十階まで行かないと食えない」
という話が伝わり、幻の美味であるハンバーガーを求めて、俄然やる気を出した冒険者たちがダンジョン奥地に挑むようになったとか……。
加熱しても一部が固くて食べられなかった思い出……。