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一台目 [聖水]

古いドライブインの自動販売機が並んでいる写真を見て、突発的に書きましたw

 自慢の膂力(りょりょく)と鉄の塊のような()()()()大剣で、魔石のある頭蓋骨ごと骸骨人騎士(スケルトンナイト)を粉砕したゴッドフリートであったが、間断なく襲ってくる寒気を前に思わずその場に片膝を突いた。

「――くっ、悪寒(おかん)が収まらぬ。先ほどの幽鬼(レイス)に呪詛を受けたか……」

 一応、魔除けの護符はつけているものの、体調やタイミング――通常五回に一回、呪詛の影響を受けると言われている――によっては、思いがけずに呪詛にかかりやすい時がある。

 念のために聖水も準備はしておいたものの、これまでの経験から五個もあれば十分……と踏んでいたゴッドフリートの見通しが甘かったのか、稀に見る不幸に見舞われたのか、滅多にお目にかからない幽鬼(レイス)の群れに遭遇。


 魔術師か神官でもないゴッドフリートに実体のないこいつらを倒す手段はなく。やむなく虎の子の聖水を振りまいて難を逃れたものの。どんな不幸に憑りつかれたものか、続けざまに悪寒を浴びて予備の二本を含めた聖水を飲んで、ほうほうのていで地上へ引き返そうとしたその矢先に、一体だけいた単身(ソロ)幽鬼(レイス)に出合い頭にかち合ってしまい、

「ままよ!」

 とばかり半透明の体を突っ切ってその場から逃げ出した。

 幸いにして幽鬼(レイス)は追ってはこなかったものの、段々と体の芯が氷の塊が入ったかのように冷たくなり、手足に震えが来たところで、イチかバチか……五回に四回の成功率に賭けて、幽鬼(レイス)の攻撃を無視したその賭けに敗れたことに、ゴッドフリートは悟って絶望したのだった。


 せめて、誰か他の冒険者と行き会えば聖水を分けてもらえるかも知れない。

 最後の希望に沿って上階へと上り下りできる階段を目指すゴッドフリートだったが、なにしろ数年に一度起きる迷宮の活性化に伴って、これまでの階層構造ががらりと変わったばかりの直後のことである。

 ゴッドフリートのように、ソロでなおかつBランク冒険者というアドバンテージを生かして、積極的に先んじてここ十階層まで潜るような酔狂な冒険者はそうそういないだろう。

 たいていがもっと浅い階層を、じっくりと下調べをしながら安全マージンを確保して下りてくるものである。

 たとえ階段まで戻ったところで、他の冒険者に出合える確率など……。


「……階段までは直線距離でざっと三十分。戦闘を加えて一時間ってところか。悪寒のこの調子では、十五分もあれば心臓が止まるな……」

 ゴッドフリートの意識が絶望に染まりかけた。


 ――これまでか。俺もこの階層のアンデッドの仲間入りか……。


 捨て鉢になりかけたゴッドフリートの霞む目に、ふと石造りの通路のひとつ――いかにも行き止まりという風な半端な造りの――枝道の先に光が灯っているように見えた。

 もしかして誰かいるのか?

 震える手足に最後の力を込めて、ゴッドフリートは進む方向を変えた。


 五分後――。

「……なんだこりゃ!?」

 唖然と呟くゴッドフリートの目前に広がっていたのは、およそ石造りの迷宮内には不釣り合い……というか、異彩を放ちまくっている一見して木造の売店のような小屋であった。

 おそるおそるスイング式の扉を開けて中に入ると、真っ白な板(?)おかしな手触りの壁で覆われた室内は空っぽで、天井からは煌々とした光が真昼のように降り注いでいる。

 これだけ明るかったら魔物が寄ってきそうなものだが、魔物の形跡は欠片もない。

「もしや安全地帯か……?」

 そう独り言ちるゴッドフリート。


 稀にだがダンジョン内にはなぜか魔物が近づかない、俗に言う『安全地帯』というものが存在することがある。

 このダンジョンの十階にこんな安全地帯があるなど聞いたこともないが、これも活性化の影響だろう。


 無論、安全地帯に逃げ込めたところで悪寒の影響からは逃れられないが、少なくとも死後、屍がアンデッドと化すことはないし、最低限遺書を書くくらいの時間は得られた。

「……身の程知らずな冒険者の最期としちゃ、まだましな部類か」

 自嘲しながら震える手で荷物と武器を床に置いたゴッドフリートが、筆記用具を取り出そうとしたところで、ふと壁際に鎮座している()()に気づいた。


 細長い四角い金属製の箱が、場違いにひとつだけ据え置かれている。

 目の高さほどのところにガラスがついていて、その向こうに大中小三種類の瓶が並んでいるのが見えた。

 さらによくよく目を凝らして見てみれば、大陸共通語ででかでかとその下に書かれていたのは――。


【聖水自動販売機】


「はあああああああああああああああああああっ!?!」

 今わの際についに錯乱したか!? と、我と我が目を疑うゴッドフリート。

 ともあれわずか四、五歩を息も絶え絶えに走破して、箱の前に立って改めて見れば、『大(1.5ℓ)金貨一枚』『中(500㎖)銀貨五枚』『小(250㎖)銀貨三枚』という値札が下がった聖水らしい透明な水の入った瓶がガラスの中に並んでいる。

「げ、幻覚……?」

 かと思ったが、何度確認しても読み返しても内容は変わらない。

 少なくとも夢や幻覚の(たぐい)ではないだろう。


 そう悟った次の瞬間、半ば本能からゴッドフリートは箱のガラスを叩いて、それでもびくともしないのに業を煮やして、床に置いた()()()()を振り回して箱を叩いた。

 だが、箱本体はおろかガラスにも傷ひとつ付けられないまま、ゴッドフリートの息があがって、いよいよもって悪寒が全身に回りだした。


 目の前に聖水があるのに生殺しか! と、臍をかんだゴッドフリートだが、ここでようやく頭が冷えたのか、箱の脇に書いてある『硬貨挿入口』という表示に気づいた。

「こ、硬貨……?」

 そういえば値段が書いてあった、といまさらながら気づいたゴッドフリート。

 すでにあきらめの心境から、財布の中にあったとっておきの金貨を一枚取り出した。

 一般庶民なら一月は食べていける金額であり、Bランク冒険者であるゴッドフリートにとっても、なかなか痛い出費だが、あの世に金を持っていけるわけでもないし……と、開き直りというか捨て鉢な覚悟で、金貨を箱の『硬貨挿入口』へと放り込んだ。


 途端、いままで沈黙を保っていた箱――【聖水自動販売機】――が目にも眩しい光を放つ。

「――おお!」

 そして、『大』『中』『小』の聖水の下にあった、『押す』という表示が揃って光った。

 とりあえず金貨を入れたのだから『大』だろうと、短絡的に考えたゴッドフリートが『大』のところを押せば、たちまちガタン! という音がして箱の下のところに透明な容器に入った、一抱えほどもある聖水が落ちてきた。


「……は……?」

 あっさりと手に入った聖水を前に、実感がわかずに呆けるゴッドフリート。

 ともあれ屈み込んでおそるおそる手を伸ばして、ガラスでも氷でもない不思議な透き通った容器に入った、まるでつい今しがたまで氷室で冷やされていたかのようにキンキンに冷えた『聖水』を引きずり出す。


『開け口』と書かれた先端の部分を手にして、力任せに左右に捻ったところ割と簡単に開けることができた。

 半信半疑で口をつけて、「ままよ!」とばかり飲んでみれば、胃の腑に落ちた『聖水』によって、悪寒の原因であった呪詛の元凶が、お湯に溶けるように晴れていく。

「――!!!」

 こいつは本物だ! 即座に確信したゴッドフリートは、続く二口目はラッパ飲みに一気に容器の半分ほどまで飲み下した。


「ぷふぁ――美味ぇ~~っ!!」

 聖水に使われている水自体が美味いのか――普段から「生水は飲むな、腹を下す」「体に悪い」とさんざん言い含められていて、実際、このあたりの井戸や沢水でも美味いとは言い難いが、この水はやたらと柔らかで甘みすら感じられるほど淡麗なのだ――緊張と恐怖でカラカラに乾いていた喉と全身に染み渡った。


 当然のように悪寒は欠片もなくなり、さっきまでゴッドフリートの首までかかっていた死神の鎌が、遥か明後日の方角へ行ってしまった気がした。

 できればこのまま『聖水』の残り半分も飲んでしまいたいが、この後も出口に戻るまでに幽鬼(レイス)に出合わないとも限らない。

 いざという時のために取っておくべきだろう。


「お、そうだ――!」

 金貨はなくなってもまだ幾ばくかの銀貨等は残っている。

 ゴッドフリートはありったけの硬貨を自動販売機に放り込んで、追加の『聖水』が購入できないか確認することにした。

 試行錯誤した結果――。


 銅貨三十枚(銀貨三枚相当)で、『聖水(小)』が買える。

 銀貨十枚(金貨一枚相当)で、『聖水(大)』が買える。

 余分なお金は『返却口』というところへ戻ってくる。

 鉄貨(十枚で銅貨一枚に相当)は、最初から受け付けずに『返却口』へと戻される。


 などということがわかった。

「神殿や道具屋で買えば、『聖水(小)』でも銀貨五枚は取られる上に、下手をすれば水増しした粗悪品を掴まされるからな。これはやりようによっては大儲けできるかも知れんな……」

 そうゴッドフリートは独り言ちた。


 とはいえ自分から率先してダンジョンの十層まで下りてまで、延々と荷物運びをするつもりはないが……と、苦笑いするゴッドフリート。

「とはいえこの情報だけでも値千金だろう」

 人が聞いたら眉唾どころではないだろうが、なにしろこちらには得体の知れない容器に入った現物がある。冒険者ギルドでも頭から否定することはできないはず。


「――さて、面白くなってきた」

 これだからダンジョン探索はやめられぬ。

 そう呟きながら、ゴッドフリートは入ってきた時とはまるで別人のような力強い足取りで、意気揚々と荷物と武器を携えて『自動販売機の部屋』を後にするにするのだった。

初回は、人類史上最初の自動販売機である『聖水』です。

もっとも構造的にはミネラルウォーターの販売機になりますが(さすがに当時の販売機だと、ケリ一発で壊れますので)。

10/4 貨幣価値を変更しました。

鉄貨100枚で銅貨一枚を鉄貨十枚で銅貨一枚へ。

貨幣価値としては、鉄貨一枚でだいたい100円くらい。

銅貨一枚で千円くらい(木賃宿で一泊銅貨二枚で、朝食付きの個室付き安宿で銅貨五枚くらい)。

銀貨一枚で一万円くらい。

金貨一枚で十万円くらいと目安にしていただければ大丈夫です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 聖水の自動販売機か!いいかも^^ ほかの作家さんともネタ的にもかぶってないしね!
[一言]  こんばんは(*’ー’*)ノ  作者名とサブタイトルで、『お嬢様の?』と、思ってしまいました。すみません(´ロ`ノ)ノ  とりあえず、今のところは普通のお話っぽいので、もう少し話数が増え…
[一言] 10層なのにボッタクリじゃなくて良心価格なんだ。おまけに破壊不可能オブジェクト?
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